…まあそんなわけでどうぞ。
「ここが……風呂か?」
ハジメは、今しがた足を踏み入れた部屋の全貌を眺め、そう呟いた。辺り一帯がタイルで覆われ、部屋の大半を囲うように床が盛り上がり、壁から壁へと連なっている。さらにその奥の壁には金色のライオンが鎮座しているではないか。
「うん。風呂だな。」
今にも口の中から水が出てきそうだ。ハジメはうん、と頷き部屋の内部を調べ始めた。
両親のことを話し終えたハジメ達は、しばらく前からこの屋敷の探索をしていた。とは言え今の所その結果はあまりよろしくはない。なぜなら、
「ここもか……。」
封印が施され、中に入ることができない部屋が多数存在するからだ。ハジメが扉をトントンと叩く。割と重要そうな部屋だっため是非とも入ってみたかったのだが、開かないならしょうがない。オリジンに無理矢理こじ開けてもらおうとも考えたが、もしそれでこの屋敷のシステムにエラーが起きても困る。故に、とりあえずほうっておく事にした。
「さて、二人の方はどうかな……と。」
ハジメはそう呟くと、軽く伸びをしながらリビングへと戻っていった。
戻ってみるとそこにはサヤを膝の上に載せ、何やら話をしているアレーティアの姿があった。アレーティアは背後にハジメの気配を感じると、首だけそちらへと向ける。
「……お帰り。ハジメ。」
「ああ。ただいま。」
二人はそう言葉を交わすと、アレーティアはそのまま、ハジメはその向かいにあるソファに座る。
今朝の出来事から暫くたち、二人はより一層互いのことを仲間として意識するようになった。と言っても変化は微々たるものだが。帰ってこれば、お帰りと言い、それにただいまと返す。本当に微々たるものだ。しかしいま二人はそれで十分だった。
「おかえりおとうさん。」
ワンテンポ遅れてサヤがハジメの存在に気が付く。それを見たハジメは微笑ましい気分になると同時にこれにもただいまと返す。
『まだ俺は自分のことをすべて受け入れられたわけじゃない……。両親のことも、まだ。だから今はまだ「ハジメ」と呼んでほしい。』
あの後アレーティアに元の名前で呼ばれ、しかしそれを受け入れることはしなかった。それでも、すべてを諦めていた以前とは違う。
『またいつか、自分のことを。受け入れられたらその時は、「龍也」と呼んでくれ。もう一人の家族がつけてくれた名前を。』
その瞳には、少しだけ希望の光が指しているように見えた。
「さて、現状報告だ。」
ハジメはテーブルにおいてあった自作の水入れからこれまた自作のコップに水を注ぎ、一口飲むと話を切り出した。
「ん。わかった。」
隣で頷くアレーティア。サヤはハジメの右膝の上に移動している。
「ーーって言っても特に無し。見つけたのはトイレとキッチンくらい……。あとは封印が掛けられてる。」
落胆した様子を見せながら肩を落とすアレーティア。こちらも特に進展はなかったようだ。ハジメも調べた結果を口にする。
「こっちも同じだな。風呂があった以外特に成果なしだ。」
「……そっか……って風呂?お風呂っ!?」
「風呂」というワードに身を乗り出すアレーティア。その迫力というか気迫というか、それにハジメは体をのけぞらせた。
「あ、ああ。」
「お風呂〜」と何やらアレーティアの顔の周りに花がいくつかふわふわ浮いているように見える。よほど嬉しかったようだ。その様子にこてんと首を傾けるサヤに「後で一緒に入ろう」と上機嫌で言う。
「……あ〜、次、いいか?」
「……っ。見苦しいところを見せた。」
こほん。咳払いをし、もう一度姿勢を正すとハジメの話を聞く体制に入る。ハジメは少し呆れたような苦笑いを浮かべると次の予定を話し始めた。
「とりあえず一、二階は調べ終わったから、次は上の階だな。おそらくそこにこの屋敷の秘密が隠されていると考えている。」
「……ん。全面的に賛成。」
二つ返事で了承を得たハジメは、サヤを肩に抱き上げると立ち上がった。
「よし。行くか。」
一日ここで過ごしてわかったことは、この迷宮を突破した存在に対して反逆者は敵対する意はないということ。もしこの屋敷自体が罠であれば、寝ている間に寝首を掻っ切られているだろう。まあ、だからといって警戒しない理由にはならないのだが。
