ハジメは困惑していた。今時分の目に写っている光景を理解しきれずにいたのだ。
つい先日保護した少女が底まで何キロあるかもわからない奈落へと身を投げだしているのだからまあしょうがないだろう。
「さ、サヤ?!」
ハジメは困惑している。しかし困惑しながらも最善策を導き出そうと頭をフル回転させる。このままサヤを抱きとめることはできる。しかしそれは、鋼鉄の数倍の強度を持つ特殊合金からなるオリジンの装甲にサヤを叩きつけることと同じだ。かと言って今から姿勢を変える暇はない。向きを変えている間にぶつかる。
上から「何処から出てきた?!」とか、「今まで誰にもバレずについてきたのか?」とか、声が聞こえるが
「かくなる上は……」
ハジメはオリジンをベルトから引き抜くと変身を解除し、バッと腕を広げて迎え入れる体制に入った。が、
「あり?」
ハジメの予想より若干遅れて落ちてきたサヤは、当初の予定とはだいぶずれて、ハジメの顔面へとボディプレスをかます形となった。
「とーう。」
「ゴブッ。」
「「「えぇーー!?」」」
いくら人外とはいえど痛いものは痛い。なんとかサヤを両腕でホールドし、そのまま落ちていくのが精一杯だった。
「アイルビーバああァァァァックゥゥ…………ブヘッ」
訂正。ネタをかます余裕はあったようだ。途中でうめき声のようなものが聞こえた気がするが、特に気にしなくてもいいだろう。
かくして奈落の底へと落ちていく二人。三人が石橋の端へと集まる頃には既にその影は見えなくなっていた。だが、
「あのさ。俺、あいつの心配すんのアホらしくなってきたんだけど……。」
「同感。」
「まあ。あいつなら……な。」
三人は特に心配するでもなく、顔を見合わせるとそれぞれ引きつった笑みを顔に浮かべた。考えることをやめた、とも言う。
しばらく静寂が続いてから光輝が一言。
「……帰るか。」
地球
ガチャリ。重々しい音とともに開いたドアから、特徴的な紫がかったショートカットが覗く。
「……」
新沢。そう呼ばれていた女子学生だ。彼女は静かに入ってきたドアを閉めると、薄暗い部屋の一角へと視線を移した。そこには、いくつものモニターが稼働しており、ウェーブした茶髪の女性が、凄まじい勢いでキーボードを操作している。
「……美希……さん?」
新沢は彼女へと近寄り、不安と心配を最大まで詰め込んだような声で、彼女の名前をよんだ。
「……?美春、ちゃん?」
彼女は数秒のラグの後、ようやく自分の名前を呼ばれたことに気がついたのか、新沢の方を向き、またしばらくピントの合わない虚ろな瞳でぼーっと新沢のことを見つめ、ようやくそこにいるのが誰なのかを理解したようだ。
美希。そう呼ばれた女性は目元に凄まじい隈ができており、立ち上がればフラフラと頼りない足取りでもう一つ椅子を持ってくると自分が今まで座っていた椅子の目の前にそれを置く。
「ごめんなさい。全然気が付かなかった。」
「いや、いいですよそんな……。」
座ってくれ、とジェスチャーする美希に、美春は軽く会釈をしてからそれに座る。
「美希さん……何日寝てないんですか?」
眉を顰めながらそう聞く美春。一瞬目を離したらその間に倒れてしまいそうなほどに衰弱している美希に、心配の中に若干の怒りをにじませ手しまう。
「私達といるせいで感覚が狂ってるかもしれないですけど、普通人なんて3日か4日も寝ずにいれば体調なんてすぐに崩れます。この前私がここに来てから一回も寝てないですよね!」
前に美春がここへやってきたのは一週間も前。披露の状態から見て、つまり7日間彼女は一睡もしていないことになる。
「南雲君が心配なのは分かります!でも帰ってきたときにあなたが倒れてたら元も子もないでしょ?!」
立ち上がって詰め寄る美春。更に距離が近づいたことで、キューティクルが剥がれきったボサボサの髪や、荒れ放題の肌、かなりひどい体臭がより鮮明に感じられ、怒りのボルテージは跳ね上がる。
「ええ……でも、」
「でもじゃないです!」
言い訳をしようとした美希の声を怒鳴るような声でかき消し、とうとう肩を掴み、にらみつける。
「いい加減にしてください!いくら、いくらあいつが貴方のむすー」
パァンッ!
