主役になれないモブが使い魔作成でラスボス討伐後の崩壊世界を生き延びるようです 作:きんたろう
人の気配のない通路を鉄郎は歩く。
子供たちが通ったのだろう、うっすらと積もった埃が雪のように足跡を作っていた。
(もう一週間だ……いい加減どうするか決めないと。っても選択肢なんて一つだけだが)
鉄郎が考えるのは、合流した生存者たちとの今後だ。
食料だって無限にあるわけではないのだ。鉄郎と燕だけなら一年だって持つだろうが、こう人数が増えては来月にも怪しくなってくるだろう。
心情的にも、物理的にも彼らとここにずっといると言う訳にはいかないのだ。
(俺としては今すぐ出て行ってもらうのが一番なんだが、さすがに鬼畜すぎる)
鉄郎は基本自分本位な性格だが、何も無意味に他人に傷ついて欲しいわけではない。
考えながらも歩を進める。
(ま、無難なのは主人公ちゃんのコミュニティの場所を教えて、そこに行ってもらうことだな。そんなに遠くないし)
日の光が窓から入るとは言え、モールの中は電気が止まっているため基本薄暗い。
そんな中、開いたドアから日の光が差しているのを見つける鉄郎。まるでスポットライトに照らされているかのように、くっきりと光の線が見える。
その向こうから子供たちの声。
(……ここか)
外に出ると、薄暗い館内に慣れていた鉄郎の目に容赦なく陽光が突き刺さる。
視界が一瞬白く染まり、何も見えなくなる。鉄郎は手をかざし、目に影を作った。
「鬼がそっちにいったぞー!」
「こっち!こっち!」
中庭は荒れ放題であった。
小さいステージにいくつかの飲食の出店が設置されたここは、きっと何かの宣伝の機会に使われることが多かったのだろう。
しかし今は雑草は伸び放題であるし、砂や埃にまみれてステージはどこかみすぼらしい。手前に設置されたパイプ椅子は幾つか転げて、その隙間を子供たちが走り回っている。
「そっちそっち!のぞみが鬼だよ!」
「のぞみには捕まんないよ!」
どうやら今は鬼ごっこの最中で、のぞみが鬼らしい。
だが彼女の動きはやはりどこか危なっかしい。
「あ」
鉄郎が見ている先で、のぞみがパイプ椅子に躓いて転んでしまった。
「鬼が転げた!」
「今のうち今のうちに向こうだ!」
そして、子供たちはのぞみを置いて消えてしまう。
のぞみはと言えば、パイプ椅子に服が挟まったらしく、なかなか立ち上がらないでいる。
鉄郎にはその様子がまるで生まれたばかりのヤギが立ち上がる時の様なものに見えた。
「……大丈夫か?」
見かねた鉄郎が声を掛ける。
「あ……」
のぞみは動きを止めて、不思議そうな表情で鉄郎を見つめ返した。
「ああ、服が噛んだんだな。今外してやるよ」
「……」
「こういう時は無理に引っ張ったら服が破けちまう。しわをほぐすみたいに、丁寧に外すんだ」
やはりのぞみは喋らず、鉄郎の手の動きと顔とで視線を交互に動かした。
「ほら、外れた」
立ち上がるように促す鉄郎に従うのぞみ。
(……無口な子だな?)
そう感じた鉄郎をすぐ裏切るように、
「ありがとうございました」
「お?あ、ああ。うん。どういたしまして」
「ではさようなら。私は鬼なので」
そう言って子供たちの後を追おうとするのぞみを鉄郎は慌てて引き留めた。
「ちょ、ちょっと待て。なあ君。どっか体調が悪かったりするんじゃないか?ずっとふらふらしてる」
「……?」
「ん?」
「ふらふら?」
「え?」
「ふらふら、とは、なんですか?」
「え、ああそういう事?えっとな。体が安定してなってことだ。こんな風に」
鉄郎は大げさによろけて見せた。
「なるほど。わかりました。ところで、私はふらふらしていたんですか?」
「ああ、ずっとそう見える」
「私は特に体調不良を感じません。生まれてからずっとこうでした」
「生まれてから?」
(何かの病気か?)
