SAOを真面目に攻略しない人々   作:徳明

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ここから先は、本編執筆時には予定されていなかった物語です。設定/時系列/整合性などに矛盾のある可能性があり、一部内容を受け付けない読者もいるようです。
以上をご了承の上でお読みください。

続きを考えていないと以前にコメントしましたが、思い付いたので更新します。五章他続編も構想中(苦戦)

早期解決で原作より時系列が大幅に前倒しになっています。そこら辺の整合性にはご容赦ください。キリト君のいないALO編と捉えていただければシックリ来るかと思います。何卒。


【番外】ALO編 with Argo (5/11)

「まあ、先に座ろっか」

 

 TASさんは空いている座席から椅子を借り、その少女——アルゴに席を勧める。彼女はコクンと頷くと、ぎこちない仕草でデザートカラーのコートを脱いで腰を据えた。

 フードに隠れていた顔は、記憶していたものより幼い印象を受ける。高校……いや、中学生か?

 

「自分のタイミングで始めて良いよ、急かしたりはしないから。年上だからって敬語とかも必要ないしね」

 

 俺もうんうんと首を振って同意し、極力畏縮させないようにのんびりと口の中でコーヒーを転がしながら待つ。

 やがてTASさんのアルゴ宛てに注文していたケーキセットが届くと、彼女はそれぞれを一口ずつ喉に通してからポツリポツリと話し始めた。

 曰く、ゲーム内で仲の良かったプレイヤーがまだ目覚めていないと。僅かながら手掛かりを掴んだは良いが、自分一人ではどうしようも無さそうだと。そして頼れそうな人間を考えたところ、我々がヒットしたと。

 

「え、じゃあTASさんは最初からアルゴさんが来るって知ってたんですか?」

「いんや、半々ってとこかな。探してそうだったから僕は尻尾を垂らしただけだよ」

「じゃあ、俺から漏れたんじゃないんですね」

「そこ確認するんだ」

「こんなご時世ですから」

 

 TASさんは笑うが、一応のネットリテラシーとして、不特定の人間に身元や行動を知られないよう心掛けて生きてきた。

 俺は俺で、気が気じゃなかったのだ。

 

「さて、話を元に戻そうか。アルゴちゃんの友達が、茅場の檻に未だ囚われている、と。それで、手掛かりってのは何だい?」

「これを見て欲しイ」

 

 TASさんの問いに、アルゴは一枚の紙で答えた。

 覗き込むと、どうやらCGを印刷したものらしい。全体的にボヤけているが、緑を背景に人の顔らしきものが写っている。

 

「……何かの、スチルですか?」

「ALOで撮られたスクショ。公式発表ではNPCとされてるケド、オイラはこの人こそ、閃光のアスナだと見てル」

「へぇー、っていわれてもねぇ……画質が粗い上に、我々下層民じゃあ、お目に掛かれない存在だったから、なんとも。てかそも、ALOって何ぞい」

「ナーヴギアの後継機種でプレイできるSAOライクゲームですよ。界隈の覇権、と口走っても戦争が起きない程度に人気のタイトルです」

 

 もともとゲームに疎い彼をフォローする。確か、魔法が使えたり空を飛べたりするんだっけか。

 俺も医者の許可が出たら試してみようと考えていた。

 

「ふむーん。でも同じVRMMOとはいえ、似たようなものは世に五万とあるんでしょ? 他の可能性はないのかい」

「このゲームのサーバーが……カーディナルシステムのコピーで構築されてると言ったラ?」

 

 カーディナル。

 その忌々しい単語を聞いた途端、二人揃って顔を顰める。

 

「それは……看過できないねぇ」

 

 しみじみと零す。

 事件の解決に携わっていた彼にとって、生存者全員をログアウトさせられなかったのには、少なからず心残りがあるのだろう。

 

「しかし妙です」

 

 茅場はゲームが『クリア』されたその日の内に長野の山荘で発見、逮捕された。今の奴は抜け殻のようで、それが事件の全貌解明を遅らせていると聞く。

 もし計画が途切れていないのなら、別な態度をとるはずだ。

 つまり、他者の意志が介在している……?

