SAOを真面目に攻略しない人々   作:徳明

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須郷「カヤヴァーさん 見ててくれよ!!」

地の文・独白多め、読みにくかったら空白足します。途中からアスナさんパート。


4/5 結城明日奈の本気です。

「えっと、えっと、どうしましょう伸之さん」

 

 ハッ、ハッ、と呼吸が浅くなる。姉が、テロに? 姉が、死ぬ? 理解が追いつかない。

 混乱しながらも辛うじて携帯に縋り付く。

 

「落ち着いて、まずは落ち着くんだ鶴君」

 

 スピーカーから聞こえる諭す声に従い、深呼吸をする。

 

「まず、ナーヴギアは絶対に外しては駄目だ。コンセントを抜いたり、接続を切るのも。それがルールらしい。現状まだそれで何か起こったという情報は聞いていないが、茅場先輩はそんな(こす)い嘘を吐く人ではないから、真実だろう」

「わ、分かりました。マシンには触りません」

「良い子だ。次に近くの大人——京子さんに知らせて、警察の発表している電話番号に通報して欲しい」

「母に、ですか? 父は……」

「社長はこれから緊急会議だ。僕もそれに招集されていてね、だからそちらで何とかしてもらうしかない」

「母は……厳しいです」

 

 僕は母を頼れない。

 これは別にプライドが邪魔をしているとか、そういうことではない。寧ろ、姉のためなら土下座だろうが何だろうが、自分の人生を差し出しても構わないと考えている。

 ただし、これは確実に助かるのが前提の話だ。

 僕は知ってしまっている。母は、僕と同じで想定外の場面に弱い。思考が停止して、すべきことができなくなってしまうのだ。しかも、もし呼んできた母が錯乱してナーヴギアを外そうとしたら、僕一人で制止するのは不可能に近い。

 

「——了解した。社長に伝えて信頼できる人間をそちらに向かわせてもらう」

「ありがとうございます……あの」

「ん、どうしたんだい?」

「姉を、頼みます。茅場さんが事を起こしたとなれば、それに対抗できるのは伸之さんしか世界にはいません。どうか、宜しくお願いします」

「……ああ、任せてくれ。鶴君には今までの恩があるからね、全力を尽くすよ」

 

 心強い言葉を貰い、少し落ち着きを取り戻せたところで通話を終了した。社員の人が来るには三十分ほど掛かるだろうというので、それまでにこれからの段取りを考える。

 おそらくは病院に収容されるだろうから、姉の保険証とマイナンバーカード、着替えを用意しよう。それから母の説得。これは先に事件の把握からした方が良さそうだ。兄にも連絡をしないと。帰って来られるだろうか、高飛びを防ぐために数日は全国レベルで海外便を制限されそうではある。接続を維持した方が中の姉も危険が少ないだろうから、有線接続できるモバイルルーターも準備しておこう。電源装置はACで良いのか?

 思考が進むにつれ、何が正解なのかも分からぬままタスクが増えていく。

 

「姉貴、無事でいてくれよ……」

 

 しかし姉の生存には祈るしかない自分が歯痒かった。

 

 

   ☆

 

 

 結論から言うと、茅場晶彦の起こしたテロは本物だった。

 初日の混乱で被害者の家族らがマシンを強引に外そうとした結果、二百人が死亡したらしい。三日経った今でも、ゲームオーバーと思われるプレイヤーがポツポツと『処刑』されている。

 既に三日だ。

 未だに茅場の足取りは掴めず、アーガス本社の地下五階に存在するサーバーもブラックボックス状態で手が出せない状況らしい。ただし、指を咥えているだけではなく、地下四階には茅場が用意したのと同じ規模のサーバーマシンが運び込まれ、ハブを介し全ての通信が記録されている。

 これを主導したのは他でもないレクトだ。

 事件発生から一時間も待たずに行われた会見で、父は娘が巻き込まれたことを公表し、レクトとして、また結城家として総力を挙げて解決に協力すると声明を出した。その手始めとしたのが機材の無償提供である。

