主役になれないモブが使い魔作成でラスボス討伐後の崩壊世界を生き延びるようです 作:きんたろう
戦闘はすぐに終わった。
鮎が駆け付けて来た時には、辺りに漂う黒い火の粉のみが戦闘の残滓だった。
水やたんぱく質で構成される生物と違い、ハーピーたち悪魔の体の多くは魔力で編まれているため死体が長く形を保たないのだ。特に今回は燃やすという手段を取ったため、それが顕著であった。
「ちょっと、どうなったのよ」
「ん?おお河西か。ずいぶん早いな」
鮎は自分が不機嫌であることを隠そうともしない。
それも仕方ないかもしれない。朝の一番心地よい時間に叩き起こされ、寝間着のまますっ飛んで着てみればどうやらもう解決済み。しかもそれをやったのが気に食わないと感じている奴で。
「悪魔が沸いたっていうから、飛んで来たんだけど?」
「ああ、ハーピーが空から襲って来たんだが、倒した」
「私がねー!」
燕が合いの手をいれる。
「……それだけ?」
「それだけって?」
「もっとあるでしょ!被害とか、敵の種類と数とか、侵入経路とか!!」
「あ、ああそれね。うん、けが人はいないと思うよ」
「――な、なああんたたち」
二人がなかなか噛み合わない会話をしていると、横から声が掛かる。
初老の男性だ。
「悪魔は、もういなくなったのかい……?」
見ると、男性の背後のビルから幾人も不安そうな視線を鉄郎たちに注いでいる。
鉄郎と鮎は一瞬顔を見合わせて、
「ええ!悪魔は死にました、もう大丈夫です!安心してください!」
鮎はそのセリフと共に破顔一笑。
そのまぶしい笑顔に、普段怒鳴られてしかいない鉄郎と燕はあまりのギャップに顔を見合わせた。
「どなたかけが人はいませんか?すぐにお運びしますから遠慮なさらずに――」
「な、なあ!あんたたち、智者なんだろう!?」
鮎の言葉をぶった切って叫ぶ男性に、鮎は面食らう。
「え、ええ。そうですが……」
「なあ!ここは安全じゃなかったのか!?悪魔は入ってこないんじゃなかったか!?」
「ええと――」
ちらり、と鮎が鉄郎に目配せ。
鉄郎はため息を吐いて後を継ぐ。
「今回は高空からの侵入という想定外の事態でして――」
「おーーーい!!鮎ちゃん!鳥本さん!大丈夫でしたかーー!!」
そのタイミングで、今度は木ノ実が駆け付けてくる。
「あ!こ、木ノ実さん!大変なんです!悪魔が、悪魔が現れて!ここは安全じゃないんですか!?」
二人と話していた男性が、木ノ実へ詰問に行ってしまう。
木ノ実が来たことで安心したらしい人々も、ビルから飛び出て木ノ実を囲んでしまった。
辺りは急に騒がしくなる。
「ありゃりゃ。これは収拾つかなそうだねえ」
燕が呟く。
たくさんの人に囲まれて身動きできないでいる木ノ実を見つめながら、鉄郎はその言葉に内心で同意した。
ここの拠点は勿論、悪魔たちが入ってこれないようあらゆる手が尽くされている。だが今回は例外で、運が悪かったとしか言いようが無い。今回は空からだったが、その内地面を掘ってくる悪魔が現れるかもしれないし、ワープなんてことが可能な悪魔もいる。つまり、完璧な防御など不可能なことなのだ。
このことを、木ノ実は彼らにもう何度も説明していた。
(まあ知識の無い一般人に完璧な理解を求めるのも無理な話だ。怖かったんだろうし)
「あいかわらず頼られてるんだな、猪鹿倉さんは」
「当たり前じゃない。木ノ実はなんたって私たちの
「さすがは主人公ちゃんだ……」
ぼそりと呟く鉄郎。
「え?今何か言った?」
「あ、いや別に」
そんな鉄郎に、燕が耳打ちする。
「出て行き辛くなっちゃったね、どうする?」
「騒ぎに乗って姿をくらまそうか。なに、誰も俺たちのことなぞ気にしやしない」
そう言った傍から、鉄郎たちに駆け寄る一人の青年がいた。
「あの!皆さん、先ほどは助けて頂いてありがとうございました」
そう言って、ぺこりと一礼。鮎に向かってもう一度一礼。
先ほどビルへ逃げ込んだ内の一人の様だ。
そんな彼に向って鉄郎は渋面を作る。彼のせいでこの場を離れづらくなったのだ。
「や、やあね、こんなの当たり前のことよ。あなたたちは知識もないし力もないんだから、気にしないでいいのよ」
そういったのは鮎だ。どうやら照れているらしく、頬を若干染めて、そっぽを向いてぶっきらぼうに喋っている。
鉄郎は、働いたのは俺だろう、と文句が口を衝いて出そうになるが、
(なんだ、こいつ。褒められるのに慣れていないのか?)
