主役になれないモブが使い魔作成でラスボス討伐後の崩壊世界を生き延びるようです   作:きんたろう

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十二、のぞみ(3)

「それを触らせてほしい?」

 

 のぞみはこくんと頷いた。

 大人だけで話し合うからと子供たちの世話を頼まれた。その矢先であった。

 

「それって言うのは――これ?」

 

 鉄郎が指差したのはビスケットだ。

 再び頷くのぞみ。

 

「いいけど……()()って……」

 

 のぞみは首を傾げる。

 

「何か変、ですか?」

「変って言うか……こいつは俺のペットで、家族みたいなもんだ。モノ扱いはちょっとな」

「ペット?」

「愛玩動物――つまり、可愛がるために飼ってる動物のことだよ」

「わかりました。あなたにとって大切な生き物、という事ですね」

「まあ大体合ってる。という事で、優しくな」

 

 そう言って鳥かごを差し出す鉄郎。

 ビスケットはと言えば、慣れない人間が近くにいるからか落ち着きなく右に左に跳ねている。

 

(不安だ……)

 

 鉄郎が見守る中、のぞみはビスケットへ手を伸ばし――

 むんず。とそんな効果音が聞こえてきそうな鷲掴みだった。

 

「あいたっ」

「優しくって言ったろ!?」

 

 案の定手を突かれるのぞみ。

 ビスケットは暴れて鳥かごをから飛び出した。

 

「ああほら、血が出てる」

 

 のぞみの皮膚は見た目通り薄いようだ。小鳥の一撃で針を刺したように血がぷっくりと膨れてきている。

 

「ご主人?血の匂いがするんだけど……」

「鼻がいいな燕。丁度いい。絆創膏かなんか持ってきてくれ」

「いきなりパシらせるの!?ご主人はなにか、わたしを都合の良い女とか思ってるんじゃないかな!」

「後でポテチやるよ。湿気ってないの」

「あらほらさっさ!」

 

 調子のいい奴、と鉄郎はつぶやいた。

 

「平気か?」

「はい」

「じゃあ大丈夫だろうけど、一応洗うか。動物の口だ」

 

 のぞみの手を引いて立ち上がる。

 水は地下階の冷暗所にまとめてあるのだ。

 吹き抜けにあるもう動かないエスカレーターを降りればすぐだ。

 

「あれ、鳥本さん。のぞみちゃんも。どうかしたんですか?」

「あ……ここでお話されてたんですね」

 

 そこには生存者グループの大人たちが集まっていた。先の鉄郎の提案を話し合っていたのだろう。

 

「のぞみちゃんが怪我をしてしまって。大したことは――」

 

 大したことはないのですが。鉄郎はその言葉を言い切ることができなかった。

 生存者グループの大人たちが異様な反応をしたからだ。

 顔を紅潮させるもの青ざめさせるもの。息を荒くするもの止めるもの。悲鳴を上げるもの目を覆うもの。

 

「だっ、大丈夫なんですか!?」

 

 そう叫ぶのはいつもの男性だ。のぞみに縋りつくようにその体を検める。

 

「ゆ、指先から少し出血してるだけです。な、なんです一体」

「血!?血ですか!?のぞみちゃんの血が!?我々の血が!?」

「いえあなた方の血ではないと……」

 

 鉄郎はのぞみの顔を覗き見る。のぞみの表情に特に変化はない。()()はいつものことなのだろうか。

 

「そうですか……それは、よかった……」

「えっと、じゃあお邪魔しました!」

 

 ミネラルウォーターの入ったペットボトルを引っ掴み、元来た道を戻る鉄郎。

 

「…………ずいぶん、大事にされてるんだな……?」

「はい。みなさん優しくしてくれます」

 

 大事にする、なんて絹と亜麻と綿で三重に覆ったようなオブラートな表現だ。

 異常な執着をすら感じる光景だった。

 しかし、とも鉄郎は思う。生き残るすべの一切を彼らはのぞみに依存しているのだ。ああもなるのかもしれない、と。

 

