SAOを真面目に攻略しない人々 作:徳明
このシナリオで中学生設定は無理があるのでファンタジーです。
短編とはいえない長さ(4万字)になってしまったので、連載に変更しました。
1/7 和人、社会性回復プログラム
「キリトくーん、何読んでんの?」
休み時間。
いつもはラノベばっかり読んでる友人が、珍しくA4判のカラー誌を机に広げていたので絡みに行く。
「んー。ゲーム関連の情報誌。あとその呼び名やめろ」
「なして? 『カズ』よか響きいいのに」
「ハンドルネームだからだ。お前も
「僕は……別に構わんけど」
ノリアキというのが本来の読み方だが、昔から下の名前を音読みされる傾向にある。この
まあ、識別さえできればトクでもトクメイでもこちらとして不満は無い。
カズはそんな僕の態度に、小さく舌打ちをした。
「で、熱心に何の記事読んでたのさ」
「言って分かんのかなぁ。来年の夏くらいにフルダイブっていう、仮想世界に入り込めるマシンが発売されるんだけど、それのゲームエンジンが無料で使えるらしい」
「はぁー、VRって奴か」
ある程度は理解できる。
要は新しい技術を使ったゲーム機に搭載されているプログラム——ゲームエンジンの話なのだろう。
「ただのVRじゃない。フルダイブだ」
「それで。PC版のゲーム制作を辞めて、こっちに鞍替えしようと画策している訳だ」
「まあ端的に言えばそうだな」
カズの特技はプログラミングだ。
小学生の頃に始めたらしく、希望する職業を電子工学系と定める程度には詳しい。
つまり
「でもなあ……」
「どした? 無料なんでしょ、やりゃいいんでね」
「やりたい事を実現するには、必要なデータが膨大になるんだよ。俺一人じゃ無理」
諦めたように頬杖をつく。
開いたページには半端じゃなく鮮明なCG画像が載っていた。まるで実写だ。
「そこまでして何がしたいのよ。理想の彼女作りかい?」
「それもあるな……じゃなくて、格闘系のアクションゲーム。超リアルなヤツ」
「格闘ぉ? んなもん、ジム行きゃできますやん」
「いや、そうなんだけど。何でもアリがやりたいんだよ。総合格闘技でも、ルールがあるだろ?」
「つまり異種格闘戦と」
「それもガチな方」
まず俺モヤシだし、と自嘲した彼は、こめかみを人差し指で揉みながら「むー」と呻っている。
確かに、リアルの枷から解放されてハチャメチャできるのはゲームならではよな。僕が遊んでいるFPSなんかも、現実では戦争行為だ。
「……どういうコンセプトなのさ」
「というと?」
「その新しいエンジンで、プレイヤーに何をさせたいか。例えば銃器を使うとか、魔法要素を入れるとか」
「ああ、基本的に近接武器だけ。ファンタジーとか飛び道具はとりま保留」
ふむ、大人のチャンバラって感じか。
でも——
「なら武器のデータだけ集めればいいんじゃないの?」
世の中には沢山の武器があるが、今の時代、ネットで調べれば幾らでも出てくる。ステータスさえ決めれば、あとはプレイヤーが勝手に使ってくれるだろう。
「AIをね、仕込みたいんだ」
「人工知能?」
「そう。あらゆる戦法に対応できて、対戦BOTとしても退屈しないような」
「ほほう、それは確かに」
データがいるな。
それも各流派の。
「軌道に乗ればAI同士で自己成長させられるんだが、それまでは人間と同じで教育する必要がある」
「……」
「あー、どこかに格闘技ができる人材はいないかなー」
今日ほどカズに話し掛けて後悔した日はないだろう。
やめろ、こっちを見るな。
「鶴、剣道やってんだろ?」
「……半年前までよ。てか、カズも経験者でしょうに」
「合気道やってるって」
「初心者だよ!」
「もう級持ってんだろ」
「出席日数足りてりゃ取れんの!」
そもそも僕は剣以外の形態に興味があっただけで、CQCとか喧嘩術みたいな実戦とは無縁な普通の人間である。