 茅場の与えた二時間の猶予のうちに搬入から回線確立までを終え、六時間後、すなわちその日のうちにはバックアップサーバーの構築を完了させたという。ここには伸之さんを筆頭にフルダイブ技術研究部門の奮闘があったと聞き、その本気度が窺える。

 新聞には、父が設立されたばかりの基金に個人資産から吃驚する額を寄付したとも書かれていた。

 途中、レクトが販売しているヘッドセットにも安全性への疑問が投げかけられたが、的外れな話である。そもそも省電力長時間使用を謳った設計だからそんなパワーは出ないし、企業倫理も正常なので安全対策がされている。どうしても不安なら製品保証の範囲内で対応する、と告知したら下火となった。

 その間、僕が何をしていたかといえば、母と揃って関係各所への連絡や挨拶回りである。立ち止まると余計なことを考えてしまいそうだったので、母も僕もとにかくタスクの処理に没頭した。母は大学の講義、僕は姉の世話といった風に。

 床擦れを防ぐために体位を変え、関節や筋肉が固まらないようマッサージを施し、普段姉が使うスキンケアクリームや日焼け止めを塗り、マシンから出ている髪を梳かす。無理を言って病院に泊まらせてもらい、姉が裸になる時以外はずっと一緒に過ごしている。

 

「お疲れ様です、伸之さん」

『そちらこそ。体調は崩していないかい?』

「ええ、僕の方は」

 

 伸之さんと電話越しで言葉を交わすのは二日振りだ。

 

『良かった。彰三さんから鶴君が暫く学校を休むと聞いてね、精神的に辛くなってしまったのではと心配していたんだ』

「あはは、すみません。心の整理をつけるために時間を頂きました。今月中は姉のためにできることをするつもりです」

『それも悪くはないのかもしれないね。でも君だって受験が控えているんだ、自分の人生も大切にして可能な限り早く復帰するんだよ』

「勿論です。一ヶ月と言わず、その半分でも茅場晶彦を見つけ出して落とし前つけてもらいます」

『うん…………うん? 鶴君、ちょっと話が見えないんだけど』

「え、ですから、僕は僕で姉のために不届き者を探して、下らない遊びをやめさせるっていう話なんですが」

 

 本気でやって、それでも駄目なら諦めて警察の捜査かゲームクリアによる解決を待つ。そのリミットとして設定したのがこの期間だ。

 

『えーっと、気持ちはよく分かるんだけど、そういうのは大人の僕たちに任せて欲しいかな』

「警察も伸之さんも信頼はしています。しかし、それが努力を怠る理由にはなりません。こちとら身内の命が懸かっているもので。まあ、今の僕ではOSINTくらいしかできませんけどね」

 

 目下進めているのはインターネット上にある画像や文章などから手掛かりを探す方法。既にSNSを高速で走査するプログラムは完成しており、データベースの構築が始まっている。尤も、画像認識などの高度な処理はできないので、最終的な取捨選択は人間()の判断で行うしかないが。

 幸いにして()()が塞がっていてもキーボードを叩けるので、姉の世話と並行して作業ができる。

 

『まあ、それで君の気が紛れるのなら……でも無茶はしないこと。何かあったら必ず連絡するんだよ』

「了解です。ところで、一つ捜査状況についてお尋ねしたいのですが」

『情報は漏らせないのだがね……ダメ元で言ってごらん』

「はい——」

 

——安否確認ができているプレイヤーは、9999人ですか?

 

『……』

「その反応だけで十分です、ありがとうございました」

 

 もう一度礼を言って電話を切る。おそらく僕の推測は当たっている。

 

「逃げられると思うなよ、茅場晶彦……」

 

 

   ☆

 

 

 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 この仮想空間という牢獄に囚われてから、私は幾度となく自問している。

 なぜゲームを始めてしまったのだろう。プレイできない弟に代わって体験するため? あるいはただの好奇心? どちらでもない気がする。ふと思い立った時には被っていた、というのが一番近い。

 茅場晶彦を名乗るキャラクターが『デスゲーム』なるものを宣言した時、サブカルチャーに疎い私は酷く冷え切った思考で「これの何が面白いのだろう」と大真面目に首を捻っていた。喋りにしても、鶴だったらもっと秀逸な言葉選びをするだろうに、と。