「……ほら、指出して」

「はい」

 

(どうせすぐお別れする人たちだ。気にしてもしょうがない)

 

 そう考えることで鉄郎は思考を切り替えた。

 ペットボトルからのぞみの指先に水を掛ける。

 

「すみませんでした」

「え?」

「ビスケットを怖がらせてしまいました」

「あ、ああ。そうだな」

 

 そのビスケットはと言うと、吹き抜けの二階部分の手すりに掴まってじっとこちらを見ている。

 

「どうせ初めてだったってんだろ?鳥を触るの」

「はい、そうです。……どうしてわかったのですか?」

「分からいでか」

 

 鉄郎は指の洗浄を終え、燕の姿を探す。と、普段鉄郎と燕で使っている机の上に、紙と絆創膏を見つける。

 紙には、『ポテチはいただいた!』とへたくそな文字で綴られている。

 

「緊張感がねえな……」

 

 主人と悪魔用レーダー(のぞみ)を置いてどこへ消えたのか。

 どうせ日当たりのいいところで転がってポテチを貪っているに違いない。鉄郎は鼻を鳴らした。

 

「ま、次は優しくしてやってくれ。撫でるようにな」

「次、ですか?」

「ああ。ビスケットー!」

 

 鉄郎はのぞみにさっさと絆創膏を巻くと、鳥用エサの袋を振り回した。

 それに応えてあっさりとビスケットは二人の所へ飛んでくる。

 

「単純なんだよ。鳥だから」

 

 鉄郎はのぞみに手のひらを皿のようにさせ、そこに鳥用エサを乗せた。

 するとビスケットはぴょんとのぞみの手に飛び乗り、啄むようにエサを食べ始めた。

 

「わ……」

 

 戸惑っているのだろうのぞみは驚きのまま硬直し、動けない。

 

「いいか……鳥みたいな繊細な動物に触るときは、指一本だけで、そして指の腹で撫でるんだ」

「は、はい」

 

 鉄郎はビスケットを撫でる。食事中だからか、ビスケットはくすぐったそうに身を捩ったが、それだけですぐエサを啄む作業に戻る。

 

「撫でてあげて」

「はい……」

 

 そっと、今度は過剰に恐る恐ると言った様子でのぞみがビスケットに触れる。

 その茶色の毛並みがのぞみの指を柔らかく押し返す感触に、のぞみは目を見開いた。

 

「ふわふわ、です。すごい、なにこれ……すごい、です」

「あー……、こういうのは可愛いって言えばいいんだ」

「かわいい、ですか?すごい、すごいかわいい……です」

 

 鉄郎は笑った。

 面白さから来る笑いではない。誤魔化すときの苦笑でもない。心が暖かくなって、自然と表情筋が緩む、そんな笑みだった。

 のぞみはその白い頬を赤くして、ビスケットに夢中だ。

 やがてエサを食べ終えたビスケットを鉄郎が鳥かごへ戻す。

 

「あ……」

「……そんな取り上げられた、みたいな顔しないでくれ。鳥ってのは食べた後すぐフンを出すんだよ。だから、また今度機嫌がいい時にな」

「……はい。わかりました」

 

 そういえば、と鉄郎。

 

「どうして急に触りたいなんて?興味は前からあったのか?」

「いいえ。先ほどのお話を聞いて、興味が湧いたのです」

「さっきのって……ああ、さっきの」

 

 鉄郎が死について講釈を垂れたときの事だろう。

 鉄郎にとってこの事実は半ば黒歴史と化しつつあった。

 

「死んでしまうことは、悲しい。なら、生きていることは嬉しい、ですよね?」

「……なるほど?」

 

 生きることは嬉しいこと。それは、燕にもあの男性にも言われたこと。

 だが鉄郎自身はそう思っていない。生きることは頑張ることであり、頑張ることは辛いこと。鉄郎は自身がマイノリティであることを自覚した。

 