二人は最大限の警戒をしながら、サヤは二人のマネをして神妙そうな表情をしながら階段を登り、3階に上がるやいなや目の前に現れた扉へと手をかける。
「……開けるぞ。」
「……ん。」
扉を開けると、部屋の中央の床には直径7,8m程の精緻で繊細な魔法陣が刻まれていた。さらにその魔法陣の向こう側には、豪奢な椅子に一人の遺体が座っているのが見える。
「あれは……。」
観察すると遺体は既に白骨化しており、黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っているのが分かる。そしてその手の中には、青白く輝く結晶体の入った黄金色の容器が握られていた。
苦しんだ様子もなく座ったまま命尽きたであろうその姿に、ハジメはまるでこの骸骨が誰かを待っているかのようにみえた。
「この人が反逆者オスカー・オルクスか…。でもなんでこんな所で死んでるんだ?普通…というべきかわからないけど、こういうことをするのは寝室とかだと思うが」
「確かに怪しい…。どうする?」
「近づいて調べるしかなさそうだな。オリジン、いるか?」
ハジメの声に、どこからともなく姿を表すオリジン。ハジメがなにか言うでもなく床の魔法陣を調べ始める。
『キュイッ』
数分も立たないうちに解析は終わり、オリジンは目から光を照射し、空中にモニターを形成する。ハジメはそこに表示されている情報に目を通す。
「ふむ。映像を記録して特定の手順を踏むことでその映像を再生させる魔法か。ただいくつかわからない部分もあるな……。まあ危険はないだろう。」
ハジメがそういうと、二人はアイコンタクトを取り魔法陣へ向けて踏み出す。そして、その中央に足を踏み込んだ。
その時、
「っ……!」
「お。」
突如足元の魔法陣から爆発するかのごとく純白の光が爆ぜ、部屋を真っ白に染め上げる。あまりの眩しさに三人とも目を細めた。
その直後、体現し難い不快感と共に、何かが頭の中に侵入。まるで走馬灯のように、今まで体験してきたことが頭の中を駆け巡る。
やがて光が収まる。ハジメ達が目を開けると、目の前には骸と同じ黒いローブを羽織った黒衣の青年が立っていた。青年はどこか憂いに満ちた瞳で虚空を見つめながら口を開いた。
『試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?』
その青年の正体は二人が推測した通り、反逆者オスカー・オルクスであった。
『ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君達の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか、メッセージを残したくてね…。このような形を取らせてもらった。そしてこのメッセージが流れると言うのなら、君達は私が作った番人、ヒュドラネオを撃破したと言う事。それは即ち、いるんだろう…。神獣、その素質を持つ者が。』
「…!」
その言葉にハジメとアレーティアの二人は目を見開いた。やはり、オスカー・オルクスは、ネオを作り出す技術、知識を持っていたのだ。
『疑問に思うだろう。なぜそんな事をしたのか。なぜ君の事を知っているのか、教えよう。我々に何があったのか、この世界に何が起きているのかを……。』
そしてオスカーは語った。自分達の真実、狂った神とその子孫達の戦いの物語を。
神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。理由は様々だったが、一番の理由としてあげられるのは「神敵」だから、というものだ。遥か昔、今よりずっと種族も国も細かく分かれていた。そしてそれぞれの種族・国がそれぞれに神を祀っており、その神からの神託で争い続けていたのだ。
そんな状況が何百年と続き、ついに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時、オスカー・オルクスをはじめとする「解放者」と呼ばれた集団である。
