SAOを真面目に攻略しない人々 作:徳明
アルゴの語尾の法則性が……わからんっ。あと全体的に表記揺れが多過ぎて悩む!(
「今日はありがとナ、オレっちはアルゴ。ヨロシク」
「TAS」
「改めまして、鶴です」
TASさんとも合流できたので、適当な喫茶店に入って人数分のケーキとコーヒーを注文する。
「まずは、えーット……こんなオープンな場所で良かったのカ? 他の取材源は大半が個室を希望するゾ?」
「構わない。どこに隠れようと奴は聞いている」
「はい……噛み砕いて説明すると、誰に聞かれても良いことしか喋りませんし、絶対に知られたくない情報は寝言であっても口にしませんという意味です。あ、奴というのは
「あ、うン。了解したヨ」
予め分かってはいたことだが、この取材は俺が逐一補足しないと成立しない。それでも情報屋としては、本人から聞いたというだけで価値があるのだろうか。
TASさんの寡黙っぷりに一瞬フリーズしたものの、アルゴは小さく咳払いをすると持ち直した。
「最初の質問は、ターサンが何故『TAS』と名乗っているのかについてだヨ」
「ターサン……?」
「おそらくTASさんの仇名だと思います。アルゴさんは人を独特のネーミングセンスで呼ぶと聞いた事が」
「そうか。名前はランダムだ」
「元々捨て垢というか、これほどVRに長居するつもりは無かったらしくて、英数字をランダム生成したのがそのままユーザー名だそうです。そこから頭3文字をとってそう名乗るようにしたとのこと」
「ゲーム動画のTASとの関係ハ?」
「ない」
彼が事件に巻き込まれた経緯は、本人曰く『複雑な事情による』とのことだが、少なくとも最初からTool Assisted Speedrun を意図して名付けたのでないのは事実だそうだ。
今やその権化みたいな存在だけど。
「フムフム……じゃあ次はヌーン教というものについて、聞いていいかナ」
「ヌーン神に祈りを捧げれば、欲しいモノを得られる確率が上がる。人々は救済される」
「具体的な礼拝方法としては、毎日正午にウィンドウの開閉を3回行います。その時に『○○なんて要らない』と念じることで効果が得られるという設て……教義の宗教になります」
「つまリ、冗談宗教?」
「失礼な! 実際に業物がドロップしたとか、彼女ができて肩凝りが治ったとか、他多数良い報せを頂いておりますよ! 信じるだけならタダですから、ね?」
「胡散臭いナー」
まあ、この『らしさ』も重要なスパイスだから。
因みに我々が最も
「他にはどんな活動ヲ?」
「情報集めだ」
「実は我々もアルゴさんの真似事をしていまして、このゲームのシステムを調査、検証しています」
「ということは、オイラの攻略本とかも読んでたリ?」
「あー、えと、いや。はい、たまに」
苦し紛れに答えると、彼女の期待を含んだ表情が怪訝なものへと変わっていく。
「白状すると、我々の求める情報と攻略組の求める情報は全く分野が違うんですよね……」
「ほほウ……例えバ?」
これからの参考にするのだろうか、今日一番の真剣な瞳をフードの奥から覗かせる。
これは教えて良いのだろうか、TASさんを見遣る。
「昨日、誰がいつ何人死んだか」
「ヘ?」
「この世界の擬似空気抵抗、重力加速度」
「各エリアのデータ上の座標、位置関係」
「武器の損傷計算と破壊部位の範囲」
「犯罪防止コードの発動条件、計算式」
「NPCの思考ルーチンと挙動の変化、その誘導方法」
「ち、ちょっと待ッテ! 一体何のハナシ?」
指を折りながら、今まで集めてきたネタを諳んじる。『モンスター』や『マップ』といった単語が出てこないことに、彼女としてはかなり困惑しているようだ。
「このプログラムをRPGと捉える攻略組とは情報の重み付けが異なるという具体例です。あと基本的に人海戦術による物量攻めなので、個人だと集めるのに苦労するものが多いです」
黒鉄宮で毎日1万人の生死をチェックするなんて、一人では精神が病んでしまうし、耐久度を確かめるために同じ剣を大量に用意すれば破産する。
「それが何の役に立つんダ?」
「駄酒の教育」
「駄酒……?」
「管理システムですよ。忌々しい
AIは優れた学習能力を有するが、データに偏りがあったり、悪意を持って情報の取捨選択をされると洗脳に似た現象が起こる。この点では機械も人間も同じだ。
寧ろ人間より無垢な分、手玉に取り易い節すらある。
「はア? そんなの出来る訳ガ……」
「1ヶ月前、NPCのアイテムショップが変動相場制から固定のそれへと移行したのはご存知ですか?」
