SAOを真面目に攻略しない人々   作:徳明

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ところでこのゲームの対象年齢って何歳なんでしょう。
確実にレートC以上だと思うんですけど、なんで小中学生がプレイしてるんですかね。まあ、ゲームなんてそんなもんか。
こんな事態になったら親の風当たり強いだろうなあ。

今回でゲーム編は終わりです。


Part 3/4 茅場を泣かそう

「あれ、TASさん何読んでるんですか?」

「アルゴの攻略本」

 

 珍しく彼がテキストタイプのオブジェクトを繁々と凝視していたので声を掛けるところ、ちらっと表紙を見せてくれた。

 鼠を模したキャラと、【大丈夫。】というコピーが目を引く雑誌だ。

 

「へぇ? 彼女に触発されて、フロントランナーにでも興味湧きました?」

「いや。ゴシップ欄に我々の話が」

「あー、先週の取材の! どんな記事が載せられたんでしょう」

 

 あの時は奴への恨み辛みを余す事なくぶち撒けたからな。もしや逆に、我々がヤバい集団だと書かれているのでは……

 

「ヌーン教の概要と、副長()が槍マニアであること」

 

 思いの外、普通の内容だった。しかし、何故TASさんではなく俺をフォーカスしたのか。その上マニアって。

 

「別にそこまで入れ込んでいる訳では……でもこれで少しは槍の良さが布教できますかね」

「背教者」

「滅相も無い!」

 

 と、手を振ってオーバーに誤魔化す。ヌーン神は唯一にして絶対なのだ。それ以外は全て邪教なのだ。ヌーン神を崇めよ。

 

「冗談。それより、今日が()()()だ」

「……っ!!」

 

 ピシッと空気が張り詰める。

 その日。長らく計画してきた、茅場晶彦と決着を付ける日。結果がどうあれ、間違い無く事件以降最大の転換点となる日だ。

 少し前に七層が突破され、『β版情報のある十層までに解決しないと死者数が跳ね上がる』との共通認識から焦りが募っていた最中である。

 

「既に仕込みは済んだ」

「……自分は、何を」

 

 ある程度は予想できているが、具体的な部分を口に出せない(ログに残せない)ため、詳しくは本人しか知らない。

 俺が尋ねると、TASさんは天を仰いで「ふぅー」と長く息を吐いた。そして数秒、目を瞑って呼吸を繰り返す。彼でも覚悟の要する賭けなのだろう。

 

「後処理を、頼む」

「分かり……ました。失敗してもすぐ攻略して、墓前に手を合わせに行きますから」

 

 悔しいが、凡人の俺は最後の最後で彼の力になる事ができない。できるのは、一人死地に向かうその人を信頼して応援することだけだ。

 

「この戦いが終わったら畑を見に行く」

「ふふっ、何ですかそれ。死亡回避のために死亡フラグ立てとけ的なアレですか? 色々混ざってる気もしますけど」

「いや。家の花畑がそろそろ心配だ」

 

 小粋なジョークかと思いきやマジな話だったのか、葉牡丹は大丈夫だろうとか、千両の剪定がとか呟いている。パンジーは絶望的らしい。

 やがてToDoリストを作り終えた彼は、いつもの寡黙なTASさんに戻り、俺に向き直った。

 

「午前11時半、はじまりの街中央広場」

「2時間後ですか、それまでどうします?」

「そうだな……デュエルでもするか?」

 

 

   ☆

 

 

 一層、昼前。

 

「一体何なんですかねぇ、あんな脅迫文を送り付けておいて」

 

 奴は現れた。

 銀髪を前に垂らした長身の男。十字架を(あしら)った真紅のサーコートに、ロングソードと大楯を装備している。当たり前だが、リアルの茅場晶彦の顔立ちとは似ても似つかない。

 血盟騎士団とかいう新興ギルドの団長と聞いたが、後ろに侍る構成員は押し並べてオッサン臭い。偏見だが、血盟とか騎士という言葉とは縁遠そうな人達ばかりだ。

 彼らは白地に赤のアクセントが入ったコートを着ていた。紅白がギルドのトレードカラーらしい。

 

「汝らは唯一神ヌーンに仇なす邪神の遣い!! その首領たるは悪の権化!! よって天の裁きを受けねばならないッ!!」

 

