SAOを真面目に攻略しない人々   作:徳明

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後日談的な形になります。TASさんをTASさんのままで読み終わりたい方はブラウザバック推奨です。



Part 4/4 オフ会に行こう

 メディアでは『SAO事件』と称される悪夢が終わって1ヶ月。

 長い間隔離されていたテクノロジーの薫りにも再び慣れて、リハビリも順調に進んでいる。

 持ち前の呑気さが幸いし、カウンセリングも早々に頻度を落としてもらえた。

 でもテレビだけは……事件の話題ばかりで見ていられない。情報を扱う役職にいたせいで、犠牲者の数や被害者の実態など、そういう報道にはクるものがある。

 茅場が逮捕されて俺たちは一先ずの安寧を取り戻したが、警察の話ではまだ目覚めない人もいるそうだ。

 その中に自分が含まれていたら。そうでなくとも、彼がいなければ今頃はまだあの中、或いは既に死んでいたかもしれない。

 

 怖いなぁ……

 

 現実に戻ってようやく実感が湧いてきたのかと、コーヒーを含みながら自嘲した。

 そして思う。

 やはりどれだけVRの再現度が高くとも、リアルの情報量には敵わない。味蕾や嗅球を伝わるラグや五感に紐付けられる記憶、それら全てを含めて『自分』が構成されているのだろう。

 窓の外では雪が散らついている。温もりに包まれながら寒空を眺めるのは実に心地良い。

 だがこうして街に出ると、自分だけ世間の流れに取り残された気分になってくる。

 ちょっと前までは時代を先取りした一万分の一人だったのに、有線放送では全く知らないアーティストが、全く知らない曲を歌っている。

 

 

 カランコロンカラン、とベルが鳴って扉が開く。やや遅れて冷気が足元を抜けた。

 マスターの「いらっしゃいませ」という挨拶に釣られてそちらを見遣る。バッチリ目が合ってしまった。礼儀の心に駆られて頭を下げる。

 

「こんにちは」

 

 相手は痩身で20代後半くらいの男。柔和な笑みをこちらに向けて手を振っている。

 

「おおー、やっぱり鶴じゃん! そのまんまだねぇ」

 

 そう言って躊躇いのない足取りで俺のテーブルまで来ると、ヌルッと滑らかに対面の席へ腰を下ろした。

 

「えーと、はじめまして……ですかね?」

「カタいなぁ、共に闘った同志じゃんよ」

「いや、え? キャラ違くないですか。あっちではもっと無愛想でしたよね?」

「だーかーらー、僕にも色々と事情があったんだって」

 

 脱いだコートを畳みながら、目の前の男は人懐っこい声音で応答する。状況を鑑みるに彼が……あのTASさんらしい。

 マフラーで隠して目の周りだけ見れば、確かにアバターとは一致しているが、あの面倒臭いほどに言葉を省くぶっきらぼうはどこへ行ったのかと困惑する。

 俺より絶対に話が上手そう(コミュ力高そう)なんだが。

 

「ま、ま。そこら辺も話そうと思って集まったんだしさ。すみません、店員さん。ジンジャーエールを1つ、あと(あの奥のコにショートケーキとホットコーヒーを)」

「何で小声?」

 

 ここそういう店じゃない気がするんだけど、知り合いなのかな?

 チラッと見る。

 俺より前からいた客で、室内なのにずっとフードを被っていて人相は分からない。

 

「こういう時に索敵スキルがあったら便利なんですけどねぇ」

「おっと? 早くもデジタルドラッグの依存症かな」

「まさか。あと、禁断症状が出るほど抑えてもないですし。ゲームは以前と変わらずやってますよ」

 

 最近だとセールで買ったレクトのXteam版SAOモドキにハマっている。

 

「懲りないねぇ。槍はやってないの、槍は。あれだけ修行したんだから、もう達人レベルじゃない?」

「いや、対人戦はしばらく控えろって医者に言われてて。辛い記憶がフラッシュバックするかもしれないからって。サークルも休んでます」

 

 俺はやっていないが、PKなんかは殺人に該当する訳だし、そこに至らずとも暴力は現実より遥かに身近な存在だった。

 それらがプレイヤー達の心に残した爪痕は計り知れず、これに関わった者は被害者であれ加害者であれ、人と向かい合う競技に参加する際は、その可否判断も含めて慎重に見極める必要があるらしい。

 

「だから今は筋トレと(かた)くらいですね。許可が出たら手合わせお願いしますよ。リアルでのTASさんの腕前、興味あるんです」

 

 TASさんほどではないが、俺も極力システムに頼らないようにしていた分、経験を積んだ脳によって身体操作の精密性が向上した。

 その成果を、まずはずっとお世話になっていた彼にぶつけたい。

 

「うーん。僕のはVR限定だからさ、多分30秒も保たないと思う」

「えぇー。そりゃシステムとの相性はあるでしょうけど、仮にも茅場を翻弄した英雄なんですから自信持ってくださいよ」

 

 謙遜というか、煮え切らない態度に俺がゴネると、彼は「そういう意味じゃないんだよなぁ」と頭を掻く。

 いわゆる、複雑な事情ってやつらしい。

 

「鶴にはまあ、伝えておこうかなって。守秘義務違反にも当たらないからね」

「守秘義務?」

「そそ。僕、とある実験の被験者だったんだよ。簡単に説明すると『見たい夢を映す装置』の開発に一般枠で協力してたんだ」

「見たい夢? 怪しいですね」

 

