主役になれないモブが使い魔作成でラスボス討伐後の崩壊世界を生き延びるようです 作:きんたろう
「起きて、起きてよご主人!ねえ!」
声。誰かの声。血を分けた家族の声。
ガラスを通したかのように薄ぼんやりと。しかしその声は確かに彼の意識を呼び覚ます。
「お願い、起きて!ねえったら!お願い……うぅ」
水面下から昇ってきた泡が、水面で弾ける様に、鉄郎の意識が覚醒する。
「あ……」
「ご主人!?起きたの?ね、起きたの??」
鉄郎にまず見えたのは、燕の泣きじゃくる顔。
どうやら自分は、燕に抱きかかえられるように寝かされているようだ。と鉄郎は気付く。
「起き、たよ」
「水、水飲んで、水!ね?」
ペットボトルが差し出され、鉄郎は言われるまま口を開ける。僅かに傾けられたペットボトルから溢れる様に零れる水を口に含む。
唇や口内で固まって乾いていた血が溶け、その味が鉄郎の舌を刺激した。
「うっつ……!」
こくり、と嚥下すると、脇腹の辺りに痛みが走る。
「大丈夫?ごめんね、治し方なんて知らなくて……」
鉄郎が震える手で自分の服を捲ると、そこには包帯とガーゼの山が。
燕が施したのだろうが、それはお世辞にも上手とは言えなかった。
(血も、止まってない……)
包帯の下の感触で分かるのだ。
「俺、何分、寝てた……?」
「五分くらい……かな。ごめんね、下手で」
「謝らなくて、いいから。それより、針と糸、だして」
「う、うん」
燕の指先から、墨で描くように針と糸が現れる。描いたものを実体化させる、彼女の能力だ。
「包帯、どけて」
「うん」
燕は言われるまま鉄郎の指示に従う。
「こりゃ、ひで……」
鉄郎は目を覆いそうになった。しかしそんな体力も無い。
鉄郎の腹の傷は、あの男性の言葉を思い出すなら、13センチだ。それが腹の筋肉を避けるようにして、まっすぐ右わき腹にある。
(切り口自体は、そこそこ綺麗。けど一部の血が固まって、妙なくっつき方をしてる。内臓が無事だといいけど……)
放っておけば致命傷。そう鉄郎は判断する。
「燕。傷口を洗ってから、縫ってくれ」
「ぬ、縫う!?そんな、わたしそんなことしたことない!」
「大丈夫、傷を抑えられればいいんだ。雑でいい……」
鉄郎は今度こそ自分の傷から目を逸らした。
自分の傷が縫われるところなぞ、見れたものではない。
「わ、わかった。やる……」
「針は、細いのでな……?」
「分かってる!」
燕は鉄郎を床に寝かせると、その横に座り込む。鉄郎は呼吸を止め、舌を噛まないために自分の袖を噛んだ。
今か今かと待つ鉄郎に、針が沈む。
「――ッ!!」
針が肉を掻き分け、糸が肉を引っ張る強烈な感触が鉄郎を襲う。
おぞましく、吐きそうになる。
なりながらも、
「……終わったよ」
「あ、ありがとう」
鉄郎はそれに耐えきった。
だが、まだ終わっていない。
「じゃあ、傷を焼いてくれ」
「え……!?」
焼灼止血法、と言うものがある。出血面を焼くことで蛋白質の熱凝固作用によって止血する方法である。
しかしこれは世界が剣と鎧で戦っていた時代に行われていたものである。とても近代的とは呼べない、止血の代わりに火傷を負わせるという野蛮の誹りを免れ得ない治療法だ。
だが、
「……わかった」
「表面を焙ってくれればいい。お前の糸は燃えないしな」
燕は思うところあれど、何も言う事は無かった。
時間が無い。立ち往生するだけ血は流れ、それは取り返しがつかないのだ。燕は使い魔として、主の判断を信じるしかなかった。
もうこの世界には無いのだ。電話一本で飛んでくる救急車も、あらゆる機材を使いこなす医者も、清潔な針と糸も。
そして燕は傷口に手をかざす。
「熱――ぐ――うぅ」
「できたよ」
「あ、ああ。血は、止まったな」
痛みは一瞬だった。
ぐちゃぐちゃだった傷は取り敢えず糸で縫われ、血も止まり、多少白っぽくなってはいるが、最低限繕うことができたと言えるだろう。
鉄郎は大きく息を吐いた。
「のぞみは?」
「……ご主人よりひどいよ」
「生きてるんだな?」
こくり、と燕は頷く。
「同じように頼む。包帯は自分で巻けるから」
そこで鉄郎は、やっと周りを見る余裕ができる。
辺りはひどい有様であった。燕がかなり暴れたのだろう、あちこち焦げて、崩れている。
生存者グループの大人たちもばらばらに倒れている。手の無い者、足の無い者、焦げている者、外傷は無いがピクリともしない者。血だまりに沈んでいる者まで。
(し、死んでるのか?相当抵抗したんだな……)
そういえば、と鉄郎は辺りを見渡す。
よくのぞみと遊んでいた子供たちの姿が見えない。果たして、子供たちもあの狂気に飲まれていたのだろうか?
