SAOを真面目に攻略しない人々   作:徳明

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前回の分解について
原作読み返したらソフトはDL版ではなくパッケージ版でした……同梱版ってプリインストールじゃなくて本当に『同梱』されてたんですね。
カートリッジ式だとは露も思わず、すっかり見落としていました。申し訳ない。

短編で終わらせるつもりが、二万字近くまで膨らんだため分割します。全員救済ではないので悪しからず。



【リアルTASさん】SAO ラスボス撃破 バグありany% 65日18時間30分00秒00
Part 1/4 TASと名乗る男


「TASさんっ! 次、ナミングですっ」

(了解)

 

 俺は蓄積したパターンから忠告を飛ばす。その先には独り敵と剣戟を交わす男、通称TASさん。相対するは二層のボスとされる牛将《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》である。

 自身の何倍もあろう体躯に、常人なら恐怖を抱くものだが、彼は落ち着いた声音で一文字を返した。

 予測通り、牛の怪物はその手に握ったハンマーを強く振り下ろし、地面を揺らす。

 

《ナミング・デトネーション》

 

 これは直撃せずとも周囲に行動不能(スタン)の状態異常を与える厄介な攻撃だ。

 そして効果範囲内にはTASさんがいた。

 

「大丈夫ですかっ!?」

「無論」

 

 その言葉は強がりに非ず、本来なら拘束されているはずの彼は、逆に敵の技後硬直を利用して滅多打ちにしていた。

 何故と口に出す前に、本人の呟きを思い出す。

 

 ——範囲攻撃は座標指定

 

 それで得心が行った。

 通常攻撃は当たり判定(コライダー)同士の物理演算に準ずるが、範囲攻撃はシステム上の座標を参照して処理する。

 このゲームの仕様である。

 彼は何らかの方法によって内部での自分の座標を、物理エンジン上のそれとずらしたのだ。おそらくはボス部屋に入って直ぐの、前転やら連続バッシュ。ソードスキルを使わないのはいつもだが、今回は座標の修正を防ぐために避けている部分もあるだろう。

 

「鶴、スイッチ(交代)

「了解です」

 

 鶴は俺の名だ。

 敵のHPがあと少しで無くなるといったところで、TASさんの指示が出て俺は駆け出す。与えられた任務は7秒以内に奴を削り切ること。

 あの人のようなプレイヤースキルなぞ無いので、遠慮なく俺は最大火力の槍スキル《チャージ》を額に向けて発動する。

 クリティカルと共に戦槍(パイク)のエンチャント効果で毒のスリップ(継続)ダメージも入ったが、惜しくも僅かに耐えられてしまった。なので透さず三角絞めで首を固定し、両手を短剣に持ち替えて数字(筋力値)任せにぶん殴るプランへ移行する。

 

「どらぁっ! 時間はっ?」

「インタイムだ。よくやった」

 

 股座の牛頭がポリゴンに変わると同時、部屋の中央で演出のエフェクトが生える。真のボス《アステリオス・ザ・トーラスキング》の登場だ。

 が、次の瞬間。

 ひゅ——んという効果音が似合いそうな挙動で、牛王は一直線に上昇し、そのまま天井をすり抜けて視界から消えてしまった。

 

「……えーと、何したんです?」

 

 呆然と見送った後、俺は堪らず尋ねた。

 

「設置罠は空間固定。判定範囲は現状最大」

「ああ、残った逃げ場が上だけだから……それで。詰みました、これ?」

「分からん」

 

 エフェクトは停止(フリーズ)したまま、二人だけの部屋に静寂が訪れる。

 TASさんのせいで倒すべき相手はここにいない。このまま何も起こらなければ、遺憾ではあるが討伐失敗として街まで戻るしかなさそうだ。

 

「——ん?」

「お?」

 

 体感にして十数秒。

 部屋全体の解像度が一瞬下がって、テクスチャやオブジェクトの位置が少し変化した。まるで牛王が最初から存在しなかったかのように。

 

駄酒(カーディナル)はデータをβ版に戻して処理したらしい。攻略は成功のはずだ」

「じゃあラストアタックは自分ってことですね。帰ったらストレージ確認します。でもこれってバグ——「本来の仕様だ」……そうっすね」

 

 TASさんはこれまで様々な不具合(グリッチ)を発見し、利用しているが、それらを決してバグとは認めない。修正が入っても尚、頑なに『仕様』と言い張るのだ。

 この事態の元凶、茅場晶彦が初日に行った演説をかなり根に持っているらしい。割と執念深い性格をしている。

 

 

   ☆

 

 