 やがて他の(おそらくゲーム慣れした)プレイヤーの反応から、ネタじゃないのだと察することができた。

 弟の影響でフルダイブ技術の知識は僅かながら持っていたので、それに照らし合せて『チュートリアル』の内容を検討したところ、慎重な行動を必要とする程度には信憑性があると結論付けた。

 これから家族に掛けるであろう苦労を考えると、申し訳無いという言葉しか出てこない。私がどうなっても、兄の責任は問わないでくれと願ってしまうのは、やはり都合の良い我儘だろうか……

 

 

 どうしてこうなったのだろうか、と私の胸の中で嗚咽を漏らす男の背を摩りながら自問する。この冴えない顔の男は、つい先程まで意気揚々と投身の前口上を垂れていたはずだ。

 何やら人集りができているなあと覗いたところ、展望台から身を乗り出して非論理的な妄想を喚き散らしていたのがこの男。

 要約すれば、自殺という分の悪い賭けをして離脱を図るらしい。愚か者の行く末など興味はない……と、踵を返す寸前。結城の血が働いたのかもしれない。弟ならこの状況をどう捉えるか、少し考えてみることにした。

 ウェルテル効果というものがある。

 自殺の報道と自殺者の増加に相関関係を見出した、心理学における現象の一つだ。この空間はそれが発生する条件が整っているではないか。つまり、この男の死は将来的に少なからぬ人間の命を奪う。

 逆に、上手く立ち回ればそれを阻止できるだろう。

 いつ出るか、今ではない。

 まだだ、まだ——

 

「待ってっ!!」

 

 群衆を掻き分けて手を伸ばす。

 安全マージンを取って重心が離れる前、オーディエンスからは間一髪止めたように見えるギリギリのラインで引き戻すことに成功した。

 パシっ、と平手をお見舞いする。

 

「命を何だと思っているのっ!?」

 

 呆気に取られる男を自分に向かせ、命の大切さや「絶対に助けは来る」などのクサい台詞を吐いて男を案じる素振りを見せつつ、周囲への()()()()()を始める。

 曰く、事件の計画性や規模を鑑みれば早期解決の難しさが理解できるだろう。短絡的思考で犯人を喜ばせて悔しくはないのか。命を投げ捨てたと知ったら家族はどう思うか。あなたの価値はデジタルで処理されるほど安くないでしょう。

 最後に「あなたが生きていてくれて良かった」と涙を流しながら抱きしめたら、ご覧の有様である。

 私の予想では場が白けて解散するはずだったのだが、妙に空気が湿っぽくて注目が集まっている。えーと、演目は以上なのだけど……ケロッとした顔では立ち去れそうにもなく、数分ほど知りもしない人間を撫で続けている。

 誰か助けて。

 

「おいおい、こんな可愛い嬢ちゃんを泣かせて見世物にするたあ、ここの野郎共は趣味が悪いもんだ」

 

 やっと現れた救世主は江戸訛りの黒人だった。

 

「嬢ちゃん、グッジョブ。この小僧は美少女に相手してもらえて舞い上がってるだけだから、もう慰める必要は無いぜ」

「は、はあ……」

 

 なんだ、こっちも嘘泣きだったのか……いや、本気で泣いている。酷い顔。

 

「そういやまだ名乗ってなかったな。オレはエギル、よろしくな」

 

 包容力のある大人の笑みで手を差し出す。握手、ということか。

 

「私は——」

 

 明日奈、と口を滑らせそうになって押し止める。

 鶴から貰った本に、ネットで実名を使うのは危険と書かれていたため、それに従って偽名にしていたのだ。といっても、適当に選んだプリセットのアバター名をそのまま決定しただけだが。

 

「マユミです。Nice to meet you.」

 

 手を取って応えると、エギルは「オレより発音上手いんじゃねえか?」とリアクションに困る軽口を言って笑った。

 周囲の緊張もそれで解れたのか、私は《接しても大丈夫な人間》という認識に変わったらしく、わらわらと人が集まってきた。どうやら場は切り抜けられたようだ。

 

