主役になれないモブが使い魔作成でラスボス討伐後の崩壊世界を生き延びるようです   作:きんたろう

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十五、まな板気分

 次に鉄郎の目が覚めた時、そこは見覚えのある場所だった。

 二週間ほど生活して、もう見慣れた、ショッピングモールの吹き抜けだ。

 

(う……?)

 

 鉄郎はその鈍痛に顔をしかめた。

 頭が、側頭部が痛む。まるで殴られたみたいに。

 

(いや、みたいに、でなくて。俺は殴られたんだ……)

 

 ようやく、鉄郎の思考が回りだす。

 

(一体、誰に?悪魔?いやまさか。じゃあ?)

 

 鉄郎は辺りの様子を伺おうとして――そこでようやく、自分が拘束されていることに気付く。

 首と目の動きだけで辺りを見回すと、生存者グループの大人たちが周りにいた。縛られもせず。

 

「おや、気付かれましたか」

「……っ」

 

 鉄郎に声を掛けたのはやはり、初老のあの男性であった。

 状況を考えれば、間違いなく彼らが下手人。だと言うのに、彼の態度はいつもと全く変わりない。

 

「申し訳ありません。こんな手荒な真似をして」

「な、ぜ。目的は……!」

 

 鉄郎は拘束を抜けようともがくが、当然拘束はびくともしない。今鉄郎は仰向けに、大の字で磔にされているのだ。

 

「目的ですか。それはですねえ、我々が神の血を拝領することにあります」

 

 神の血。その言葉を口にした瞬間、彼ら大人たちはにへら、とだらしなく微笑んだ。

 

「血!?だが俺は……」

「ああ、いえいえ。鳥本さん、貴方の血の事ではありませんよ」

「じゃ、あ。まさか……」

「ええそうです。えっと、のぞみちゃんは……」

 

 そんな間の抜けた言葉とともに、椅子に縛られた格好ののぞみが彼らの一人に押されて出てきた。

 

「……!」

 

 のぞみは、何が何やら分かっていないと言った表情だ。

 

「彼女です。彼女こそ、神の血を引くものなんです」

「何をバカな……」

「いえいえ、それは貴方が彼女を知らないから言えるのです。現に、彼女は救世主足り得る力を持っている」

「それは、錯覚だ!誰もが持っている力が、少しばかり強いというだけで――」

 

 鉄郎は、のぞみの力の普遍さを解く。

 確かに、のぞみの霊視の力は一般人のそれを遥かに超えるものを持っている。だが、霊視の力は誰もが持つもの。誰でも幽霊に背後に立たれれば悪寒が走るのだ。

 しかし――

 

「いえ!貴方は知らないんです。鳥本さん。知らないだけなのです!」

 

 彼のいつもの調子が崩れ始め、高らかに、歌うように言う。

 

「血の拝領!素晴らしい!我々は神へ近付く!悪魔などもう怖くない!以前の日常が帰ってくる!」

「……」

 

 僅かに。鉄郎の心に、僅かに、彼らに同情する心が芽生えた。

 

(以前の日常、か。この人たちも結局、怖いから何かに縋ってるんだな。俺が燕に縋るみたいに)

 

 鉄郎には、この悪魔に溢れる世界を生き抜く術があった。しかし彼らはどうか。自己の生存の一切をあの小さな少女に依存すると言った生活は。一歩間違えれば喉を裂かれはらわたを貪られる恐怖とは。

 こんな狂気に身を委ねるのも、仕方ないと言える環境かもしれない。

 

(失敗したぜ。崩壊世界のショッピングモールに来る集団なんて、そんなの、怪しいに決まってるのに……)

 

 鉄郎は自嘲する。

 鉄郎はすっかりと彼らを信用していたのだから。あの人の好い笑顔にすっかり絆されて、悩みをうちあけていたのだから。

 

「なら、なぜ俺を捕まえる?俺がいないところでやればいいだろう。わざわざ燕を誘き出して」

「いえいえ、ここ以上に安全な場所はありませんから……それに!貴方には大事な役目があるのです!」

「?」

「不思議そうな顔をされてますね。ええ、そこなのです。ここなんですよ。彼女の血を戴くだけなら、注射器があれば事足りるのです。けれど、ああけれど……!」

 

 男性が顔を失せると、周囲の大人たちも同調するように悲しそうな顔を作った。

 

「彼女には悪魔の血が混ざってしまったんです!」

「悪魔の……?」

 

 鉄郎はオウム返しに聞く。

 これは勿論、時間稼ぎのためだ。あのビルの煙は、こうなっては100%罠だったろう。だがそれは彼らが燕を脅威に感じていることにほかならない。

 ならば、燕が戻ってくれば、なんとかなる。

 鉄郎は今、その希望に縋るしかなかった。

 

「そうです。悪魔です。現に、私は彼女の血を少し飲みましたが、何も変わりませんでしたから」

 

(もう飲んでたのかよ……)

 

 思わず、絶句。

 

「まあ詳しいことはいいでしょう」

 

(し、しまった……!話を終わられちゃ困るんだよ……っ!)

