SAOを真面目に攻略しない人々 作:徳明
…アミュでSAOやってた奴、一人くらいおるやろ。
チチッ……と物理スイッチの切断される音が聞こえたのを確認し、目を開けて顎のストラップを外す。
手許のリモコンを操作して電灯を点けると、六畳足らずの部屋は遍く無機質な光に照らされた。
「まさかコイツをまた被ることになるとはな……」
あの事件以降、政府に回収・保管されていたマシンの使用許可が、TASさんのコネで特別に下りたのだ。その名残りで、後頭部に貼られたラミネートラベルには管理番号や俺の名前が印字されている。
「何故わざわざナーヴギアを?」と聞くと、こちらの方がアミュスフィアよりも素子密度が高く、レスポンスやパフォーマンスが優れているのだと。
当然ながら筐体には幾重もの無害化処理が施されているため、脳が焼かれる心配は無い。ただ、あまり良い心地がしないのも確かだ。
ナースステーションに内線を入れて覚醒した旨を報告し、バイタルセンサを外して
「ヤッホー、ツルサン」
「お疲れ様です」
部屋を出ると、隣の病室を宛てがわれているアルゴと鉢合わせた。
「寝癖ついてるゾ」
「そんな訳ないでしょう、ずっと被り物してたんですから」
「ナハハ、引っ掛からなかったカ。にしてモ、年下相手に言葉が堅いナァ」
「お構いなく、ネット経由の人間には皆この調子ですから」
彼女の冷やかしを受け流しつつ、部屋を施錠する。
「ところで、アルゴさんも食事ですか?」
「それもあるケド、ターサンを見に行こうと思っテ」
「あー、自分もご一緒して良いですか?」
「モチロン」
俺たち一般プレイヤーとは違って、TASさんのマシンは特別仕様ゆえにシャットダウンまでのシークエンスが複雑なのだ。
見学に寄るのも悪くない。
「うわァ、人が沢山……」
彼の部屋は研究施設も兼ねていて、非常に大掛かりなものだ。
窓越しに窺うと、MRIのような装置に収容された肉体があり、その周りで複数の研究員が様々な数値をモニターしている。
SAO事件中は警察関係者など、もっと多くの人が集まっていたのだろう。
「サンドイッチ、食べます?」
「いただきまス」
まだ時間が掛かりそうだったので、売店で買っておいたハムサンドとリンゴジュースをお裾分けする。俺は残ったおにぎりと紅茶で小腹を満たす。
「……もしかしてオイラのためニ?」
「いや。途中で軽食を挟めるかと思っていたのが、思いの外忙しかったのでね。食べ損ねたやつです」
「ふぅン」
お節介を焼いた訳ではないと断っておく。
「……あ、終わりましたかね」
「まだあるみたいダ」
装置から排出された後にも医師の診察を要するらしい。途中でこちらの存在に気付き、手を振る。振り返す。
およそ五分の問診を経て、彼は漸く解放された。
「いやぁ〜お待たせ、お待たせ。事件の時は一回だけだったけど、こんなのが日課になると思うとウンザリするね」
TASさんは伸びをしながら不満を漏らす。
「あ、君たちもう夜ごはん食べた? ピザ頼んでるんだけど」
「マジすか、ゴチになります」
「……ツルサン、さっき食べたばっかりじゃないカ」
「あれは昼飯ですから。夜はまだです」
アルゴがジトッとした視線を送ってくるが、そんなものは知らない。他人の金で食える飯は食うのだ。
「よかったぁ。ちょっと注文し過ぎたかなって不安だったけど、鶴がいてくれて助かったよ。もう届いてるはずだから、食べながらデブリーフィングしよう」
TASさんは俺の肩に手を置きながら、カンファレンスルームの扉を引いた。
部屋ではゲンナリした顔の菊岡さんが待っていた。
「TASくぅーん、僕はねえ……出前を受け取るために派遣された訳じゃあないんだよ」
「すみませんねぇ、菊さん。明日も宜しく頼んます」
「勘弁してくれよ……」
口では面倒そうにしながらも、配膳やらドリンクやら準備してくれる辺り、お人好しが滲み出ている。
「うわ、これ結構イイトコのやつじゃないですか」
パッケージを見ると、チェーン店ではなく本格的な窯焼きのものだった。
「前から気になっててね、折角だから試してみようと思って」
「ブルジョワですね」
「そんな大層なものじゃないよ。最近なにかと
TASさんは悪戯っぽい笑みでマルゲリータを摘んだ。
では俺も。
「うんまっ!」
「……オレっちは今、ダメな大人の一覧を見せられているのだと思ウ」
アルゴの目からハイライトが消えている。まあ、心配は無用だ。これを食えば元に戻る。
「さて、そろそろ今日の活動報告を貰いたいんだけど」
菊岡さんはノートPCを開いて切り出した。
彼だけ料理に触れていないのは、国家公務員だからか。流石にしっかりしている。
可哀想。
「1日目ってことで、僕とアルゴちゃんはゲームシステムの確認と情報収集、鶴は装備調達を担当しました」
