SAOを真面目に攻略しない人々 作:徳明
真面目な戦闘シーンはここだけです。
ピシ、ピシっと面紐をシゴく。
首を回してフィット感を確かめ、数回跳躍、最後の着地と共に四股を踏んで気合を入れる。
体育館の床と違って下がコンクリートではないため、踏み込みがよく響く。
「じゃあカズ、審判宜しく」
「はあ……俺、素人なんだが。正気かよ」
「ダイジョブ。間違っても文句言うくらいで、怒ったりしないから」
「文句は言うのな」
「当然」
直葉さんと僕がやるだけだとキリト君が拗らせるので、試合という形で渋る彼を説得し、審判に就けた。
仮にも経験者だし、最近は動画とか見て目が肥えていると思うから、心配は不要だろう。
正面とお互いに礼をして、蹲踞。立ち上がって構える。
「始め」
宣告と共にカズがタイマーをスタートし、試合が始まる。
やっぱり独特の姿勢がやりにくい。
合気道が踵を落とし、足を自然に開いたやや斜めの構えをとるのに対し、剣道は足を並行に、踵を上げて体を真正面に向ける。左肩が窮屈だ。
感覚を思い出すように剣尖を揺らし、出方を窺う。
「面ッ!!」
速っえ、何だこれ。
最短距離で伸びて来た面を、左足を下げながら体を仰け反らせて外し、続く二撃は彼女の鳩尾に竹刀を突き立てることで無効化する。
面金に先革がぶつかり、ガツンと音を立てた。
仕切り直して小手を打つも、合わせられて鍔迫り合いとなる。
初めて出会った時も思ったけど……デカいね。
何がって身長が。
僕で160ちょい、顎の位置に直葉さんの目線があるから、既に150センチは超えてるっぽい。
このまま成長が続くかは遺伝子が関わってくるけど、同学年相手にはかなりのアドバンテージだ。
「分かれ」
鍔迫り合いが長引いたため、審判の指示で竹刀の触れない間合いまで離れる。
そしてまた「始め」の宣告。
腰を落として駆け引きしつつ、アグレッシブな猛攻は体捌きメインで凌ぐ。
あ、しまっ——
スパァァアン!
と心地良い音がこだまする。
やっちまった。
カズとやる感覚で相手の左胴を打ってしまった。
これは逆胴といって、打突部位ではあるが、本来の
要するに無駄打ち。
模擬戦なんだから入れてくれても……と内心で泣いている絶好のチャンスに、彼女の追撃が迫る。
首を傾けて肩で受け、同時に戻した竹刀で外に弾いて対処する。あんたら兄妹は動体視力のバケモノか?
斯くなる上は。
少し多めに後退し、遠間を維持しながら機を伺う。
ふっ、と息が途切れた瞬間を狙い、大きく振りかぶる。普通なら当たらない距離だが、右手を放し左足を前に出して踏み込んだ。
最長リーチの片手面。
ただし、これは防がれる。構わない。そのまま握った左手を右の腰に引きつけ、腰の回転と、交差するように添えた右手のコントロールで振り抜く。
今度は右胴、曲面ナナメ45度に切先三寸で。
残心。
「胴ォ!!」
「胴あり」
審判の旗が上がってタイマーが止まる。
「二本目」
その後はお互い隙がなく、ブザーが鳴った。
「勝負あり」
「「ありがとうございました」」
逃げ切れたことに安堵。
面を外し一息吐く。
「あのさぁ……」
「どうした、鶴」
「直葉さん、強過ぎない?」
そう。彼女、驚くほど強いのだ。大会入賞経験者とは聞いていたが、ここまでとは予想していなかった。
「でも勝ってるじゃん」
「そりゃ、年下の女の子には負けないよ。じゃなくて。何というか、全然崩れないのよね」
「ありがとうございます。ではどこが敗因だったのでしょうか?」
隣で面を外した直葉さんが正座でこちらを向く。
ストイックだな。僕みたいなのには、褒められるだけ褒められておけば良いのに。
「戦い方がカズに似てた点、ですかね」
「おに……兄にですか?」
「そう。目が良くて、反応し過ぎるが故に釣られやすい。もう少し全体を把握して、三手先くらいまで読む意識をすると、狙い所が分かるかなぁと思います」
