SAOを真面目に攻略しない人々   作:徳明

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紹介? というものをしてくださっていたみたいです。ありがとうございます。引き続き感想などお待ちしてます。

この話には私の固定観念やステレオタイプが多く登場します。読む際はご注意ください。
あとSAOの世界観を拡大解釈した結果、近未来的なSF要素も少し出ます(ナーヴギアよりは断然現実味のある技術)
一話ごとの文字数も大変なことになっていますので覚悟してください。


結城明日奈の弟です。
1/5 結城明日奈の憂鬱です。


——シュッ、シュッ……

 

 赤ペンの走る音だけがリズム良く繰り返される。それに合わせて、紙の上にはレ点が並んでいく。

 

「どうでしょう?」

 

 採点が終わったのを見計らい、僕は尋ねた。

 

「……486点。うん、仕上がってきたね」

「良かったぁ」

「本当に、鶴真(かくま)君は優秀だよ。家庭教師を請け負ったは良いけど、これじゃあすぐにお払い箱かな」

「いえいえ! 伸之さんの適切な指導のお陰で捗っているだけです」

 

 予想以上の高得点に安堵して、スラスラと舌が回り始めた。

 伸之さんは父の補佐役を務める須郷という社員さんのご子息で、東都工業大学出身のインテリ。その頭脳を見込み、こうして彼に無理を言って僕の中学受験の面倒を見て貰っている。

 

「ただし、自己採点が厳し過ぎるのは頂けないな。悪い方を想定するのは良い心掛けだが、各教科で十点以上ある開きを放置していると、回答解説の本質を見落とし兼ねない」

「はい、気を付けます」

「まあ正答には変わりないから、気楽にね」

 

 伸之さんは脱力を促すように僕の背中をポンポンと叩き、中指で眼鏡をクイと持ち上げた。

 

「それにしても、君も稀有なことをするよねぇ。普通に過ごしていればエスカレーターで高校まで行けるのにさ」

「何となく居心地が悪くって。テンポが合わないというか」

 

 今通っている学校は幼稚園から高校まで一貫コースのある私立で、生徒は金持ち&エリート層ばかりだ。

 それを言えば結城家(ウチ)もそうなのだが、本家から外れた庶家。加えて自身が(しがらみ)に鈍感な性格なのもあり、彼らの行動原理を理解し難い立場にいる。

 彼らは相手より優位であることを第一とするが、僕にとっては順位など副次的なもの、結果の完成度こそ重要で。

 つまり、燃える要素が違う(テンポが合わない)

 

「全力を出すと引かれるんですよ……」

 

 そのため純粋培養ではない、比較的一般的な価値観を持つ別の私立中学への進学を志望しているのだ。

 有り体に言えば、居場所を変えたいという我儘である。

 

「『猛禽』には窮屈な鳥籠って訳か」

「それ、誰が言ってたんです?」

 

 不本意な仇名は取り消させないと。

 

「社長——彰三さんだよ。まあ、それも本家の人からの又聞きらしいがね」

「これだから(ミヤコ)の人間は……大体、鶴は猛禽ではなく仙禽です」

「まあまあ。君の放胆さは一族でも類を見ないらしいじゃないか。その点は立派な嘴爪(武器)と呼ぶに相応しいよ」

「まさか。あの人たちがそんな安直な意味で使うはずありません。父は、恥ずかしながら腹芸において壊滅的です」

 

 おおよそ、バタバタと忙しない鳥頭だとか、獲物を狙う卑しいハゲタカとでも揶揄したいのだろう。

 伸之さんは察したのか、この話題を終えた。

 

「さて、入試は大丈夫そうだけど、学校の授業で分からないところは無いかな?」

「現状は。復習って感じです」

「だと思ったよ。科目によっては高校で習うところまで進んでいるからね」

「なので、今回の採点の解説をお願いしたいです。やはり部分点の基準で僕の認識と点数に差が大きいのは不安材料なので」

「了解したよ。ではまずは数学大問四の——」

 