「あの、撫でられるのは気持ちいいのですか?」

「え。なんで?」

「ビスケットが、撫でられて気持ちよさそうでしたから」

「……気持ちいいんじゃないか?多分」

 

 鉄郎は曖昧に言った。

 なにせ鉄郎自身撫でられる様な経験は少ない。子供の時分にぼんやりと両親に撫でられていた記憶がある、気がする。と言う程度で、動物を撫でるのも、そうすれば動物は喜ぶといういわば先入観の様なものである。

 

「わからないのですか?」

「う、うん。悪いな」

「では、撫でてください」

「はい?」

「では、撫でてください」

 

 のぞみは声の調子を全く同じに繰り返す。

 

「いや、え、いいのか?触って?」

「いいです」

 

(……まあいいか。別にやましいことでもない)

 

 鉄郎はゆっくりと手を伸ばす。のぞみはただその手の動きを目で追って、頭を俯けるなどの撫でられる姿勢を一切見せない。

 

(……やりにくいな!?)

 

「ん……」

 

 そうして、鉄郎の手がのぞみの頭のてっぺんに触れる。その仕草は撫でる、というより置く、と言う感じだ。

 コクリ、と鉄郎の喉が鳴る。

 無知な少女に(撫でるという)気持ちよさを教える。字面だけなら完全に事案である。

 そのシチュエーション故なのか、鉄郎は妙に緊張していた。

 ようやく、鉄郎の手が左右へ動く。

 

「……よくわかりません」

「そ、そうか!?いや、そうだよな!そんなもんだ!」

 

 鉄郎は笑って誤魔化して、手を離そうとする。その動きを、のぞみの次の一言が止めた。

 

「もっと強くお願いします」

「え?」

「もっと強くお願いします」

 

 この少女の瞳を見れば、いかがわしい意図など全くないことが分かる。

 なによりここで躊躇などすれば、それは意識している鉄郎自身がいかがわしい、という事になりかねない。

 

「わ、分かった」

 

 髪の表面をなぞるだけだった手の動きを変える。その白い髪の毛を指が掻き分け、頭皮へ触れるんじゃないかと言う具合の力加減。

 

「ん、ん」

 

 小さなのぞみの頭は、鉄郎の手の動きに合わせて右へ左へ小さく揺れる。

 ビスケットが鳥かごからその動きを興味深そうに見ていたと思うと、自身の体も右へ左へ、のぞみに合わせて動き出した。

 

「あ、ん……」

 

 のぞみの頬が僅かに紅潮している、様に、鉄郎には見えた。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 のぞみがそう口にしたので、鉄郎はゆっくりと手を離した。

 見ると、鉄郎の指に幾本かのぞみの白い髪の毛が絡まっている。

 

「……」

「なに、してるんだ?」

「頭を撫でています」

 

 のぞみは何故か今、自身の頭を自身で撫でていた。

 

「……?」

 

 そして、不思議そうな顔を作った後、再び言った。

 

「では、撫でてください」

「いや、なんで!?」

 

 鉄郎迫真のツッコミだった。

 無理もないだろう。

 撫でを要求してきたと思ったら、自分で頭を撫で始めて、また撫でを要求してきた。

 言葉にして並べても、まったく意味が分からない。

 

「自分で撫でるのとは、違う気が、したのです」

「……なにが?」

「わかりません。ですから、撫でてください」

 

 鉄郎はため息を吐いた。

 よく分からない。よく分からないが、まあいいだろう。別にやましいことではないのだから。そういいきかせて。

 

「じゃあ……」

「はい」

 

 のぞみは目を閉じる。

 その無防備さにまたも心を擽られる鉄郎だったが、動揺を抑えて、再びのぞみに触れた。

 

「……っ……」

 

 鉄郎の手つきは、少し慣れて来たのか、さっきより大胆だ。

 愚直に撫でるだけでなく、髪を摘まんで梳いたり、生え際をなぞってみたり。

 

「あう……」

「……」

 

 有体に言って、楽しんでいた。遊んでいた。

 無感情な印象を受けるのぞみの反応は、鉄郎の何かを刺激していた。

 

「ん……んぅ、あ」

「……」

 

 耳に触れる。嫌がらないのを確認して、少し引っ張ってみる。

 

「あっあっ、ん」

 

(これ行けんじゃね?)