「ありがとうございます」
「俺、そんな評価だったのか」
妹はぺこりと礼をし、兄は戸惑うように頬を撫ぜる。
「どう、カズ。ちょっとやりたくなったんじゃない?」
「え……まあ、2人が楽しそうに見えたっていうのは本心だな」
「じゃあ相手してあげなよ。こんな広い道場で一人稽古なんて、絶対寂しいって」
「でも俺には時間が……」
「あるじゃん、僕が稽古行ってる間」
ここまで囲えば流石の彼にも逃げ場はなく、頭を掻きながら降参だといった様子で頷いた。
「わーったよ。スグ……こんな俺だが、教えてくれるか?」
「っ! もちろんだよ!!」
☆
2月。
「いよいよか」
「いよいよさね」
ナーヴギアの一般向け発売は5月からだが、先月にクリエイター向け先行発売の抽選があったのだ。
そこで何とか1台確保することができた。聞くところによると、注目度に反して応募は少なかったとか。
可能であれば2台欲しかったが、懐事情を加味するとこれで正解だったかもしれない。折半でもお年玉が消えたのだから。
「どう、扱えそう?」
「んー、まあ。デベロッパ向けの開発キットもあるからな。ひと月あれば基礎的な部分はできるはず」
カズは3枚のモニターと睨めっこしながら、キーボードを叩き続ける。
僕はそれを寝転びながら眺める。
「OK、テスト頼む」
「了解、『リンクスタート』」
合言葉と共に、意識は闇に落ちた。
眩しさに目を瞬かせる。
地面にグリッド線だけが引かれた、白い空間に立っていた。
体を動かしてみる。異常無し。ボディはテクスチャが未設定なのか、周りと同じく真っ白だった。
「あー、あー。Hello world!」
声はリアルと同じだ。噂のスキャン機能、恐るべし。
正面にあるカメラの形をしたオブジェクトに手を振る。彼はあれを視点にこの世界を覗いているのだろう。
と、黒電話が降ってきた。
ジリリリと脳内でベルが鳴り響くので、堪らず受話器を上げる。
「もしもし、鶴間ですけど」
『もしもし、桐ヶ谷です……と、通話アプリの組み込みは成功したっぽいな』
「ごめん、音量調節ってどこ? 頭が割れそうなんだけど」
『あ、すまん。右手を縦に振ってくれたらコンソールが出るから、そこで』
縦……ああ、出た。
タッチパネルのようなものが投影されたので、雰囲気で操作する。
「できた。それで、次は何をすれば?」
『感覚情報のプリセットを試してみる。ちょっとずつ調整するから、気分とか限界があったら直ぐ言ってくれ』
「了解」
その後、30分ほど掛けて色々な種類と感度の刺激を試された。
考えれば当然ではあるのだが、痛みや息苦しさなどのデータも収録されていることに、薄ら寒いものを感じてしまった。
『じゃあ一旦、戻ってくれ。コンソールにシャットダウンコマンドがあるから』
「はいさ」
また暗闇が訪れて、次に目を開くと現実だった。
「お疲れ」
「そっちこそ」
「どうだった?」
「どうって……単純に凄いよ。かなりリアルの感覚に近い。特段の不自由なく動けるし、リアクションも返ってくる」
「なら一先ずはゲームのプラットフォームとして合格だな」
カズが安心したように呟く。
「そういえば、あの空間はどれくらい広いの? 見渡す限り白色だったけど」
「デフォでは百メートル四方ってとこ。サーバの性能次第ではまだ拡張できるけど、ナーヴギア単体ではな」
「……ふーん」
「いや、それでも凄いんだぞ。最新のCPUとメモリドライブだから爆速だし、この範囲内なら100人程度の同時接続も処理の簡略化や遅延なしに描画できてしまう」
「へぇ」
でもやっぱり草原を駆け抜けるとか、空を自由に飛ぶなんてのは無理ぽなのか。
「どうしても低コストで土地が欲しい場合は、解像度を下げれば可能だぞ」
「解像度?」
「要は全体的にオブジェクトを縮小するんだよ。1単位をメートルからセンチメートルにすれば、相対的にフィールドの容積は100の3乗で百万倍になるだろ?」
