主役になれないモブが使い魔作成でラスボス討伐後の崩壊世界を生き延びるようです 作:きんたろう
「元気になってよかったねー」
燕がどこかぶっきらぼうに言った。
「ああ、本当にな」
そんな燕の態度にも気付かず、鉄郎は無邪気に笑った。
彼の目に今映るのは、ショッピングモールの吹き抜けと言う広い空間をぱたぱたと飛び回る、小さな一匹の鳥だけである。
「おーい!ビスケット!」
ビスケット。それがあのジュウシマツに付けられた名前である。茶色の毛並みに赤色の足が、ジャムを付けたビスケットに見えるという理由での命名である。
名前を呼ばれたビスケットはぱたぱたと鉄郎の指に止まった。
命を助けられたからか、ビスケットは鉄郎たちによく懐いた。
「プツ、プッ」
「おおなんだなんだ?腹が減ったのか?よしよし今日はひまわりの種だぞ~」
ビスケットは電子音を思わせるような鳴き声で囀る。
「……にゃーにゃー」
「なんだ燕。腹減ったならそこの袋麺でも食べててくれ」
とうとう燕は床に突っ伏した。
「扱いに差がありすぎる~!!ご主人!わたしは待遇改善を要求するものである!」
「なんだよ急に。待遇って?」
「ビスケットにばっかり構いすぎ!わたし最近ちっともご主人に構われてない!!」
「そこらに本やら漫画やらゲームやら、一人で遊べるもんがたくさんあるだろ~?」
「そうだけど~」
今鉄郎たちは、ゆとりのある配置でソファやらベッドやらが置いてあるメインの居住空間にいる。その同心円状に広がるように冷蔵庫や本棚、机、テレビ、用途不明のオブジェなどが配置され、その中には鉄郎の言った通り、年単位で取り掛からないと崩せない様な娯楽の山がある。
ちなみに電力はガソリン、灯油式の発電機をいくつか並べて確保されている。
鉄郎にとってかなり居心地よい空間がそこにあった。
「もう飽きたよごしゅじん~。漫画もゲームも、感想を言い合ったり一緒に遊んでくれる人がいないとつまんないよ」
「損気なやつだなぁ。俺が勧めたゲームはクリアしたのか?」
「あれは難しすぎてやめた!!」
「あんだって?勿体ないな。どこで詰んだが言ってみろ」
「犬と悪魔が狭い部屋で群がってくるボス戦」
「あ~そこね。分かった。じゃあ次は階段を利用してだな……」
言いつつ、鉄郎はビスケットを鳥かごに戻す。
なんだかんだ言って付き合ってくれるらしい。そう気付いた燕は破顔して、
「ちょっと待ってて、ゲーム機取ってくる――」
チリリリン、と。
燕が言い終わるか終わらないかというところで、鈴の音が辺りに響いた。
「あー……燕、悪いが仕事だ」
「え~~~!?今日もう2回目だよ!?」
「俺に言われてもな……」
「すぐ片付けてくるから!ご主人、ゲーム機の準備してて!ビスケットと遊んじゃダメだめだよ!」
「分かったから、行ってこい。東館みたいだ」
鈴の音が告げたのは、悪魔の襲来だ。襲来、と言っても迷い込んだ、の方が正確だろうが。
単純な罠である。業務用の長大なワイヤーロープに鈴を括り付け、張られたそれに気付かず通ると、音で侵入を知らせる。
単純過ぎて見え見えの罠。こんなものに引っかかるのは低級の悪魔ぐらいである。
鉄郎は特に見送ることもなく、後ろ手に手を振って燕を送り出した。
(まあもちろん、猫や犬が引っかかったって可能性もあるけど、見えるだけの出入り口を閉めたこの建物でその可能性は低い。むしろその後の出入り口の補修が面倒だ)
どかり、とソファに腰を下ろす。
諭吉が十人以上憤死するそのソファは、値段に応えた座り心地で鉄郎を迎えた。
(世界が壊れなきゃ、縁のない代物だよなあ)
そんな感慨を得た鉄郎はそのソファを労わるように撫でた。
絹の様な肌触り、雲の様な座り心地。宣伝文句通りの感触である。
(崩壊世界さまさまだ)
ぽふんぽふん、と腰を上げて下ろす。
その音に反応したのか、ビスケットが「プッ」と鳴いた。
「ごしゅじーーん!!!ただいまあー!!!」
そんな声が上から響く。
「おう燕、早かったな――」
(待て、上から?)