強いて言えば、映画のアクションシーンを少し解説できるのが得意な程度だ。
「頼むよー、俺友達少ないだろー?」
「知りまへんがな」
わちゃわちゃ押し問答を続けていると、チャイムが鳴ったので席に戻る。
授業は国語なので楽だ。
漢字の簡単な小テストを適当に埋めて、先のやり取りに意識を移す。
元々カズとは今年の春、入学と同時に知り合った。
小学校は別で、
しかしまあ、あいつは根暗というか……複雑な家庭事情故か、性格に難がある。本人がどこまで隠しているつもりか知らないけど。
「鶴間君、次の段落音読して」
「あ、はい」
だからという訳ではないが、何かと放って置けない奴なので絡んでいる。
しかし、接して分かる。
彼は普通に過ごしていれば人が集まってくるタイプだ。
あの高い心の壁を少し下げられたら、周りとのコミュニケーションも円滑になるのになぁと愚考する。
よし、決まった。
☆
放課後。
「あ、鶴。さっきはすまん——」
「協力するよ、ゲーム制作」
「えっ? マジ?」
「まあね。カズをサポートすべきという、漠然とした使命感が湧いた。それに、君の創造する世界にも興味がある」
僕がそう答えると、目を爛々と輝かせてファイルケースを取り出した。
「もう計画は立ててある。AIは今あるのを改良すればイケるし、人体の物理的特性はエンジン間の相性にもよるけど、1週間あればコンバートできるはず。ゲーム機の形態がまだ発表されてないから、当面は映像作品の自動生成ツールって感じになって……」
オタク特有の早口を話半分に聞き流しつつ、半年先までみっちり書き込まれた予定表を見る。
こいつ変なところで凝り性だからなぁと、呆れながら目に入った今日の日付。
「手ン前ぇ、『鶴を説得する』って何だよ! 最初から僕ありきかい」
「バレたか」
こちとら真剣に心配してやったのに……何が『友達の少なさをアピールして』だ。教えてもらわずとも知っとるわ。
「僕以外にそういうのは止しときなよ。今さら信用ごとき失ったところで、大した痛手にはならないだろうけどさ」
「う、酷い。でも優しいっ」
「じゃかしい。続き早よ」
☆
「相変わらずデカいね……」
「そうか?」
一礼して桐ヶ谷宅の道場に足を踏み入れる。彼の祖父が剣道の師範だったらしく、贅沢な設備が充実している。
地主か何かか?
「それより、早く準備するぞ。今日はスグがこの後使うらしいから」
「へいへい。にしても妹さんかあ……強いんだろ?」
「らしいな、大会でもよく賞状とか持って帰ってくるし」
カズの妹、直葉さんは長く剣道を続けているらしく、かなりの腕前であるようだ。
使用目的からしても、道場の優先権は当然だが彼女にある。
「はあ、惜しいなぁ。武道でなければ誘えたのに」
武道は礼と形が命みたいなものだ。
僕のような邪道はともかく、未来ある選手に混ぜ物をして歪ませるなどできない。
駄弁りながらも馴れた手つきでプロテクターを装着していく。
「モーションキャプチャは?」
「問題無し」
「アイトラッキングは?」
「良好」
「じゃ、やりまひょか」
カズは双剣、僕は槍を構える。
削り出した木材に、鉛の錘と緩衝材を巻いただけの簡素なものだ。
ソフトが軌跡を追いやすいよう塗装した蛍光オレンジは、度重なる衝撃で至る所に剥げが見て取れる。
ここ1ヶ月、僕たちは戦闘用AIの学習に全てを費やしてきた。
学校では様々な競技の指南書を読み漁り、放課後はこうして実践し、帰ったら動画サイトで勉強する。
唯一の休息といえば、週一に頻度を落とした合気道の道場通いである。
これもまたAIのためにはなるのだが。
と、カズの連撃が迫る。
両手武器は外側に逃げれば動きに制約が掛かる。落ち着いて体を捌き、どうしても避けられない攻撃は柄で受ける。