 彼と出会ったのは2ヶ月前、悪夢が始まって1週間が経った頃だ。

 当時の俺は全くの無気力で、それでも陰鬱な気分を誤魔化したいがため、日々フィールドに出てモブを狩りながらの生活を送っていた。

 圏内に籠っていれば安全なクセに、いつか犯罪防止コードが解除されるのではとか、死んだプレイヤーがゾンビ化して街を占拠するのではとか、そんなしょうもない理由を付けてリスクを冒す自分を納得させていたように思う。得られたポイントはバランスよく、スキルはより生き残れそうなものに振っていた。

 とにかく現実感が無くて、映画か小説の中に放り込まれた気分だった。だから、あの人の現実味離れした操作を目にしても動じずにいられたのだろう。

 

 

 その日は森を彷徨っていた。

 はじまりの街ではどこを見ても悲壮感を浮かべた顔ばかりだったし、迷宮区は攻略組のリソースの奪い合いで殺伐としていた。人を見るのが嫌になった俺の行き場は、ここしかなかった。

 名前は忘れたが人喰いのトレントは低めの敏捷値でも対処できたし、蝙蝠の吸血デバフは自動回復を伸ばすのに丁度良かった。

 このまま森の人になるのも悪くないかなぁ、なんて呑気にしつつ索敵をビンビンに走らせていると、レーダーの端が赤く染まっているのに気付く。距離にして50メートルほどだ。更に接近するとプレイヤーらしき緑点がその中央で揺らいでいるのを確認できた。

 誰かがリトネペの実を破ったようだと当たりを付け、助太刀も覚悟しながら敵の感知範囲外で様子を窺うことにした。

 茂みから覗くと、初期装備と顔を隠すストールだけ身に着けた男が、廉価な剣を両手に握り操っている。

 結論から言えば心配は無用だった。

 彼の動きは、一言で表すなら『流麗』。

 八方から襲い来るツルと腐蝕液を全て見切り、反撃にすら転換する様は(さなが)ら演舞。武器から特有のエフェクトを発していない事実が、彼本人の技量によるものだと証明している。身の(こな)しの疾さは数値的な次元ではなく、脳が己を完全に掌握しているが故だと理解せしめた。

 その姿は人間として理論的に可能な最大値であった。

 

 

 襲撃が止んだところで歩み寄る。立ち去っても構わなかったが、幾度も目が合っていたので礼儀の心に駆られてしまったのだ。

 要らぬ諍いを避けるため両掌を開いて相手に見せ、正面から互いの間合いの外かという距離まで詰める。どうせ武器があっても、あれには勝てまい。声を掛ける。

 

「こんにちは」

「……何故、傍観していた」

 

 挨拶くらい返してくれても、と感じなくはないが、ネトゲではよくあるパターンだと思い直す。余計な会話を好まないタイプだろうと勝手に納得し、こちらも簡潔に返すことにする。

 

「レベル上げの邪魔をしちゃ悪いかなって」

「そうか」

 

 この回答は正解なのか? 彼は小さく頷いた。

 

「今暇か」

「ええ、ここ最近ずっと」

「コミュを作る助手を探していた。興味あるか?」

 

 いや、その口数で(ヌシ)とか絶対向いてねぇだろと内心ツッコむも、この人に興味しかない俺は会話を続けることにした。

 

「クランやパーティではなく、コミュニティ? Xiscordみたいなものですか?」

「イベントは少し起こすが、まあそうだ。報酬も出す」

 

 なるほど……? 確かにこのゲームの通信手段はメールくらいで、グループチャットのような緩く広い交流で形成されるネットワークは需要に反して無い。というか、閉ざされた。

 ソロにも限界があろうし、早い段階で役職を持っておくのは賢い生き方だ。

 

「やります。楽しそうなので」

「宜しく。まず君に——」

「あ、自分《Crane(クレイン)》って言います。鶴と呼んでください」

 

 俺が承諾した途端、まだ自己紹介も済ませていない内に計画を進めようとするので慌てて名乗る。このままだと『君』とか『おい』で最後まで行くような気がした。

 これに対し鶴、と小さく復唱した理論値の男はこう自称する。

 

「私は——TASだ」

 

 

   ☆

 

 

 そんな記憶を思い起こしながら、レベル上げも兼ねて来た道をまた戻る。とうの昔に攻略された層だけあって、危なげも無い。

 

「今回かなり大漁だったのでは?」

「ああ、しかし設置罠はもう使えん。駄酒が修正する」

「仕方ないですよ。まあ現状、あそこ以外での使い道が無いだけマシじゃないですか」

 

 我々の活動目的はアインクラッドの攻略ではなく、SAOそのものの検証。一般には出遅れ組とか中堅と呼ばれる部類だ。世間からは、基本的に無害で、名前を貸せば物資や金を貰え、たまに変な事をやってるお気楽なサークル……という認知をされている。

 今日この後は、余ったドロップアイテムを換金したり食料にして、年少者が集まる教会に届ける予定だ。

 