「ウン? ああ、知ってル。けどまさカ」
「我々の仕業です」
何て事はない。リアルの経済危機と同じで、市場の処理能力を超える取引を行えば良い。
その時は黒パンをターゲットに、DoS攻撃も斯くやの勢いで売りと買いを繰り返した。資金は減っていくが、買った分を売り、売った分で買うため必然的にシステムへの影響は長く続く。
そしてある時、収支がプラスへと傾く謎の現象が起こった瞬間、修正が入った。
一層の攻略が終わって、街が興奮冷めやらぬ頃の話だ。
「そんな事をしても、ゲームがつまらなくなるだけじゃないカ?」
アルゴが困惑すると、TASさんは僅かだが目元を綻ばせた。その言葉が聞きたかったとばかりに。
「我々の目的はSAOをクソゲーにすることです。この箱庭を荒らし回り、指を咥えて眺めるしかできない奴を思い切り嘲笑ってやることが最終目標です」
「そんなの無理ダ。どこかで
「その可能性は極めて低いです。それは、奴がこの事件を起こした目的からも読み取れます」
何度もサーバーに負荷を掛けているTASさんと俺は、既に奴から目を付けられていることだろう。もし奴にGMとしての自覚があるなら、このような不穏分子は早急に排除するはず。
管理者からすればシステム上で『死』を付与するだけで済むし、その過程を他のプレイヤーへの見せしめとする事で、正攻法へと意識を向けることができるだろう。
だが奴はそうしない。
「
「ガキ……」
彼女の反応も分かる。
何せ事件前の奴の世間からの評価は『若き天才量子物理学者』だ。普通の感性からすれば子供扱いなどあり得ない。
なので全て理解してもらおうとは期待しないが、せめて単なる僻みではないことだけ伝わればと思い、取り敢えず続ける。
「奴は嘗て、この世界を造る事が目的であり、既に達成されたと宣いました。しかしそれは半分間違いです。
小学生が蟻の巣キットで遊ぶ時、セッティングだけして満足するでしょうか。否、やがて蜘蛛や百足をその中へ入れ、蟻達の慌てふためく様を愉しむようになります。
人に代入したのが奴の本質です。
一方でこんな自負もある。私の世界は完璧だと。
故にこれほど残酷でありながら、直接ケースに手を入れて中の虫を殺すことはできない。完璧に拵えた作品を自らで壊す行為だから。それは神たる己の全能性、優越性を犯すことと同義だから。
そんな奴の、確たるモノを失うことへの恐怖心が、今の状況の源流です」
茅場が『管理者』としてこのゲームに干渉するとすれば、どうしようもなく追い詰められて逃げる時か、自棄を起こして飼育ケースを破壊する時の2つだけ。
ではそれまで観察に徹するだけの一貫性があるかというと、これも否。先日牢獄に放り込んだサイコレイシストのような、黒幕としての忍耐強さは読み取れない。
どこか行動原理に他者からの評価が含まれていて、見せびらかしたい欲求を抑えられない人間なのだ。
以上を総合すると、奴が飼育ケースの中で
あのちっぽけな男の中には勇者願望と魔王願望が混在しており、それを打ち砕いてやれば、どちらへ転がるにせよ地獄は終わる。
まあ、この部分は口に出さない情報だ。それはTASさんも同じで、実際どういう認識かは互いに知らないし、確かめてもいない。でも多分合ってる。
「子供には難しいか?」
「すみません、攻略組の皆さんの努力を否定する話をしてしまって」
「いや、まア。色々な人がいるからネ」
アルゴは戸惑うように頬を掻いた。
「勿論、百層攻略で解放されるならそれ以上に確実なものはないのですが……その間にも死人は増え続けます。他の突破口も探しておく価値をご理解いただけたら幸いです」
TASさんが一軍に加われば、攻略速度は格段に向上するだろう。しかし、今の倍のペースで進めたとしても最上階まで1年は掛かる。その際の全体の死者数を計算するとシャレにならない。
「それガ、ヌーン教団の存在意義……」
俺が頭を下げると、彼女は今までの会話を咀嚼しながらコーヒーを啜った。
「ところで純粋な疑問なんですけど、我々の情報に需要なんてあるんですか?」
「ン? それはオレっちのネタを買いたいってことカ?」
「いえいえ、有り触れた雑談ですよ。ま、ケーキの奢り代だとでも思って」
「ウ……ここのショートケーキ、高いからナー。依頼人が知りたければ、その先はビジネス。だカラ、ヌーン教団がとある組織を脅迫したのがキッカケ、とだけ言っておくヨ」
あれか。