TASさんがシーザーサラダを片手に報告する。
「鶴が存分に暴れてくれたお陰で、領主……まあギルドマスターみたいなものさね。それの目に止まり、彼の見事な砲艦外交によって世界樹まで案内してもらえることになりましたとさ」
「ちょ、砲艦て。まるで俺がならず者みたいな言い草じゃないですか」
「『みたい』ではなク、『そのもの』だったゾ」
「アルゴさんまで!?」
そもそも挑発しろと言ったのはTASさんじゃないか。俺は彼の指示を忠実に遂行しただけで、契約は折衝の中で最良の答えを模索した結果に過ぎない。
「うーん。僕も送信された映像を確認したけどねえ、よくもまあ喋りだけでアレほどの狂気を演出できるものだと感心したよ」
「そんな沁み沁みと言わないでください」
「特にヤバいのは目だね、死線を潜り抜けてきた覇気とでも形容するのかな。あの四白眼で見下されたら、普通の人間はまともな思考ができなくなるに相違ない」
僕もそんな凄味が欲しいものだよ、と菊岡さんは羨む。こんなもの、現実世界で使い所など無かろうに。
「何はともあれ、明日か明後日には第一課題である仮称アスナの撮影ポイントに到着する予定であります」
「いや僥倖、僥倖。これなら今月中の救出も夢じゃあないね」
菊岡さんは手を組んで満足そうにウンウンと頷く。
「そのためには菊さんトコのサイバーチームが不可欠なんだけど、ちゃんと用意してくれてます?
「大丈夫。いつでもリクエストに応えられるよう、体制は整えてあるから」
「……何のハナシ?」
意味不明な会話に、アルゴがきょとんとする。
「鶴、説明してあげて」
「何故ですか! 今喋れるんですからTASさんの口から直接伝えてくださいよ。大体、俺も説明された記憶ありませんからね?」
「いいぢゃん。僕はさぁ、鶴の推理を見るのを毎回楽しみにしているんだよ」
他人が自分を解説することのどこに面白い要素があるのか。
まさか敢えて口数を減らしてたりする?
「全くもう……。以前、駄酒の教育について触れたの、覚えてます?」
「初めて会った日のことだよナ。確か、ゲームバランスを意図的に崩して、システムの修正をコントロールするトカ……」
「そう、それです」
この方法は他の機能にも応用できて、今回はクエストの自動生成機能を攻撃対象としたオペレーションだ。
ゲームにおける膨大なクエストの内、運営が手作業で用意しているのはメインストーリーとその派生の僅かである。大半はAIがネットワーク上の物語を収集・解析し、世界観と矛盾しない形で翻案したもの。
この隙に浸け入る。
物語が
実はSAOで既にこの
ALOのシステムはそれのデッドコピーらしいから、まず通用するだろう。
サイバーチームとは、これを専門とした——例えば文献の捏造、アップロード日やアクセス数の改竄、多言語への翻訳など、システムからの信用度がより高くなるよう、そして上手く『発掘』できるように工作する——組織を指すと考えられる。
「——相手は所詮機械なので、シナリオに沿った行動をしていれば必ずフラグを立てます。そのトリガーとなる行動を特殊な条件に設定しておけば、他のプレイヤーに提供されず独占できます」
「……文字通り教育ってことカ」
「最早洗脳の域だよ。アルゴちゃんなら、デマの戦略的価値は理解しているよね?」
彼女は黙って首を縦に振った。もしかすると、SAOでの嫌な記憶を思い出させてしまったのかもしれない。
慰めてやりたいが、残念ながら我々では彼女の心の傷を癒すことができない。救出対象であるアスナという少女なら或いは、その辛さを共有し軽減させられるのだろうか。
「——よしっ! 今日は皆んなお疲れ様、明日も宜しくお願いするよ。解散!」
澱んだ空気を打破するように、菊岡さんが号令を掛ける。
空回り感は否めないが、ボーッと座っている訳にもいかないので後片付けをして自室に戻ることにした。
☆
シャワーを浴びて
「おやアルゴさん、まだ起きてたんですね」
「……何時だと思ってル」
「23時ですね、子供は寝る時間です」
「もう15だゾ。そういうツルサンは寝ないのカ?」
「俺は、これが」
小脇に抱えた書類を示す。講義で使われているテキストと、友人から貰ったレジュメのコピーだ。
部屋に机が用意されていないので勉強しに来た。
「学校、休んでるんダロ?」
「まあね。でも復学後の履修に影響が出ますから」
前期に取得していた分の単位で進級は確実だが、その代わりスケジュールが半年ズレることになってしまった。各論を受ける予定のものは、それなりに総論を把握しておく必要がある。
「アルゴさん……は、義務教育だから卒業はさせてもらえますか」
「一応言っておくト、進路は心配しなくていいからナ」
「それは羨ましい」
