SAOを真面目に攻略しない人々 作:徳明
やはりここでも最高乱数を叩き出す鶴君。
「鶴。武器を設計するとしたら、どこから始めたい?」
「何やの、藪から棒に」
またカズの凝り性が始まった。
「DLCを作ろうと思ってる」
「ダウンロードコンテンツ? α版のアップデートじゃなくて?」
「ああ。この前、多人数戦を導入したろ。それで戦いの幅が広がるだろうし、ユーザが希望する武器の種類も増えるはずだ」
彼の言う通り、SAOの大型アプデとして、3名以上での対戦モードが追加された。
サバゲのような擬似戦争ができる拡張フィールドの市街や密林、アーマードバトルを参考にした闘技場ステージも同時にリリースされている。
「けど俺らのスタジオにはスタッフが2人しかいないだろ。ということは彼らの全ての需要を満たすのは物理的に不可能だ」
「確かに。しかも設計となると、僕は手伝えないしね」
これが建物や動植物のモデリングであれば、ヒィヒィ言いながらもカズの力にはなってやれる。
だが、より緻密な計算を要する武器の設計は、マテリアルの特性を理解している彼にしか担当できない。
「だからもう、ユーザに任せてしまおうかと思ってな。ただ、SAO本体に組み込むとなると嵩張るし、要る人と要らない人で分かれる機能だから」
「手頃なポジションがDLCと。どっちかってと、オブジェクト追加MODぽい……? 理解はしたけど、そんなの作れるの?」
「問題無い。俺が普段使ってる開発用に作ったソフトを改造するだけだから。CADが使える人間なら難しくはないはずだ」
「あなた何でもできるのね……でもゲームバランス大丈夫かなぁ」
強武器を独占されると、試合に面白味がなくなってプレイヤーが去ってしまう。
「まだ分からない。設計できる容積とコストは制限するつもり。アイテムはワクショで共有して、一定の実績があるユーザには『スミス』系の称号を付与しようと思う」
称号というのはトロフィーみたいなもので、ゲーム内では着脱可能なワッペンとして存在する。条件は高難易度のAIを一定数倒す、総プレイ時間が規定を超えるなど。
スミスは職人を意味するから、クラフトが好きなゲーマーのモチベーションも刺激できるだろう。
「それで武器の設計はどの段階から、か」
「そういうこと」
「ちなみに、どこから作れるの? 合金だったら配合比からでも可能?」
「ん、まあできる。何だったら採掘・精錬からでも」
「マジかい」
つまり鉄で例えると、炭素を多く残せば硬く脆い銑鉄が、クロムを混ぜればステンレスが出来ると。
こっち方面の廃人も生み出せるのか、このゲームは。
「ただ、その分だけデータ収集や処理に時間が掛かるし、当然だが十分な資料のない材質は扱えない。だから架空の元素で誤魔化すことになるな」
「それでも魅力的だと思うよ。カズの案を借りるなら……基本の素材を数種類用意しておいて、強化とか特性のエンチャントでコストを上げる仕様にするとか」
金属、木、樹脂みたいな。
現実でもチタンやタングステンは高価だし、表面処理をすれば更に上乗せだ。
「ガチ勢以外にも使わせる場合、複雑な機構はモジュール化するのもアリだね。銃の作動部とか。弾薬は規格も必要だしさ」
「やっぱそのラインが妥当か。感謝する」
カズはうんうんと頷く。
ある程度構想は固まっていたようだ。今回はあまり役には立てなかったか。
「ところで、どうして急にゲームの自由度を上げたくなったのかな」
「……」
「武器なんて、従来のSAOでは抽象化されたシンプルなものだったじゃん」
特に、機械はシンボルを読み取るのがあまり得意ではない。
箒を槍や剣に見立てて武器に転用するなどの、人間なら誰でも思い付くような発想にも結構苦労する。
AIの次なる進化のためと言えば聞こえは良いが、失敗するリスクも孕んだ賭けだ。
「知ってるくせに」
「何をかな」
「茅場さんの記事を読んじゃったからだってこと」
「カズ、ファンだもんねー」
彼が購読しているゲームの情報誌に、アーガス社がフルダイブを用いたMMORPGを開発中との記事が掲載されていた。
詳しくは明かされていないが、どうやら膨大な量のレシピが用意されているらしい。プレイヤーはそこで裁縫や鍛治など、あらゆるクラフトを堪能できるという。
このアーガスの開発部長である茅場晶彦氏が、ナーヴギアの生みの親であり、彼の憧れの人物なのだ。