普段から嫌味を言われることの多い鮎の弱点を発見した気になり、鉄郎は機嫌を直した。
「あの、お兄さんも、ありがとうございました。そちらの方も、さっきはすごくかっこよかったです」
「え!わたし!?」
お兄さん、とは鉄郎の事で、そちらの方、とは燕の事だ。
褒められた燕は露骨に機嫌が良くなる。
「いやー、あんちゃん分かってる!!炎舞い火の粉散るわたしの戦いのかっこう良さ!昔はご主人もたーくさん褒めてくれたのに最近はぜーんぜんだったからちょーっと不安だったけどそうだよね!!わたしかっこいいよね!しかもかわいい!!」
「えっ?は、はい……」
まくし立てる燕に青年はたじたじである。
「おい燕、彼引いちゃってるだろ。早くいくぞ」
「えー??じゃあ後で代わりにもっと褒めてよー」
「あーはいはい」
その場を離れようとする鉄郎。しかし、鮎がそれを引き留める。
「ちょっと、行くってどこに行くのよ」
(……しまった)
鉄郎は口を滑らせた自分の迂闊さにほぞを噛んだ。
「あー……見回りだよ、見回り。撃ち漏らしがいるかもしれないだろ?」
「……そんな気配無いわよ?いいからここに居なさい。あんたが報告しなくて、誰が木ノ実に報告するのよ」
「見張りの連中に報告も要るかもだろ」
「口答えしないで。他の人に行かせるわ」
「空からハーピーが降ってきた。それだけだ。報告するようなこともない」
「……あなたねぇ。さっきから何なの?あなたはこのコミュニティの数少ない智者なのよ。話し合うことはいくらでもあるわ。ここにいて頂戴。副リーダーの命令よ」
鮎のいい様に鉄郎は苛立ち、舌打ちを打つ。
険悪な空気が流れる。
あわわ、と燕が泡を食った。
鮎の言葉は正論だ。しかし彼女は高圧的すぎる嫌いがあった。
「……もういい。燕」
「う、うん」
「ちょ、ちょっと!だからここにいなさいって!聞こえないの!?ねえ!」
歩き出した鉄郎の肩を、鮎が掴んだ。
(ああもう、めんどくせえ)
「出ていく」
「は?」
「ちょ、ご主人、言っちゃうの?」
鉄郎は今、自分が子供っぽい感情に任せていることを自覚しつつ、止めようとはしなかった。
「何も言わないで行くのは、それはそれで面倒なことになりそうだからな」
「何の話を――」
「だから、出てく。このコミュニティを出てくって言ってるんだ」
そう言われた鮎の表情は、今まさに鍋に放り込まれたタコの様だった。
まず何を言われたか分からず呆け、次に意味を理解して怒り、顔を紅潮させていく。
鉄郎は肩を掴む鮎の腕を外そうとしたが、それは鮎に口を開けるきっかけを与えてしまう結果になった。
「ふ、ふ、ふざけ、あんたねぇ!!」
「……」
「意味わかっていってるの!?私たちは数少ない塾生の生き残りで、もうここ以外街には人はいない!外は悪魔で溢れてる!それはここにいる人たちを見捨てるってことよ!!」
「人聞きの悪い言い方だな。俺はただ、ここで生活する気がないってだけだ」
「同じことよ!!――よ、よし、分かったわ。なにが不満なの?言ってみなさい。内容によっては、聞いてあげるわ」
鮎は一度深呼吸を挟み、話を建設的な方向へ持っていく。
(そう言われてもな)
ちらり、と鉄郎は木ノ実を囲む人混みを見た。彼らがこちらの騒ぎに気付いた様子は無い。
鉄郎の望みは過去を思い出さないよう猪鹿倉木ノ実のいない場所へ行くことである。彼女がこのコミュニティの中心人物である以上、どだい無理な話であった。
「自分より年下の女の子にあれこれ命令されるのが嫌になったんだよ」
鉄郎はてきとうに誤魔化し、鮎の手を強引に振りほどいた。
「あっ――」
「じゃあな。猪鹿倉にもよろしく言っといてくれ」
次の瞬間。
ごう、と強烈な気配が鉄郎と燕を襲う。
振り向く二人の目に、鮎の隣に立つ悪魔の姿が映る。
豊かな髭をたくわえた、和装の小柄な老人、と言うのが第一印象である。だがひ弱な印象は全くない。何枚も重ねられた羽織の上からでも分かるほど鍛えられた体つきをしている。鼻から上は赤い面で隠されており表情は分からないが、その眼光は確かに二人を貫いていた。そして何より、その右手に握られた