 

   ☆

 

 

 みっちり三時間受講した後、来週までの課題を受け取って伸之さんをお見送りした。

 

「……須郷さん、帰ったの?」

「あ、姉貴」

 

 入れ替わるように、姉の明日奈が換気で開放していたドアから僕の部屋へ顔を覗かせた。

 纏う雰囲気には少し翳りが見られる。

 

「今終わったところだよ。居たんなら挨拶くらいすれば良かったのに」

「嫌よ。私、あの人苦手だもの」

「それは知ってるけど、一応礼儀は弁えておかないとさ」

 

 確かに伸之さんは、お世辞にも人格的に優れているとは言い難い。

 我々姉弟(きょうだい)にとって、彼が利己的で少しばかり倫理観に欠けた内面を持つ人というのは常識である。

 しかしだからといって一方的な私情で()()()()に扱っては、親子共々須郷家の皆様に迷惑を掛けている身として、あまりにも不義理ではないか。

 

「鶴はどうしてそう、普通でいられるのよ」

「単にビジネスライクなだけだよ。僕に恩を売っておけば、伸之さんは父さんからの覚えが良くなるからね」

 

 双方に利があるうちは良好な関係でいられる。

 彼は能力だけなら一級品だし、僕に有益なものを提供してくれるのでこちらにもメリットがある。それを互いに理解した上での付き合いだから、蟠りが生じない。

 

「そのせいで私は結婚させられそうなんだけど。あの人の妻になるなんて、御免だわ」

「それは……」

 

 許嫁などという、家父長制(パターナリズム)の権化のような風習の強制は、幾ら大企業の社長といえど法律上できない。

 だが確実に両親は()()()()()()

 

「父さんも母さんも『私のため』なんて言って、何にも聞いてくれないんだから」

「うーん……僕から言うのも何だけど、父さんは戦略的に高価値な選択肢の中で、姉貴にとって最適なパートナーを宛ててくれていると思うよ」

「戦略的高価値ってのが引っ掛かるわね」

 

 姉は怪訝そうな表情を浮かべながら、完璧にメイキングされたベッドへ、ぽすんっと腰を落とした。

 

「結城家の内包する組織的な脆弱性を補完し得る人材だよ」

「回りくどい言い方は嫌い」

「理系が少な過ぎる」

「最初からそう言いなさい」

「……Oui(うぃ)

 

 せっかちだなぁと肩を竦めて了承する。

 

「で、どうして我が家に理系が関わっていて、果ては私の結婚相手の話になるの?」

「我が家っていうか、結城一族だけどね。まあ、ご存知の通りウチはどこを見ても文系ばっかりでしょ? 父母(ちちはは)、本家当主、エトセトラ」

 

 本元が金融業ということもあり、結城家は経営者が多い。また官僚も多く輩出しているが、出身学部が法経に偏っている。

 その要因となっているのは一族内での序列だ。

 東大法学部を卒業し、国家一種に合格してキャリア官僚の道を突き進んでいる奴は、資金集めに奔走しながら日々パソコンや実験器具に向かって得体の知れない研究をしている奴よりデカい顔ができる。

 そういった(いびつ)ともいえる格付けのせいで、理系、特に自然科学の研究職は肩身が狭く、非常に少ない。

 

「これがどう問題なのかと言うと、分かりやすいところでは世界の技術発展に付いて行けなくなるんだよね」

 

 どの分野がホットかという嗅覚(アンテナ)が敏感だったり、算盤を弾くのは確かに得意かもしれないが、そこにどんな技術や原理が使われているかなんて専門性の高い情報は、わざわざ把握していない。

 理解できる人材を振り分けるのが代々の役割だからだ。そしてその人材は先の理由から、須郷家然り、結城家の外にいる。

 社会的な課題に直面した際、解決策を模索するためのリソースを身内から調達できない構造は、時代の変化に弱いことを意味している。

 

