「何やってんだろうなぁ……オレ。」
一人の少年、檜山大輔は、ハイリヒ王国の城下町のとある出店で空を見上げていた。休暇ということで街に繰り出してみたはいいものの、ずっとこの調子だ。
自分が変わったのはいつからだろうか。いや、考えるまでもない。あの夜自分より下の存在だと決めつけくだらない虐めの標的としていた南雲ハジメの話を聞いてからだ。
下らない。本当にくだらないことをしていたと思う。弱いものを集団で傷つけ、強いものにはヘコヘコ媚びを売る。もう救いようのない馬鹿だったと。
何よりそれを楽しんでいた自分自身に鳥肌が立つ。
「17年も生きて、今更気がつくとかマジないわ。」
ハア、と柄でもないため息を付き、檜山はガシガシと頭を掻いた。自分は一体何がしたいのか。何をすべきなのか。それがわからなくなっていた。
軽い昼食を取った檜山は、会計を済ませるとトボトボと薄暗い路地を歩いていた。表の道は、歩くにはあまりにも眩しく見えたからだ。
そこにはいくつもの娼館やいかがわしい店が立ち並んでいる。こういった場所に立ち並んでいるのは珍しくない。数ヶ月前の自分であれば醜悪な笑みでも浮かべて、喜んで中に入っていたことだろうが、どうにもそんな気にはなれない。今の檜山には、それがただの金の無駄遣いにしか見えなかった。
ふと、路地と表の通りを結ぶ道からとある二人の少女の姿が目に写った。檜山と同じように街を歩く香織と雫である。しかし檜山は、その姿に特になにか感じることもなく彼女たちから視線を外した。
地球にいた頃はハジメが香織にかまわれているのを見て気に入らないと思った。クラスのマドンナに世話を焼かれて羨ましいと。だがよく考えればその相手は香織でなくても良かったのかもしれない。一昔前の自分のことだ。ハジメのことを陥れる事で頭がいっぱいだったのではなかろうか。それで幻覚していたのかもしれない。香織のことが好きだと。だから奪い取ってやると。きっとハジメにかまうのが雫であれば雫のことが好きだと思っていたのだろう。
改めて自分の思考回路に吐き気がする。一度頭をかっぽじってそういう記憶を掻き出したいくらいだ。
「ああ、クソっ。」
檜山は駆け出した。頭で何か考えていると自己嫌悪の無限ループにハマってしまう。とにかく今は、何も考えたくなかった。
どれだけ走っただろうか。もうクタクタになりその場にぶっ倒れる。無駄に高くなったステータスのせいでかなり長く走った気がする。
「クソっ!なんなんだよっ!何なんだよお前っ!!」
頭にちらつくハジメの顔、そしてあまりにも深い後悔と悲しみに満ちた暗いひとみ。檜山は声を荒らげて地面に拳を叩きつける。地面が凹み、手からも鈍い痛みがする。しかしそんなことで頭の中の虚像は消えない。檜山は額のあたりを手のひらで抑え、ポツリと呟いた。
「何やってんだろ……オレ。」
「うわあっ!」
「!」
どれだけ時間が立っただろうか。地面に倒れたままだった檜山の耳に、幼い悲鳴が聞こえてきた。
(なんだ?)
人ざらいか?とも考えたがそれにしては手際が悪すぎる。追い剥ぎにしてはこの場所は表の通りに近すぎる。流石に聞こえてしまったものをスルーするのは気が引けた檜山は地面を叩いて飛び起き、声のする方へと向かっていった。
「確かこの辺……「やっやめて!」……あ?」
目の前の分かれ道から響いてくる子供の声に混じり、あまり聞きたくない声が聞こえてきた。
「おらっさっさと出すもん出せや。」
「勇者様に使ってもらえるんだからその金も感謝してるだろうよ。」
「ヒャハハハハ!」
そこにいたのは檜山といつもつるんでいる近藤を筆頭とした小悪人三人組。そして彼らに暴行を加えられ、丸まりながら必死に耐える幼い男の子の姿があった。
「おいおい、なにやってんだあいつら……!」
様子をうかがおうとしていた檜山だったが、流石にまずいと感じその分かれ道へと駆け込んだ。子供をかばうようにして3人の足や手を受け止める。
「何やってんだよ!」
ギロッ!