 

 その後に形成されたコミュニティは、話の流れから如何に犠牲者を出さず救助を待つかという議論になり、私は年少者の保護とシステムの把握を挙げた。

 どうやらこのゲームには十五歳に満たないプレイヤーが数多く存在するらしく、まずは夜が明ける前に街を隈なく探すところから始めた。

 結果、百名弱が集まって宿に困る事態も発生したが、チュートリアル以前に私がモンスターを倒すなどして得ていたアイテムを売ることで、大きな教会を借りることができた。ディアベルによると《リトルネペントの胚珠》というのが良い武器と交換できるらしく、その他諸々を含めて二万トークンと交換してくれた。これでしばらくは食い繋げる。

 翌日の朝にはこのゲームに詳しい人を募り、情報屋を自称するアルゴと、クラインの推薦で隣村から呼び戻されたキリトという少年が中心となって講習を行った。

 利害関係が一致するプレイヤーとはギルドを設立することができるらしく、年少者たちを念のため所属させておこうと考えたのだが……

 

 

 どうしてこうなったのだろうか、と礼拝堂の長椅子に腰掛けながら神に問う。

 いつの間にか、九千人規模の集団の長に祀り上げられていた。

 特に勧誘をした訳ではない。影響力のあるプレイヤーが軒並み私に吸収される形をとったことで日和見主義者たちが加わり、雪だるま式に増えてしまったのだ。

 聞いた話では、私の所作が気品を醸しており、本物のお嬢様なのではと噂されているらしい。鶴に言わせれば「だからどうした」で一蹴されるのだろうが、それが心の支えになるのならと積極的に振る舞うよう努めている。

 まあ、こういう時のために仕込まれた芸事だ。

 ルナ女がカトリック系のミッションスクールというのもあり、宗教施設での態度も不足は無かった。手持ち無沙汰なプレイヤーたちに受け売りの聖書の教えを垂れ流していたら、あだ名が《修道女(シスター)》になってしまったのは不覚であるが……

 今なら鶴が動画投稿を黙っていた気持ちを理解できる。

 断れずリズベットに装備させられた、宗教色の強いドレスアーマーとレイピアも併せ、とても身内には知られたくない黒歴史だ。

 本業はリソースの管理と、年少者が事件解決後に早く復学できるよう勉強を教えることなのに。

 教師の真似事は私にとって非常に貴重な経験を齎してくれた。

 特にシリカという、弟と同い年の少女は衝撃的だった。鶴と比べてあまりにも無学で、幼稚で、浅慮で……悪口になるから控えよう。ともかく、これが世間の標準で、我が家の環境が極めて特殊だったと実感できたのは大きな収穫と言えよう。

 

 

 ギィ、と背後でドアの開く音がする。人が入ってきたようだ。

 

「こんばんは、クラインさん」

「どうも、マユミさん。あ、お座りになったままで結構です」

「そうですか? では隣へどうぞ」

 

 軽く会釈をして、椅子の片側に寄る。

 

「珍しいですね、クラインさんがお一人で尋ねて来られるのは」

「そうかも、ですな。そのぉ、昼間の件で、何か抱え込まれていらっしゃるのではと心配になったもんですから……」

「それはそれは。お気遣いありがとうございます」

 

 昼間の件、とは実力の低いプレイヤーが勝手にフィールドを出ようとして口論になった出来事を指す。

 ギルドは多数のメンバーを擁しつつも、圏外でモンスターを狩る権限を持つ者は千人に満たない。その他は街の中で炊き出しや生産職などの安全な作業に従事させている。

 この施策に対して最近出てきたのが、外部からの救助が絶望的になった場合に備え、組織力を生かして全員のレベルアップを目指すべきではないかという意見だ。

 

「やはり、束縛されているように感じてしまうのでしょうか」

「マユミさんが正しいですよ。全体の利益を考えたら、リスクを負う人間は少ないほど良いんですから」

 

 全体の利益を追求する。これは当初より掲げていたギルドの方針である。

 そう聞くと新しい意見の方が説得力を持つように思えてしまうが、実際は違う。この世界がゲームである以上、難易度が設定されている。すなわち、クリアできる人間は限られているのだ。

