SAOを真面目に攻略しない人々   作:徳明

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前話で『LUX→LUC』の誤字報告を頂きました。Xにしていたのはwiki準拠でしたが、表記揺れらしく、また原作でも確定した言及が見つけられませんでした。
よって英語の略法に則り、『LUK』に修正しています。

茅場の手綱をちゃんと握っておかない神代さんが大体悪い。


7/7 茅場、地獄前インタビュー

「やっべ、緊張してきた」

「大丈夫かい? 一旦トイレでゲロってくる?」

「人様の職場で吐く奴があるか」

「試合前とかあったね」

 

 小学生時代は、と付け足しながらミント味のタブレットを口に放り込んでやる。

 少しはマシになるだろう。

 

「しっかし、早く来過ぎたな」

「あと30分かぁー。グッズを買うのは帰りだし、コーヒーブレイクには心許ないね」

 

 茅場氏の計らいでアーガス本社に招待された僕たちは、来客用のロビーで時間を潰していた。

 本来が社員用のオフィスだけあって内装は簡素だが、一応この会社の歴史がわかるブースやゲームファン向けのショップが一角に設けられている。

 

「あ、これ。懐かしいなぁ」

「そういえばここから始まったんだよな。もうすぐ1年か……」

 

 ラックに『電撃ナーヴギア』と題された雑誌を見つける。手に取ったのは去年の11月号。僕がカズの計画に乗った切っ掛けの一冊だ。

 

「なんか燃え尽きた人みたいな反応だね」

「茅場さんに会うのは俺にとって一つのゴールだったからな。それにSAOも……」

 

 あれだけ心血を注いできたScrap Addictsだが、来週でサービスを一時停止するとアナウンスしてある。

 表向きの理由はソードアート・オンラインに感化されて大型アップデートの準備をするため。しかし、真の理由は先に控えたナーヴギアのリコール勧告。

 予めゲームから締め出すことで、万が一の最後っ屁からプレイヤーを守るのだ。

 安全なフルダイブマシンが現れるまで、仮想世界にプレイヤーがアクセスすることはできなくなる。

 

「なに感傷に浸ってんだか。まだまだ開発は続くし、ちゃんとアプデで復活しないと本当にオワコンになるんだからね?」

「わーってるよ。今後とも宜しくお願いします」

「はいはい。お願いされます」

 

 程よく彼の体が解れたところで、ビジネスマン風の男がエントランスを抜けてきた。後ろにゴツいカメラを持った人がいるので、おそらく取材に来た人たちだろう。

 目が合う。遠巻きにお辞儀をしておく。

 

「……どうしたんだろ、あの人たち」

「んー。僕が思うに、ここにいる中学生が目的の相手なのか、判断し兼ねているんじゃないかな」

 

 両人はこちらをチラ見しながらヒソヒソと相談している。

 無理もない。

 我々は今まで、自分たちのプロフィールを晒してこなかった。ネットではそれで不便もなかったし、何よりプライベートを詮索されたくなかったからだ。

 

「シンカーさん、で合ってますか?」

 

 事情を伝えておらず、混乱させてしまった非のあるこちらから声を掛けに行く。

 明らかに安堵した様子が伝わった。

 

「ということは……?」

「はい。私がアノンで、こちらが」

「キリトです。本日は貴重な機会を設けていただき、ありがとうございます」

 

 揃ってぺこりと頭を下げる。

 大人の方からは名刺が返って来た。えっと、こっちが管理人さんの名前で——

 

「呼び難かったらシンカーとカメラマンで構わないよ」

「お言葉に甘えます」

 

 よかった。メールのやり取りではシンカー呼びだったから、わざわざ記憶を上書きするのは面倒だった。

 こちらもHNだから、フェアでいられる。

 

「まさかこんな若い子たちがクリエイターだったなんて」

「信じられませんか?」

「驚いただけさ。あの茅場晶彦だって、最初のゲームを公開した頃は中学生だったからね」

 

 シンカーさんは天才の名を引き合いに出して、激励する。

 無難に礼を言っておこう。

 

「そういう訳ですので、顔とか年齢は掲載NGでお願いします。学生生活への支障を避けるために」

「大丈夫。打ち合わせで確認した事項は守るよ」

 

 僕たちの活動は学校も把握していないからな。知った途端、小言を挟まれるだろう。もしかすると「そんな不健全なことは辞めなさい」と圧力すら掛かるかも。

 優等生で通せる内は通しておきたい。

 