 今までに発したことのない迫力でTASさんは大音声(だいおんじょう)を上げた。

 それは広場全体に響き渡り、街行く人々は何だ何だと視線を向ける。ある人は録画結晶を起動し、またある人はウィンドウを開いて友人に連絡を入れているようだった。

 

「突然何ですか? 大体、貴方のことを私は知りませんし、失礼にも程がありますよ」

 

 言い掛かりを付けられた奴——ヒースクリフは大衆へアピールするような手振りで不快感を表した。

 

「我はヌーン神の使徒! 汝は我を覚えずとも構わない。何故なら其方はここで地に伏し、消滅する運命にあるからだ!!」

「はあ? 貴方、頭おかしいですよ。ヌーン教……雑誌で読みましたけど、カルトって怖いですねえ」

「安心なされよ! 汝亡き後、無垢なる其方の家来達は我が僕となりてその穢れを祓われよう!!」

「要するにギルドの乗っ取りという訳ですか。下らない、もう帰ります」

「逃げるのか!」

「ええ、我々は攻略に忙しいので」

 

 狂信者ロールを崩さないTASさんに、奴は心底呆れた風に溜め息を吐き、困惑する部下たちを促すため踵を返した。

 

「ふんっ。あんな()()()に大の大人が生を懸けるなんざ、哀れも通り越して傑作だな!!」

 

 背中を向ける奴にTASさんが挑発を吹っ掛けると、その動きはピタリと止まって、ギギギと音が鳴りそうな様相で首をこちらに回した。

 奴もTASさんを始末する大義が欲しくて来ているはずだから、どこかで立ち止まるつもりではあったのだろうけど、割と的確に地雷を踏んだらしい。あるはずのない青筋を幻視する。

 

「お前は……攻略組全員を敵に回した」

「だからどうした? ソードスキル(マクロ)に縋って畜生の血肉に集る者共など、カケラの価値も無かろう」

「ほう? そこまで仰るなら、ソードスキル無しで私に勝ってご覧なさい。勿論——『生を懸け』て(完全決着で)

「造作もないことだ」

 

 釣れた、と両者が思ったことだろう。

 観衆はソードスキル無しというハンデで準攻略組に挑む馬鹿野郎を前に、好奇心が抑えられない様子だ。敵うはずもないが、万一勝てたら面白い。といったところか。

 カウントダウンの後、【DUEL】の文字が閃いた。

 

 

   ☆

 

 

 勝負は互角だった。

 元々なのか内部データを改変したのかは不明だが、数値的なレベルはおそらく奴の方がやや上。ただし、TASさんにとってHPと与ダメ以外その差は大して意味がない。システムの知識では誰よりも上回る奴を、圧倒的技量によって片手剣1本で抑え込んでいた。

 しかしながらチート()()()奴の攻撃を完璧に防ぐのは流石に無理なようで。

 グレイズ(掠り)すらダメージとして計算されるこのゲームでは、手数の劣るTASさんに損傷の蓄積が大きく……奴のゲージを4分の1も削れていない内に黄色——半分以下まで減らされてしまった。

 ではジリ貧かといえばそうでもなく、ただ積極的に攻めていないだけなのだ。

 初見であるはずのソードスキルを的確にアジャストされ、剰え反撃の隙まで狙われるという未体験のプレッシャーに、奴はこれまでになく焦っている。

 

 

 開始から30分が経とうとした頃、TASさんは盾のバッシュを受けて数メートル飛ばされた。

 彼にとって初めてのまともな被弾だ。ゲージはあと1ドットで赤に割り込むところまで迫っている。

 

「大口を叩いていた割には結果が伴っていないなあ」

「……」

「もう少しで君の命も潰えるが、どんな気分だ? 怖いかね? まさか途中で勝負を投げ出しはしまいね」

 

 奴は心の余裕を示すかのように、TASさんとの間合いをゆっくりと詰めていく。その所作は妙に優雅で、俺以外の観衆は皆引き込まれているようだった。

 故に、雲の合間でキラリと光るそれに気付けた者は俺の他にいないだろう。

 ガキィィィンッ!! という金属音が場を醒ます。次の視界(フレーム)では奴の左肩に剣が深々と突き刺さっていた。

 