 

「……いや何が!?」

「わ」

 

 鉄郎は正気に戻った。

 そして、頭を抱える。

 

(なぜ髪を撫でていただけのはずなのにあんな雰囲気に雰囲気って言っても俺が勝手に盛り上がってただけかこんなロリに俺はロリコンでないはずあんな声を出すのぞみも悪い)

 

「あの……?」

 

(いやロリのせいにしてどうする恥ずかしくないのか完全に調子に乗ってたなまるきり童貞丸出しだった恥ずかしい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい)

 

「あの」

「……はい?」

 

 鉄郎の自己嫌悪による自己攻撃は、のぞみの声で止まった。

 

「どうかしたのですか?」

「い、いや。どうもしない。悪い……それで、何か分かったのか?」

「いえ、やはりわからないのです」

 

 鉄郎は少し迷った末に、

 

「話してくれたら、力になれる……かも?な?」

「……そうですか。では話します。先ほどあなたに、撫でられた時と、私が自分で撫でた時では、違う、のです」

「違う?」

「はい。あなたに、撫でられた時は、なにか胸に、なにか分からないものがあったのです。それは、自分で撫でた時は無かったのです」

 

(お?なんだ攻略フラグか?)

 

 そんなことを思う鉄郎だったが、

 

(いや、さっき反省したばっかりだったな……)

 

「それは多分、安心感って奴だろう。人間、別の体温を感じると安心するって、よく言われるだろ?」

「いいえ、初めて聞きました」

「そうか。とにかく、自分以外の体温には心を落ち着かせる効果があるって言われてるんだ。ほら、アニマルセラピーなんて言葉もあるしな」

「アニマルセラピー?」

「動物と触れ合う事で、心のストレスが癒されたり精神的な健康を得たりできるって治療法のこと」

 

 のぞみはビスケットを見た。

 

「ビスケットに触ると、傷が治るのですか?」

「精神的な、な」

「すごい、です……では、あなたにもそのような力があるのですね」

 

 なにやら可愛らしい勘違いをしているのぞみの様子に、鉄郎は破顔した。

 

「そんな力があったらな、俺にも……木ノ実みたいに生きれたのかもな」

「木ノ実?」

「これからお前が世話になりに行く奴の名前だよ」

 

 ぽん、とのぞみの頭に手を置き、わしわし、と撫でる鉄郎。

 

「あう、あう」

「あいつなら、お前を大事にしてくれるよ。まともにな。……って、うん?」

 

 鉄郎はぴたりと手を止める。

 

「な、なんです、か?」

「なんか、目赤くない?」

 

 いつの間にか、白かった筈ののぞみの瞳は血の様な赤色になっていた。

 

「赤い、ですか?」

「ああ、赤い。よくそうなるのか?」

 

 そう問うと、のぞみは慌てて目を覆い隠してしまう。

 

「すみません。あまり赤い目、は人前で見せるなと……」

「そう、なのか。大丈夫なのか?」

 

 やはり何かの病気を持っているのか。そんな心配をする鉄郎だが。

 

「大丈夫、です。生まれつき、時々、こうなります」

「それはどんな時に?」

「以前、悪魔からみなさんを隠したとき、そうだったと言われました」

「ああ」

 

 そういえば、そんな話をあの男性がしていた。と鉄郎。

 

「色素の薄い人間は血の色が瞳に出るって言うし……のぞみの場合は、興奮したりしたらそうなるのかもな」

「興奮、ですか」

「ああいや、変な言い方になったな。つまり、血のめぐりが早くなったらってことさ」

「なるほど。わかりました」

 

(何が分かったんだ?)

 

 鉄郎の疑問は、リーダーの男性が「話終えた」と地下から上がってきたので、口にされることは無かった。

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