 

「警察には?」

「相手にされなかったヨ。運営の対応は先の通りダ」

 

 アルゴは俯いた。

 無理もなかろう。デスゲーム帰りの少女が何を言っても、世間からは錯乱したようにしか見えない。精神科医を紹介されるのが関の山だ。

 

「それに引き換え、僕らは話の解る大人だね」

「だカラ!! ……どうかオイラに力を貸して欲しイ。よろしくお願いしマス」

 

 彼女は明るい金髪を揺らして頭を下げる。

 

「言うまでもなく、OKだぁよ。少女の頼りになれるなんて、光栄さね」

「俺も、人が救えるなら協力は惜しみません」

「うゥ……本当にありがとウ」

「尤も、TASさんはコネがあるとして、学生の俺に何ができるって話ですけど」

 

 より深く頭を下げる彼女に、実際は微力な自分への歯痒さから自嘲へと逃げる。

 あるとすれば、来年の春学期(セメスター)が始まるまでの時間くらいなもの。今回はTASさん一人で事足りそうな雰囲気だ。

 

「いやいや、これはそう単純な構図でもないよ。確かに警察は僕の話を聞いてくれるだろうけど、表向き合法に運営しているゲームを捜査するのは、法治国家の日本じゃ不可能だ。この人物がアスナその人であると類推できるだけの証拠をまずは揃えなきゃいけない」

 

 うーん、それができるなら苦労はしない。

 

「要は『あなたはアスナですか?』に『はい』と回答した記録が取れたら事が進むってことですよね」

「ザッツライト」

「アルゴさん、ゲーム内からアプローチする方法はありますか?」

「無い訳ではない、と思ウ」

 

 尋ねてみると、どうやらシステム上クリアしなければならない課題が幾つかあるようだ。

 

「実機で可能というなら、心配しなくて構わないよ」

 

 TASさんは朗らかに言う。

 これほど頼もしい言葉が他にあるだろうか。

 

「あとは辿り着いたとして、まともなコミュニケーションがとれるかですね」

 

 座標の隔離や、一方向からしか認識できないフィルターなどの処理はデジタルじゃ珍しくない。また公式が言う通り、本当にただのNPCかもしれない。

 

「そればかりは試してみないことにゃね。アルゴちゃんには厳しいかもだけど、この子がNPCと確認できるだけでも進歩なんだよ」

「ウン……」

 

 ただでさえ小さな少女の体が、肩を窄める所為で余計萎む。ゲームの中で見せていた勝ち気で不敵なオーラは見る影もない。

 

「まあ何とかなるって。アインクラッド(いち)の情報屋が仕入れたネタなんだから、そこに意味はあるはずだよ」

「だと良いケド」

「兎にも角にも具体的な行動を始めてからですか」

 

 まずはゲーム……というか筐体を買うところからだな。

 ナーヴギアは事件後に回収されてしまったから、アミュスフィアが必要だ。

 

「あ、それに関してだけど、僕に案があるんだ。準備が整ったらまた連絡するから、それで良いかな?」

 

 

   ☆

 

 

「ばっ、バケモノ……来るなぁ!! ぐぇっ」

 

 腰を抜かして後退るサラマンダーの喉に槍を突き立てて止めを刺す。索敵の範囲には反応が無いので、こいつが最後らしい。

 リメインライトなる魂の残滓を横目に、賞金やドロップの確認をする。序でにマップも確認しておくと、『古森』の入り口から少し西。待ち合わせ場所は南の方角か。

 目的地まであと少しのところでボギー(所属不明)の集団が後方から接近するのを探知したので、隠行の呪文(スペル)を唱えて身を潜める。

 どうやらサラの小隊に追われたシルフのエレメントらしい。

 追い付かれて空戦に発展するも、多勢に無勢。女の方は善戦していたが、翅のタイムリミットを迎える。彼女は軽やかに着地し、隠行を発動して俺の目の前に聳える大木に隠れた。

 サラ隊は諦めていないらしく、トカゲを放って捜索を続ける。長くなりそうだ。

 ラスト一狩りして終わらせよう。

 何十匹かいる内の、ちょうど二者の中間のやつを踏み潰す。それは耳障りな断末魔とともに燃え上がり、俺の隠行を解いた。

 

「えっ」

「は?」

「ウンディーネが何故ここに……?」

 

 思っていた獲物と違う魚が釣れて、全員が固まる。本来なら軽口を交わしたいところだが、システムの都合、詠唱中は会話ができないのが残念だ。

 すかさず弱そうな一体を標的に、翅をバリバリと唸らせながら地を滑り肉薄、頭を両腿で挟み、方向転換の要領で首を折る。

 駄目押しで毒が付与(エンチャント)されたナイフをヘルムの隙間から延髄に差し込んでおく。

 次は、お前。

 空に逃げたうち、スティック飛行の方を狙い、追い抜きざまに麻痺付与の短刀で左手を切り落とす。制御を失って地に堕ちたところで詠唱を完了させ、高位魔法の水槍を雨のように浴びせる。こちらはすぐに絶命し、エンドフレイムが確認できた。