「なるほどね」
「車や飛行機ならある程度融通が利く。重力加速度とかレイノルズ数なんかの調整さえすれば問題無いからな」
「こういう話になると途端にイキイキし出すよね。まあ尊敬はするわ」
「茶化すな」
「ごめんよ」
「……さて、そろそろ続き頼んで構わないか? 次はステージの召喚と、アバターの変更がメインだ」
「
「横着するな」
☆
またカズが頭を抱えている。
「どしたの」
「ああ、鶴。いや実はな、昨晩ゲームの基本的なシステムは完成したんだが——」
「おー、おめっとー!」
「うん、ありがとう。ただなぁ」
「ただ?」
「もしかしたら面白くないのではと不安になってきた」
「えぇー、いまさらぁ?」
いわゆる賢者タイムというやつか。
凝っていた分、燃え尽きた時の反動も大きいのだろう。
「まずどういうスタイルがあるのよ」
「スタイル?」
「例えば1Pモードとか、対戦モードとか」
「ああ。AIの強弱が選べるのと、対戦モードだな。レーティングは考える必要があるけど」
「ふむ——」
つまり、2種類か。
「つまんないな」
「えぇっ!? そんなはっきり言う?」
「まずチュートリアルは必要だよね。あと対戦モードにも強弱は欠かせないと思う」
「後者が分からん」
「んー、これは将棋とかボードゲームアプリの話なんだけど、回数制限でAIのサポートを受けられるコマンドがあるのね」
彼の嗜好はアクションとRPGだから、そこら辺は疎いのかな?
例えばスポーツ系のゲームだと、球が来る位置にカーソルを自動で合わせてくれたり、操作中の選手以外が連動して行動をとったりしてくれる。
そういう機能はオートやCPUと呼ばれている場合が多い。
「つまり、アシストを許可するルール?」
「そう。せっかく優秀なAI積んでるのに、活用しないと損でしょ。だからイージーとノーマルと、エキスパート」
「エキスパート?」
「痛みや疲労が鮮明な、よりリアルな駆け引きが楽しめるモードはウケると思う。あとサンドバッグというか、フリープレイモードも欲しいよね」
ボドゲ繋がりでいえば、AIが一手ごとに評価値を算出してくれる機能もある。
試合中にとった行動の有効性を数値で可視化したら、プレイする人にとって上達の助けになるんじゃないかな。
「なるほどなぁ」
取り敢えず火は点けられたか。どうせプログラムを書くのはカズなんだし、この際口出ししておこうか。
「アバターのデザインって決まってる?」
「ん、今までの3D人形じゃダメか? なんなら本人そっくりな仮想体もできるけど」
「ダメでしょ。人殴って、血が出るんだよ? ソッコーでR-18Gだわ。僕ら中学生なのに」
「忘れてた……どうしよ」
抜けてんなー。
顔を青くしても遅いでしょうに。まあ、ヒントは与えておくか。
「例えばサイボーグ同士の戦闘っていう設定を付けてしまうとか。脳以外は全て機械部品で、流れる液体は誰が何と言おうが作動油。一見死んでそうでも超凄い医療技術で平気、みたいな」
「無理がある」
「まあね、コンセプト上やむを得ない。注意書きを丁寧に掲示するのと、プレイヤーに過度な恐怖を与えない工夫で対策するのが精一杯かな」
リアル志向の格闘ゲームで、しかもVRとなればそうなるわ。
それを如何に誤魔化すかが、これまで同ジャンルで強いられてきた課題とも言えよう。
「むー……よし。一旦、鶴の案に乗ってみる。怒られたら、その時考えるわ」
「その調子」
結局カズがやりたいのはAIの開発なんだよな。だから多分ヘコたれることはないと思う。
最悪、体をクッキーかケーキにして、クリームが流れるようにしてしまえばいい。そんな幼児向けコンテンツ、探せばあるだろう。
「ちなみに次の授業、体育だかんな」
「うっわ、やっべ!」
この世界線でのナーヴギアはPCと接続ができる設定です。