「そうだよ、悪いか!」
「いや、全く」
カズの反応に、ふっと笑みがこぼれる。
この人、普段スレた風を装っているくせに、茅場氏が絡むと年相応の純真な一面を見せるのだ。
「しても、コンセプトが『ゲームは遊びじゃねぇんだよ』だっけ。凄い熱意だよね」
「それ別のゲームだぞ……まあ、熱意という点には同意する」
「僕らのは『徹底してこれは遊びです』だもんね」
「遊び以外を名乗ると教育委員会が飛んで来るからな」
「そうとも言う」
覚悟していたが、SAOは賛否両論だ。
なまじ、知名度を得たが故に、メディアの飯の種になってしまった。
我々としてはAIの将来性について議論して欲しいのだが、世間では現実との区別がつかなくなる vs ゲームで欲求が満たせるなら社会にとって有益論争が勃発している。
その議題に関して僕が言うとすれば、埼玉県在住の14歳少年は総プレイ時間2000h弱ありながら、成績優秀で交友関係も良好であるということだけである。ちなみに彼は相当なハンサムらしい。
「冗談はさて置き、真面目に欲しいねぇ」
「『ソードアート・オンライン』な。もう単なるファンとしては見られなくなってしまったが」
大手ゲーム会社が本腰を入れて進めるプロジェクトとだけあり、既に注目の的だ。
しかもディレクターがあの茅場氏と来れば、何かとんでもないものを仕込んでいるに違いないと、ゲーム界隈は色めき立っている。
「8月に体験版リリースだと」
「夏休み入ってるじゃん。こりゃあ、やりたい放題できるね」
「いや、そもそもソフトを手に入れられるかが怪しい。テスターは千名限定らしいからな」
「えぇーっ、じゃあ倍率爆高ってこと? 発売日だとまだ学校あるんじゃないの」
「先着じゃなくて応募による抽選だとさ」
「はあー。どうにかならんかね、コネとか。キリトさぁん、あなたどこか大企業の社長令嬢の許嫁だったりしません?」
「する訳ないだろ」
翠さんがIT系の編集者だと聞いているが、そこでもダメらしい。
いや、絶対β版のプレイヤーなんて、何割かは報道関係者でしょ。まあ、否と言われたなら引き下がるしかないんだけど。
「じゃあ計算で必要なハガキの数を出そう。ほら、クラスの中に同じ誕生日の人が……」
「誕生日のパラドックス?」
「そう、それ。まずはフェルミ推定で応募総数を予想して、1通の時に外れる確率が——コンピューターってそういうの得意でしょ」
「そりゃ出来るだろうけど、仮に当選確率が50%超えても外れる時は外れるぞ」
「大体、こんなの対策されてるよねぇ。いっそ、金にものを言わせて当選者を買収するか。100万円ならひょっとすると」
売ってくれる人が現れるかもしれない。
「もはや中学生の発言ではないな」
「ふっふっふ、10億円あれば買い占められるぜ……」
「何が目的なんだよ」
「床に敷いてSNSにアップする」
「ますます謎なんだが」
☆
「——それで、君たちはブツを逃したと」
「まあな。せっかく幸運を掴んだ人たちの楽しみを金の力で奪うというのは、一人のゲームファンとして軽蔑すべき行為だろ」
「そのせいで毎日後悔しているみたいですけど」
カズのゲームへの律儀な姿勢に、メガネの男——菊岡さんはくつくつと笑う。
彼は総務省だかのVR関連の部署に勤める職員らしく、また僕らの活動をリリース直後から追っている古参でもある。
「まさか茅場晶彦も、RSAOの開発者が中学生コンビとは思わないだろうなあ」
「アバターは成人で統一してますからね」
「いやいや、大人顔負けの技術を賞賛しているんだよ」
菊岡さんは低く渋い声で、こちらの心地良い部分を擽ってくる。油断していると絆されそうだ。
しかし彼が本来の身分を隠していたのを忘れてはいけない。
言動が少し不審だったためカズに調べてもらったら、防衛省の人事発令に同姓同名の人物がヒットした。これに関して問うたところ、彼はあっさりと自分が二等陸佐だと白状したのだ。
以来、カズは菊岡さんに対して敬語を使わなくなってしまった。
「てか、RSAOって何?」
「知らないのかい、キリト君。ソードアート・オンラインとイニシャルが被るから、RとLで呼び分けているんだよ」
カズの疑問に菊岡さんが丁寧に説明する。
曰く、RはリアリティやR指定を意味するらしい。対してLは軽いを意味するライトや遅いを意味するレイトの略とのこと。
