SAOを真面目に攻略しない人々   作:徳明

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ゲームタイトル悩みました。


3/7 桜舞、中毒者のスクラップ

「くっそ、なんだコイツは!」

 

 バーチャルの世界で、僕は独り毒突く。

 テストプレイまで漕ぎ着けたは良いが、AIが強過ぎる。

 同じ体格、同じ筋力、同じ速度のはず。だが経験が違い過ぎる。

 まるで全ての状況で最適解を算出し終えたかのように、悉くノックアウトされている。

 ここ1週間ずっとだ。

 

『鶴、無理なら試行回数を減らすけど』

「はあ? 冗談じゃねぇよ」

『口悪っ!』

 

 カズの提案は即却下。

 試行回数を減らすとは、本来あるはずの先読み能力や経験を意図的に制限するもの。平たく言えば弱体化。到底受け入れられない。

 AI同士の試合では平均勝率が50%付近で収束している。つまり、勝てる見込みはあるのだ。

 ならば()で覚えるのみ。幸い命は無限にある。

 

「これはフェイント、下がる、抜く! 足、肘、捨て」

 

 神経が研ぎ澄まされていく。

 AIは人間のような予備動作をしないが、それでも物理演算が故の慣性はある。骨格も人間と同じなので、構造上不可能な挙動も存在する。

 そこを見極め、利用し——

 

「穿つ!! っし、グヘぁ?」

 

 一発当てたことに舞い上がって、カウンターを食らってしまった。

 

「もっかい!」

 

 

   ☆

 

 

「あんま無理すんなよ……」

「うん、約束はし兼ねる」

「おい」

 

 ようやく何かが掴めたみたいで、勝率が1割届くようになってきた。

 AIに成長限界があるのかは不明だが、この機を逃すとまた突き放されてしまう気がする。

 

「ところで、カズは今何してる中?」

「俺はステージ作りなう。PVとか公開したら話題になるかと思って」

「ほぇー、それで。桜、鳥居に、石畳……ベタだねぇ」

「これくらいが丁度良いんだよ。満月の明かりで日本刀が煌めいてって感じで」

「一応聞くけど、僕が出演するのよね?」

もち(勿論)。今朝試したけど、俺にはアレに勝てるビジョンが全く見えんわ」

「もうちょっと頑張ろうよ」

「俺はプログラマだし、そのための戦闘要員だから」

 

 それでいいのか廃人ゲーマー。

 カズは口笛を吹きながら、桜の舞い方のシミュレーションを繰り返している。初期のドサっと塊で落ちてくる頃を知っていると、かなり進歩したように思う。

 

「ところで前から気になってたんだけど」

「何?」

「テスターが格闘技経験者である必要ってあんま無いよね。もうAI流戦闘術になっちゃってるし」

 

 ちょっと前までは武道っぽさを残していたが、ネット動画の解析や膨大な試行回数の深層学習によって、新流派と呼べる程度に世界中の武術が混ざってしまった。

 データ上にある格闘技では太刀打ちできないため、必然的にこちらもAI流を習得しなければならない。

 そうなると多少の経験値など、米粒みたいなもの。

 テスターには最低限のフルダイブ適合性があれば十分で、次に求められるのは頭の回転と記憶力の良さのはずだ。

 実戦経験は最後の最後で「あれば便利」なくらいだろう。

 しかしカズは首を振る。

 

「いや、案外重要だぞ。試合の組み立て方とか、AIが何故その選択をしたのかなんて俺にはさっぱりだもん」

 

 そりゃあなたの反応速度が良過ぎるからでは、と訝しむ。

 センスがあるから、中堅まではゴリ押しで何とかなってしまうのではなかろうか。

 そのせいでブレークスルーの壁が高くなっている。

 

「それに演舞の構成とか頼れるし」

「……え、PVって八百長すんの?」

「しないよ。でも演出は必要だろ。まあ、初撃から鍔迫り合いに移ってもらって、あとは流れで」

「それアカンやつ」

 

 ていうか、AIは鍔迫り合いなんて時間の無駄な行動は選択しないと思う。

 ここは別撮りになるのかな?

 

「そういえば、タイトルは?」

 

 ふと、彼からこのプロジェクトの名前を聞いていないことに気が付いた。

 ニヤリと笑う。

 

【Scrap Addicts Online】

 

「スクラップ・アディクツ。なんだか物騒な雰囲気だね。直訳だと解体中毒者ってとこか」

「元々はマーシャルやコンバットだったけど、試合を見るにそんな高尚なものじゃないなってな」

「確かに作法も何も無いからね」

「調べたら、スクラップには『喧嘩』って意味もあるらしい。喧嘩して、解体して、敵の残骸を求め狂う者達。コンセプト的には合致するだろ」

 

 僕は頷いた。

 サイボーグという設定も活きている。

 

「さーて、もう少し頑張りますかね」

「僕もあと何試合かやってから終わろ」

 

 

   ☆

 

 

「おはよ」

「うわ、びっくりした!」

 

 ただの挨拶に飛び跳ねるカズ。

 これは何やら隠し事をしているな?

 

「気配消して近付くとか趣味悪いな、鶴」

「…………?」

 

 あれ、これ僕が怒られるパターン?