鉄郎が見上げた時には燕は既に床を蹴り、空中に身を躍らせていた。
「とーーーーう!!」
そんな掛け声と共に、鉄郎目掛けて降ってくる燕。
鉄郎は呆気にとられて何も動けない。
「ぐえっ!?」
燕が目の前に着地。その衝撃に煽られ、ソファごとひっくり返る鉄郎。
「な、な、なんで上から降ってくるんですか!?」
あまりの衝撃に何故か敬語だ。
三階も飛び降りた燕はというと全く元気で、
「え?だって早くご主人とゲームしたかったし!階段なんて降りてられないよ」
「だからって飛び降りる奴があるか!見ろ!!ビスケットがビビっちゃってるだろ!」
ビスケットは鳥かごの中で慌てたように羽をばたばたと振っている。
「ありゃ、ごめんなさいビスケット」
「俺には!?……まあいい。お客は何だったんだ?ゴブリン辺りか?」
「ううん。インプだったよ。窓から入ってきたみたい」
「だから上にいたのか……お疲れ様。そろそろ暗くなるから補修は明日にしよう」
「うん!じゃあゲームゲーム!」
「はいはい」
二人並んで座る鉄郎と燕。床には絨毯を敷いてあるが、さきほどの燕の蛮行で少し穴が開いている。
ゲームの途中、鳥の巣にてアイテムを交換するシーンで、燕がふと口にする。
「ねぇご主人。ビスケットってどうやって生き延びたんだろうね?小型の家禽って一、二日ごはんあげないと死んじゃうんでしょ?」
「さあなぁ。水はちょうど補充したてだったとかだろうけど、エサはどうしてたんだろうな?たまたまエサが鳥かごにぶちまけられた、ぐらいしか思いつかんな」
「そっか。運が良かったんだね」
「……どうかな」
意外な否定に燕は「え?」と疑問顔だ。
ゲームの中では、複数の敵に囲まれたキャラクターが抵抗も出来ず滅多切りにされて死んでしまった。
「だってさ、 俺が悪魔どもから絶対守ってやれる保証なんか無い。その時は死ぬほど苦痛を味って、思うことになる」
「あの時飢え死にしておけば楽だった……って?」
「そう。他の人間だってそうだ。こんなご時世に生き残っちまって、俺みたいな智者はいいけどそうじゃない奴はどうすんだ?希望もなく悪魔に怯えてゴキブリみたいに生きるのか?」
「……」
「それに智者って言っても半人前だ。塾も卒業できてない。教師はみんな番條に殺されちまったし、この状況で頼りたい人間はもういない。俺たち智者ですら希望が無い」
鉄郎は一拍置いて、
「なあ燕。言い切れるか?明日悪魔の大群に囲まれて、あの時番條に殺されてればよかった、って思わないって」
燕はちらりと鉄郎の顔を見て、すぐに画面に視線を戻し、
「わたしはそうは思わないよ、ご主人」
言い切った。
「だってご主人。生きるっていうのは幸せな事なんだよ?生きてないとゲームはできないし、ご飯は食べられないし、漫画も読めないし、ご主人とお喋りもできない。そんなのつまんないよ」
それに、と続ける燕。
「生きてるものはいつか死ぬよ。だから死んでれば良かったなんてこと、意味が無いんだよ。死んじゃった瞬間に、その人にとっては何もかも無意味になるんだから。だからね。いっぱい生きて、たくさん楽しいことしようよ」
画面では、蘇ったキャラクターが先ほどと同じ敵に同じような殺され方をしていた。
「ありゃ、死んじゃった。……けどね?ご主人の言う通り、明日の幸せより明日の恐怖の方が強いっていうのは分かるよ。だから、だからね」
燕は一度言葉を切ると、
「わたしがいる限り、ずっとご主人に幸せをあげる。楽しさをあげるよ。恐怖から守ってあげるから……だから、わたしがいる限り、ご主人には生きてて欲しい。なんたってご主人が、わたしに生をくれたんだからね!」
鉄郎は燕の言葉に何を返すでもなく、
「……そこは、とっとと走り抜けた方が楽だぞ」