「常に議論から外れた位置にいて、金だけ出してくれる都合の良い存在になり兼ねないのよ。父さんはそれを本能的に察知して、伸之さんを引き込むことで布石を打ったんじゃないかな」

 

 流石にこれを狙ってできるだけの先見性があれば彼の本性も見抜けているだろうから、完全に勘だろう。

 

「要するに私は駒ってことよね? 堪ったものじゃないわ。人を表層だけで判断するなんて」

 

 僕の説を聞いて、姉は膝に抱えた枕を不機嫌そうにペシペシと叩く。

 

「だけど、姉貴だって伸之さんのことを知っているとは言えないんじゃない? あの人が普段どんな研究をしていて、どんな論文を書いているか。少しでも目を向けたこと、ある?」

「うっ……じゃあ鶴は須郷さんの何を知ってるのよ」

「東都工業大学電気電子工学科重村研究室に所属し、在学中にレクトへ入社、研究部門であるレクトプログレスに配属される。現在は社員の傍ら、同大学院の修士課程で修業中。直近の論文は『外部装置を用いた神経経路のブリッジによる脊髄損傷患者に対する運動機能の回復治療』だったかな」

「——詳し過ぎて逆に気持ち悪い」

「……。ここまででなくとも、理解を試みるだけ価値はあるんじゃない? それでもやっぱり嫌なら、父さんは認めてくれるよ。根底にあるのは姉貴に幸せになって欲しいって想いだから」

 

 父があれこれ頼んでもいないことを取り計らうのは、姉が可愛い雛のような存在だからだ。

 人生の目標を見つけたり、真に思い合えるパートナーが出来て、ちゃんと巣立てる人間になったことを示せたら、必ず尊重してくれる。

 

「父さん()、ね……一応聞くけど、母さんは?」

「あの人は姉貴のことなんて考えていないよ。自分のキャリアが全てだから。逆に言えば、伸之さん以上の相手だったら即OKでもあるんだけど」

「あなたって、母さんのこと嫌いよね」

「別に。気の毒な人だとは思うけど」

 

 何故あんなに豊かな土地で生まれ育って、あそこまでコンプレックスを拗らせられるのか、分からない。

 いわゆる前時代的な体裁を重んじるではなく、何か漠然とした他者に対する「弱みを見せられない」という強迫観念を持つ母。

 それが僕にとっては不気味に映るのだ。

 

「母屋の戯れ言なんて、相手するだけ徒労なのにさ」

「……鶴の嫌いなものリストに、結城本家も追加で」

「選民ぶってる奴ら全般が嫌いなの」

 

 そもそも神職や士族でもない平民の金貸しがルーツだし、一族が誇る二百年の家系だって京都では珍しくもない。大体、《銀行業としての結城家》は明治以降の19世紀末創業で、半世紀ほど下駄を履いているのも気に食わん。

 歴史が無価値だとまでは言わないが、人様の上に立てるような『エラい』血筋と考えるのは酷い思い違いだ。

 

「何はともあれ、母さんの説得なら援護するよ」

「遠慮しておくわ。また血族を引き合いに出されたら困るもの」

「それが一番黙らせられるのに」

「だーめっ!」

「分かってるよ。あの手はもう使わないって」

 

 父は気の強い母と衝突を避けたいらしく、意見が対立した際に折れる傾向がある。それが我が家での日常なのだが、先日は度を超えてパワーバランスが崩れそうになっていたから、父に加勢した。

 最も突き刺さる台詞を添えて。

 

——何故そこまで父を軽視できるのか(結城の血が流れていない余所者のクセに)

 

 空気が凍るというのは、ああいう状態を指すのだろう。

 その場での効果は覿面だったものの、後で姉からコッテリ絞られ、二度と母の心を抉る言葉は口に出さないと誓った(わされた)

 

「本当かしら。去年の宮城の相続の件は忘れていないわよ」

「それ以前の話を持ち出さないでよ。てか、あれは爺婆(じいばあ)が望んだことだから」

「そのために遺言書(いごんしょ)まで用意させるなんて、やり過ぎよ」

「仕方ないじゃん。法定相続人は母さんだけだったし、あのままだと家も山も売却されて、思い出も全部無くなっちゃってたよ?」

 