カウンターとして石突きを下から払い上げ、防御で片手を封じたところに切り返して打ち込んだ。
だがこれを防がれるのも織り込み済み。本命は隙間への蹴り。
「くっ……」
威力を逃すため、カズが後ろに受け身をとった時点でビビビッとホイッスル。
「もう3分か。やっぱ強ぇな、鶴は」
「カズも馬鹿げた反応速度よ」
少し前まで細かったのに、肢体にも程よく肉が付いてポテンシャルを発揮し始めている。ゲーム由来の適応能力と器用さは流石といったところか。
真冬にも拘らず、ぼたぼたと汗が落ちる。
インターバルに一言二言交わし、武器を替えてこれを10回ほど繰り返すのがルーティンだ。
それが終わればシステムチェックとデブリーフィング。
「昨日の対戦の解析が終わったぞ」
「お、さよか。確か徒手メインだったね」
カズがタブレットを見せてくれる。
この中には新しいゲームエンジンに最適化されたAIと、今までに食わせたデータが入っている。
「あれ、こんな動きしたっけ?」
「いや」
「腕、
「シムによるとできるっぽいな」
明らかに我々が入力したデータからかけ離れた挙動をしている。
3D人形は色々な論文から拾ってきた、実際の人体に近い構造をしているので、理論上は我々にも可能なのだろう。
画面の右上には『Gen10000』と表示がある。
これは動画の中の2人が、一万世代に渡ってお互いを殺す方法を探ってきたことを意味している。
人間には到底真似できない。
「凄いだろ、人工知能って。腕の角度、武器の重さ、各パラメータを少し変えるだけで全く異なる展開を無数に生み出してくれる」
「人工知能ってか、『カズの』プログラムがヤベぇんだわ」
機械学習は、いつも狙った性能が得られるとは限らない。何をしたいのか、どういう出力を評価するのかなど、人間側で適切な定義を与えてやる必要があるのだ。
それを踏まえてAIの成長具合を見ると、どうしても技術の進歩より、彼の設定の絶妙さに感嘆を覚えてしまう。
「そんな褒められると恥ずいな」
「誇れよ」
人形の動きを検討しているところに、ガラガラと戸の引く音。
道着袴の女の子が入って来た。
「あ、スグ。すまん、今出る」
「うん……」
時間切れのようだ。
カズが広げていた機器を片している間に、僕は道場をモップ掛けする。
「残りは俺の部屋でやろう」
「せやね。直葉さん、お邪魔しました」
「……あのっ!」
すれ違い際、準備運動をしていた直葉さんがこちらを呼んだ。
突然のことに戸惑いながら、カズと僕は顔を見合わせ、2人して振り向く。
「どうしたんだ?」
「鶴さんは……剣道されるんですか?」
「え……っと」
少し上目遣いに、ぱっつん前髪から円らな瞳が僕を射抜く。
さて、どう答えたら良いものか。
「やめろって、スグ。鶴にも色々と事情があるんだ」
「……すみません」
カズの諌言に、シュンと縮こまる。
うん、分かるよ。
彼女の目はこちらを見ているようで、常にカズへ向いている。どうにか兄との繋がりを得たいという、切実な思いがひしひしと伝わってくる。
「やりますよ、少しだけですが」
なので期待に応えるとする。
それを聞いた彼女の表情がパッと明るくなった。
「本当ですかっ!」
「おま、この前辞めたって言ってたろ」
「剣道は生涯スポーツだからさ。死ぬまで引退とかはないの」
「んな屁理屈な」
「それで、何をご所望ですか?」
「はい。お暇な時、一緒に稽古して頂けたらと」
素直だなぁ。カズとは大違いだ。
僕は微笑みながら快諾する。
「じゃあ今からしますか? ちょうど時間が空いていますので」
「無茶言うなよ。大体防具だって……」
「あるでしょ、昨日持って来たやつ」
「お前、まさかこれを見越して……」
「ははは、どうかね」
鶴君は道場の方で友人がいます。
他のクラスメイトともそれなりに付き合いはありますが、物語には関係無いので描写していません。