Scrap Addictsは他にもスクアドという略称があるそうだ。僕としてはこちらの方が好きだな。
「ところで今日は何の用だ。またスカウトの話か」
「おお! 遂にOKしてくれるのかい?」
「しねーよ!」
先の件で最早建前はいらないと判断したのか、菊岡さんは積極的に彼を防衛省に勧誘するようになった。
やれ自衛隊に来ないか、せめて防大だけでもと、かなり熱烈なアプローチだ。
「こほん。今回は君たちに、ビジネスとして話を持って来た」
「ビジネス? だから弁護士さんを用意させたのか」
実はもう1人この場には同席者がいる。
普段お世話になっている司法書士さんから紹介してもらった、契約に詳しい弁護士の先生だ。
基本的に喋るのは僕たちだが、必要な時はアドバイスをしてくれる。
「お金の話だったら私いなくても良いのでは?」
経営者はカズだし、自分は彼のお節介役でしかない。常日頃から、邪魔だったら遠慮なく切ってくれと伝えてある。
「いや、ツル君も聞いて欲しい。本題としてはズバリ、防衛省にScrap Addicts Onlineを売って——」
「帰るぞ、鶴」
SAOはカズの青春そのものと言える存在だし、当然愛着がある。それを手放すことは、自身のゲームへの情熱をも売ることと同じなのだ。
何より、SAOはまだ完成していない。
「まあまあ、もう少し喋らせてあげよ?」
とはいえ早計な点もあるので、立ち上がりかけた彼を宥めて座らせる。
「ツル君、ありがとう。こちらも結論を急ぎ過ぎた。厳密には、自衛隊の汎用人工知能の開発プラットフォームとして貴ゲームプログラムを提供して欲しい」
「回りクドい言い方だな。何がしたい?」
「最終的には人命の代替さ。現在、我が国では十万を超える自衛隊員が任務に従事している。その一人ひとりが掛け替えのない存在であり、僅かの損失も国としては避けたい。この解決策として最も有効な手段が前線の省人化、無人化なんだよ」
いわゆるドローンやロボット兵だな。
以前聞いたことがある。
日本の広大な水域を他国の侵犯から守るには、有人艦船では足りない。なので防衛省は、UUVという無人潜水艦を配備し、監視ネットワークに組み込もうと構想しているらしい。
彼の計画はその先を見据えたものか。
「だから別に、君たちから何かを奪いたい訳じゃない。AIやシステム全般を、今のゲームテイストから国防に適したスタイルに改変する許諾が欲しいんだ」
菊岡さんは、アーガスにもオファーはしているが、本命はこちらだと言う。一体、どこまで真実なのやら
カズは腕を組み、考えている。
「俺は……失敗すると思う」
「ほう、それまた何故?」
「SAOに搭載している戦闘AIはそんなに賢くない。餌との相性が良かったから成長できただけだ」
「餌というのはツル君のデータかな」
「ああ。この開発は鶴とAIが互いを学習し、喰らい合うことで発展してきた。鶴が主食であり、天敵なんだ。彼がいなくなるとAIは、怠け出す」
一理ある。
ノーマルユーザーが戦える最高難易度10.0は、過去の対戦の結果を反映して行動を変化させていく。
で。最新の10.0と、僕が裏で戦っている10+で組ませると、ほぼ完封の形で後者が勝つ。試行回数などは同じ条件で。僕ですら7割は勝ててしまう。
強さ自慢をしたいのではない。
相性なのだ。自衛隊や警察の中には僕よりも強い人が沢山いる。ただ、その人たちがAIにとって糧になるとは限らない。
バーチャルの中では文句無しにAIが最強だ。故に、人間側の成長速度やスタイルが合わないと、手を抜き始める。
専門ぽく言うと、強い相手は外れ値として除外してしまう。
その点、僕は餌にぴったりらしい。
「この前の作業配信でツル君が呟いていたのは、そういう意味だったのか……」
「ぽろっと出ちゃいましたね」
PV撮影の舞台裏を生放送したらウケるだろうと、久々に開発用ではない通常版にログインしたら、AIが呆れるほど弱くなっていて結局ボツになったという話。
張り合いがなかったので、柄にもなく機械相手にサボるなとボコしてしまった。
「だからまあ、プログラムの開発には鶴の協力が不可欠になると思う。自前で人材を探せるなら構わないけど」
「驚いたな。僕はてっきり、兵器へのAI搭載の説得に苦労すると覚悟していた」
「それを言い始めたら、現代のイザコザは全てノイマンとチューリングのせいだな」
カズはあっけらかんと答える。