檜山は三人を睨みつける。3人はそれぞれ卑下た笑みを浮かべながら言う。
「何って、こいつが俺らのお願いを聞いてくれないからさぁ、ちょっと痛い目見てもらおうと思ってさあ。」
「お願いだぁ?」
脅しの間違いだろ。檜山は心のなかでそう悪態をつく。
「そーそー。そいつさあ、結構金持ってたからさあ、分けてもらおうと思って。」
「はあ?お前ら朝使い切れねえぐらいの金配給されただろ?」
檜山の考察ではこの世界の物価というのはあまり日本と変わりない。故にある程度の金勘定もできる。朝王城を出る前に配給された金額はおおよそ100万程はあっただろう。どうやったらそんな金使い切れるというのだ。普通ならそんな量の金を使い切るなんて……
「あぁ……。」
檜山は周りに立ち並ぶそういう類の店を思い出し、頭を抑えた。コイツら物価とかもロクに調べていないだろうからぼったくるにはこれ以上ないカモだったのだろう。せめてそういうことくらい調べてから街に出てほしいものだ。
これ以上話をしたところでなんの進展もないと理解した檜山はとりあえず三人を追い払うことにした。
「金なら、ある。だからそんなもんにしとけ。」
檜山は9割以上金の残った袋を取り出し、3人の前に放り投げる。3人は怪訝な顔をする。今までの檜山なら喜んで一緒にこの子供を痛めつけていたはずだ。故に今もそういう流れになると思っていたのだろう。
「は?何お前。」
「……こんなことしてるってことがバレてみろ。今みたいな優遇が受けられなくなる可能性も十分あるし、俺達の株を下げることにも繋がる。」
嘘だ。きっとあの教会のことだ。このくらいのことをもみ消すことなど造作もないだろう。しかし自分もだがこの三人は揃って肝が小さい。そういう自分に不都合な噂や話はとことん気にするはずだ。
檜山の狙い通り、3人は若干狼狽えたあと、檜山が投げた袋を奪い取るようにしてそこから逃げていった。
「はあ……。」
檜山は3人のその様子にため息を付き、暴行をされていた子供の方に振り返った。気を失っているらしく、反応はない。
「結構ひどいな……大丈夫か?」
体のあちこちにできているあざや擦り傷、切り傷。
「どうすっかなぁ……。」
回復魔法が使えるわけでもなければ応急処置の仕方も曖昧だ。真面目にやっておけばよかったと思ってもすでに後の祭り。今の手持ちでは医療院に預けたところで役には立たないだろう。
「白崎に頼むか……まだいるといいんだが……。」
さっき見かけた彼女であれば無償でも治療してくれるはずだ。檜山は子供を抱きかかえようとした。
その時、
「おや?大輔様?」
檜山の耳に、そんな声が聞こえた。
「……あんた確か……」
振り返った檜山の目に入ってきたのはまず美しい金の長髪。そして血のような真っ赤な瞳。何やら荷物を持っていることからして買い出しか何かだろうか。
「ノイント……とか言ったか?」
「おや。覚えていただき光栄です。どうかされましたか?」
若干芝居がかった話し方でそう言うのは、王城のメイド、ノイントである。彼女なら……檜山は目の前の子供をノイントに見せる。
「この子は……」
「まあ、色々あってな。治せないか?」
檜山のその言葉に、彼女は頷くと子供の目の前でかがんで怪我の具合を調べ始めた。
「……」
調べれば調べるほどひん曲がっていく口角。暫くして彼女はスカートのポケットからポーションらしき小瓶を取り出すと、ハンカチに染み込ませて傷口を拭いていく。
「本当は傷口を洗ってからのほうがいいんですが……」
治癒魔法においてもそうだが、基本治療をする際は傷口を洗ってからのほうが良い。なぜなら傷を直しても傷口の洗浄はしてくれないからだ。例えば矢などが突き刺さった状態で治癒魔法をかけたりすると、矢はそのままに傷が治ってしまう。しかし彼女はハンカチを傷口に当て続ける。表情がかなり深刻そうだ。
「骨にひびが入っていました。外側からポーションを染み込ませて応急処置を取りましたが、ちゃんと治療をしたほうがいいでしょう。」
ポーションは外から直接患部に染み込ませることでピンポイントの治癒が可能だ。見れば特にひどかった傷や怪我はきれいに消えていた。
「ん……うう……。」
「!おい、大丈夫か?」
目を覚ました子供を支えながら呼びかける檜山。意識がはっきりしてきた子供は、自分が今まで何をされていたのかをはっきり思い出し……
「うっうわぁあ!!」
檜山の顔を見て逃げ出してしまった。若干ショックを受けた檜山だったが、まああの状態から目を覚ましたら檜山をあの三人と見間違えても仕方ないだろう。そう思うことにしてなんとか立ち直る。ノイントはクスクスと笑っている。
「笑いたいなら笑え……。」
「あはははは(棒読み)。」
「ちくしょう……。」
四つん這いになり地面を殴りつける檜山。そんな檜山を愉快そうにからかうノイント。暫くしてようやく立ち直った檜山は、頭を掻きながら口を開いた。
「あ……ありがとよ。」
思ったよりもスルッと出てきた感謝の言葉に檜山は自分の顔がなんともひょうきんなものになるのを感じる。ここまで純粋な礼を言ったのはここ数年で片手で数える程度しかない。なんだかむず痒い。