 ナーヴギアだって、言ってみれば皆で共通の夢を見るための道具だ。

 

「全くそんな事はない。これは精神障害、具体的にはPTSDとかイップスとか、そういう心理的障壁で体の動作に支障がある人を治療するための研究だよ」

「それならまあ、分かります」

「で、何をやるかっていうと、意識レベルを下げた状態で理想的な体の動きを脳に覚えさせる誘導」

「誘導? 自己暗示的な?」

「まあね。強い自分、かっこいい自分、あの時こう動いていれば……そういうのを装置が脳波から読み取って、正常な方に持っていく。本来の使い方としてはね」

「じゃあ違ったんですね」

「んー。ゴールはそこなんだけど、研究が派生してさ。巷で話題のフルダイブマシンと併用したらどういう効果があるのかって話になったのよ。その結果、研究員がβ版で試したら技術的に重なる部分もあってか予想以上のハイスコアが出たんだ」

「その時はTASさん無関係で?」

「うん。ただそのラボに僕の友人がいて、ちゃんとデータを取るために正式版でテスターになってくれないかって彼から頼まれちゃったのね。予定では1週間」

「それでユーザー名はランダムだったんですか。なのにあんな事件が……」

 

 俺のようなゲーム好きが嵌められて失敗するのは仕方がない面もあるけど、善意で協力してデスゲームを強制させられるっていうのは不運だな。

 

「自分一人だけなら、いつでも抜けられたんだけどね」

「ん、どういう事ですか」

「ナーヴギアが工場出荷状態ではなかったってこと。部外者の僕に配慮して、色んな安全装置を組み込んだり、医師も付き添いの万全な体制で実験は始められたんだよ」

「それじゃあ——」

「何故ゲームを続けたか、だよね」

「はい」

「僕しか外部と連絡を取れる人間がいなかったから。ここで僕が抜けたら捜査の手掛かりを逃すと思って、警察の助言も貰いながら早期解決を目指すことにしたんだ」

 

 TASさんはストローを咥えながら「装置と直結の独自回線ならバレる心配も無かったからね」と付け足した。

 

「人格が違うのは?」

「喋りすぎてボロが出るのを防ぐためと、単純に長文を組み立てるほどのリソースが脳に残ってなかったから。吸い出したデータを保存しておく領域が足りなくてさ」

「だから茅場に対処できたんですね」

「そ。全てのソードスキルを分析すれば、茅場の癖は自ずと見えてくるからね。あとは無口を理由に察しの良い協力者を置いとく方が、奴の監視も分散できるっしょ?」

「それって自分すか」

「イエス! ゲームに知識があって、理解力があって、口が固い。戦闘もコミュニケーションもこなせる。あの時は絶好の乱数を引き当てたと思ったよ」

「また急にそんなRTAみたいなことを」

「TASさんなんだけどね、僕」

 

 買い被り過ぎだが、悪い気はしない。

 犠牲は小さくなかったものの、それでも俺の行動がより迅速な解決に役立ったのだと言われると嬉しい。

 

「ま、こういう仕掛けがあってのプレイだから、人力での再現は厳しいかな。ゲームが非同期型なのを利用してPing(回線速度)弄ったり、フレーム単位で修正しながらの操作もしてたから」

「聞けば聞くほどニュータイプみたいなことしてますね」

「日常で役立たないのが惜しいよ」

「ゲーム開発には好都合じゃないですか」

「やだよー。僕は花を育てて生きたいの。報酬やら支援金やら賠償金で、しばらくはのんびり過ごせそうなんだし」

 

 花畑の話って本当だったんだな。

 確かにSAO生還者(サバイバー)と呼ばれる人には色々と援助が出る。

 テロ災害として国が認めたので、俺も大学の休学と学費減免が受けられた。被害者名簿がしっかりある分、見舞金も直ぐに出て、バイト復帰までの足しにできたし。

 

「しばらくは忘れて過ごすってのもアリかもしれません」

 

 映画の登場人物としての俺は終わった。

 英雄の助手なんて感傷からは早いところ抜け出さないと、()()()()の後を生きて行くのが辛くなってしまう。

 全ては『前まで通り』なのだ。

 4月からはまた受講を再開するし、社会は俺を数いるモブの一体として扱うだろう。

 あの日々を振り返る機会はやがて訪れるはず。だから今は、与えられた時間を使って精一杯邁進するのが未来ある選択だ。

 

「そーそ。人生を変えられたからって、生き方まで変える義務はないんだからさ」

「尤も、今からの話を聞いてそれが貫けるかは、自信ないですけどね」

「ふふーふ。やっぱ鶴は察しが良いなぁ」

 

 TASさんは満足そうに口角を上げる。その視線は俺の背後に立つ、金髪の小柄な少女に向いていた。

 

「オイラの大切な友達ヲ……

         助けてくださイ——」

 

 





続……かない。
ALO以降はあまり好きではないのよね。SAOという概念に魅了されたファンなので、その後何が起きても焼き直しに感じてしまう。

SAO内でPKを行った人間は、現実だと未必の故意が認められて普通に殺人罪で起訴される可能性が高いですね。未遂だと暴行罪かも。相手にトラウマを負わせた場合は傷害罪になりえます。財産犯は意見が割れそう(コルは換金できないから)
いずれにせよログが残っていないと事実認定は難しいでしょう。けどまあ、サーバ生きてるし大丈夫よね。

今あるネタとしては以上です。何かまた真面目に攻略しない方法が浮かんだら更新したいと思います。ここまでのお付き合いありがとうございました。

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