「えーと……一応確認だけど、キリト君がシステム担当で、アノン君がプレイ担当なんだよね?」

「そうです。俺——僕……がプログラムを書いたりゲームバランスの調整をしています。モデリングは分担です」

「ほうほう。あ、畏まらなくていいよ。普段の感じで全然OKだから。親戚のおじさんか、仲の良い大人を相手するくらいでさ」

 

 仲の良い大人……

 2人してメガネの奴を思い浮かべ、首を振る。あれはだめだ。そもそも仲は良くないから、参考にすらなり得ない。

 

「まあ、適当にしておきます」

「OK、じゃあ時間だし一緒に行こうか」

 

 見ると、あちらの担当者らしい男が奥から小走りに近付いて来ていた。

 

「カズ。悔いの残らないよう、好きなだけ喋りなよ。僕のことは気にせずさ」

「え、でもメインは鶴だろ。茅場さんも10層を突破したお前と話がしたいからオファーを受けたんじゃ?」

「それは方便だよ、興味があるのはカズ。この時期に私情を優先する余裕なんてないから、抱き合わせにしただけ」

 

 極度の露出嫌いな茅場氏が、大手とはいえネットサイトに過ぎない取材に応じるのは相当だ。

 攻略難度に関するフィードバックであれば、顔を合わせずともメールで済ませば良い。面会の都合を付けるならバーチャルの方が融通も利く。

 フルダイブの第一人者である彼に、デジタルを差し置いてアナログを選ばせるほどの価値があるとすれば、僕でなくカズでなければならない。

 

 

 程なくして案内されたのは茅場氏の仕事部屋だった。正面には過去の雑誌で彼が手を乗せていた机がある。

 

「ようこそ。キリト君、アノン君」

 

 椅子から立ち上がった彼は歓迎の意を述べた。

 短い茶髪に塩顔、年の割に深く柔らかい声音、そしてトレードマークの白衣。

 世界が最も注目する男である。

 

 

 カメラのセットや基本的な自己紹介が終わると、早速インタビューが始まった。

 

「茅場さんから見て、もう一つのSAOであるスクアドはどのように映っていますか?」

「そうですね——」

 

 シンカーさんの質問に、彼は淡々と答えていく。

 いち早くフルダイブの特色を生かしたゲームを、それなりの完成度でリリースしたことを評価しているようだ。技術的な課題の取捨選択が上手いとのこと。

 

「茅場さんもプレイされたんですか?」

「いや、ご存知の通り少し忙しくてね。落ち着いたらじっくりと研究させてもらおうと思っているところです」

「正式サービス目前ですもんね。僕はどちらもプレイさせてもらったんですが、一番最初に気付く違いとしてはアバターのバリエーションでしょうか。スクアドはカスタマイズできないみたいだけど、これはどうしてかな?」

 

 シンカーさんが話を振る。

 確かに、色々とコンテンツを追加しているが、その点においては初期から変えていない。要望が無い訳でもないし、技術的にも可能だ。

 

「これはアノンの案です。対戦サーバは個人で立てられますが、この時に肌の色や容姿によるキックが起こってはならないと。暴力を扱う分、それ以外でユーザが不快になる要素を減らしていくのが課題だと教えられました」

 

 この他にも、中指を立てると警告やログイン制限がなされたり、規約に違反するシンボルの含まれたアイテムは使用不可になる。

 性別も無しにしようか相談したのだが、筋骨格の違いは余りにも大きいので許容した。ただし、あまり性差の出るデザインにはしていない。素人が見て分かるのは、せいぜい肩と腰回りくらいだ。

 

「キャラクリを開放すれば人気も出るでしょうし、殆どのユーザにとっては有益だと思います。しかし、残りの僅かな部分に目を瞑らず対策していくのが、GMの役割であると俺たちは考えています」

 

 カズの理念を聞いた大人の面々は「ほぉ」と感心し、また少し気圧されているようだった。

 本心はそんな他者を慮ったものではなく、しょーもない手前のエゴのために我々のゲームを利用しないで欲しいという、至極利己的な理由からだが。

 

「じゃあ10層を突破したアノン君、ソードアート・オンラインを攻略する上で何かコツとかはあるかな?」

「あ、私ですか。慣れ……あとは傾向と対策ですかね」

「対策っていうのは、情報収集が大事ってことかい?」

「それもありますが、一番はスクアドでのテストプレイでしょう。対多、対巨人、対多腕はキリトに裏で散々やらされていますから。あと、他の人より恐怖に強くなれたのもあると思います」

「姦姦蛇螺の追体験はガチ泣きだったもんな」

 