「あっ?……ガッ」

 

 1時間ほど前にTASさんの左手から放たれた片手剣が、エリアの隙間(データの海)を縫って落ち続け、ようやく地上へと辿り着いたのだ。システム上で言えば、彼はずっと二刀流で戦っていたことになる。

 終端速度の概念がないこの世界で、1時間の落下というのは凄まじいなんてものではなく、剣が粉々に砕け散るまでの一瞬に鎧で固められた奴のHPを黄色の寸前まで消失させた。ダメージ量に換算すると全体の3分の1だ。

 光るポリゴンが奴の目を眩ます。TASさんが跳ぶ。

 これは——

 

「勝てる! ……とでも思ったのかね?」

「なっ、TASさんっ!!」

 

 奴の剣が彼の心臓を貫いていた。ゲージが……消える。

 紫色に輝く【LOSE】の文字。周囲の騒めきが遠ざかっていくような錯覚。あと数秒もすれば彼はポリゴンとなり、この世からも去ってしまうのだろう。

 奴は満面に愉悦を貼り付けて立っている。剣の刺さった感触の、その余韻を味わうように。

 

「TASさんっ!!」

 

 堪らず俺は奴を押し退け、TASさんに駆け寄った。せめて最期の会話を。

 

「今、何時だ?」

「ふぇ? ……正午ぴったりですけど?」

 

 唐突な問いに、間の抜けた声で答える。

 彼は「そうか」と呟くと、右手の人差し指と中指を振り下ろす。

 

「私は……ヌーン教徒だから、な」

「ふん、下らない。君たちはまだそんな『お遊び』を続けているのか」

「貴様っ……」

「いや、構わん。鶴、後は頼ん——」

 

 全て言い切らぬ内に、カランカランと奴の剣の落ちる音が鳴る。さっきまでそこにあった温もりは、既になかった。

 ピコン、と新着メールの通知音。

 送り主は見るまでもなく彼だろう。ウィンドウを開いて——全てを理解する。

 

「やれやれ、とんだ災難だった。おほん。あー、お供の君。これからは宗教などに現を抜かさず、ちゃんと攻略を頑張りたまえよ」

 

 剣を拾い、奴は勝ち誇った顔で助言を残し、去っていく。

 

「待て。貴様の負けだ……()()()()

 

 ここからは俺の仕事だ。

 

 

   ☆

 

 

 TASさんから後を託された俺は、奴の真っ赤な背中に禁断の名前を投げ掛ける。

 

「はて、一体何を勘違いなさっているのやら。あの人と私の間には全く関係がありませんよ?」

 

 ヒースクリフは余裕の表情を浮かべて惚けて見せた。大方、奴の目には俺が悪足掻きをしているように映っているのだろう。

 

「まあ、お前が誰であろうと別にどうでも良い。重要なのは()()()()()()()()()()()()こと、だからな」

「は? 何を言って——」

 

 奴は俺の突飛な話に呆れつつ、念のためにとウィンドウを確認する。そしてそれが事実だと分かると、一気に顔が険しくなった。

 周囲もその現象を知り、人々は歓喜の顔で次々と離脱していく。

 

「どうした、喜べよ。帰れるんだぞ、このクソみたいな世界から現実に」

「お前……何をしたっ!!」

「ようやく化けの皮が剥がれたか。そうだな……あの人は『HP逆転()()』と名付けたらしい。詳しくは知らないけど、語感からしてデュエル前後でHPの値が逆転するんじゃないか?」

 

 とにかく、TASさんの残りゲージはまだ半分あって死んでおらず、どさくさに紛れてウィンドウを開き、そのまま正規の手順でログアウトした(帰った)のは確実だ。わざわざ茶番まで用意して。

 だが茅場にとってそんなバグは初耳だろうし、状況も把握しかねている様子だ。

 

「ふむ。バグとの関連性が分からない、って顔だな。知ってるか、正式版で新しく追加された要素に重大な不具合が生じた場合、カーディナルは一時的にβ版へダウングレードすることで解決までの時間を稼ぐんだ。

