SAOを真面目に攻略しない人々 作:徳明
誤字報告感謝。
10万払った筐体でプレイできるのがソリティアとピンボールだけだったらキレる。
「どうよどうよ、反響は」
「かなり順調……というか、マズい」
ナーヴギア発売の熱が冷めやらぬ中、そしてゲーマーたちがせっかく手に入れたマシンのアプリケーションの物足りなさに不満を爆発させている頃。
SAOのα版はPV公開と同時にXteam上でリリースされた。
かなりの自信作だが、カズの表情は芳しくない。
「どしたよ」
「DL数が予想以上に多い。正直、2〜300人が購入してくれたら元が取れるし、実際それくらいだと思ってた」
「桁が違ったと?」
「既にその十倍だ。この24時間でな」
2千人ちょいってとこか。
α版ってことで価格は10ドルと低めに設定していたが、それでも単純計算で……
「マズいな」
「だろ?」
儲けが出ることは嬉しい。だが、今度は別の問題が発生する。
まずはゲームエンジンのライセンス料だ。無料で使えるのは個人利用か少額の商用利用のみで、一定額を超えると儲けに応じた使用料を支払わなくてはならない。
次に税金。僕はただのテスターなので、プログラムを書いているカズの取り分が多くなるように、4:6で合意した。
それにより彼の得られる金額は、Xteamの手数料を差し引いても既に100万円を超えている。
所得税の対象である。
「とりま、親呼ぼっか」
「そう、だな」
「——母さん、スグ」
「お父さん、お母さん」
「「大事なお話があります」」
☆
「……なんとか、なったか」
「僕の方はもともと、道場サボる時に軽く相談してたからね」
家族への状況説明も終わり、近いうちに税理士か司法書士に相談して整理することとなった。
おそらく、このままカズは個人事業主になるのだろう。
「いや、成績維持しといて良かった。鶴の言った通りだったな」
「そらそうよ」
僕らまだ義務教育の最中だからな。学業の為という親の大義名分に勝てるものはない。うちの場合は自分に加えて、カズの学力も下げないことが条件に含まれていたので苦労した。
彼の理系と文系の落差よ……
まあしかし、逆に勉強さえしていれば、それなりの自由を認められる年齢であるとも言える。
平均9割超えていれば文句も出まい。
「で、社長。次回作は何になるんで?」
「気が早えーよ、主演男優」
「やめろぉ、それは」
一つだけ誤算だったのは、PVの中の人が自分だと知った時の両親の反応だった。
再生回数が伸びたこともあり、我が子にアクション俳優としての可能性を感じてしまったのだ。
これは、僕を褒めそやした
そんな才能が無いのを自覚している身として、全力で御免被らせてもらった。
「ともかく。来週の計画を詰めないとな」
「凸待ち配信だっけ」
「そう」
SAOの認知も広がっているので、僕が視聴者と対戦したら盛り上がるのではとカズが提案してきた。
これだけの猶予があれば、一部のプレイヤーは熟練度を上げてくるだろうし、ワンサイドゲームにはならないはずだ。
対戦相手がいなくとも、AIと組むだけで退屈しない。
「じゃあPV第2弾兼、告知動画の撮影を頼んでいいか?」
「よかよ。次のオーダーは何?」
「徒手にしたい。あと、鶴専用のスキンも用意したから確認して欲しい」
「遂に僕もネームドキャラ……しても徒手とは、なかなか梃子摺りそうね」
武器無しは致命傷となる攻撃が少ないので、純粋な実力が出る。
正直、ステゴロで2割勝てたらマスターを名乗っていいレベルなのだ。
「負ける役でも構わないぞ」
「絶対嫌だ」
人類が勝てるということを証明し続けるのが僕の役割だ。と自負している。
「変なところで強情な奴だ」
「まあね、『リンクスタート』」
☆
「あー、あー。テステス」
『よし、ボイチェンは正常だな』
桜の木の下に置かれたベンチに腰掛け、カズのセッティングを待つ。
今回の放送は第1弾PVと同じステージを使用するが、昼間だったり、枝には葉が青々と繁っていたりして、雰囲気はガラリと変わっている。
目の前には固定カメラと、カズのモニターをミラーリングしたディスプレイのオブジェクト。
現在は僕のアバターが映っている。
ツヤ消しの灰色ボディに黒のフェリス迷彩、口を覆うフェイスガードには特徴的なヒゲのペイント。
【
これがカズの用意してくれた専用スキンだ。
服装は一般ユーザーでもカスタムできるが、ボディのテクスチャは変更不可なので特別感が出ている。
スキンだけで目を引くため、身形は敢えて初回ログイン時に配布される『SAOロゴT』と『戦闘服ボトムス01』という没個性的なものにしてある。
開発者だからって装飾を豪華にしていたらユーザーを醒ますし、これで良い。
『OK。今日は2時間の予定だけど、気分が悪くなったら言ってくれ。肉体の方もモニタしてるから、そっちの異常はこちらで対処する』
「あいさー」
