主役になれないモブが使い魔作成でラスボス討伐後の崩壊世界を生き延びるようです 作:きんたろう
「やっと起きたのね。一週間もぐっすりだった気分はどう?私は最悪」
目覚めた鉄郎を迎えたのは、そんな鮎の刺々しい言葉だった。
「俺、どれくらい……」
「今言ったでしょう?一週間よ一週間。まったく……こっちは死ぬほど大変だったのに、問題を持ち込んだ当人はぐっすりなんて、ほんといいご身分ね?出戻りさん?」
「……」
なぜか、鮎の口の切れ味が半端でない。鉄郎は思う。
(当然か……結構いろいろ言って出て来たしな)
鉄郎は己の腕につながった点滴を見た。
(なのに治療までやってくれたみたいだ……?)
「色々あり過ぎて説明が面倒だから、一気にしゃべるわよ。ちゃんと聞いてなさい。まずあんたの体だけど――」
チチ、と鳥の声。
(ビスケット?……な訳ないか)
鉄郎が眠るベッドの傍の窓に、スズメが留まったのだ。
「ちょっと!!聞きなさいって言ってんでしょ!?病み上がりなのは分かってるけど、こっちも忙しい身なのよ!!」
「あ、ああ。ごめん」
「ふん。素直じゃない。それでいいのよ」
スズメは鮎の声に驚いて飛んで行ってしまった。
「あんたの腹の傷は十針以上縫ったけど、内臓は無事らしいわ。運が良かったわね。頭の傷の方は……こっちではよく分からないから、なにか問題があるなら言いなさい。ま、こうして目覚めたんだし問題なさそうだけど」
「ああ、うん。たぶん大丈夫……針なんて縫える奴、居たんだな?」
「お医者様が一人いてね……まあ本人は内科って言ってたけど。そうそう、あんたの治療には木ノ実も力を使ったんだから、後で礼を言っときなさいよ」
「……分かった」
「何よその間は……まあいいわ。次に、あんたが連れてきた子についてだけど」
(のぞみ。そうだ、のぞみも同じけがをしていたんだから……)
その心配は杞憂に終わる。
鮎は鉄郎が被るシーツをめくった。
そこには、鉄郎に縋りつくように眠るのぞみが居た。不安そうに、しかしどこか安心したような表情で、くぅくぅと寝息を立てている。
「見ての通り無事よ。と言うか、あんたよりずっと元気。もう傷も治ってる。少し痕は残ったけど」
「な、治った?」
「そうよ。あんたも承知してたんでしょ?この子は特別なのよ。お陰でこの一週間どんなに苦労したか……」
それはもう聞いた。鉄郎はそんな憎まれ口が飛び出しそうになって、慌てて口をつぐむ。
「何が、あったんだ?」
「説明する……けど、いい?この事は智者の中だけの秘密よ?分かった?」
「ああ、うん。秘密ね。了解」
「いい?まずこの子は本気で特別なの。世が世なら聖書になるぐらい――」
そして鮎が語った内容は鉄郎を驚愕させ、混乱させた。
「じゃあ、のぞみはガチの神の子?それって救世主ってやつか?」
「そう言う奴もいたわね」
「それで?のぞみを殺すため全世界から悪魔が集まって?それを守るために天使まで降臨して?あわやハルマゲドンって?」
「そうよ」
「それを、木ノ実が何とかしたって?」
「合ってるわ。あんたが寝ている間に、全部終わったの」
「……」
鉄郎は二の句が告げなかった。
想像できないし、実感もない。
鉄郎には目の前に立つ鮎も数週間前に別れてから変わっていないように見えた。
鮎はまるで全て木ノ実のお陰だと言うように語ったが、鮎がその騒動に無関係だったとは思えない。どころか、中心的な働きをしたはずであるのに。
「のぞみはこれから、普通の子として扱うわ。これは木ノ実が決めたことよ」
「普通の子……聖人認定は、死後に奇跡を起こす必要があるんじゃなかったか?」
「今存在するかも分からないバチカンの定義なんて知らないわ。キリスト教徒って訳でもないし」
「…………だがこの子は、パンを増やして、怪我を癒せるんだろう?」