「ご両親は……あの中に?」
「いえ、もういません」
「そっか。いや、悪いことを聞いた」
「悪い、ですか?今、あなたはなにか悪いことをしたのですか?」
「え?いや、今のはお決まりと言うか……両親が死んだなんて思いだしたら悲しいだろ?」
「悲しい?それは私がですか?両親が、死んだことは悲しい、ことなんですか?」
鉄郎は率直に思った。
なんだこの子は。変な子だな。
「身近な人が死ぬことは悲しいだろ?ましてや家族なんだ」
「私は両親の死を見ていませんから」
そう語るのぞみは表情が薄く、感情が読めない。
本当に全く、悲しくなさそうだ。
「……」
こんな世界だ。心の自衛に感情を麻痺させているのかもしれない。
けれど鉄郎には、彼女が死とは何か本当に知らないのではないかと感じられたのだ。
「ちょっとこっち。来てみてよ」
そう言う鉄郎にのぞみは素直に付いていく。
「ここ」
鉄郎は中庭の一角、元花壇の前で止まる。
「ここは?」
「これ見て。なんだと思う?」
「ぺス、ロージー、マウ、デイヴ、グミのお……」
「この漢字は、はかって読むんだ」
「おはか、ですか」
「ああ」
二人の立つ花壇の土は盛り上がり、その横に簡易な看板が立っている。
そこには『ぺス、ロージー、マウ、デイヴ、グミのお墓』と書いてあった。
「ここには、ここのペットショップで死んでいた動物の遺体が埋まってるんだ」
「おはか、と言うのはそういうもの、なのですか?」
「ああそうだよ。死者を悼むために死体を埋めるんだ」
「悼む?」
「死んだ者の事を思って悲しむことだよ」
「悲しむ、ためにおはかを立てるのですか?」
鉄郎はしばし返答に窮した。
「少し違う。悲しむためにと言うのもそうだけど、死者を忘れないために、死者の魂の幸福を願うために立てるんだ」
「忘れられることは」
「ああ、悲しい。想像してみろ。君がいなくなってもさっきの子たちが何も気にせず普段通り遊ぶんだ」
「それは、少し悲しいです」
「死者を悼むってのはそういう事だと思うんだ。墓を立てて、忘れてないって死者の魂を安心させる。けど、死者を思い出すってのは悲しいことでもあるんだ」
俺は何を語っているのか。鉄郎の頭の冷静な部分が自嘲する。生きることから逃げてばかりの自分が、滑稽ではないか?
だがのぞみという少女の、興味があるんだか無いんだかわからない白い瞳が続きを促している気がして、鉄郎は続けた。
「この墓の下の動物は二度と動かない。生きてればあったはずの楽しい時間は二度と来ることは無い」
「それが悲しいんですね」
「うん。だからさっき謝ったんだ。無神経に人の死を掘り起こすのは大抵失礼なことだから……」
「わかりました。それでは、許します」
「え?」
「先ほど謝られ、ましたから。だから、許します」
鉄郎は笑った。
やっぱり変だ。この子。
「ああうん。どうも、ありがとう?」
「はい」
そういえば、と鉄郎は思う。
(魂とか、幸福とは何か、とは聞かないんだな)
のぞみの白い髪がふわりと風になびいた。
鉄郎は思う。この少女は果たして大人になれるのだろうか?死を理解する前に死んでしまわないだろうか?他人ならばいい。けれどこんな風に関わった人間がどこか知らないところで野垂れ死ぬ。
それは、なんとも物悲しい想像だった。
(けど、主人公ちゃんならこの子を守ってくれるだろう)
やりたくないやらなければならないことは、やりたがってる奴に任せるに限る。
そんなクズに過ぎる思考も、鉄郎に言わせれば処世術である。
「そろそろ戻らないか?ここは外だし、いつまでも日に当たってちゃ体に悪い」
「はい……あ、いえすみません。私は鬼でした。追いかけないと」
「なんだ、まだ遊ぶのか?元気だな」
「はい。鬼なのに追いかけないのはルール違反ですから」
「ふうん?」
まるで義務みたいに言う。鉄郎は思ったが、口にはしなかった。
「まあいいか。追いついたら、あんまり遠くで遊ぶなって言ってあげてくれ」
「はい。わかりました」
「その必要はないですよお」
背後から否定の声が二人に投げられる。
振り向くと、そこには生存者グループのリーダーであるあの初老の男性が立っていた。その周りには先ほど駆けて行った子供たちもいる。
「すみません鳥本さん。子供たちの姿が見えないので探しに来たのです」
「そうですか。それはちょうどよかった」
「さ、のぞみちゃん。あっちで遊んでいらっしゃい。でも駄目ですよ、あんまり離れちゃ……君たちも、のぞみちゃんを一人にしないよう、いつも言っているでしょう。のぞみちゃんは大切なんだから……」
「は~い」
子供たちはその男性の説教をてきとうに聞き流して、さっさと行ってしまった。
後には鉄郎と男性が残される。
「もう。すみません、のぞみちゃんを見ていて下さってありがとうございます」
「いえいえ、成り行きです。……そうだ。ちょうどよかった。あなたに今後について少しお話が」
「はい、なんです?」
鉄郎は生存者たちを近くのコミュニティへ連れていくことを提案した。そこには自分のような、いやさもっと強い悪魔使いたちがいて安全だと。規模も大きく不安も少なくなるだろうと伝える。
「なるほど……近くにそんなコミュニティが。しかし、鳥本さんは案内できないのでしょう?」