いつもは4時間くらい
『放送始めます。問題が無ければ1分後にオーバーライドするので、そのつもりで』
「ろじゃー」
数秒後。
ディスプレイでは動画サイトの様子が投影される。
既に多数の視聴者が待機していたようで、『わこつ』といったお馴染みのコメントが流れ出す。
時計ガジェットも見やすい所に配置されており、時間管理がやりやすそうだ。
「こんばんは、Scrap Addicts Projectのアノニマスです。気軽にアノンと呼んでください——」
1分後。
カズがモーションデータをフォルダに投入し、【Done】をクリックすると、僕のアバターは独りでに喋り始めた。
これはSAO内のリプレイ機能を使ったもので、専用ファイルの保存、再生が可能となっている。
本来は改善点の洗い出しや、上級者のプレイを体感するための機能だが、こうやってエンタメにも応用できるのだ。
ある人はこれで『踊ってみた』動画を投稿していた。
「——それではまずチュートリアルの解説からしていきますね」
オリエンテーションが終わって、体の主導権が戻ってくる。
予定では30分ほどをゲームの紹介に使うつもりだ。
単なるチュートリアルだと既に何本か動画が上がっており、面白味に欠けるので、開発者だから知るコツや魅せるプレイを披露して差別化を図る。
最後に実践として課される、難易度0.5のAI人形を破壊すれば終了である。
「えー、この流れている液体は単なる作動油です。誰が何と言おうと、作動油なのです」
カズの操作するカメラに向かって、お決まりの言い逃れ文句を吐く。
コメントを読む限りだと、感触は概ね良好のようだ。
「ではこれより
僕の宣言で、石畳の両脇にポツポツと灯籠が建っていく。
これはアクセス中のユーザーを可視化したもので、ステージによっては花や地蔵に変わる。
今回は鳥居のあるステージだから、参道に並ぶ灯籠というチョイス。火の灯っているのが対戦待ち、灯っていないのが観戦者だ。
対戦相手の選定はカズに一任してある。
間もなくして、1人の男性アバターが召喚された。【UKK016】という人が記念すべき初戦の相手らしい。
『お願いします』
UKKさんからショートメッセージが送られてきた。
試合前後に頭を一定角度下げると、挨拶コマンドが発生するようになっている。運営の用意した文言に限られるが、これでコミュニケーションを取れるのだ。
それを受けて僕も「こちらこそ」と返す。
鯖主によっては常時会話できるよう設定する人もいるが、生放送なので差別的、性的、政治的発言といった事故を避けるためオフにしてある。
【モード:ノーマル】
【指定武器:なし】
【制限時間:3分】
という表示が出て、10秒のカウントダウンが始まる。
相手はロングソードを選択したらしい。こちらは全試合素手で戦うと予め宣言していたので、選択しない。
【開始】
まずは出方を窺う。相手は腰を落とした基本的な構えだ。
そこから「ヤッ」と声が聞こえそうな、気合い満点の両手突きが繰り出される。
直線的で分かりやすかったため、体捌きで側面に入り、肩をトンと押してやる。そしてヨロけたところを足払い。
綺麗に転倒した。
本来ならここで喉を踏んでゲームセットだが、足は顔の横に落として一旦離れ、起き上がるのを待つ。
見た限りだと、相手の実力は平凡な部類。つまりエンジョイ勢だ。
少し、指導してみるか。
大きく振りかぶってきた隙に鳩尾を蹴って転がす。
ジェスチャーを交えながら素早い振りの動作を教え、それに従った彼の斬撃を白刃取りで防ぎ、また転がす。上達はしていたので、頷きながらサムズアップしておく。
そんなやり取りを数回繰り返すと時間が迫ってきたので、最後は顎にハイキックを決めて終わらせた。
「ナイスファイト!」
別れ際にメッセージを送る。
『ありがとうございました』
と返ってきた。
それから多種多様な相手と手合わせをした。
UKKさんのようなカジュアルから、どう見ても自衛隊式の格闘術を使う上級者まで、外国からの参戦もあって大いに楽しめた。
幸いにして負けることはなかったが、フルダイブの経験値の差による辛勝もいくつかあり、将来が待ち遠しい。
『失礼します、SAPのキリトです。アノンとの対戦は次の1名で最後となります』
もう頃合いか。時計は1時間が経ったことを知らせている。
スポンと女アバターが召喚された。
おかっぱでセーラー服を模した戦闘服。
カーボンブラックに、トライバルタトゥーのようなアシンメトリーの白い桐唐草が刻まれたボディ。散りばめられた蜻蛉のマークがアクセントになっている。
どう見ても一般ユーザーではない。
プレイヤー名が【Leafa】だから、中の人は直葉さんで間違いないだろう。
てか、もう1台ナーヴギア買ったんだな。
『お願いします』
「こちらこそ」
彼女は双剣を選択した。
カズの得意武器だから憧れたのかなと考えていると、開始直後に片方をこちらへ投げてきた。