 一昨年の夏だっただろうか。本家の法事だとかで、姉と僕二人だけ祖父母に預けられた時のことだ。

 祖父は分厚いスクラップブックを出してきた。

 中には母の功績を紹介した切り抜き記事が貼られており、それを見せながら、娘の帰る場所を守るのが自分たちの使命だと語ってくれた。

 その言葉の端々からは、自身の生きている内は訪れないであろうことを悟っている様子が伝わり、子供ながら何とも形容し難い寂しさに戸惑った記憶がある。

 また同時に激しい怒りを覚えた。

 

「住んでいた家が取り壊されて、墓は朽ちるのを待つだけって……そんなの、あまりにも報われないじゃん」

 

 だから僕は継がせてくれと願い出た。

 代々の営みを途切れさせないように。それが祖父母の遺したかったものを守ることにも繋がるだろうと。

 そのために公証役場で必要な手続きの段取りを密かに組んだり、法律事務所とも相談して母が簡単に土地を処分できないよう財産分与について細工した。

 予定では僕が成人するまで、地目変更や現金化はできないことになっている。

 

「過程はどうあれ、あの冷徹な母さんを出し抜けるのは驚いたわ」

「世間の評判ほど母さんは冷血でも徹底した合理主義者でもないよ。そりゃ、頭もキレるし気も強いけど……結局、未練や負い目に囚われる、ごく普通の人間なんだよ」

 

 恩のある親を蔑視するという裏切りを誤魔化すため、キャリアへの邁進を言い訳に目を逸らしてきただけ。

 そして目の向けられない黒歴史は、浸け入るのに絶好な急所となる。

 本当に損得勘定だけで行動できるなら、実家とは縁を切って相続も放棄しただろうから、僕の目論見も潰されていたはずだ。それどころか祖父母の存在ごと伏せられて、そもそも生死すら知り得なかった可能性さえある。

 

「心の隙を突かせたら、あなたの右に出る者はいないわね」

「そうでもないかもよ? 姉貴だって、周囲の期待する優等生像を完璧に演じているでしょ。これは集団の人心を掌握する才能があるからこそ成し得る業だよ」

「あー、やめやめ。陰気な話題はやめましょう」

「そっちが振ってきたのに……じゃあ田植えが終わった話でもする?」

「相変わらず自由にやっていらっしゃるようね」

 

 様々な思惑と経緯があって残った母方の実家は、主に僕の責任で管理することとなった。

 学校があるので週末しか滞在はできないが、相続のゴタゴタを漏らさなかったため、近隣の人々からの母の評価が高いままで力添えを得やすく、何とか荒廃は免れている。

 

「でも残念だけど今週はお休みよ。本家にお呼ばれしているから」

「そうだった、連絡入れておかないと……あ、京都ならさぁ、空いた時間に北野天満宮行かない? 今年受験だし、お詣りしておきたい」

「良いわよ。口実があれば私も面倒な付き合いをしなくて済むから」

 

 姉も本家は好まないらしい。というか、姉の影響で僕がこうなったのか。

 

「何だったら姉貴も一緒に外部受験しようよ。冬には間に合うでしょ?」

「しない。エテルナ女子学院(ルナ女)の居心地は悪くないもの、内部一択よ」

 

 本当かなあ。

 幼稚園の頃から女子校に通っているので、生徒としての姉を見たことはない。ただ、普段の感じを見る限り、共学の方が性に合っているように思う。

 

「——お嬢様、お坊っちゃま、お夕食の準備が整ってございます」

 

 と、家政婦の佐田さんが部屋まで呼びに来てくれた。

 時計の針はもうすぐ八時を指す。

 