「ええ。けれどのぞみちゃんがいれば問題ないでしょう。危険な悪魔も少ない」
「分かりました。すぐにでも意見を纏めて決めたいと思います。本当にありがとうございます。なにからなにまで」
「いえいえ。困ったときはお互い様です」
話しているうちに自然と足は動き、吹き抜けへ戻ろうと歩き出す。
鉄郎は別にこの男性と歩きたいわけではなかったが、ここで離れるのはぶしつけだし、言い訳も思いつかなかった。なによりも鉄郎が、この物腰柔らかな男性に悪く見られたくないと思っていたのだ。
「そういえば、のぞみちゃんとはどんなお話を?」
「話?」
「ええ。少し仲良くなったように見えました」
「あ~……」
鉄郎は苦笑いを浮かべた。死の概念について説教を垂れていました、なんてどんな顔をして言えばいいのだろう?と。
「墓を見せてたんです」
「墓?」
「ここのペットショップで飢え死んでいた子たちの墓です」
「ああ、なるほど。それで墓ですか」
「けど、よく分からないって感じでした。死について何もわかってないみたいで」
「そうですか。死について……」
男性の語気が弱くなるのを鉄郎は感じて、
「何かまずかったですか?」
「いえ、何も不味くはありません。けれど、そうですか。死について知ってしまいましたか」
「……」
「いえね、こんな世の中でしょう。今時珍しく無知なあの子には知らないでいて欲しかったんです。その方が幸せかと思いまして」
「それは……なんていうか……すみません」
「ああ!いえいえ、責めた訳ではないんです。私の勝手な願望でして。それでよかったのでしょう、やはりね。知らぬことは不幸ですから」
鉄郎は押し黙ってしまう。
知らぬことは不幸。男性はそう言ったが、そうだろうか。きっとのぞみは今までなら、悪魔に喉を裂かれる寸前であっても恐怖は無かった筈なのだ。死を知らないから。しかし今はそうではない。自分は、彼女に一つ不幸を与えてしまったのではないだろうか?
そんな思考が鉄郎を襲う。
(結局、知ることも知らぬことも不幸なのか)
「名前を……」
「はい?」
「名前を付けたんです。動物たちに。飢え死にしていた子たちに。墓を立てる時に困ったんです。動物たちの墓、じゃ味気なさすぎるし彼らの名前も知らなかった。そもそもペットショップで買われていない動物に名前があるわけがなかった」
「そう……でしょう」
「だから名付けた。死体に。そして埋めたんです」
鉄郎は俯く。
自身が何を喋っているのか。それすらはっきりと分からない。
「彼らは名前なく死にました。けれど彼らは自身に名前がないことどころか、自分が死のうとしていることすら分からなかったかもしれない。けどそれが……幸福なことだったとは思えないんです」
「けれど、そんな墓を立ててあげられる鳥本さんだから、あの鳥、ビスケットちゃん、でしたっけ。も、助けられたんじゃないでしょうか?」
「そうかもしれません。けど、俺にはあそこで助けたのが、あいつにとって幸せなのかすら分からなくて」
「そこは貴方が幸せにしてあげなくては。飼う、ということはそういう事でしょう」
「それは……そうです。俺が幸せにしてやらないと……」
鉄郎は考えが纏まらず、どこか遠くを見るような眼をした。
「……結局、知る知らないの不幸なんてものは、人間の感傷的な、結果論に過ぎないのかもしれませんね」
「……なんか、すいません。変に語っちゃって」
「いえいえ。こんなお話ができたのは久しぶりです。楽しかったですよ」
鉄郎は頬を掻いた。
(今日は妙に喋り過ぎる。のぞみに何か触発されたのか?)
「こんなご時勢ですから。それにこんな風にのんびりお話しできるのも鳥本さんのおかげですし。語らうことができるだけでもよいものですよ」
「そう言ってもらえると助かります。けど働いてるのは燕ですし、礼ならあいつに言ってやってください」
「あ、それはそうですね。もちろん」
若干気まずい空気が流れた。
厳密……と言うかもろに人間でない燕は少しばかり彼らから怖がられているのだ。
鉄郎が作った、人をエサにする事は無い存在であると説明すると、大分ましにはなったのだが。
「けれど残念です」
「なにがです?」
「ここを離れるという事は、もうすぐ鳥本さんとはお別れでしょう?」
「ああ、なるほど……まあ生きてればまた会うこともあるでしょう」
「そうですね。なんたって、少なくとも生きていることは幸福なことのはずですから。ははは」
「幸福、ですか……はは」
鉄郎はその言葉を別に否定はしなかったが、また肯定もしなかった。
歩いているうちに吹き抜けに着く。するとふわりと香る、醤油の匂い。
食事時で、みんなでインスタント麺を食べているのだろう。
「やあお腹が空きましたね。鳥本さんは今日は何味ですか?」
「とんこつの予定です」
「こってり派ですか。いいですね。私も好きなんですが、こう食事が偏るといろいろ歳で……今日は塩ですね。それでは失礼します」
「はい」
そう返した所で鉄郎は、燕とビスケットを忘れていたことに気付く。
このまま一人で飯を食えば間違いなく機嫌を損ねるだろう。
そう思って、180度のUターン。
「本当に残念です。鳥本さん」
鉄郎が見えなくなった後、男性はぼそりと呟いた。