 これをゲーム偏差値と呼び、仮に()()()()()()()65必要としよう。プレイヤーの実力が正規分布の場合、該当するのは上位7%、つまりこの七百人のプレイヤー以外は正攻法で生き残ることができない。

 これを踏まえて、例えば五千人がフィールドに出るとしたら、最低でもその内の四千余人はどこかの段階で死ぬことが『確定』している。

 死者が出るのは言うまでもなく我々の敗北である。

 このように「個々では正しい判断でも、全体を見ると間違い」というのは合成の誤謬といって、マクロ経済学では常識なのだが、理解できる人間はそう多くないのが現状だ。

 

「それに、マユミさんの提案した制度が正常に機能したと考えれば、寧ろ褒められるべきだと思います」

「そう仰って頂けると救われます」

 

 制度といえるほど大層なものではないが、ギルドは五人グループから始まり、上は千人隊長までそれぞれ相互監視する組織構造を採用している。

 今回はグループの制止を振り切った離反者を、メンバーが上位の五十人隊長に報告することで鎮圧できた事例だ。彼のように暴走しがちなプレイヤー同士は出来るだけ分散して組んでいるのだが、最近は増加傾向を示している。

 

「大体、そんなに従うのが嫌ならギルドを抜ければ良いって話ですよ。自分の尻拭いができるなら誰も責めねーての」

「そのような事態は避けねばなりません。オレンジも頻繁に目撃されているのですから」

 

 ギルドは大規模といえど、生存者全員をカバーできている訳ではない。ソロプレイヤーや、敢えて暴力に走るオレンジプレイヤーが概算で百人程度いる。

 そんな彼らを憂うべき人々と称し、遠回しに蔑む対象とすることで脱落を防いでいる面も否定しない。

 ゲーム内で犯罪を行えばログでバレる。そうなれば復帰後の賠償金を受け取り損ねてしまう。無茶をして死ぬのは馬鹿だ。対して事件解決まで粘れば、政府の補償で暫くは遊んで暮らせるし、世間から同情してもらえる……

 そういった認識を浸透させ、問題を起こさない方が圧倒的に得だと刷り込んで秩序を保っている。

 その内容が真実かどうかは些細なことだ。

 例えば自殺を防ぐため、自ら望んだ死には賠償金が出ないなどと喧伝しているが、実際には監禁致死傷罪が成立するだろう。

 

「しかし、二週間で限界でしたか。私は一ヶ月を目標にと声を張ってきたつもりなのですが」

 

 外部からの解決が見込めるとすれば、初月が勝負だろうと考えている。

 一ヶ月と設定した時点でそれが穏当に達成できないのは知っていたが、予定が早まるほど次の手を前倒しにさせられるのが厄介だ。自力脱出を目指すにしても人員の選定が必要なので、この期間は何としても崩壊を抑え込まねばならない。

 

「ディアベルさんが、フラストレーションを解消するためなら攻略組の間口を広げるのも吝かではないと。当然、隊の管理下で血反吐を吐くような修練は積ませますが」

「本当に、いつも皆さんには負担を強いてしまい、頭が上がりません」

「いやいや! マユミさんの采配で自分らも助かってますから」

 

 そうは言うが、実質一万人の生活を支えているのはフィールドに出て危険を冒してくれている彼らだ。私のような小娘がトップでいられるのも、隊長クラスの理解と統率力あってこそ。

 

「聞き分けの悪い方は私が直々に『説得』へ参りますので、遠慮なくお呼びください」

 

 腰のレイピアは別に飾りではない。

 圏内であっても剣は振れる。レベリングこそできていないものの、攻略組の精鋭たちに稽古をつけてもらって、いざという時に戦える用意はしているつもりだ。

 

「そうならないよう威光を見せるのが、我々の仕事ですな」

「今後とも頼りにしています」

「——クライン殿、時間だ」

「ああ。すぐに出る」

 

 話の途中で扉が開き、彼を呼ぶ声がする。

 