「遅くまでありがとうございます」

「いえ。お二人こそ遅くまで勉学に励まれて、お疲れ様です」

「佐田さんに比べれば僕らなんて。他人の家事の次は今から帰宅されてご自身の家事でしょう? 我々は出来合いのテイクアウトで満足なので、もっと早く——」

「鶴、話に巻き込んで佐田さんの退勤時間を遅らせるのはやめなさい。あとあなた、ジャンクフード食べ過ぎよ。お菓子もこれ以上買うなら、母さんに言い付けるからね」

 

 おっと、それは困る。

 正論モードの母は絶対に崩れない。

 

「ふふふ、仲がよろしいようで嬉しく思います。それでは私はこれで」

 

 佐田さんは柔らかな笑みと共に腰を深く曲げる。

 

「あ、玄関までお見送りしますよ」

「お気になさらず。料理も冷めてしまいますから」

「そう仰るなら。今度また野菜送らせてもらいます。来月にはナスとキュウリが収穫できますので」

「それは楽しみです。うちの子たちも気に入っているみたいで。いつも甘えてしまってすみません、大したお礼もできず……」

「こちらの自己満足ですから」

 

 寧ろお礼をしたいくらい。

 というのも両親から、ただ徒らに土地を弄ぶだけならやめろと申し付けられている。宮城での生活は社会勉強の一環として扱われ、諸々の管理費用を自給できなかったり、フードロスを発生させた場合は大きな減点となってしまう。

 にもかかわらず、母が拒んだため我が家の食卓には出荷の規格から外れた作物が並ぶことはない。

 故に余剰を消費してくれる、佐田さんのような存在はありがたいのだ。

 そんな彼女は数度会釈した後、「失礼します」ともう一度丁寧に頭を下げて帰って行った。

 

「さて、僕たちもご飯を——」

「待ちなさい」

 

 部屋を出ようしたところで、姉に引き留められる。

 ぱちんっと額の上で音が鳴り、栗色の前髪が目に覆い被さってきた。

 ヘアクリップを外されたらしい。

 

「身嗜みはちゃんとしなさい。ただでさえあなたは母さんから敵視されているのに」

「分かった、分かったから。センター分けだけはっ……」

 

 勉強の際に鬱陶しいため固定しているクリップやピンが抜かれ、姉の手櫛が頭を蹂躙する。

 ぐぉおお、品行方正な坊ちゃんになっていくぅ。

 

「……ん? 鶴、あなた化粧してるの?」

「いや、してないよ」

「肌の質感がいつもと違うわね」

「日焼け止めを変えたせいかな? これから日差しが強くなるから、耐候性の高いタイプにしたんだけど」

「そう」

 

 頬を両掌に挟まれながら答える。

 姉に似て僕は人より色素が薄く、晴れの日にはサングラスも必要なほど紫外線に弱い。

 炎天下での農作業が本格化するにあたって、ハードワーク用のブランドを試してみたのだが、快適性は少しだけ犠牲になったかもしれない。

 

「はい。ボタンは上まで、袖も下ろして」

「自分でできるから!」

 

 我ながら、そこまで世話の焼ける弟じゃないと思う。

 

 

   ☆

 

 

「遅いわよ」

「時計は遅れていないはずですが」

 

 ダイニングに足を踏み入れるや、母の叱責が耳を叩く。

 時刻は八時。

 記憶が正しければ、この曜日の夕食にはジャストだ。

 

「五分前にはテーブルに着くようにしなさい」

「……ごめんなさい、鶴との会話が盛り上がってしまったの」

 

 何に謝っているのだろう? と首を傾げながら、姉の右隣の席に腰を下ろす。父と兄は仕事だろうか、料理には蝿帳(はいちょう)が被せられている。

 

『いただきます』

 

 自分専用のナプキンを膝に乗せて、佐田さんが焼いてくれた全粒粉のパンに手を伸ばす。ほんのりと温かく、手触りはふかふかである。

 

 

「鶴真、また新しいゲームを買っていたでしょう」

 

 食事の途中。

 母は白身魚を切り分けながら、追及するような声音で問いかけた。

 確かに一昨日、ネットオークションで落札した旧作ゲームのカセットが届いた。その件についてだろうか。

 