数週間前、解放隊とか自称するギルドが黒鉄宮を占拠しようと画策してきたのだ。実行されると生命の碑のチェック作業に支障を来すおそれがあったので、中止しない場合には相応の措置を取るぞと伝えた。
「別に、正当な要求でしょう? 彼らの態度は横暴でしたし、強気に出なきゃ聞いてもらえないと思ったのでね」
「それでトンガリ……幹部を拉致監禁したのカ」
「拉致監禁って、ヤだなぁ。
あちらが無視してきたので、埒があかないと判断した我々は、過激派の首魁と見られるプレイヤーを地面の中に閉じ込めた。
ゲームのオブジェクトはメッシュの裏面からだと透過して見える。落ちないとはいえ、足元にテクスチャが無い状況はガラス床の展望台より恐ろしかったに違いない。
それから解放隊が下層で何かをやらかしたって話は聞かないから、ちゃんと意思が通じたのだろう。
「それだけ実力があるナラ、やっぱりボス戦だけでも参加しなイ?」
「断る」
「ありがたいお言葉ですが、自分はご覧の通り耐久
基本的にソロとペアの立ち回りしかできないから、大規模攻略には向かない。ボス部屋には人数制限があるので、タンク役なら他の人材に任せた方が良いだろう。
そして何より、前に出て敵の攻撃に身を晒すとか無理。
「その格好で耐久? 盾も無いのニ?」
「バックラーがあるじゃないですか。大楯も一応、持ってますよ。緊急用に」
「アタッカーだと思ってタ。槍持ちだシ」
「何を仰る。槍こそがこのゲームで最も優秀な防具ですよ」
俺はアルゴの認識違いに愕然とする。
嘗て銃が覇権を握るまで、戦場の主役は槍と弓だった。そして弓装備はこの世界に存在しない。
銃と弓の不在は槍が苦手な『点』による攻撃が無いことを意味する。どれだけ速い刺突も、刀身と腕の長さだけ『線』になる。斬撃は言わずもがな。
逆に言えば槍の長い『線』は攻撃を
対して盾は死角を増やし、自分の動作の幅を狭めるので、結果として被弾率が上がる。範囲防御による『点』攻撃との良好な相性も、前述の通りアドバンテージにはなりにくい。
故に、王座に君臨するのは槍なのだ。
「——そもそも剣術三倍段という言葉もあるくらいですからね、剣と槍では技量の差が正に
「……ウン、ソウダネ」
「鶴、喋り過ぎだ」
「あっ、すみません」
「いいヨ。知り合いに似たような
つい熱が入ってしまった。流石情報屋、5分で100コルの噂は本当だったようだ。
「違うと思うぞ」
「口に出てました?」
「いや。だが分かる」
「なるほど……? とまあこんな感じで、残念ながらボス討伐のお役には立てそうもありません。ごめんなさい」
「まあ、そう気負うなッテ。オイラの役目もどちらかと言えば後方支援だからナ」
おそらく攻略組に身を置き、今宵の生死も分からない人々を見続けている彼女にとって、仲間が生きて帰ってくることは第一義なのだろう。
攻略本の出版は、その心情を如実に表している。
そして彼らの生存率を高める強い人材の発掘が、非戦闘型の彼女にとってある種の埋め合わせであり、討伐の参加手段なのだ。
尤も、雰囲気からして場合によっては前線も張れるみたいだが。
「それじゃ。ケーキも平らげた頃合いですし、ここらでお暇宜しいでしょうか?」
「え、ターサンのそのままだケド……?」
「要らない。食いたければ、やる」
「TASさんは人前でストールを外さないんですよ。なので飲食はいつもこんな感じでして」
「まあ、それナラ……貰っておく、ヨ?」
「ギャラは指定した額を今日中に支払っていただければ結構です。では失礼します」
Argoって南半球にあった船の星座なんですけど、格変化でArgusになるんですよね。またはギリシャ神話に登場する巨人Argosがラテン名でArgusだったり。
あなた実は内通者だったりしない?
ライトゲーマーに物理エンジンとか内部処理の話題はどこまで通じるんですかね。筆者も専門家じゃないので完全には理解していませんが。
鶴のビルドは筋力寄りのバランスタイプ。
スキルは《瞑想》などのデバフ抵抗や耐ファンブル系に、《索敵》《聞き耳》といった奇襲対策、高速自動回復と一発即死を確率で防ぐ的な奴。なかなかダウンしないため、陰で
一応《槍》《体術》もあるけど、物理演算を主軸にしたPS頼りのプレイングなので、システム上仕方ない時以外は使わない。曰く、「いつ来るかさえ判れば大体防げるだろ」。
スキル発動を制してディレイ中に攻撃するスタイル。火力は出ないため、間合いの外からチクチクしつつ、対人なら内に誘導された相手を近接格闘で無力化する。麻痺とか毒もよく使う。