「そうかもね。でもそれじゃ、『繰り返すだけ』なんだってさ。木ノ実が」
鉄郎は鼻白んだ。
どうやら鮎もこのことには納得していないようであるからだ。
だがそれでもリーダーに従う。そういう姿勢を見せられれば、鮎や木ノ実に劣等感を抱える鉄郎がこれ以上何か言えるはずもなかった。
「さしずめ、猪鹿倉木ノ実の不思議な大冒険、第二章って所か。本当、彼女がいれば、人類は大丈夫って、本気で思えるよ」
「そうかもね…………でも、それだけじゃないわ。あたしたちがこうして生きているのは、結局一人一人がそう望んで、努力したからよ――あんたがどうだかは知らないけど」
(努力、か。俺は結局のところ自分の楽な方に楽な方に――流れてただけだ。そんな俺に与えられた役割は、のぞみを木ノ実の元へ連れていく、不思議の国のアリスで言う所のウサギ、いやさ、ウサギを急かす時計でしかなかった)
「そうそう、あんたが連れてきた子はみんな無事よ。まあ一人そうとは言えない子もいたけど……車椅子生活にも慣れてくるころじゃないかしら」
「それは……良かったよ」
「けど、モールに置き去りの連中はみんな死んでたわ」
「……」
鉄郎は押し黙る。
申し訳ないという感情も勿論ある。だがそれにもまして、生きたまま喰われただろう彼らに同情してしまうのだ。その痛みを想像してしまうのだ。
鉄郎の腹の傷がヒクヒクと疼いた、気がした。
「事情は子供たちから聞いてるわ。この件であんたが責められることは無い。けど、墓参りぐらいは行きなさい」
「ああ」
頷く鉄郎。
「じゃあ最後に。あんたの処遇について話すわ」
「……」
「いきなり勝手な理由でコミュニティを出て行って、今度はいきなり厄介事を持ち込んだ、あんたみたいなのの居場所はここには無い」
「……」
(まあ、そうだろう)
鉄郎は楽観主義者では無い。半ば諦めていたことだった。ならば、腹の傷が治るまでは置いてもらえるよう交渉しよう。
そんな腹積もりの鉄郎に、
「――って、あたしは言ったんだけどね」
「……え?」
「木ノ実の奴……何がむしろ希望を連れて来てくれた、よ。甘すぎるにも程があるわよ……!これじゃあたしが嫌な奴みたいじゃない……!私たちにも悪いところがあるぅ?無いわよそんなの!!」
「あの……?河西さん?何をブツブツ――」
「うるさいわね!!あんたのせいでしょ!?」
「ひいっ!?」
鉄郎は鮎の剣幕に大いにビビる。
「ここ。あんたの部屋だから」
「は?」
「だから、ここはあんたの部屋になったって言ってんの!!」
「は、はい!」
鮎は大きくため息を吐いた。
「これで全部ね……じゃ、あたしは戻るわ」
「あ、うん」
「ああそれと、隣で干からびてる奴に早く血、あげた方がいいわよ。元気ならね」
「隣?」
鉄郎の右にはのぞみが眠っている。では左は?
「うわ!干からびてる!?」
鉄郎がシーツを捲ると、そこには茹で過ぎた豆のようになった燕が横たわっていた。見るからに虫の息である。
慌てふためく鉄郎に向って、鮎はボソッと言った。
「子供を見捨てなかったのは少し見直したわよ」
「……え?なんか言ったか?」
「何も!それじゃあお大事に!」
そう言って鮎は扉の向こうへ消えた。
(見捨てなかった、ね……)
聞こえない風だった鉄郎だったが、振りであった。
(まさか。俺はのぞみと燕以外全員見捨ててたよ)
見捨てなかったのはむしろ、と鉄郎は腕にかじりついて血を啜る燕を見る。
鉄郎はあの場の人間が生き残ったのは完全に運によるものだと思っていた。
鮎は何やら鉄郎を評価していたが、
(ま、わざわざ否定することでもない)
好意的に勘違いしてくれているなら、都合がよいと言うものだ。
(そう言えば、あいつは?)
鉄郎は同じように干からびている筈の人物を探すが、部屋の中にその姿は無かった。
窓の外を見る。日はまだ高い。雲一つない空は、外で仰ぎ見ればさぞ気持ちがいいだろう。