(そうは思いたくない。少なくとも、無邪気に遊んでいた……ように見えた)
そこで、遠くの柱の陰からこちらの様子を伺う子供を一人、見つける。
鉄郎はなんと声を掛けるか迷い、
「そこの子……怪我は無いか?」
その子供は頷くと、恐る恐る傍に寄ってくる。
「……悪かったな。こんなことになって。多分、お前は何も悪くないのに。ほかの子供は?」
「近くに、いる」
その子供が答えると、店の陰から、瓦礫の陰から、植木の下から子供たちが出てきた。
(今まで生きてきただけあって、かくれんぼは得意みたいだ)
「ひい、ふう、み……」
三人。
鉄郎はその人数が減っていないことに若干の安堵を覚えた。
「なあ、お前らはのぞみが神様の血を持ってるって、それを飲めば前に戻るって、そう思ってるのか?」
「……そんなの、分かんないよ。大人の人は、みんなそう言ってたけど……」
「君は?」
「ぼ、僕も、分からない、です」
「そうか……君たち、あの中にお父さんか、お母さんは?」
「いないよ。みんないない。はぐれちゃったんだ」
(それは良かった)
鉄郎はほっと息を吐く。
子供が、自分の両親が妙な思想に傾倒しているのを見て、倒れ伏している姿を見て、良い気持ちになるはずが無い。
(しかし、はぐれた、ね……)
そんな優しい嘘を吐ける人間なのに、どうして人の腹を裂くことに躊躇が無いまでになってしまったのか。鉄郎にはそれが疑問だった。
(ひとまず子供たちは信用しよう……燕もいるし、大丈夫だろう)
「なあ、大人たちはなんで、のぞみの事を神様だなんて、神の血を引いてるだなんて思ってるんだ?」
子供たちは顔を見合わせて、やがて一番背の高い男の子が前に立って、喋りだす。
「あのね、のぞみは普通じゃないんだ」
「それは知ってる。悪魔の位置が分かるんだろ?あと、みんなを隠せる――」
「それだけじゃないんだ!ね、のぞみって何歳に見える?」
「えっと、十歳前後だろ?多分」
「違うよ。のぞみは、僕らの誰より年下なんだ――」
その場の子供たちで一番下に見える子は、七歳程度に見える女の子だ。
それより年下。なるほど早熟なようだが、それだけで……?
鉄郎のその疑問は、男の子の次の一言でまったくの見当違いであると知らされる。
「のぞみはね、まだ、生まれて“一ヵ月と少し”なんだ」
「は――?」
「嘘じゃないよ!ほんとなんだ!」
鉄郎は男の子を見る。
その必死な様子は、とても嘘を言っているように見えない。
鉄郎はそこで唐突に、子供たちの気持ちを理解した。彼らは、縋っているのだ、鉄郎に。今まで頼っていた大人たちが倒れ伏して、今縋れるのは鉄郎しかいないのだ。
であるならば、と鉄郎は思う。
なおさら嘘を言うようには、思えない。
(あ……)
『ずっとふらふらしてる』『ふらふらとはなんですか』『両親は』『知りません』
鉄郎の脳裏に今までののぞみとの会話がフラッシュバックする。
(確かに、妙に無知だった。確かに、違和感はあった。しかし……)
「い、一ヵ月ってことは……」
「うん、悪魔がたくさん出てきたらだよ。最初僕たちが逃げてるときは、もう一人妊婦さんがいたんだ」
「その妊婦さんが……」
「逃げてる途中でのぞみを産んだんだよ」
「じゃあ……何か?生まれてきた時には、もう少女だったのか?」
「ううん。生まれた時は普通の赤ん坊だったよ……よく泣くから、連れていくかどうかですごい揉めてた。でも、のぞみが泣かなかった方に進むと、不思議と悪魔に合わなかったんだ」
男の子は続ける。
「そしてのぞみはすごい速さで成長したんだ。一日に何センチも背が伸びたし、五日もすれば自分で歩いてた」
「けど、俺は一週間ここにいたぞ?そんな露骨な成長なんて……」
「のぞみが今の見た目になったのはお兄さんに会う一週間ぐらい前だったと思う。ちょっとずつ成長スピードも落ちて来てたし、“十分”なんじゃって、大人の人が言ってた……」
(十分ってのはつまり、生き延びるために必要な最低限の肉体ってことか……)
「最初はのぞみを悪魔なんじゃって言う人もいた。けど、のぞみは僕たちの為に天が使わせた神の子だって、最後はみんなそう言ってた」
「……じゃあ、のぞみの母親はどうしたんだ?のぞみを産んだはずだろ?」
「のぞみのお母さんはね……のぞみを産んですぐ死んじゃったんだ。その前の日に悪魔に噛みつかれてて」
『悪魔の血が混ざってしまったのです』