痛みは、感じない。あまりにも弱々しい腕から放たれた一撃は、美春の顔に傷一つつけることは叶わなかった。しかし、今までの怒気は霧散し、ストンと椅子に腰を落とす。そして叩かれた頬を、震える手で抑えた。
「言わないで……」
絞り出すような声。俯き、震えながら、歯を食いしばりながら言う。
「私は、あの子の母親なんかじゃ無い……!そんなものを名乗っていいはずが無い……!あの子を、あの子を不幸にし続けた私に、そんな資格は、ない……!」
「美希さん、あいつは!」
「言わないでって言ってるでしょ?!」
先ほどとは逆。美希が美春の肩を掴み、後悔、恐怖、その他諸々の感情をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだような瞳で睨みつける。
「私があの子にしてあげられたことって何?!あのままにしておけばあの子は何も知らずにいられた。なのに私が自己満足のために感情を、心を教えたせいであの子は!戦いが終わった今でさえ苦しみ続けてる!あの子を逃したときだってそう!あの子を逃がすだけなら!ほんとはあそこまでやる必要はなかったはずなのに!自分のやったことが怖くて、全部消そうとして!結局私は自分のことしか考えてなかった!」
行き場のない怒り、恐怖。その心の内をすべて吐き出さんと美希は叫び続ける。
彼女は物静かな、少しおっちょこちょいな、しかし冷静な人間だ。いつもならこんなふうに激昂したりせず、自身の感情を律して苦笑いしながら話を収める。だが、彼女は一週間の間に一睡もしていない。いわゆる深夜テンションというやつになっている。だからだろう、彼女は今まで溜め込んでいた自分への怒りの矛先を美春へと向けてしまったのは。
「逃したあとは他人任せ!私は誰にも知られないように逃げおおせて。あの子が苦しんでる間も悠々と暮らし続けた!一番寄り添ってほしかったときに私はいつもそばにいない!そんな、そんな私が母親?そんなわけ、ない!」
「あの子、また変身してる!戦うためじゃないみたいだけど、あの子の命を削ってることに間違いは無い……!止めなきゃいけないのに、また私は……!なにも、でき、な……」
突然力を失っていく美希の声にハッとした美春は、慌てて崩れ落ちる美希の体を抱きとめた。
「み、美希さん!?美希さん!」
静かに力の抜けた体を揺さぶる美春。よもやストレスと疲労が祟り死んでしまったのでは?という嫌な考えが頭をよぎる。しかし、
「すう……すう……」
「寝てる……?」
寝ているだけ、ということがわかり、気が抜けたのか自身もヘナヘナと床に腰を落とした。
「びっくり……したぁ。」
はああぁ……、と、大きく息を吐く美春。予定とは違ったが、まあ寝てくれはしたので良しとしよう。あとは彼女をベッドに運ぶだけ。美春はその体を抱き直し、立ち上がろうと
「龍……也……」
「っ」
目尻から伝う一筋の涙をとともにその口から漏れるその名前。本当は抱きしめてあげたかった。涙を拭ってあげたかった。しかし罪の意識がそれを邪魔する。
「一番苦しんでるのはあなたじゃないですか……。」
美春は俯き、体を震わせる。
「どうしたらいいの?わかんないよぉ……。」
何も知らなかったあの頃が懐かしい。ただ前を向いて突っ走ればよかったあの頃。何も知らない無知な小娘としていられたらどれほど幸せだったろうか。
「あんたのお母さん何でしょ?助けてあげてよ……。」
美春は力なく項垂れた。
「……」
その壁を一枚超えた場所に彼はいた。元々細い切れ目を更に研ぎ澄ますように細め、壁偽を預けて腕を組んでいる。部屋のみならず廊下全体に響き渡っていた彼女らの叫び声に慌てて駆けつけたのだが、二人の言い合いに部屋に入ろうにも入ることができず、ここでことが収まるのを待っていたのだ。
「紅坂くん?」
部屋の中から聞こえた声に、彼は壁から背中を離し、部屋の中へと踏み入れる。
「気づいてたのか。」
「まあ、ね。」
あはは、と笑いながら手招きする美春。どうにも美紀を運ぶのを手伝ってほしいようだ。しかし彼は、すぐに手伝おうとはせずに、一瞬何か考えるような素振りを見せてから口を開いた。
「おい。……美春。」
ぴくり。名前で呼ばれたことに反応する美春。ふと見えた彼女の顔は、先程の苦笑いとはうってかわり、不安に染まっていた。
「美希さんを心配するのはいい。だがお前も抱え込むな。」