 

「もしや、素でその挙動になってる?」

「素っていうか、特に意識してることはないけど」

「お前、気持ち悪いほど静かだぞ」

 

 何でだろう。靴を替えた訳でもないし。

 強いて言えば新学年で春になったから、コートを着なくなったくらいか。

 

「……最近どのステージやってたっけ?」

「SAOか。確かRandom_Mazeだったな」

 

 ランダム・メイズは自動生成される迷路の中で敵を探すステージだ。

 奇襲ができるため、対AIでも高い勝率が見込める。

 

「それだ。ゲームのやり過ぎで常にスニーク状態を維持してるんだ」

「はえー、そんなこともあるんだね」

「他に人から何か、最近変わったとか言われてないか?」

 

 最近ねぇ……無意識だからなあと、頬に手を当て、記憶を思い起こす。

 

「そういや、この前友達と喋ってたら『私にウィンクしてるのは誘ってるのか』って聞かれたや」

「ウィンク? いつの間にそんな気障な奴になったんだ?」

「別にアイコンタクトじゃないよ。両目を同時に閉じないよう時間差つけてるだけ」

「お前、それって……」

「多分、癖付いちゃったんだろうね。AI相手に瞬きなんて隙を見せられないから」

 

 利き目の概念も薄れてきた気がする。

 これは、片目を潰されても戦わなくちゃいけない環境への適応だろうな。

 

「つまりダイブ中の習慣が、ある程度リアルでも反映されるということか」

「なるほど。思えばAIに勝ち始めたあたりで、体の動作精度が上がった感触はある」

 

 考えてみれば当然だ。

 ナーヴギアを装着している間でも、伝達されないだけで常に脳は運動神経へと働きかけているのだから。

 

「リハビリ用のプログラムが、必要かもしれない」

「ゲームを終わる前にやりましょうってこと? 良さげだね」

 

 昔やった脳トレのゲームでそんなオプションがあったな。

 

「脳の興奮を抑えるのは、ナーヴギアにとって朝飯前だしな。愛玩用のNPCと会話しながら散歩、とかなら苦にならんだろ」

 

 完全にメンタルヘルスケアだ。

 まあそれが許されるくらいに精神を酷使するゲームだから、是非もなし。

 

 

「お兄ちゃん! と、鶴先輩!」

 

 教室で駄弁っていると、聞き慣れた女声がドアの方から飛んできた。

 先日中学に上がった直葉さんが手招きをしている。

 

「スグ!? お前、ここ2年のクラスだぞ」

「おはよう、直葉さん。制服とても似合っていますね」

「ありがとうございます! ……じゃなくて、2人とも剣道部に所属してないってどーゆーことですか?」

 

 腰に手を当て、「あたし怒ってます!」という意思を存分に表明している。

 どうやら、中学生になれば僕たちとの稽古時間が増えると期待していたらしい。

 だが残念。我ら帰宅部である。

 

「カズ、言ってなかったのか」

「いや、知ってると思い込んでた。そもそも、部活なんてやってたらあんな早く帰れねぇよ」

「部活紹介でびっくりしたんですからね」

「それはごめんよ。お兄さんに付き合っていると、時間が確保できなくて」

「鶴、俺を売るな!」

 

 ケラケラと笑ってはぐらかす。

 すると、彼女の視線と矛先が僕に向く。

 

「鶴先輩の名前は知ってる人いましたよ」

「まあ少しの間、所属してましたから」

「え、それは初耳だな。いつまで?」

 

 カズが意外そうに呟く。確かに、彼が心を開いてくれ始めた頃には既に退部していた気がする。

 

「去年の5月。だから1ヶ月ちょいだけ」

「何で?」

「昇段審査の手続きは、部に所属していた方が色々と楽だから。道場の方は小卒で辞めてたし」

「そんな早くに段取れるんだ」

「結構前にルール変わったからね。ちなみに最速だと卒業前に三段まで取れる」

「へぇ、スグも取れるのか?」

「うん。だけど、三段なんてほぼ不可能だよ……て、また誤魔化して!」

 

 あ、バレたか。

 

「すまんな、スグ。部活の件は……夏まではちょっと忙しい」

「信じていいの、お兄ちゃん?」

「お……おう」

「怪しい。けど待ってるから」

 

 いつの間にこんな仲良くなったんだろ。

 桐ヶ谷宅にお邪魔している時は別に……まさか、僕がダイブしている間に横でイチャコラ!?

 な訳あるか。

 以前の余所々々しい関係よりは断然健全だから放っておくけど、アブナい関係に発展するようなら……巻き込まれる前に逃げようかな。

 カズの性格上、全てに世話を焼いていたらキリが無い気がする。

 

「じゃ、HRあるからまたね」

「ん。気をつけてな」

「いってらっしゃい」

 

 明るい子だなぁ。こっちまで元気が貰えそうだ。

 聞きたい言葉が聞けて満足したのか、直葉さんはそう言って1年のクラスに戻って行った。

 ところで彼女は、物珍しさとその容姿で野郎供の視線を集めていることに気が付いているのだろうか。

 

「リハビリNPC、直葉さんをモデルにしたら売れるんじゃない?」

「絶対許さん」

「痛ってぇ!」

 

 最速で拳が腹に突き刺さった。

 

 

   ☆

 

 

 その日。各種SNS、動画共有サイトに1本の動画が投稿された。

 和ロック調のBGM、桜舞う月夜に煌めく刀。相対するカーボンと超合金で構成された2体のサイボーグ。

 示し合わせたかのように駆け出し、火花を散らして剣戟を交わす。研ぎ澄まされた勝利への渇望と、狂気すら滲むほどに洗練された戦闘技術。

 やがて片方がもう一方の腕を捥ぎ、倒れ伏したところに刃を突き立てる。

 その瞬間は画角に収められていないが、飛び散った蛍光グリーンの液体がその運命を示唆する。

 (作動油)を払いながら立ち去る背中。そこへ効果音と共にロゴが登場する。

 

【Scrap Addicts Online】

 

 ナーヴギア一般発売から1週間後の出来事であった。

 




鶴君とキリト君はまた同じクラスです。

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