 マナを使い過ぎたので、ドロップ品のポーションで補給する。

 と、斜め後方から太い火柱が飛んで来る。不意を突いたつもりなのだろうけど、そうでもないのよな。

 俺は殆どのプレイヤーがデフォルトのままにしている、被写界深度(D O F)やアンチエイリアスを軒並みオフ、視野角(F O V)を最大に設定しているため、把握できる範囲が異常に広いのだ。SAO時代に得たシステム外スキルである。

 とまあ、そんな裏技で防御水壁の展開を間に合わせ、一定の速度で後退させる。

 おそらく相手はこちらが耐えていると錯覚しているので、夜の森に溶け込むモスグリーンのローブを装備し、死角から敵の後ろに回った。

 

「むぐっ!?」

 

 他の二体よりも堅そうだからまずは頭陀袋を被せ、麻痺を打ち込んでから急上昇。槍を構えて反転、ダイブする。

 その間に相手は辛うじて視界だけ取り戻せたようだ。

 目が合う。

 

「待てっ!! 金なら——」

 

 衝撃音。

 槍の穂先は喉仏の下、柔らかい鎖骨上窩から侵入し、体を縦に貫いた。

 

「30秒ちょいってとこか」

 

 武器を回収しながらウィンドウを開く。

 

「ドロップが渋いなぁ。やっぱ平日の昼間は……って、逃げちゃダメですよ?」

 

 生き残りのシルフがこの場を離れようとしているので、牽制に石を擲つ。跳ねた軌道が彼女のブーツを掠めて隠行を解いた。

 

「っ!!」

 

 シルフは俺をキッと睨み、両手剣を正眼に構える。

 剣道か。

 

「ここで立ち向かうのは愚策です」

 

 俺も槍を修練する上で剣術は学んだ経験があるが、あれは長物を相手する武器ではない。特に燃料切れで機動力すら劣っている現状では、間合いに入ることすら能わないだろう。

 戦うなら武器を持ち替えるか、さっさと煙幕の詠唱をした方がまだ生存確率は上がる。

 

「知ったことではないわ。道連れにしてでも一矢報いる!」

「うーむ。ずっと見てたが……君、少し判断鈍いぞ」

 

 そもそも敗走であれば、あんな中途半端な高度を『お荷物』と一緒に飛んではならないし、本気なら始末するか囮にしてでも生き残るべきだった。

 今もそうだ。逃げるなら俺が戦闘している間に、それを邪魔して乱戦へ持ち込ませてから逃げるのがセオリー。

 その機会を失ったのなら、木化けして祈れ。

 確かに格闘センスはあるし、リアルでもそれなりの選手なのかもしれない。だが、それに至るまでの戦術・戦略的思考が幼い。

 

「不可抗力でキルしちゃう前に出てきてくださいよ……TASさん」

「ああ」

 

 俺は彼女が背にしている、まさにその大木の上方へと声を投げかけた。

 太枝には隠行を解いたシルフのTASさんと、ケットシーのアルゴが腰掛けている。二人とも顔の造形がさほど変わらないアバターに当たったらしい。

 

「シルフ!? どうして援護してくれなかったの、仲間でしょ」

「知らん」

 

 降りてきたところを詰問された彼は、素っ気なく答えた。

 この塩対応、バーチャルに戻ってきたのだと実感する。

 

「俺からも言わせてもらうと、傍観せずに一体ずつ相手してくれたら3秒で終わりました」

「レベル上げの邪魔をしては悪い」

「あなたにそれを言われる日が来るとは……まあとにかく、パーティー登録しましょうよ。えーと、どうすれば良いんです、アルゴさん?」

 

 何せ初日なもので、UIの把握がまだ済んでいないのだ。こういう時、先輩のアルゴが頼りになる。

 

「これを『Accept』しテ、保険枠ヲ……」

「なるほどなるほど」

 

 パーティー名は『TAShom & Friends』か……おい、これ某汽車アニメの英題パロじゃん。

 機関車——きかんしゃ——帰還者って、やかましいわ!

