ざわ、ざわ
辺りが騒がしくなってきた。ハジメは顔を覆っていた手をどかして目を開いた。目に入ってくる景色は教室ではない。まるで神殿のような作りの建物で、ここは大聖堂だろうか。荘厳な雰囲気を醸し出す、大理石らしき白い石造りの広間にハジメたちはいた。
特に目の前の壁画には、優しく微笑み、大地を包容する女神らしきものと、その恵みを受け取る人間が描かれている。
「ッ……!」
その絵は、きっと見た人の大半が素晴らしい芸術だと称賛するだろう。しかしそれを見たハジメは、凄まじい殺意が胸の奥で渦巻くのを感じた。描かれている女神と、その恵みをなんの疑いもなく受け取る人間にも。
(いや、落ち着け。この絵に描かれてるのはあいつじゃない。)
ふう。軽く息を吐きその壁画から目をそらすハジメ。なんとか落ち着くことができたが、あのまま絵を見続けていれば、またあのどす黒い感情が湧き出してきそうだった。
とにかく気を紛らわせよう。周囲の詮索をすることにしたハジメは、まず自分たちを囲い祈るような姿勢でこちらを向いている、数人の僧侶らしき集団へと意識を向けた。
何かの宗教団体なのだろうが、あいにくハジメはそういったことには疎い。というか関わりたいとも思わない。そのため、これがなんの、どこの宗教団体なのかはわからなかった。
いや、そもそもここはどこなのか。いきなり目に飛び込んできた絵のせいですっかり忘れていたが、ここに来るまで自分たちは学校の教室の中にいたはずだ。それが突然床が光ったと思えば知らない場所にいる、まるで人智を超えた現象に巻き込まれたことに一抹の既視感を覚えるハジメ。なんとかしたいところだが、何もわからない今は、流れに身を任せる以外どうしようもなかった。
するとすぐに、僧侶たちの中からリーダー格と思われる老人が立ち上がり、ゆっくりと歩いて近づいてきた。そして柔和な笑みを顔に浮かべ、口を開く。
「ようこそ、トータスへ。勇者様にご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
一行はまず、10mはありそうな机の並ぶ大広間に案内された。普通なら混乱したりパニックに陥ったりするところだが、クラス全体から圧倒的信頼がある光輝がなんとか纏め上げ、そういった状態に陥ることを防いでいた。ハジメは、イシュタル自体や彼の言う話とやらが胡散臭い気がしたものの、まずは状況を確認する必要があると、イシュタルに従うことにした。
クラスメイト全員が席につくと、見計らったようにメイド服の女性達が、飲み物の入ったカートを押しながら部屋へと入ってきた。
妙に整った顔の集団だ。これだけ数がいれば一人や二人ぱっとしない顔の人間はいそうなものだが、この世界では全員整形でもしているのだろうか。ハジメはのんきにそんなこと考えていたが、彼女らの服装を見てなんとなく察してしまった。背中がガッツリ開いていたり、やけにスカートが短かったり。おそらくはハニートラップだろう。しかも急遽寄せ集めたのか、観察してみると給仕もかなり雑で、ハジメが受け取った紅茶も少し濁っており、お世辞にも美味しいと言えるものではなかっただろう。
観察していると少し背筋が寒くなった気がしたが、特に気にするほどでもなかったため、スルーしてからハジメは、さらに胡散臭さがましたイシュタルを苦い顔で見た。ハニートラップを仕掛けてきた時点で、面倒ごとに巻き込まれることは火を見るよりも明らかだ。
「さて、あなた方はさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きます、まずは私の話を最後までお聞き下され」
このあとの彼の話を要約するとこうなる。
・まずここは異世界「トータス」のハイリヒ王国という場所で
ある
・この世界の種族には、人間族、魔人族、亜人族の3種族が存在
している。
・人間族と魔人族は何百年と戦争しており、互いの戦力は拮抗していた。しかし魔人族が多くの凶悪な魔物を使役する術を手に
したことで、人間族が劣勢となってしまった。
「あなた方を召喚したのは、人間族の守護神として聖教教会の唯一神であり、この世界を創られた“エヒト様”です。人間族が滅ぶのを回避するために、強力な力を持つあなた方をエヒト様が喚び出したのです。召喚される少し前に、エヒト様から『救いの使者を送る』と、神託が下ったのですよ。あなた方には、エヒト様の御意志の下、魔人族を滅ぼし我ら人間族を救っていただきたい」