金もなくなってしまった。かえって寝るか、と檜山は赤くなった顔を背け歩き出した。
のだが、
「なんでついてくるんだよ。」
なぜかノイントもついてくる。
「いえ?私も戻るところだったので。」
大荷物を背負い檜山の隣を付いてくるノイント。涼しい顔でついてきていたので最初は無視していた檜山だったが、
「ふぅ……重たいですぅ……。」
道すがら突然何やら思い立ったようにニヤリと悪い笑みを浮かべてからというもの、このようにわざとらしくフラフラと歩きながらわざとらしくチラチラとこちらを見てくる。
「……ああもう!貸せっ!!」
イライラが溜まりに溜まった檜山は荷物をひったくると自分の背中に背負う。ステータスが向上してからというものこの程度ではびくともしなくなっている。
「あら。お優しいんですね。」
「お前のせいだろうが……!冒険者さんよお……!」
またもやわざとらしく言ってくるノイントに腹が立った檜山は吐き捨てるようにそう言う。するとノイントは驚いたような顔をした。
「おや……。なかなかの観察眼をお持ちで。」
「あ?見てりゃわかるだろ。歩き方とか、どう見てもメイドがする動きじゃねえよ。騎士団とか、戦う人間の動きだった。」
当たり前だろ。そう言ってまた前を向く檜山。しかし彼女は今までの芝居がかった愉快そうな笑みではなく、今度は面白いものを見つけたとでも言うようにニヤリと笑う。
「ええ。そうです。こう見えても黒ですよ私。」
「……まじ?」
「まじ、です。」
ここでの詳しい説明は省くが、冒険者というのは最近の異世界転生でおなじみのアレだ。この世界では色で階級を分けるのだが、黒というのは上から3番目の階級。つまり彼女はかなり腕の立つ冒険者、というわけである。ハニトラ要因としてそんな人物をむりやりしょっぴいてきたのか。そこまでたどり着いた檜山は額を人差し指でトントンと叩く。貴族や協会は何を考えているのだろうか。自分たちを訓練するよりこの隣を歩く冒険者を訓練したほうがよほどの戦力になりそうなものだが。
そんなことを考えていると、彼女がまた口を開いた。
「それに、私のことに気がついたのはあなたを除いて3人しかいません。」
「は?」
いや見てればわかるじゃん。そう言いたげな檜山を尻目に、指を3本立て、それを数えるようにもう片方の手で指す。
「愛子様と光輝様、それとハジメ様ですね。」
(まあ最も、ハジメ様の場合は少々違う意味で私のことを認識されていましたが……。)
「うっそぉ……。」
クラスメイト達の予想以上の鈍さに呆れる檜山。自分も人のことは言えないが大丈夫なのだろうか色々と。これから先のクラスメイトたちの行く先を思い、檜山は深いため息をついた。
王城自室
「で、なにしてんの?」
「……?」
「いや『?』じゃなくてよ。」
自室のベッドの上に座っていた檜山の隣にはなぜかノイントが紅茶の入ったカップを持って座っていた。
「ああ。これから大輔様の専属メイドになったので。」
「は?」
突然の爆弾発言にフリーズする檜山。
「ついでと言ってはなんですがこれからは私が檜山様の稽古をします。師匠と呼んでください。」
「は?」
更にそこへ爆薬を投下するノイント。フリーズする檜山。
「いやー楽しみですねー。」
「まてまてまて。」
勝手に進んでいく話になんとか待ったをかけることに成功する檜山。ノイントは不服そうにしているがそんなことは知らん。
「だいたい、黒って言っても俺より強いのか?」
黒。たしかに腕は立つ冒険者と言えるが、実のところ調べてみれば割と数はいる。しかも自分たちよりもよほど弱い冒険者もその中に一定数含まれているのである。果たして彼女がどの程度の強さなのか。メイドとして働く彼女しか知らない檜山には理解ができなかったのだ。
だが、次の瞬間、
「少なくとも……」
ピタッ。
檜山の唇にノイントの人差し指が添えられる。それも、騎士団との訓練により大幅にステータスが上がった檜山が認知できないほどの速度で。
「あなたよりは、強いですよ?」
これでもし彼女がナイフでも持っていたなら、檜山の首は今頃自分の体を見上げることになっていただろう。
檜山は両手を上げ、降参降参、と投げやりに言う。どうせ拒否したところでこのまま押し切られるのは目に見えている。それに、
(俺のやるべきことも見えてくるかもしれない……。)
どうせ今までと同じことをしたところで何も変わらない。なら思い切って新しい方へと進んでみるのもありだ。檜山はまたため息をついた。しかしその顔は、さっきよりもいくらか晴れているように見えた。
「なら、これからお願いしますね?ご主人さま?」
「……ん?」
「どうかしました?ご・しゅ・じ・ん・さ・ま。」
「おい……」
「ご・しゅ・じ・ん・さ・ま★」
「……。」
助けてくれ。檜山の顔にはそう書いてあった。
次回、仮面ライダーオリジン
「使者殿、よく参られた。」
突然の訪問者
「行きます……!」
vs光輝!
戦いの行方やいかに。
次回「サイドストーリー・隣国からの来訪者」
生きろ、最後まで