 今回で言えばHP全損で死亡するって部分だな。

 この2ヶ月間、お前の事だけを考えて過ごしてきたんだ。分かるぞ。お前、自分を不死属性に設定してたろ? 臆病だもんな。だがそのせいで逆転バグとの齟齬が発生した。カーディナルはさぞかし困ったことだろう、不死属性なのにHPが無いってな。

 だから処刑シークエンスを停止するために、そんな狂った要素の存在しないβ版に戻した。その結果がログアウトボタンの復活という訳だ」

 

 TASさんは俺と出会った時点で既にこのバグを見つけていたのだろう。でなければウィンドウを開閉する礼拝などという発想には至らない。そして絶好のチャンスを伺いながら、必要なピースを集めていた。

 タネを聞かされた茅場晶彦は装備を地面に打ち付けて激昂し、再びデスゲームへと戻すために()()を掲げる。

 

「そんな訳あるか!! こんな事! あって良いはずがない!! 今すぐ全て直してこの世界を——」

 

 管理者権限の呼び出しだと察した俺は、犯罪防止コードスレスレの加減で槍を腋下に差し込み、テコを使って肩関節を裏返した。

 ここまでするとコードの発動を知らせる紫のパーティクルに弾かれて捕縛の効果を失うが、奴のアクションはキャンセルできたらしいので、何でもない素ぶりで話を続ける。

 

「おっとと、手が勝手に。あ、そうそう。このダウングレードは問題解決までの一時的措置だと言ったな。根本的な問題は何だと思う?」

「——は?」

 

 俺は目の前にいる『管理者』へ出題するが、呆然とするだけで回答は返って来ない。

 

「察しの悪い奴だな。つまり、不死属性キャラのHPがなくなって、しかもそいつが本来のラスボスだった時、β版に戻してまでカーディナルが考えなければならない問題は何だったと思う?」

「……嘘、だろ?」

 

『ただいまより プレイヤーの皆様に——』

 

「おい、ふざけるな! 待てっ!!」

「もう少し早いかと思ったけど、かなり悩んだみたいだな。時間稼ぎもギリギリ(ほぼアウト)だったぞ」

 

 体感にして数分。

 鐘のようなアラーム音と人工的なシステム音声がアインクラッド中に響いた。空には禍々しい赤をした英字の羅列。

 

『——分 ゲームは クリアされました』

 

「ほらエンディングだぞ、泣けよ」

「う、うわぁぁぁあああああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」

 

 一人の男の慟哭を耳に、俺の意識は闇へと吸い込まれていった。

 

 





キリト君とフラグが立っていないアスナさんは……うん。

裏設定としてはTASさんが脳波パターンを茅場と同じに擬態し、オリジナル側の脳波を恐怖・驚愕(今回だと投擲)で乱すことによってシステムを混乱させた感じです。
まあ現実ではありえなさそうだけど、心意とかユイがデレたとかで片付く世界だから……
今思えば麻痺らせて城の縁から落としてもよかったかも。落下死は物理的な判定ではないだろうし。でもこのルートで一番大変なのは茅場のストレス値調整なんだよな。コマンドを呼び出されたら失敗になる。

それはそうと、デュエルシステムってバグの温床な気がする。
開戦前の投擲の有効性とか、圏内デュエルでNPCの非破壊オブジェクトが武器として使えるのかとか。
75層でアスナがやったみたいな、対戦中の他者の介入も修正案件では? ただし介入できないようにしたら、逆にそれを利用して圏外探索はペアとデュエル状態を維持すれば無敵でマッピングできるし。デュエル用ステージに飛ばすとなると、物理エンジン上のバグが心配な上、ピンチに陥った時のシェルターにもなる。モルテ戦みたいな地形利用の面白味もなくなる。
初撃・半減決着モードはHPが半分以下でも受けられるのか否か。開始時点のHPの半分という定義なら、限界まで体力下げておいて開戦後に回復したら有利(描写見る限りリジェネ無効? なら圏外での決闘は自殺行為)。まあここは条件分岐で解決可。
あと純粋にゲーム進行のテンポとして、決着後に体力回復しないのは無駄なアイテムと時間が消費されてウザいよね。勝ち抜き戦とか気軽にできないし。ただ、回復したらしたで、圏外探索(ry
結局HPとは別枠の、AP制にでもした方が圧倒的に使い勝手良い気がするんだよなぁ…

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