ふざけた話だ。ここに他の人間がいなければつばでも吐き捨ててやるところなのに。ハジメは誰にも聞こえないように小さく舌打ちをした。だいたい、ハジメを含めここにいる殆どは18歳以下の子供だ。その子供が、戦争においてどれほどの活躍ができるというのか。しかもよりによって、戦争は良くない!と教え込まれている現代の日本の高校生に。
ハジメは久しぶりに苛立つ、という感情が自分の中で大きくなっているのを感じた。イシュタルの言っていることは穴だらけで、何より人間主観の話しかしていない。第一、エヒト様のお導き、という言葉で大切なところは殆どカットされている。結局今の話でこの世界の正確な情報は仕入れることはできず、完全に時間の無駄になってしまった。ハジメがそんなことを思っていると、イシュタルの話に割って入るようにして、猛然と抗議する者が現れた
「ふざけないで下さい!結局のところこの子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
愛子先生。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で、百五十センチ程の低身長に童顔。ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにと学校内を駆け回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒、そして教師は少なくない。
〝愛ちゃん〟という愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人は威厳ある教師を目指しているのだとか。
今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと迫力にかける咆哮とともに立ち上がったのだ。まあ、生徒の大半は加勢するでもなくほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めているのだが。
(……大丈夫か?)
ハジメはその緊張感のなさにため息をついた。なぜこの状況でそんなことができるのだろうか。今自分たちは無防備だ。今まで盾や鎧として、自分達の身を守ってくれていた法律や憲法、権利などはここにはない。その状況でなぜそんな無防備になれるのか。ハジメには理解できなかった。
さて、愛子を見て和む生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。一部を除き、誰も彼もが何を言われたのか分からない、という表情でイシュタルを見る。
「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」
愛子が叫ぶ。嘘だ、冗談だと否定してほしくて、引きつった顔で叫ぶ。しかしイシュタルは、「当たり前だ」とでも言うように、そして見下すように、淡々と愛子の叫びを否定する。
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな。」
パタリ。愛子は力が抜けたようにその場にへたりこむ。光輝が纏めていた他のクラスメイトたちも、ようやくことの重大さが理解できたのか、恐怖に染まった顔で喚き始めた。
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」「なんで、なんで、なんで……」
バンッ!
突然聞こえてきた大きな音に、パニック状態に陥っていたクラスメイト達はビクッと体を震わせ、その音源の方を向く。そこにいるのは立ち上がり、机を叩いたせいか若干赤くなった掌をした光輝だった。
光輝は全員が黙ったことを確認すると、イシュタルの方を向く。
「イシュタルさん。いくつか確認したいことと、提案が一つあるのですが、聞いていただけますか?」
「言ってみてくだされ。」
イシュタルの返事を聞き、光輝は頷くと改めて口を開いた。
「まず確認したいこととなのですが、この国で僕らはどういった扱いをされるのでしょうか。この国の国民からしてみれば僕らは余所者でしょう?」
「そのことについて心配される必要はございませんぞ。この国、そして教会も全力であなた方をサポートいたします。我らが必ず、あなた方をお守りいたしますよ。」
じゃあお前らが戦えよ。ハジメはそう思ったが、面倒なことになりそうなので口にはしなかった。ここで口を挟めば光輝の行動はすべてぱあになるだろう。