 恐怖耐性の話でカズが頷く。

 夏の肝試しと称し、ネットで有名なホラーの再現ステージに放り込まれ、純度100%の恐怖を味わったという思い出。

 動画化も考えていたが、僕の反応が名誉に関わるほど洒落になっていないということでお蔵入りになった企画である。

 あれを知ってしまえば、大抵のモンスターは屁でもなくなる。

 

「何やら面白そうですが、今後のアプデに関係することかな? 内容をチラッと教えてもらうことはできる?」

 

 全く面白くはなかったがな。

 トラウマだぞ。

 経験した者にしか分からない不満を僕が燻らせているので、カズが代わって答えてくれる。

 

「本格RPG……とまでは行きませんが、キャンペーンモードを予定しています。というのも、実はスクアド購入者の8割がチュートリアルをクリアしていないんです。だから、その人たちを惹きつけるモードを作りたいですね」

 

 そう。我々のゲームはDL数に比して恒常的にプレイする人口が少ない。概算で1万人くらいか。しかもその内の過半数が何らかの武術修練者という解析結果が出ている。

 要するにニッチなのだ。

 もっと皆でワイワイと馬鹿できる要素が欲しいのである。エイリアンと戦ったり、ゾンビの街で生存する感じの。

 

 

 カズが零した、どうすれば広く人々を魅了するゲームが作れるのかという問いから、彼と茅場氏の会話は弾み始めた。

 それはもう、周りを置き去りにして。

 しかし、そのお陰で茅場氏の核となる部分が自分なりに見えてきた。アインクラッドの中で触れた、彼の想いの断片がパズルのように嵌っていく。

 

「——アノン君はソードアート・オンラインをやってみて、どう感じた?」

 

 記事を書く側としてこのままではマズいと判断したのか、シンカーさんが半ば強引に割り込む。

 盛り上がっていたところを邪魔されて、茅場氏は僅かに表情を崩した。

 僕を案じての親切なんだろうけど、その気の使い方はやめて欲しかったかな……

 

「えぇ……と。これは『楽しかったです』と答えるのが正解なんですかね?」

 

 制作ディレクターを前にして本音など言えるはずがなかろうに。

 そんな戸惑う僕に何を思ったか、茅場氏は初めてこちらに目を向ける。嬉しくない興味の持たれ方をしてしまった。

 

「ほう? 意見があるなら言ってみると良い。貴重なプレイヤーからの声だ。感謝こそすれ、怒ったりはしないさ」

「いや……茅場さんがそうでも、ファンの皆さんがそうとは限らないので……炎上とか嫌ですし」

 

 もともと調査のためのダイブだからな。

 これは粗探しみたいなもので、世に知れ渡ったら「生意気な」と叩かれること請け合いだ。

 

「ふむ。取材陣の方々、この先はオフレコで頼めますか」

「え、ああ。構いませんよ」

「という訳だ。気にせず語りなさい」

 

 今の一瞬でめちゃくちゃ鋭いガンを飛ばしていたのだが。

 記者の方も、これを漏らしたら次が無いのは確定なので承諾せざるを得ない。

 こちらとしてもカズが世話になっている以上、素直に従っておいた方が賢明だ。

 

「まず、第一に受けたのは『窮屈だな』という印象でした」

「直径10キロのエリアを狭いと?」

「いや、勿論、私が普段遊んでいるフィールドよりも断然広いのですが、心の開放感というか。RPGということを加味しても、どこかレールの上を歩かされている気分だったんですよね」

 

 スクアドは空間こそ制約があるものの、その中なら無限にやりたい事ができる。有志からのセンスある提案が実現したりも珍しくない。

 今やScrapの意味がクラフト要素だと揶揄されるほど、コミュニティはクリエイティブな人材の溜まり場となっている。

 

「それで先の御二方の会話も含めて結論したのが、『ソードアート・オンラインは標本である』でした」

 

 ソードスキルが最たる例だ。

 従来のパッドやキーボードを使うゲームであれば、僅かな入力で連続モーションを起こしてくれるシステムは便利だったが、実際に体を動かせるフルダイブにおいては枷となる。

 本来なら流動的である剣技が、スキルという形で固定化されてしまっている。そこからの進化が無い。あるいは進化してもまたそこで固定される。

 理想を詰め込んだ結果、変化を失った世界。それが僕の考察である。

 

「《茅場晶彦の世界》は文句無しに素晴らしいと思います。しかし何というか、博物館で展示を見せられているようで、『生きてる!』って感じが薄いような。まるでNPCの1人に憑依した、と形容するのが近いでしょうか」

 