 

「まさか……あなたたち、レネゲイド?」

「レネ——何ですって?」

 

 唐突に車の名前みたいな単語が女シルフから出てきた。

 

「renegadeは本来『背教者』という意味だナ。ここでは自種族の利益に反シ、領地を棄てた者を呼ぶそうダ」

「んー、どっちかっていうと我々はアウトサイダーなんですがね。信仰ならヌーン教という立派な——」

「その設定まだ続けるのか」

「えぇっ、教祖がそれ言っちゃいますぅ!?」

「ツルサン、いつもよりテンション高いナ」

「当たり前でしょう! こちとら独り遥々、ウンディーネ領から初期装備一つで行脚してきたんですよ? 六時間も殺し合いでもう、辛くて辛くて……心が渇ききってるんです」

 

 それに対して二人は領地が隣り合ってるし、楽しく安全にレベリングをしていたのだろう。全く羨ましい。

 

「敵陣をソロで……あなた正気?」

「まあ、言っても()()()ですし。あと金策とアイテム集め。あ、途中でサラ大隊と一悶着あったお陰で大漁っすよ。これお土産」

 

 早速フレンド登録したTASさんにクーフィーヤのような、アラビア地方でよく見るストールを贈る。耐候性能を始め、全ステータスが高い水準でまとまった頭装備だ。

 

「助かる」

「ネェ、オレっちにハー?」

「ありますよ、どーぞ」

「お、さんきゅーナ」

 

 アルゴには《火鼠のクローガントレット》という名の敏捷と耐火性能の高い籠手を譲る。

 派手な赤色が彼女のトレードマークである茶鼠のクロークとややミスマッチだが、カラーリングは装備屋で変更できるだろう。

 

「さて、後はこの女の子をどうするかですが……」

「来るなら、やるわよ!」

「やめておきなさい、この人らは俺より強いから。あっという間に皮を剥がれて三枚下ろしになります」

「そんな事はせん」

「ただの脅し文句ですよ。てか、話の分かりそうな現地人居たら連れて来いって言ったのTASさんですからね。後は頼みます」

 

 明らかに中身はアルゴよりも年下で、会話すら怪しそうな相手だが、知ったことか。隊で最後の一人らしいし、ドロップの方が高価値なら斬り捨てればいい。

 

「名前は」

「はあ?」

 

 あ、ダメそうだ。TASさんの端的すぎる物言いに困惑している。

 本来ならここで俺が通訳に入るのだが、それよりも早くにアルゴが動いた。

 

「この子はリーファちゃんだと思ウ。シルフ族の古参デ、巷じゃ五傑とも噂される上級プレイヤーだナ」

「お、さすがネズミのフレンズさん」

「今生はネコなんだニャー」

「じゃあ、袋からは出ない(秘密は漏らさない)でくださいね」

「今の時季はコタツから出たくないニャー」

「そんな怠け猫は三味線だ、オラ」

「動物虐待には断固反対ニャ!」

「少し黙れ」

「ぐぁっ」

「っ゙〜〜〜〜!!」

 

 アルゴと阿保な会話をしていると、キンキンに冷えたキュウリが降ってきて頭頂部にクリティカルヒット。二人して悶える。

 何をどうやったらそうなるのかは分からないが、この一撃でHPがイエローまで削られた。次来たら御陀仏なので、範囲回復を発動した後は大人しくする。

 

「リーファ」

「はい」

「世界樹の行き方、知っているか」

「……いえ」

「そうか」

 

 TASさんは呟くと、用は済んだとばかりに歩き出す。

 

「それだけっすか?」

「ああ」

 

 あっそう。まあ俺の人選も適切ではなかったし、他の些細な尋問で時間を浪費する必要もない。

 

「じゃあ、短い間でしたけど。帰り道には気を付けてくださいね、我々に『あの時キルしておけば』と後悔させないよう」

「ええ……さようなら」

 

 挨拶を交わすと、リーファはスイルベーンの方へ一直線に飛んで消えた。

 彼女を見送ってから、TASさんの後を追う。

 ウィンドウを開くとパーティーの効果でマップにピンが留められている。次の目的地はシルフ領から程近い中立都市のようだ。

 

 




*文中の言葉遊び
"let the cat out of the bag:秘密を漏らす"を踏まえたもの。なお鼠は袋から出た方が良い。
"cool as a cucumber:落ち着いて"と、キュウリに驚く猫を絡めたもの。TASさんからのお灸(り)

鶴の戦闘はダンガン→ハヤテ→カワセミハッグのイメージ。翅が四枚だし、実質虫。
なお帰還者組は全員随意飛行ができます。環境に即適応できないと生き残れなかったからね、当然だよね。
ところで原作のユイ解説にはロール/ピッチ/スロットルだけで、ヨーの記述が無いのだけど…スタンダード操作か?

この世界でもリメインライトの上で屈伸する煽りはあるのだろうか。原作はそういう、ゲーム内での文化の描写が少ないので残念。初版2009年だし無理もないか。

こぼれ話。原作で『隠行』と表記される隠れ身の術ですが、読みがインコウとオンギョウの2つに揺れてるんですよね(版の違い?)
因みに文脈に適した単語は『隠形(イン/オン-ギョウ)』です。

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