光輝はそれを聞いて、確認するように頷き、また話し始める。
「次に、僕らは見ての通り子供です。僕は武術を習っていましたが、ここにいる殆どが戦うすべを持っていないのです。このまま戦場に出ることになればただ犬死をするだけです。なので、せめて自身の身を守れるよう訓練をつけていただきたいのですが。」
「ええ。もちろんですとも。最高の教官をご用意いたしましょう。勇者様とそのご同胞の方々も、ここで思うままに力をつけてくだされ。」
「ありがとうございます。では最後に提案です。」
「ほう。なんですかな?我々にできることであれば何なりと。」
「ええ。では遠慮なく。」
イシュタルの言葉に、光輝は少しだけためた後こう言った。
「武器のや道具の開発、整備などを行う『生産部門』をもうけていただきたいのです。」
「生産部門…ですか?」
それを聞いたイシュタルは微妙な顔をする。それもそうだ。彼らにとって光輝たちは、魔人族と戦うために神から遣わされた使者。それがなぜ、突然戦うのではなく、誰にでもできることをやろうとしているのか理解できていないようだった。
しかし、光輝はその反応を見ても慌てることなく言葉を続ける。
「ええ。僕らは、この世界にない技術や兵器の情報を持っています。そういったものをこちらで広めることができれば、戦争はただ戦うよりもより優勢になり、生活水準も高めることができると思います。あなた方にとってかなりのメリットがあると思うのですがいかがですか?」
どれだけメリットを並べてもなかなか首を立てに振らないイシュタル。そこで光輝はもうひと押しとばかりに、しっかりと目止めを合わせ、宣言する。
「もちろん僕は最前線に立って戦います。」
イシュタルはそれを聞き、暫し考えたあと、
「そういう事であればいいでしょう。その話、お約束させていただきます。」
と言った。胡散臭い人物ではあるものの、頭の回転は早いようだ。敵に回すと面倒臭そうだ、とハジメは一人、この世界にきて幾度目ののため息をつく。この世界に来てからろくなことが起きていない。
光輝はイシュタルに礼を言うと、クラスメイトの方に振り返り、皆を安心させるために優しく微笑む。そして、語りかけるように、ゆっくりと言った。
「みんな。聞いたね?」
クラスメイト全員の顔を確認する光輝。彼らは自分たちの身の安全がわかったことで、ある程度の落ち着きを取り戻したようにみえた。
だが、ハジメはクラスメイトたちが今、どんな心境をしているのかが手に取るようにしてわかった。彼らはけして、落ち着いたわけではない。パニックから立ち直ったわけでもない。光輝という逃げ道を見つけ、現実から逃げているだけだ。
(彼だってただの学生だろうに…。)
ただリーダーシップがあるだけの、ただの学生である彼に何を期待しているのか知らないが、あのような重たい期待に晒され続ければいつか彼は壊れてしまうだろう。
しかし、そんなハジメの考えをよそに話は進んでいく。
「光輝!お前ならそういうと思ったぜ!お前がやるなら俺もやるぜ。」
「今のところそれしか無いわよね…。気に食わないけど私もやるわ。」
「雫ちゃんがやるなら私もやるよ!」
クラスカーストの上位四人が戦争に参加したことで、クラスメイト達の気持ちは一つにまとまる。「光輝と共にこの世界を救おう」と。その先にあるのはキラキラと輝く栄光の未来だと信じて疑わずに。
ふとハジメの目に、幼馴染達とクラスメイトに囲まれた、光輝の顔がちらりとが写った。その顔は苦々しい。おそらく彼は、幼馴染やクラスメイトたちに戦争になど参加してほしくなかったのだろう。
とはいえこれ以上はどうにもならないし、しないほうがいい。戦争に参加しない、とでも言えば、この宗教団体に何をされるかわかったものではないのだから。
(まあ、でも……。)
しかし、これである程度の時間は稼げるだろう。少なくともいきなり実戦に駆り出されたり、理不尽な要求をされることはは減るはずだ。であれば、もとの世界に帰る方法を探すことのできる時間も出てくる。あとはその間にどれだけの情報を集めることができるか。ハジメはこの先のことを思い、また軽くため息をついた。
次回、仮面ライダーオリジン
始まる訓練
「メルド・ロギンスだ!」
天職とステータス
「錬成士……?」
ハジメが背負う闇
「人間じゃない部分は測ってくれないわけか。」
次回『戦いに必要なモノ』
生きろ。最後まで。
オリジンに強化フォームは必要か否か。
-
必要
-
不必要