ノイマンとチューリングはどちらも数学者で、コンピューターの基礎を築いた巨匠だ。彼らがいなければ世界が発展しなかった反面、戦争がハイテク化されることもなかった。
自分のプログラムも同じだと言いたいのだろう。
「出会った頃は、あんなに優しくて他人思いな子だったのに……よよよ」
「オカンか。そっちこそ、抽出されたお前のデータが人殺しに使われるかもしれないんだぞ」
「人殺しじゃなくて、人助けだよ」
日本での運用なら災害救助とか、将来的には宇宙開発に応用されるかもしれない。てか寧ろ、こちらの方が現実的だ。
「それに、こういうのは倫理観を持ち出した側が置いてかれるって相場だからね」
「エゲツないこと言いよる」
「えーとじゃあ、上には協力に意欲的と伝えておくけど、いいかな」
「それでいい」
菊岡さんはカズの反応を受けて、満足そうに微笑む。
取り敢えず、1回目の交渉はこれで終わりということなのだろう。
「——そういえば、ここにβ版のソードアート・オンラインが1本あるんだけど……」
「!!」
彼は鞄からゲームのパッケージを取り出した。しかも未開封の。
それはカズ垂涎のタイトルだった。
「まさか、くれる……のか?」
「ん〜、どうしようかなぁ。これ手に入れるのに、僕も苦労したからね。タダではあげたくないな」
汚い大人だ。
「……何が望みだ? 言っておくが、既に一度諦めた品だ。心の整理はついてるぞ」
「どうせ11月になれば製品版が出ますしね。あと1週間しか遊べないゲームで威張られても……」
「ちょっと君たちさぁ、もう少し可愛げないの? 夢のためなら何でもします! みたいなさ」
いやー……それをやっちゃイケない相手の代表格だからな、菊岡さんは。
信用の無さを実感したのか、彼はハァと溜め息を吐いた。
「AI格闘の極意を聞かせて欲しくてね。うちにもようやく10.0に勝てる人間が現れ始めたんだけど、彼は水のようだと形容していた」
「月並み、かつ曖昧な表現だな」
「そう、でも開発者なら分かるんじゃないかと思ってね」
「俺は分からない。そもそも双剣の9.5がマックスだ」
となると、僕に懸かっているのか。
ゲームを取るか、AIを取るか。
「鶴、無理に教えなくてもいいぞ。ゲームの攻略法は自分で探すものだからな」
「そこまで意地悪はしないよ……そうですね、これもまた相性です」
「つまり、体質の問題?」
「あーいや、そっちじゃなくて。武術って同じ流派に攻撃するのは難しくて、他流派を防ぐのが得意な性質があるんですよ。スポーツはその逆」
例えば合気道だと、手を掴まれた状態に対処する技はあるが、自分から掴んで相手を制しに向かったりはしない。というか、どんな反撃があるか分かっているから膠着する。
対して剣道では、正眼で強い選手がいても、上段や二刀流、薙刀相手には本来の力を発揮できなかったりする。
AIはそういう相性表を持っていて、対象の姿勢や動作から最適な戦闘パターンをぶつける。
「——ここで重要なのは、選択する手段が最善手ではない点です。出来るだけ相性を広くカバーするために、人間からは一見無駄に思える軌道で動く場合があります」
敵が突発的な行動変更をしたとき、その前の時点での好手が悪手だったりする。そんな罠を回避するため、冗長性を確保しているのである。
これらが多分、水のようだと喩えられる『形』の所以だろう。
「私からは以上でしょうか」
尤も、コンスタントに勝とうとすれば反射レベルで対応しないといけない上に、アップデートされると苦労が無駄になる。
プロ競技ならともかく、実戦への活用にはコスパの悪い流派ではある。
「なるほど……共有しておくよ、ありがとう」
菊岡さんは納得したのか、ソフトをカズに渡して帰った。
かなり遅れたが、これでようやく目当ての物を手に入れることができたようだ。
この世界線の時間軸は、日程の言及があるプログを参考にしています。即ち、β期間が8月の1ヶ月間だけです。
UUVのくだりは実際に防衛装備庁の公式チャンネルで視聴することができます。
弁護士さんは喋らせたかったけど話が長くなるからやめた。
菊「ツル君、VR教官になって隊員を指導するバイトしない?」
鶴「え、私まだ中学生ですよ。労基法的にヤバいんじゃ…」
菊「何とでもなるよ。ね、先生」
弁「演劇の事業という名目で許可を取れば…」
鶴「着実に役者の道を歩まされてる!」