 かつての取材で、彼は鉄の城を幼少からの空想だと述べていた。おそらくその頃に切り取られた異世界は、ずっと時が止まったまま保存されているのだろう。

 だが、果たして創造主はそんな作品を望んだのか。

 理想の中にありながら尚、理想を超えた輝きと驚きを齎してくれる存在を欲していたのではないか。

 だから——

 

「結局のところ、私がプレイする資格は無かったんです」

 

 プレイすべきはカズの方だった。

 それはゲーム的な強さではない、本質的な価値。彼なら間違いなくあの世界で、茅場氏の求めていた物語を生んでくれたはずだ。

 アインクラッドを解放する、若き英雄の物語を。

 

「……如何でしょう?」

 

 洗い浚い白状し、恐る恐る茅場氏の反応を窺う。先の言葉通り、怒ってはいないらしい。

 何か別の感情が入り混じった複雑な顔をしている。

 

「生きてるという実感は、キリト君のゲームにはあるのかね」

「はい。全ての人の全ての行動が次の可能性、次のワクワクに繋がっている……そんな感じがします。プレイヤーだけでなく、ゲーム自体も生きている、成長しているんです」

 

 ファイターたちが国境を越えて拳を交わし、スミスたちが時間も忘れてビークルやアイテムの開発に打ち込む。それを画面の前で熱狂してくれる視聴者がいる。

 MMOとはまた違った様相を見せながら、カズを中心として世界が着実に広がっていく。

 それが楽しくて仕方ない。

 

「要するに、キリト君のファンなのだな」

「はは、まあそうですね。でも贔屓無しに彼のゲームは面白いですよ」

 

 彼の指摘に笑って答える。

 シンカーさんがどこまでオフレコにしてくれるかは分からないが、これくらい大胆不敵でちょうど良いだろう。

 

 

 そして、お決まりの「あなたにとってゲームとは」という質問で締められる。

 これに対し、僕にとってはただの娯楽なので回答を辞退。茅場氏は、その問いにはもう飽き飽きだと拒否したため、カズだけが残された。

 

「俺にとっては……社会と自分を繋げてくれたきっかけ、ですかね。少し前の俺は人と関わるのが怖くて、とある事情から家族とも上手くコミュニケーションが取れていませんでした」

 

 彼は視線を落とし、己に聞かせるように語り始める。

 口に出せるまでに折り合いが付いたということだろうか。

 

「そんな時、アノンにゲーム制作の協力を頼んだんです。そしたら意外にも乗ってくれて。そこから歯車が回り始めたというか……疎遠だった妹とも接せるようになり、同じ剣道部に入ったらそこでも友人ができました」

 

 うん——? 意外にも。

 割と強引だった気もするけど。あなたの巻き添えで僕が再入部する羽目になったのも……まあ些細なことか。

 

「なので、そのきっかけとなるナーヴギアを開発してくださった茅場さんと、いつも力を貸してくれるアノンに、この場を借りてお礼を言いたいです。ありがとう」

 

 凛とした瞳を茅場氏と僕に向けたカズは、一呼吸置いて頭を下げた。

 正直、ここまで好感度が高いとは思ってもいなかった。せいぜいボッチ故の依存だと認識していたが、見誤っていたらしい。

 

「ここまで築き上げたのは他ならぬキリト自身なんだよ——と返すのがテンプレだろうけど、敢えて黙って受け取っておくよ」

「なら、私もそうしよう。次は君が他の誰かの力になるといい」

 

 そう言葉を掛けた彼は、いつものどこか遠くを見つめる目に戻っていた。

 

 

 最後に記念撮影をする。

 記事の画像では僕たちにモザイク処理が施されるとのことだが、無加工の写真は貰えるらしい。

 別れ際、茅場氏がカズと握手を交わした時に「負けたよ」と小さく呟くのを聞いて、僕の役目は終わったような気がした。

 

「じゃあ帰ろうか、鶴」

「お土産買ってからね」

 

 この後、彼は証拠を揃えた菊岡さんに骨の髄までしゃぶり尽くされるのだろうが、密かに応援を続けようと思う。

 カズに勇気をくれた恩人だから——

 

 




キリト君とフラグの立っていないアスナさんは……うん。
変態王陛下は気を抜いていると、菊岡さんの重村ゼミ生コレクションに追加されるので注意してください。

第3章完結です。
必要なフラグだけを追って書いたため、駆け足になりました。真面目に構成すると分量が倍くらいになって完結が危うくなる可能性があったので。
物足りない方は幕間を妄想で補完していただければ幸いです。

何かまた真面目に攻略しない方法が浮かんだら更新したいと思います。ここまでのお付き合いありがとうございました。
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