「はい。興味があったので、小遣いと検討した上で購入しました」

「あなた受験生なのよ、遊ぶ暇があると思っているの?」

「暇かどうかは分かりませんが、試験対策は計画通りに進んでいます。『絶対』は無いにせよ、ゲームが原因で後悔することはありません」

 

 客観的な進捗具合は模試や伸之さんの報告で詳細が伝わっているはず。

 志望校は内部での進学先よりも一段上の偏差値帯だが、今のところA判定から外れたことはない。

 

「60台そこらの偏差値で満足されていては困ります。同じ頃の明日奈はもっと優秀だったわ。ゲームなんかに現を抜——」

「待ってください。仰る通り、僕の頭の出来は姉さんほど良くありませんし、安定して70を超えるには一層の努力が必要でしょう」

 

 説教の途中に割り込む。

 模試で高得点を獲るには、知識だけでなく一定の思考センスも関わってくる。この点において僕はあまり芳しいとは言えず、天才的に抜群な姉とは比較にも及ばない。

 それは紛れもない事実だ。

 

「しかし、ゲーム『なんか』とは何ですか。そうやって一方的な価値観で特定の文化を貶し、剰え僕の至らなさの原因であるかのように語るのは、ゲーム機を開発しているレクトの身内としても不適切ではありませんか」

「言葉尻を捕らえるのはやめなさい。ここでの問題はあなたの学力よ」

「ですからそれは十分と。これ以上スケジュールを詰められても健康に支障が出ますし、なけなしの息抜きすら取り上げられては、モチベーションの維持も儘なりません」

 

 そりゃ全科目満点一位に越したことはないけど、模試ごときの順位に固執して日常生活を犠牲にするのは、とても有意義とは言えないだろう。

 大方、あんたが本家で劣等感を抱きたくないがための——

 

「鶴、母さんは『あなたのため』を思って言ってくれているのよ。私が勉強を教えてあげるから、母さんを困らせるのはやめなさい」

「っ……はい」

 

 何らかの雰囲気を察知したのか、姉が仲裁に入る。

 机の下でグリグリと足を踏まれては、こちらも承諾するしかない。

 

「とにかく、次のテストは70が最低ラインですからね。よく覚えておくように」

 

 私に恥を掻かせないでちょうだい、とでも続くのだろうか。

 

「分かりました」

 

 やれと言われて出来るなら苦労しないっての。

 胸に溜まった粘度の高い感情を、クルトンの浮いたポタージュで流し込む。

 

「ごちそうさまでした」

 

 食べ終えた後の皿はトレイに乗せて流し台に運び、洗って水切りラックに干しておく。

 テレビを見る気分でもないし、このまま部屋に戻ろう。

 

 




クソ反抗期の鶴君。章を重ねるごとにオリ主が低年齢化していく…
長男が浩一郎なので、名前に『二郎』を入れるか迷ったけど、気にしないことにした。後で出る二郎系の人とも被るし。
そういえば()()()コの娘だから()()ナになったのかね。じゃあ次女がいたら…羽立(ハタテ)妙子(ミョウゴ)? 植物系なら陽ノ希(ヒノキ)(アスナロの次)か安寿圭(アスカ)(アシタバの学名から)かも。
あとどうでもいいけど、佐田(SATA)さんの前任の家政婦は、やはり井手(IDE)さんだったのだろうかと妄想してみたり。桐ヶ谷家の次女は直葉(直刃)に倣って華重(重花丁子)とか…
キャラ名は遊び始めたら止まらない。ので、オリ主名は敢えて使い回しています。

ちな、結城家が文系ばかりというのは独自設定です。
あれだけマウントの取り合いをしておきながら、事件への貢献が何一つ言及されてないってことは…という解釈。
何らかの実績があったら、明日奈の見合い相手も裕也君じゃなくてその人関連になるよねって。義理と体裁の世界なんだし。

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