「ねえねえ、おとうさん」
「なんだ、████?」
「どうしてベンキョウしなくちゃいけないの?」
「お前はまだ幼稚園生なんだから、勉強しなくていいんだぞ?」
「うん、でもぼくも、もうすぐガッコウにいくから、しってたって、いいでしょ?」
「そうだな。じゃあ、教えてやろう。」
「やった!」
「勉強するのはな」
「うん」
「皆が勉強するからだよ。」
「…?」
「わからないか。でも今はそれでいい。いつかわかるときが来るから、そのときに思い出してくれ。」
「…おとうさんはベンキョウ、すきだった?」
「そうだな、お父さんは―――」
バシャッ
突然目が覚めた。
どうやら顔に水を掛けられたらしい。
コンクリートの床と壁。
薄暗い照明。
板で塞がれた窓から微かに射し込む光は月明かりのようだ。
一体ここはどこだろう。
あと椅子に縛り付けられたら私を囲むように立つこのガタイの良い男たちは誰だろう。
「おいお前、何故俺達のことを嗅ぎ回ってるんだ。」
ガタイのいい男の内の一人が、ぶっきらぼうに言った。
今の発言でおおよそこいつらが誰なのかは把握したが、一応確認しておこう。
「待ってくれ、あんたたちは誰なんだ?嗅ぎ回るって一体何を?俺にはあんたが何が言いたいのか、てんでわかんねぇよ」
おとぼけ用小物っぽいスタイルだ。
グハッ
「とぼけてられんのも今の内だ。出来ればこれは使いたくなかったが、お前がそういう態度を取るなら仕方ない。」
男に蹴られた腹が痛い。
抵抗しようにも椅子に縛り付けられているから、動けない。
私を蹴った男が、懐から注射器を取りだした。
「こいつは自白剤だ。少しちくっとするが、すぐ楽になるから心配するな。」
「ちょっと待ってくれ、錠剤のは無いのか?」
私が聞くと、男は不思議そうな顔をして、
「何故そんなことを聞く?」
といった。
「実は私は注射が大の苦手なんだ。だから錠剤のタイプがあるならそっちを飲みたいなと。」
「そうか、でも残念ながら今はこれしかない。」
「…なら諦めよう。」
「すまんな」
「君が謝ることは無い。そろそろ克服してもいい頃だと思っていたしな。」
周りを囲む男達のうち一人が、私の右腕の袖を捲った。
「じゃあ、いくぞ?」
「よし来い」
私は注射針の先を凝視した。
「…」
「なんだ、どうした?」
「いや、見てない方が痛みは和らぐというのを教えた方がいいのかと思って」
「そうなのか?では見ないでおこう。」
私は顔を背け、目を瞑った。
「じゃあ、今度こそいくぞ。」
「よし来い」
チクッ
右腕に痛みが走る。
ふむ、どうやら思っていたほど痛くは無さそうだ。
「よし、終わったぞ」
ガタイのいい男が言った
「終わったのか?自白したい気分にならないんだが。」
「打って直ぐに効く訳じゃあないからな。まあ、少し待っててくれ」
「では水を飲ませて貰えないか?喉がカラカラなんだ。」
「ああ、わかった。おい」
ガタイのいい男は周囲の男の内一人の方を見た。
…おっと、なんだ頭がぼんやりしてきた。
あーなんというか、酒でも飲んでるみたいな気分だ。
気が遠くなっていくのを感じる。
ゆっくり…ゆっくりと…意識が…………
「おい、お前。ちょっと水買ってこい。こいつに飲ませるから…っと、もう効いちまったか。でもまあ、水ぐらい飲むだろ。なあ、飲むよな、あんた。」
「…」
「…おい、聞こえてるか?水、飲むよな?」
「…」
「おかしいな、効いてないのか?おーい、お前、小山田海斗だよな?」
「…んだ。」
「あ?なんだって?」
「屋根裏の上では宇治の花が死んだ。」
「は?お前何言ってn────────────」
「お姉さん、早く話した方が身のためですよ。」
金髪の若い男が私にそう言いました。
私は椅子に縛り付けられたら状態で、もうかれこれ13時間程黙秘を続けています。
しかし金髪の彼はその間ずっと私に尋問を続けています。
どうやらかなり我慢強い性格のようですね。
しかし忍耐の面において私の上を行く人間はいません。
お腹が空いて、喉が乾いて、殴られ蹴られた部分がずきずきと痛みますが、問題はありません。
する事が他に無いので現状の整理をしましょう。
まず、私が警察署の方から頂いた缶コーヒー、あれには睡眠薬が仕込まれていたようです。
一人で警察署に来た私に、警官が二本の缶コーヒーを渡してきた理由を、もう少し考えるべきでしたね。
ですが私は考えるのは苦手なのです。
考えるのは彼――今は“山田太郎”と名乗っているようですが――の専門です。
私は必要な情報を集めて渡すだけです。
とにかく、私と彼が飲んだコーヒーには毒が仕込まれていたようで、その作用で眠ったところを拉致られて、今ここにいたるということのようです。
うーん、ということはあれですかね。
警察の内部にも“佐々木”という人物の息がかかっているということですかね。
どうやら、佐々木はかなり強い権力を握っているみたいですね。
これは厄介なのを敵にしてしまいました。
というか、もう少し事前調査をしたほうがよかったのかもしれません。
まあこの件は私用なので、どの道探偵事務所の職員に手を貸してもらうわけにはいきませんでしたけど。
にしたってもう少し用心深く動くべきでしたよね。
ヤクザが警察と手を組んでいることが事前調査程度で分かるのかと言われれば、分からないと思いますけれど。
現在分かることはこのくらいでしょうか。
ガタッ
ずっとだんまりを決め込んでいた金髪の方が、席を立ちました。
そして、この殺風景な部屋に僅かな彩りを生んでいる部屋の隅のクーラーボックスの方へ歩いていきます。
男はその中から注射器を取り出しました。
自白剤だ。
直感的にそう思いました。
参りましたね。
科学の力には敵いません。
あ、そういえば、聞いとかないと。
「それ、もしかして、山田さんにも使いました?」
「え?それは誰のことです?」
「えっと、私と一緒にいた人です。」
「ああ、小山田のことですか。ええ、おそらく彼にも使ってますよ。」
「そうですか。でしたら直ぐに其方の応援にいった方が良いかと。」
「それはどうして?」
金髪の彼は不思議そうにしています。
でもダメです。教えてあげません。
「秘密です。でも、今にわかると思いm」
ボガーンドゴッ
ウワーッ
「ん?外が騒がしいな。」
金髪の彼が部屋のドアを開け、外を覗き込みました。
その背中に、私はほくそ笑みました。
お粗末様でした。
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