鉄郎は先ほどのリーダーの男性のセリフを思い出していた。
「そういう事か……」
絶句。であった。何も言葉が出てこない。
神の子。世界が壊れて生まれてきた、希望の少女。鉄郎は思う。子供たちの話が本当なら、あながち馬鹿にできない話かもしれない。
「ああああう!!?」
悲鳴だ。誰の?決まっていた。
「のぞみ!」
「ご主人!ちょっと抑えてて!!」
「おう――いっつ!!」
暴れるのぞみに寄ろうとして立ち上がり、しかし膝をつく鉄郎。
「ご主人!?」
「悪い……まだ、無理。一人で何とかしてくれ」
「後で血、貰うよ?」
「殺す気か。無理をしろ」
軽口を叩きあう二人。
燕は半円状の拘束具を描き、地面に打ち込んでのぞみの腕を固定する。
だが、
「えっ!?」
その拘束はのぞみが触れた途端、パキン、と薄いガラスのように壊れてしまう。
「なにこの子!もう!」
燕の目が妖しく輝く。腕が真っ黒に染まったかと思うと、べり、と黒色が剥がれる。見た目には、燕の腕が四本あるようだ。
燕はのぞみの足に乗っかり、腕を黒い腕で掴むことでのぞみの動きを抑えた。残った腕で針と糸を通していく。
(これで急場は凌げた……かな)
安堵する鉄郎の耳に、チリン、と鈴の音。
「……さて、子供たち」
「……なに?」
「これからどうするつもりだ?」
「どうするって……分からないよ。そんなの」
その男の子の言葉に、周りの子供たちも同調する。
「ま、そうだろうな……俺はこれから、のぞみを近くのコミュニティに連れてくつもりだ」
近くのコミュニティとは無論、猪鹿倉木ノ実のコミュニティの事である。
「……付いてくるか?」
「……」
子供たちは顔を見合わせて、戸惑った様子だった。二言三言話した後、倒れる大人たちを見て、
「付いていきます。連れてってください」
「……分かった」
鉄郎は腹の傷を撫でた。
「燕!終わったか!?」
「丁度!これからどうするの?」
「出戻りだよ!業腹だけどな」
「……立てる?」
「無理だ」
「背負って行こうか?」
「駄目だ。お前は唯一戦えるコマなんだ」
「少し休んでからでも……」
「いや、時間が無い」
鉄郎は先ほどからチリンチリンとうるさいワイヤーロープを指さした。
何本かは先ほどの騒ぎで切れてしまっていたが、残った全てがやかましく鳴っている。
つまり、悪魔が迫っているのだ。
「もう囲まれだしてる……血の匂いを嗅ぎつけられたな」
鉄郎とのぞみが流した血。そして燕が大人たちに流させた血。
サメは一キロ先の血の匂いにも気付く、なんて話もあるが、悪魔の血に対する嗅覚はそれに近いものがある。
特にグールと呼ばれる死体を食う悪魔。嗅覚が鋭く、群れる習性を持ち、何より他の悪魔を呼び寄せる。グールのいるところには血がある、つまり人間がいるからだ。
「って、お?ビスケット……!無事だったか!!はは」
今までどこにいたのか、鉄郎の傍をぱたぱたと飛ぶビスケット。
茶色の羽をはためかせて、どこか調子が良さそうだ。
「ご主人……ごめんね」
「なんで謝るんだよ燕。今回のことは別にお前のせいじゃ……っておいおい元気だな、ビスケット」
「違うよ、ご主人。違うの……」
燕はある場所を指さす。
鉄郎はそちらに視線を送る。彼の目に映るのは瓦礫だけ――いや、鳥かごだ。壊れた鳥かごが、半分瓦礫の下敷きになっている。
「あ……?」
鉄郎はよろよろと、体を引きずって“それ”に近づいていく。
(いや、だから、うまく鳥かごが壊れて、逃げれたって、そういう事だろ。そうなんだろ?)
見る。近づく。薄暗い中で、段々と“分かって”いく。
鳥かごの中でビスケットは、折れた鳥かごの支柱に貫かれて、死んでいた。
「――ビスケットね、自分が死んだって、気付いてないみたい」
「あ……」
『俺が幸せにしてやらないと』
「ああ、あ……?」
鉄郎は、指を一つ伸ばす。ビスケットに教えた、このゆびとまれのポーズ。
ビスケットはその指目掛けて飛び、足を伸ばし――そしてすりぬけて、地面に落ちた。
ビスケットは不思議そうに、小首を傾げて、鉄郎を見る。
「ごめんなさい……わたしが暴れすぎちゃって」
鉄郎は燕を見た。
燕の表情は、申し訳なさそうで、悔しそうで、悲しそうで、耐えているようで、泣きそうで。
鉄郎はとても責める気にはなれなかった。
「……今は、のぞみだ」
「……うん」
鈴は未だ、鳴り続けている。