本命の合格発表を残して卒業式に出席した俺とは大違いだ。
「……ナァ」
各々が自分の時間を過ごし、沈黙のまま日付が変わろうかという頃、アルゴは読んでいたファッション誌を置いて俺に呼びかけた。
顔を上げて視線を彼女に向ける。
「どうしました?」
「この事件が解決した後サ……ツルサンはVRをまたやル?」
「ん〜、なるほど」
難しい質問だ。
まず前提として、やらざるを得ない場合は除く。その上で、自発的にバーチャルへ再度身を投じる意思があるかという話だ。
そしてこれは、彼女自身への問いなのだろう。
「自分は多分、やるでしょうね」
「それはナゼ?」
「俺は槍術……というか、武術全般が趣味でして。怪我を気にせず実戦を熟せるのはVRしかないですから」
SAOを始めたのも、そこで得た知見をリアルにフィードバックしたいという理由からだった。
まあ蓋を開けてみれば、阿保の茶番に巻き込まれただけだったが。
「それに未練もあります」
「未練?」
「達人に会うまでは辞められません」
俺はフルダイブを、武術という人類のテーマに進化を促すテクノロジーだと信じている。しかしながら今のところ、そのようなコンテクストの延長線上にいる御仁とは巡り合わせていない。
強プレイヤーといえば、ステータスが高いとかレア装備を持っているとか反射神経が良いとか、非常にゲーム的なもので、俺の求める人物像から外れた者ばかりだ。
「間近で見たくないですか、歴史の紡がれる過程」
バーチャルでは肉体の如何に束縛されない。老いや事故によって引退した人間が、その経験を持って全盛期に転生できる。
従来では諦めるしかなかった技術の継承も可能となるかもしれない。
ここにはそういう、プラットフォームとしてのポテンシャルがあるのだ。想像するだけでワクワクが止まらないじゃないか。
「……すみません、少し興奮してしまいました」
「マニアなんだナ」
「ただのファンです。じゃあアルゴさんは、どうしてSAOに?」
「それハ……」
こちらが問い返すと、彼女は口を噤んで俯いた。打ち明けるか悩んでいる様子だったので、俺は無理に喋らなくとも良いとフォローする。
「自分の中に答えがあるなら十分ですよ。TASさんも言っていたでしょう? 人生を変えられたとしても、生き方まで変える義務はない、って。好きなようにやって大丈夫なんです。それを阻む輩がいたら、俺やTASさんが助太刀に入りますから」
「ありがとウ」
この対応で正解なのか、イマイチ分からない。
周りが応援して、本人も好転に向かうような反応を見せていても、ある日突然アカウントごと消える……なんてケースはネットじゃ珍しくない。
彼女がその一人にならないことを祈るばかりだ。
「さ。0時回りましたし、今度こそオネンネの時間です。ほら寝た寝た」
「また子供扱いしテ〜。ツルサンが寝るまで起きてるからナ!」
「わーかりましたよ、俺も切り上げます。ちょうど章末なので」
テキストを閉じて筆記具を仕舞う。
「寂しいって言っタラ、オイラが眠るまで添い寝してくれル?」
「馬鹿言わないでください。それでお巡りさんに連れて行かれるの、俺なんですから」
こちらは成人で、彼女は18歳未満の児童。手を出さないのは当然として、それと疑われる行動も極力避けるべきだ。
他にも酒やタバコの類を絶対に持ち込まないなど、未成年者に対する配慮は幾つか存在する。
「エ〜、オニイサンそんな目で見てたノ〜? イヤラシー」
ただ当人にはそこまで口煩く伝えていなかったのもあって、軽いノリから大人を揶揄う好機と見たのか、上目遣いで体を寄せてくる。
「よぉ——し。聞き分けの悪い子にはお望み通り、眠たくなーる法律のオハナシをしてあげましょう。20時間ちょっとありますので、良い子守唄になるはずです」
俺がにっこり微笑むと、夕方の『エンタングルメント』の記憶が蘇ったのか、顔を引攣らせた。
「イヤァ、子供のオイラにはまだ早いんじゃないかナー。それになんだカ、一人でも寂しくない気がしてきたゾ」
「そうですか。じゃあ歯を磨いて温かくして寝るんですよ」
「ウン、オヤスミー」
「おやすみなさい」
原作は設定上の論理破綻が多い印象。
「アルフになれるのは一種族
レベル制でないし、PSさえ磨けば金品の移動だけでアカの移行は済むんだから趣味垢と攻略垢で分けて、皆で協力したら良いと思う(プロダクトキー制だったら知らん。それでも種族転生のコストよりは安いはず)
キリト君は『プレイヤーの欲を試す陰険なゲーム』と評していましたが、陣取り要素が無いだけ優しい方。
自陣の警備が要らず、玉さえ守れば良い。
そう考えると原作でシルフ屈指の猛者であるシグルドが、同盟とかいうクソ重要な遠征でサクヤを護衛してなかったのは結構謎なんよな。AFKならまだ分かるけど。