「サーシャさんも、最近は子供達の授業に慣れてきたみたいですね」

「……すまん、急用」

「え、ちょと待っあ! えぇー……行っちゃったよ」

 

 迷宮区の入口を抜けて間もなく。TASさんは短く俺に告げると、バク転からの盾乗り、煙玉のコンボで空の彼方へと消えた。

 スタンの落下慣性キャンセルは修正されたのになぁと心配しつつ、俺は自身の問題に対処すべく背中の得物を抜いた。

 

「来ますか? 逃げますか?」

 

 振り返りながら戦闘前のチェックを済ませる。

 予備の武器、回復薬、結晶……中でも重要なのはTASさん宛てのメールの用意だ。危なくなったら意識外から投擲(火力支援)してもらう。誘導弾並みの精密性なので、初撃の対処はまず不可能。その隙に離脱する。

 短槍を防御のスタンスで構えていると、100メートルほど先からひょこっとフードの人影が姿を見せた。

 

「なかなかやるナ。本命には逃げられちゃったケド……君も実はヤリ手?」

 

 正体は金髪の小柄な少女だった。どこか癖のあるイントネーションは、言語機能に軽度のVR不適合があるのかもしれない。

 

「目的は何でしょう? 命を狙われる覚えは無いのですが」

「にゃハハ、オネーサンがそんな怖い人に見えル?」

「見える」

「これは厳しイ」

 

 外観とステータスが相関しない世界なので、この体躯にとんでもない筋力値というのもあり得る。

 次いで、明らかな年下なのに優位ぶったその言動から、上下関係に対してコンプレックスがあるのではと訝った。

 最近は物騒な集団が手を替え品を替えてPKを繰り返しているらしいし、そんな人物が隠蔽状態でストーキングしてきたというのなら、ギルドの共有タブに遺書を入れておくほど臆病な俺には勘弁願いたい状況だ。

 こちらの緊張感とは裏腹に、相手は呆れたように脱力し、溜め息を漏らした。

 

「まあ、いいカ。オレっちはアルゴ、しがない情報屋だヨ」

「アルゴ……?」

 

 はて、と記憶を探る。

 アメリカの副大統領を務めた環境派の政治家……は違うか。囲碁のプログラム、チリの天体望遠鏡でもないだろう。だが、どこかで聞いた名だ。

 

「もしや《鼠》の? 攻略組を多数顧客に抱えているとかいう」

 

 上の集団とは全然交流がないので、スクショにすら結晶を要するこのゲームでは名前と簡単な特徴しか伝わってこない。

 だが本人だとすると、指折りのトッププレイヤーである《鼠のアルゴ》が我々に何の用か。不具合の情報は腐るほど溜まっているが、再現できるのはTASさんだけだ。

 呻る俺に、アルゴは頷いて目的を述べた。

 

「一層を中心に広まるヌーン神信仰なる宗教と、その教団について知りたいのサ」

「あー……」

 

 我々が変な集団と思われる所以だ。うちのコミュニティは社会実験として、架空の神を崇めて布教している。縋るモノの存在が、自殺率の抑制にどこまで寄与するのかというテーマで。

 教祖は勿論TASさんだ。

 

「取材申し込みってことですか」

「まあ、端的に言うとネ」

「ならもっと穏便に頼みますよ……取り敢えず、圏内まで戻りましょう。話はそれからです」

 

 こんな場所でフレンド登録とか、正気の沙汰ではない。

 

「じゃあ、ウルバス(二層主街区)で会おウ」

「分かりました……って、速っぇ」

 

 言うや否や、マントを靡かせ滑るようにして遠ざかっていった。探知距離を過ぎると、文字通り視界から消えた。

 流石、上級は違う。敏捷値に振ったらあんな機動もできるのだな。純粋な速度だとTASさんには及ばないが、放物線ではなく直線で移動できる分だけ、もしかしたら目的地に着くのは彼女の方が早いかもしれない。

 などと妄想しながら俺は地道に歩を進めた。

 





作中での言及が見つけられなかったのですが、攻略済みボスってその後どうなっているのでしょうか。デスゲームとはいえMMOなら後続プレイヤーも挑戦可能……ですよね? 一回限りだった場合は独自設定って事で一つ。

ゴドフリー事件における閃光さんの全速力が分速1キロなんですよね、つまり時速60キロで、道のりが直線でないとしても100いってないっぽい。
音速超えてないのか〜。現実的だな(感覚麻痺)リニアー連発の方が走るよりよっぽど速いんじゃない?

SSのおまけコーナーでは掲示板形式が大好きです。でもガチの攻略組ってデスコミュで喋ってますよね。対応拡張子が多くてデータの受け渡しも楽ですし。
まあ本人も属しているケースが多いので、そうなると『噂の主人公』の考察とかなくなるんですけど。

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