 

「今日を選んだのは、今日が満月だからです。鳥本さん。貴方には悪魔の血の受け皿になってもらいますよ」

 

 不味い、そして怖い、と鉄郎は感じた。

 満月だとか、血の受け皿だとか、彼は智者でもないのにそれっぽいことを言っている。自身の偏った知識に則って儀式を行う。そんな輩は、いったい何をやらかすか、分かったものではない。

 

「どうして悪魔の血の受け皿が俺だ!?俺は人間だぞ!」

「いいえ。私は見たのですよ。貴方が燕さんに血を与えているところを」

「!!」

「燕さんは人間ではない。人間でないなら、悪魔でしょう。貴方は否定していましたが……人間でなく悪魔出ない存在とはいったい何です?存在するのですか?神はいるでしょう。しかし燕さんは神ではない。即ち、悪魔だ」

 

 彼らがモールに現れてから燕に血を与えたのは二度。

 それを見られていた。

 

(どうしようもない……何を言っても無駄だ……彼らの中ではそれが正しい事になってるんだから)

 

 男性が、別の大人から新聞紙で包まれた何かを受け取った。

 中から出てきたのは、いかにもよく切れそうな包丁だ。天窓から差し込む僅かな光を映して、どこか妖しく見える。

 

「悪魔に血を与える存在。それが悪魔でなくて、一体なんなのです?」

「ちが、ちが……う。違うんだ……」

「ですが鳥本さん。確かに貴方は我々を守ってくれた。出来れば殺したくない。暴れないで下さい、よ……」

 

 男性はどこから取り出したのか、透明なプラスチック製の定規を持っている。

 鉄郎の服を捲ると、腹を露出させる。

 そして、腹に定規を当て、

 

「13センチ、13センチだ……」

 

(まさか、おいまさか)

 

「やめっ――」

 

 定規に沿って、包丁の刃が音もなく沈む。

 

「が、ぐあ、あああああああああ!?」

 

 熱い。痛い。生温かい。

 そんな感覚だけが鉄郎を支配する。

 

「あああああぁあああ!!!」

 

 包丁の動きが滑らかだったのは最初だけだ。

 その切れ味は血と脂肪と油でどんどん落ちていく。

 やがて男性は苛立ち、強く力を込めて包丁を引いた。そして、勢い余って“予定”より深く刃を入れてしまう。

 

「おっと、これは失敬」

「かっ!?!???ぁは????」

 

 先ほどよりも強く深い熱。

 肺から空気が全て抜けたところで呼吸が止まる。

 鉄郎は理解する。

 次に息を吸った時が、地獄だと。

 

(やめろやめろやめろやめろ、耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ)

 

 だが人間、ずっと呼吸を止められるように設計されていない。

 やがて、限界が訪れ、すぅ、と筋肉が弛緩していき――

 

「がかあああああああああああああ!!!!!あぐ、あぐ、ぱ」

 

 また呼吸を止める。そして限界が訪れる。

 その繰り返しであった。

 涙が止まらず、暴れすぎて手足の拘束に触れている皮膚が裂けている。だがそんなことに気付く余裕は鉄郎には無い。

 

(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺)

 

 鉄郎にはもう先ほどの同情心などかけらも残っていなかった。

 ただ心で呪詛を唱え、それを支えに踏ん張る。

 そして鉄郎は自問する。己は何のために踏ん張るのか?とっとと死ねたら楽なのに。

 

「やあ、上手くいきました!ピッタリ13センチですよ!」

「ああよかった!」

「血を拭かないと」

「ああいえ、それより予備の包丁を出してください。そちらの方が早い」

 

(狂人どもがああああ!!!!)

 

 自分の腹を裂いてニコニコ笑っている連中がいる。その事実に恐怖と怒りがない交ぜになって、血となって口からあふれ出す。

 

「じゃあのぞみちゃん。ちょっと痛いけど、我慢してね」

「……?」

「同じ場所を傷つければ、悪い血はみんなあっちに流れるはずだからね」

 

 のぞみはやはり、何が起きているのか分からない様子であった。

 背もたれを倒されて、鉄郎と同じように腹に定規と包丁を当てられても、表情は変わらない。

 

「き、や、あああああああ!!」

 

 のぞみの悲鳴がこだまする。

 鉄郎は、男性が背を向けて手元を動かす後姿を見ることしかできない。

 

「あれ、鳥本さんより血がたくさん出るなあ」

「ちょっと!のぞみちゃんは体が小さいんだから!!その分浅くいかないと!」

「ああ、それはそうだった」

「やだ、やだやだ、いやだ!いやだいやだ!助けて助けてたすけて!!!!」

「おお、見ろ!赤い眼だ!悪魔めこの期に及んで抵抗するとは!」

 

 もしかして、と鉄郎はぼんやりとした意識で考える。

 

(もしかして、のぞみは、痛いって言葉を知らないんじゃないだろうか……)

 

「――ご主人!!」

 

 何かが燃える音。悲鳴。

 それらをコーラスに、鉄郎の意識は沈んでいった。

 

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