「クラディールさん、どうされましたか?」

「謁見時間が過ぎましたので」

「実はクラディールさんに無理を言って入らせてもらったんです。十分だけと申し付けられていたんですが、話し過ぎましたな」

 

 クラインは困ったような笑みを見せながら頬を掻く。

 

「クラディールさん。左様なルールは無いのですから、自由にして差し上げてください」

「いけません、マユミ様。うら若き女性が密室で男性と長時間二人きりになるなど……」

 

 彼は私の護衛……らしい。攻略組でも実力者の内だが、私を崇敬しているようで、有志の親衛隊を組織したそうだ。

 まともな精神をしていれば呆れるどころか恐怖すら覚える事案だが、これくらい『酔える』方がこの世界は住みやすいのだろうと羨ましく思ってしまう。

 こういうのも相手するのが指導者だと割り切り、鍔に指を掛ける。

 

「それはクラインさんが、この神聖な礼拝堂で不埒を働くほど誉無き戦士であると仰りたいのですか? それとも私が節操無しだと?」

「め、滅相も無い! 私は一般論としてですね……」

「はぁー……。まあ貴方なりの配慮でしょうから、今の発言は不問とします。次からは言葉選びを違えぬよう」

「は! 寛大なる措置、痛み入ります」

 

 自分で言っておいて何だが、内心溜め息が出る。

 こうやって律儀に相手の期待する役柄(ロール)を演じてしまうから、弟に『優等生』などと揶揄されてしまうのだ。

 

「では私はそろそろ休みます。お二人もお身体お厭いください、明日の活動に支障が出てはいけませんから」

 

 小恥ずかしくなったので、適当に理由をつけて退場する。この世界での睡眠は三日に一度で足りるのだが、言ってしまった手前、今夜は久しぶりに眠ろう。

 不安で眠れない人のために毎晩開いているオルガン演奏会も、申し訳ないけどお休みだ。

 

 

 どうしてこうなったのだろうか、と教会前に押し寄せた群衆を前に呆れ返る。

 ざっと見積もって二百人くらいか。炊き出しを待っているようではないらしい。

 

「おはようございます、一体どうされましたか? あまり騒がれると子供たちが怖がってしまいます」

 

 私が挨拶をすると、「団長辞めろー」などという野次が方々から飛んできた。何だろう、この人たちは暇なんだろうか。

 これに対して過敏に反応したのが後ろのクラディールで、剣を抜きそうになったのを慌てて制する。

 

「ここは話を伺いましょう」

「しかしこのような無礼者共……」

 

 圏内だから接触くらいで怪我を負うことはないが、デュエルとなれば別だ。最終的に決着するにしても、集団の本質を把握しない限り同じ事が繰り返される。

 ディアベルにアクシデントが起こったとメールで知らせ、一般のプレイヤーを宿から出させないよう指示して時間稼ぎを試みる。

 これを見て我々が弱腰に出たと思ったのか、三列目くらいから喚き声が上がった。

 

「オレ……オレ知ってる!! そいつは皆んなに街に出ないように命令しているくせに、自分は隠れてレベル上げしてるんだ! そんで、ドロップしたレアなアイテムとかオレたちから巻き上げた金で一人だけ贅沢してるんだ!!」

「何を根も葉も無いことを」

 

 おめでたい脳をしているなぁと感心する。

 

「だったらステータスとか所持品を見せてくれよ! きっと凄いことになってるぜ!!」

「個人情報の開示は危険だからやめましょうと、二日目の講習でアルゴさんが仰ったではないですか。ギルドのルールでもそうなっています」

 

 別に見せても構わないが、相手の態度がどう転ぶかは微妙なところだ。

 チュートリアル前、加減も知らず手当たり次第にモンスターを乱獲していたため、おそらく私は一般プレイヤーよりレベルが高い。装備品も確かにレアといえばレアだ。

 無論、贅沢などはしていない……はず。生活の価値観は人それぞれだし。

 

「やっぱり見せられないんだ!! 隠し事があるんだ! 裏切り者は組織に要らないぞぉっ!!」

 