使え、ということらしい。
遠慮なく拾う。今までもディザームした武器を使う戦法はしていたし、これもその範疇だ。
直葉さんはバーチャルでも強かった。
基本に忠実で、適切な間合いと姿勢を維持する冷静さもある。これは相当の修練を積んだはずだ。
AI戦なら難易度7.5まで安定して勝てる実力はあるだろう。
まず間違いなくトッププレイヤーに名を連ねる一人だ。
ただし、普段から10+を相手している廃人にとっては拙い部分が見えてしまう。特にスポーツをやっている人間は、ポイントにならない部位の防御が疎かになりがち。
知り合いに刃を向けるのも悪いなあと思いつつ、視聴者の手前、依怙贔屓する訳にはいかないので……
左腕を斬り飛ばし、そのまま左眼にぶっ刺す。
SAOは基本的にバイタル準拠で勝敗を判定するが、例外もある。
その内の1つが、現実で死なないダメージでも、 2箇所以上の欠損が生じた際は強制終了されるというルール。過度なグロテスク表現を避けるためだ。
多分これが一番
「健闘を讃えます」
『また対戦しましょう』
リアルに戻ったら何を言われるかと心配しながら、次のコーナーに移る。
「次は開発中の武器を紹介します。またの名を、キリトさんが物理エンジンで遊んでたら出来た品。まずはこれ」
ポンと虚空から落ちてくるそれをキャッチする。
長さ30センチくらいの円筒。
「ライトセー……ビームサー……光の剣ですね!」
一回偉い人から怒られろ。
ボタンを押すと独特の効果音を伴って刀身が出現する。
用意されたサンドバッグに太刀を入れたところ、抵抗もなく真っ二つになってしまった。
切り口は溶けたような跡。
「正直ネタ武器だと思います。楽しいですが、ランダム対戦でこれを使われたら堪ったもんじゃないですね」
触れただけで通常武器を破壊してしまうため、リアル志向のプレイヤーからは嫌われるだろう。
SFごっこをやるための専用鯖ならアリ。
既に裏ではこれを装備した4本腕の新AIと戦わされているのだが、あんなの念力ないと勝てねぇって。
「次は……弓ですね。今の闘技場は10メートル四方ですが、今後のアプデで拡張することも想定しているそうです」
彼曰く、せっかく多人数同時接続ができるのだから、集団戦もイベントとして面白いのではないかと。
馬や車なんかの開発も始めているみたいだし、別ゲーと化す日も近い。
ステータスウィンドウを開いて張力を調節する。90キロと入力すれば、それに従いアルゴリズムが適切な弾性分布をオブジェクトに反映してくれる。
弓道スタイルで番え、数発射ち込む。形態がロングボウだけど気にしない。
「うん、悪くないです。弓も矢もまだ1種類しかありませんが、期待できるのではないでしょうか」
炎上や毒なんかは難しいみたいだな。
デバフとしての効果は簡単だけど、どうしてもリアリティが出ないらしい。
「ラストは皆さんお待ちかね、銃です」
落ちてきたのはハンドガン。
デザインはオリジナルらしいが、どことなくG社のものに似ている。
セーフティを外してトリガーを引くと、確かな反動と共に弾が発射された。薬莢は排出後、時間経過で消滅する。
「これは他のシューティングゲームとは異なり、チャンバーの中で実際に爆発が起き、バレル内を弾丸が通っているらしいです。物理エンジンの進化が実感できるアイテムですね」
コメントを読むと、賞賛と歓喜の声が多い。
やはりこういった近代兵器には、かなりの需要があるようだ。
「現時点での報告は以上です。問い合わせや要望は概要欄のフォーム、またはXiscordの専用コミュニティまでお願いします。それでは最後に、リハビリを受けてから帰りましょう」
コンソールを開いて【ログアウト】をタッチ、メンタルヘルスケアの有無を聞かれるので、【受ける】を選択。
するとステージが、雲のまばらな青空と起伏のなだらかな草原へと変わり、足下にイルカとイヌを掛け合わせたようなモンスターが現れる。
「リハビリは可能な限り受けましょう。本人が思っているより脳は疲れているものです。私の場合はこんなクリーチャーですが、可愛い少女やダンディおじ様コースもあります」
控えめに言ってブサイクなこいつをモフモフしながら、円形のリラックスゲージが溜まるのを待つ。
殴ったり蹴ったりするとログインに制限がかかるので、優しく丁寧にだ。
「コミュニケーションのデータはローカルに保存され、徐々にNPCの人格が形成されていくので、この子に会うだけのプレイも悪くありません」
100%に達したので、【さようなら】を決定。
「それではまた次回お会いしましょう。ここまでのご視聴、ありがとうございました」
クリーチャーは直葉さんには好評のようです。
キリト君ってSAOはハマってたけど、実はフルダイブ自体に興味は無さげ…?プローブ然り、そこから派生する開発ツリーが好きなのかな。