スサノオ。それが彼の名前だ。ヤマタノオロチを退治した英雄であり神。彼が最後に留まったとされる須賀の地へ鮎が赴き、そこで貰い受けた分霊体である。
スサノオの放つ圧に、鉄郎は冷や汗を流す。
(やばい、めちゃくちゃ怒らせた。やばいやばいどうしよう)
鮎は僅かに目を伏せ、じっと動かない。鉄郎からは、その表情も伺えない。
「……」
無言で燕がスサノオの前に立ちはだかる。
だが無意味だ。彼は先ほどのハーピーなどとは比べ物にならない力を持つ。
鉄郎と燕二人では、逆立ちしても勝てないだろう。
(RPG的に例えるなら、さっきのハーピーがレベル5で、燕は50レべ、あいつは120ってとこだな。しかし……)
「燕。いい」
燕はスサノオから視線を外さない。
しかし燕のどうして?と言う疑問を感じ取った鉄郎は続ける。
「何もできやしないよ。世界を救うために身を投げ打って戦った奴らが、見ず知らずの人のためにこんなコミュニティを作ったような奴らが。人を従わせるために悪魔を使うなんてこと、出来るわけないだろ」
それを聞いて、鮎は唇を噛んだ。
鮎は、鉄郎の言は正しいと感じたのだ。そして、どこか嬉しいとさえ感じていた。鉄郎の言葉は私欲にまみれていたが、鮎を認める発言でもあったからだ。それ故に、余計に腹の立つ発言であった。
「……」
スサノオの姿が一瞬にして煙のように掻き消える。
鮎が無言でスサノオを引っ込めたのだ。
鉄郎は胸をなでおろしたが、そして顔を上げた鮎は、半泣きだった。
「う?」
そんな表情をされると思っていなかった鉄郎は面食らう。
「ま、まあそんな強い使い魔を連れてるんだ。心配すんなよ。なんとかなるって」
「こんなことがあった日に、そんなことを言って出て行くんだ……?」
鮎がぼそりと言う。
「いいわよ……勝手にしなさいよ」
「あ?なんだって――」
「出て行けって言ってんのよ!!あんたなんか必要ない!今日の事だって私がいれば何とかなったわよ!アホ!!もう二度と顔を見せないで!!バカーー!!!!」
鮎はそうまくし立てると、キッと鉄郎を睨みつけた。
「――」
鉄郎は何かを言おうと思った。思ったが、しかしこれ以上何を言ってもお互いに恥を掻くだけだと悟って、口を閉じた。
そして鮎の顔を見ながら一歩、二歩と後退りしてから、ようやく振り向いて、その場を離れるのであった。
「……上手くいかないもんだな」
「にゃ?」
脈絡ない鉄郎の言葉に、燕は首を傾げる。
「もめるとは思ったけど、あんなにだとは思わなかった」
「あの娘たちの善性は、それこそ神様が力を貸すぐらいだからね。自分本位なご主人とはそりゃ反りが合わないよ」
「自分本位で何が悪いってんだ。俺がもしあんなだったら、今頃悪魔に襲われてる奴を助けようとしてとっくに死んでるよ」
「ま、それもそうだよね。あ、あとご主人。まだあとイベントが一つ残ってるみたいだよ?」
「は?」
鉄郎は燕が指さす方向を見た。背後だ。誰かが追いかけて来ている。
(いや、誰かなんて考えるまでもないか。わざわざ追いかけてくるやつなんざ一人しかいない)
「とっ、鳥本さん!待って、待って下さい!!」
案の定、鉄郎の予想通り、それは猪鹿倉木ノ実であった。
ここは拠点ももう遠く、そろそろ結界の外に出るかといった場所だ。
ずっと走って来たのだろう、肩で息をしている。栗色の髪が汗で輝き、唇が吐息で濡れる。
「はっ。はぁっ。ど、うして。出て行くなんて」
「……」
鉄郎は木ノ実の息が整うのを待つ。
「どうして、こんな急に」
「急にも何もないですよ。一週間後に出てくって言ってもしょうがないし、どの道一緒でしょう」
「そ、それはそうです。でも」
「とにかく、今までお世話になりました」
「そんな、お世話になったのは私の方で。しかも何も返せてません」
(は?)