 男が拳を掲げると、群衆の半分くらいがそれに便乗して「うおおお」と雄叫びを上げる。

 さて、どうしたものか。

 統制に問題が生じた場合は、私が辞職するというプランも用意されている。その際には清濁合わせ飲めるディアベルかザザを頭に持ってくるのだが、いずれにせよ攻略組でも稼ぎ頭の人材を事務に充てるのは心苦しい。

 まして、たった2%のためになど……

 喧騒の中で思考を巡らせていると、一番前にいたリーダー格のプレイヤーが出てきた。

 

「シスター・マユミ、僕たちも本気で団長を辞めてもらいたい訳じゃありません。ただ広がっていく攻略組の皆さんとの格差が不安なだけで……それを解消するために、自衛の手段としてのレベル上げを僕たちにも許可して欲しいだけなんです」

 

 成る程、良い警官・悪い警官か……なかなか古典的な手法を使う。それにしても、これだけの数を我々の監視下でよく集めたものだ。

 

「何の騒ぎですかな」

「ヒースクリフさん、なぜここに? 事のあらましはメッセージでお伝えしました。待機命令も出したはずです」

「おっと! 失礼、私としたことが見落としていたようです」

 

 ここに来て面倒なのが来た。

 彼は百人隊長の中でも独特の求心力を備えており、派閥を形成しつつある。この世界では年齢など関係ないのだが、銀髪で学者風の容貌は、若いメンバーを説き伏せるに足る武器だ。

 

「ヒースクリフさん! 聞いてくださいよ。僕たちだけレベルが低いってのは不公平じゃないですか。団長を説得してください」

「ふむ……確かに、我々が優遇されているというのは否定できませんな」

「あなた、何てことを……っ」

 

 ヒースクリフはこういうところがある。正論に見せかけて批判側を抱き込むのが上手いのだ。

 

「まあまあ。メンバーの中に逸材が混じっているかもしれませんし、お試しで外に出るのは悪くないと思いますよ」

「あなたに政策案を提言する権限はないはずです」

 

 一度外に出れば歯止めが利かなくなるのは明らかだ。

 もはや更迭だなと心に決めながら、目の前で意見が通ったとでも言わんばかりの勢いで狂喜する群衆に頭を悩ます。一度ブチ切れた方が気も引き締まるだろうか。

 そう考えて鯉口を切ったとき——

 

 

 "ミ" "ツ" "ケ" "タ"

 

 

 魂の底から冷えるような悪寒が背筋を走る。

 これは私だけではなかったらしく、あれほど喧しかった群衆も縮み上がって静まり返ってしまった。

 呆然としているところに、ピコンと着信の通知音が響く。

 

『包囲完了』

 

 ベストタイミング。

 にこり、と慈悲に満ちた笑みを顔に貼り付け、遠慮なく抜いた細剣を石畳に突き立てた。あれ? 地面は破壊不能のはずだけど……まあいい。

 

「あなた方は包囲されています。掟を破った皆さんには、ペナルティを受けて頂かなくてはなりません。そうですね……では、私を裏切り者扱いした貴方からお伺い致しましょう。()()()()()()()

 

 もとよりこれが平和なデモ活動だとは思っていない。外部からの離反工作なのは読めていたから、予め信用できる精鋭にだけ与えていたコードを発動したのだ。

 

 

 暴動は瞬く間に鎮圧された。

 

 




特殊タグ使おうか迷ったけど宗教上の理由からパス。

精神が安定して本領を発揮できた真・アスナさんならこれくらいのポテンシャルがある…はず。加えて、鶴君の影響で母の研究(行動経済学など)も最低限の把握をするようになっていたという改変。
まあ現実的に九千は無理でも、初月の死者数は激減させられると思う。

エテルナがイタリア語なので、アスナさんの学校はカトリック系という解釈。もしや原作でグルメだったのはここが影響しているのか…?
プロテスタントだったら究極のメシマズ嫁になっていた可能性も(但しモデルの学校は多分改革派)
カトリックしかロザリオを使わない点でも一応の整合性はある。そういやキリト君とヤらないでユイの話に進んでいたら福音書通りだったのにな(神の子、復活等)
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