「……うん。」
「言いたいことがあるなら俺が「だめだよ。」。」
俺が聞いてやる。そう言おうとした彼を美春は遮る。
「……あなたを裏切ったのは私。あなたが気にしてないとしても、私は自分が許せない。」
美春は目を背けながらそう言うと美希の上半身を起こし、足の方を抱えるように指示した。
二人の間に沈黙が流れる。美希の呑気な寝息と、二人の作業する音だけが聞こえてくる。先ほどとは真逆。嫌に静かな空気だった。
「……帰ってくるよね。」
美希の寝顔を眺めながら、美春がそうこぼした。羽虫の羽ばたく音でもあれはかき消えてしまうような小さな声で。きっとそれは、自分に言い聞かせるためにつぶやいたのだろう。
「……定められたハッピーエンドなんて存在しない。」
そして彼の言葉もまた、自分に言い聞かせるためのものだ。
「だが、定められたバッドエンドも存在しない。」
それだけ言って口を噤むと、美希が苦しい格好にならないよう慎重にその足を抱えた。
ふっと美春の顔が緩む。
「煉、らしいね。」
名前で呼ばれたことにピクリと反応すると、煉はふいと顔を背け、軽く鼻を鳴らした。その顔が若干ニヤついていたのはここだけの話である。
「帰ってくるよね。」
美春の顔は少しだけ微笑んでいるように見えた。
トータス
「なんで?!なんでなの雫ちゃん!」
「香織お願い!分かって!」
王宮の一室から、凄まじい叫び声が聞こえてきていた。そこにいるのは部屋から飛び出そうとする香織と、それを羽交い締めにする雫だ。
「早く行かないと!南雲くんが!南雲くんがあ!」
香織は雫とのステータスの差を感じさせない力で、なんとか拘束を振りほどこうと暴れている。
ハジメの裁判が始まったときからこの様子で、少しでも力を緩めようものならすぐさまハジメの元へと飛んでいきそうな勢いだ。
対して雫はと言うと、彼女を先には行かせまいと凄まじい気迫で暴れる香織を押さえつける。コップや机が飛び散っているところを見るにかなり凄まじい攻防が繰り広げられていたのだろう。
香織が叫ぶ。
「迷宮の調査?!南雲くんは錬成師だよ?!死んじゃうよ!」
負けじと雫も叫ぶ。
「香織!彼は……彼は危険よ!」
迷宮攻略の前夜、彼女はなんとなく眠れずにいた。運動すれば眠くなるだろうと宿屋の屋上に出て、剣で素振りをしていた。そして、見てしまったのだ。飢餓状態となり、暴走しかけていたハジメを。暫くしてなんとか暴走を抑え込んだハジメだったが、雫の目には、その時のハジメが、得体のしれないバケモノの子ように写っていたのだ。
故に彼女は、率先してハジメを有罪にしようと働きかけていた。大切な親友の恋路を邪魔するようだったが、あのとき世にもおぞましい咆哮を上げるハジメの姿が、何よりも恐ろしく脳裏に焼き付いていた。
「危険?なにそれ!ハジメくんは優しい人なんだよ!」
「違うの!話を聞いて!」
香織は自分の言葉で更にヒートアッブする。当たり前だ。彼女は優しい。一度助けると決めたからにはその意志はてこでも動かないだろう。しかし彼女もまたゆずれぬものがある。香織を抑えつけながら、雫はあのとき見たものをすべて話した。
「お願いよ。香織に危険な目にあってほしくないの……!」
あのとき見たハジメへの恐怖。親友に嫌われるかもしれない恐怖。いつの間にか雫の目からは幾筋もの涙が伝っていた。
「雫ちゃん……。」
「お願い……お願い……!」
香織は雫の震える声に反応したのか、ハッとした表情になると自分を押さえつける彼女の手をそっと握った。
「かお……り?」
「ごめんね?私も……取り乱してたみたい。」
申し訳無さそうに笑う彼女の顔を見て、雫はホッとするあまりにまた目から一筋の涙が伝っていた。
これでもう親友が危険な目に合うことはない。彼と関わらなくてもいい。雫は香織の手を握り返した。
一つ言い忘れていたが、これは雫主観の話である。
次回、仮面ライダーオリジン
「うそつき……!」
少女の涙。
「あああああぁァァァアア!!!!」
重なる過去
『guuu…。』
二人に迫る黒い影
次回「暗闇で足掻く」
生きろ、最後まで
オリジンに強化フォームは必要か否か。
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必要
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不必要