鉄郎の思考が止まる。世話をしたどころか仕事をサボって迷惑を掛けた記憶しか彼には無い。
しかし世辞ではない。木ノ実という少女は、本気でそう思っているのだ。
「年上の智者の方は鳥本さんだけでしたから。いろいろ頼ってしまって……すみません!ご負担でしたよね。直します!直しますから、出て行くなんて言わないでください!!」
(?????)
鉄郎の頭はクエスチョンマークで一杯だ。
確かに、鉄郎は木ノ実の前では敬語で、多少紳士に振舞っていた。だがしかし鮎からの報告だってあるはずである。実際の仕事量だって、木ノ実や鮎のものと比べるべくもない。
「そんなんじゃ。理由はそんなのじゃありませんよ」
「だったら、どうして!?」
(お前が嫌いだから)
性善説の権化のような少女である。人の善を信じ、希望を信じ、未来を信じる。そして傷ついた人間に、手を差し伸べずにはいられない。
そんな木ノ実のありようが、鉄郎の肌にとことん合わない。
勿論、鉄郎にそんなことを口にする勇気は無い。他人に対する感情を口にするなど、奥ゆかしさを美徳にする国で育った鉄郎には、その感情がプラスのものであれマイナスのものであれ、無理なことであった。
それは当然、相手を傷つけないための沈黙である。しかし今回の場合、どちらも傷つかないで済む方法など、鉄郎には思いつかないのであった。
「……」
「……ッ。それに、外は危ないです!危険です!悪魔がそこら中にいて、どうなってるかも分からなくて!」
「燕が付いてます。心配要りません」
「そんな、そんなの。ダメです。死んじゃいます!どこかに行かれちゃったら、守れないじゃないですか……」
(……)
これ以上は不毛だ。そう判断した鉄郎は、ゆっくりと言葉を選んでいく。
「猪鹿倉さん。俺がどこで生きようと、どこで死のうと俺の勝手です。そこに貴女が負う様な責任はどこにもありませんよ」
「……そんなの、寂しすぎます」
「寂しい?……ああ、なるほど」
鉄郎は唐突に理解する。木ノ実が鉄郎を妙に気に掛ける理由。
「俺は……寂しそうに見えましたか」
ハッ、と木ノ実が顔を上げる。
その仕草は如実に動揺を表していた。
なぜなら、彼女には罪悪感があるからだ。
「まぁ、二人も連れを亡くしましたから。あの、貴女が号令を掛けた戦いで」
「ち、違います。私、そんなんじゃ」
「罪悪感ですか?哀れみですか?それとも……まさか、私たちなら、その寂しさを埋めてあげられる……とか?」
「違います、違います。そんなの、違うんです」
だから木ノ実は鉄郎たちを気に掛けていた。しかしその情動を傲慢だと、自らを慰める行為だと糾弾されてしまえば。世界を救ったと言っても、まだ高校も卒業していなかった齢である。
鉄郎は短く息を吸ってから、
「余計なお世話です」
「あ……」
ぺたん、と木ノ実はその場に座り込んでしまう。
鉄郎ももう語る言葉は無かった。
鮎は、その姿が見えなくなっても、しばらく呆然としていた。
「そんな……そんなぁ」
鮎が木ノ実を見つけるまで、そう呟き続けていた。