「あ!ほんとだ~!!ご主人あったまい~」
あっけらかんとした燕に、鉄郎は苦笑いをこぼす。
「だいたい燕。お前今の状況分かってるのか?この世界が、どーなってこーなったのか」
「番條がなんか悪いことして、わーってなって、今なんでしょ?」
あまりに曖昧な燕の理解に鉄郎は頭を抱えた。
そして説明を始める。
「おいおい……そんなんでよくあんなセリフ……いいか?番條がやったことは簡単だ。世間に悪魔の存在を認知させた。それだけだ」
「それだけ?それだけで世界に悪魔が溢れるの?」
「正確には、その存在と、恐ろしさを、だな。今主人公ちゃんが拠点にしてる電波塔を使って、全世界に電波ジャックして、それはそれは恐ろしい映像を流したんだ。で、悪魔は人の信心とか恐怖心をエサにする。おかげで、三日くらいだったかな。夏場の水たまりに湧くボウフラみたいに悪魔が現れた」
「その電波ジャックの前にも悪魔はいたんだよね」
「ああ。数も少ないし今よりずっと弱かったけどな。その弱い悪魔が起こすショボい事件を解決する、ついでに後進を育てるために塾があったわけだ。そっちの知識がある塾生や教師を智者なんてひとまとめに呼んでな」
「けど、番條に襲われて壊滅したと」
「そう。なんでか知らないが番條は悪魔との混血らしくて、めちゃくちゃ強くなっててな。全世界にあるはずの同じような機関もあっという間に跡形も無くなっちまった」
鉄郎は続ける。
「まあ星の位置とか地脈とか、いろいろ計算はあったんだろうが、そんな“それだけ”のことで世界は壊れちまったってわけだ」
そこまで語った鉄郎は、大きく息を吐いて横になった。
「ご主人?」
「寝る。喋りつかれた」
「まだ夕方だよ?……ははぁん?」
なんだその声は、と鉄郎が聞く前に、燕が鉄郎にしな垂れかかった。
「今日のご主人ナイーブだったもんね?お客さんが多かったからかな?約束通り慰めてあ・げ・る!」
「いらん。ビスケットが見てるし」
「いいじゃん!肉欲は分かりやすい生の欲求だよ!!」
「生々しい言葉を使うな!俺は家族と事に及ぶ趣味は無い!!」
「ガード固いよ~~。さっきあんなに好感度稼いだのに……」
「やかましいわ!」
「きゅる、きゅ?」
ビスケットが不思議なものを見る目で二人を見た。
鉄郎は意固地に目を瞑る――とその瞬間、再び鈴の音が響いた。
「あ?今日は妙に多いな?」
「あ~もう!」
「ライト持ってけよ。また東館だ」
は~い、と気の抜けた返事をする燕。
面倒くさそうにのそのそと立ちあがると、ぴょんと飛び上がり、見えなくなった。
「さて……」
一人になった鉄郎は寝返りを打ち、仰向けになった。目を閉じることはしない。
目に入るのはショッピングモールの吹き抜け、その天井に備えられた天窓から覗く空だ。今空は赤い。夕焼けだ。
鉄郎は空を眺めるのが割合好きだった。雲の流れ、太陽の動き、星の光を見ていると、自分が全くちっぽけなものに過ぎず、今自分が抱えている何事も、同じようにちっぽけなものに感じられるからだ。
目が瞬く。
天井には期限を過ぎたセールの広告や、ドラマの宣伝など、今は用をなさない垂れ幕がぶら下がっている。
それらは空の赤さと合わさって、不思議な郷愁を鉄郎に呼び起こしていた。
(……)
空にも飽きた鉄郎は、今度こそ目を閉じる。
やがて床から足音が直に伝わり、身を起こす。
(今度はちゃんと歩いて来たらしい)
燕を迎えに出た鉄郎を、予想だにしなかった事態が出迎えた。
「燕……そいつら、誰だ?」
燕は背後に十数人ほどの人間を連れて、戻ってきたのである。
「あ~~、えっと、生存者みたい。とりあえず連れて来たけど、まずかった?」
まずくはない。まずくはないが、間違いなく面倒なことになる。
鉄郎はそう直感した。