彼らは、全員が神代から続く神々の直系の子孫であるという共通の繋がりがあった。そのためか、解放者のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまう。人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促しているという事実を。
解放者のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに怒り、耐えかね、同志達を集った。
それと時を同じくしてトータスに、並みの魔物よりも強大な力を持つ、人型の異形がしばしば現れるようになった。
それは、神々の直系の子孫である開放者ですら十人がかりでようやく相手になる程の強さだった。
しかし、いざ倒すと黒い霧となり消え、その正体をろくに調べることもできない。オスカー・オルクスを始めとした開放者たちの中でも選りすぐりの技術者たちがなんとか長い時間をかけて調べ尽くし、それの正体にたどり着いた。
「神になり得る可能性を秘めた人間、すなわち自分の立場を危ぶませる存在を消すとともに自身の遊具とする。ヤツらしいなんとも嫌らしく、狡猾な手段だ。」
彼は、ただの記録映像であるにも関わらず、その胸の奥底にあったで在ろう怒りをひしひしとハジメ達に感じさせる。そして、それを聞いていたハジメの瞳にも凄まじい殺気が宿った。
地球で、嫌というほど見て、聞いてきた悲鳴や泣き叫ぶ悲痛な声。そわけもわからず暴れまわるネオの姿。絶望する仲間の顔。そして、腕の中で消えていく少女の姿。
(また、繰り返すっていうのか……!?)
サヤを抱いているのとは反対の拳をぎりぎりと音がなるほどに握りしめ、歯を食いしばる。ここでこの感情を爆発させても仕方がない。ハジメは、気を紛らわすようにオスカー・オルクスの声に耳を傾ける。
「それから、誤解をしていると思うから行っておくが、あのヒュドラネオは、私の細胞から作り出したパーツを取り付け、ネオとも同等に戦えるように作ったゴーレムだ。一応私にも素質はあったようでね。利用させてもらったよ。安心してほしい。誰も犠牲にしたりしたことはない。」
なるほど合点がいったとハジメは納得する。あのヒュドラネオから感じた違和感。それは、生気というものを一切感じなかったことだった。ネオというのは生物だ。故に、「生きたい」という原紙的な欲望を持っている。しかし、あれがゴーレムだと言うのなら、確かにそんな欲望、というより感情など持ち合わせてはいないだろう。
オスカーは、「話を戻そう」と言い、また語り始めた。
神の遊戯である戦争を止める。その目的はなんと、戦う前に頓挫してしまう。
解放者の目的を察知した神エヒトは教会を通じて情報操作を行い、解放者こそが神敵だ、そう認識させることで人々と解放者を争わせたのだ。
結果、彼らはその力を人間達相手に振るうことができずに敗北した。最後まで生き残ったのはオスカー達中心の7人だけであり、彼らは後世に希望を託すべくそれぞれが大陸の果てに迷宮を創り、そこに潜伏したのである。
いつの日か迷宮の試練を乗り越え、自らの力をその強者に与え、神の遊戯を終わらせることのできる人間、そして神に至る可能性を持つものが現れることを願いながら。
『僕達の力をどう使うかは君の自由だ。そして神の因子を持つ君も、どうかそのことを悲観せずにその力を開花させていってほしい。だが、願わくば悪しき心を満たすためには使わないでくれ。話は以上だ。聞いてくれて…ありがとう』
その言葉をきっかけに、オスカーの映像はゆっくりと消えていく。
『君のこれからの人生が…自由な意思の下にあらんことを…』
締めくくりにそう言うと、その姿は完全に消えていった。
「……」
二人に沈黙が訪れる。サヤは話の途中で寝ていた。アレーティアはしばらくの硬直のあと、話を自分なりに噛み砕き、なんとか再起動を果たす。そしてハジメの様子をうかがおうと振り向く。
見ればハジメはオスカー・オルクスの遺体をじっと見つめながら立ち尽くしていた。そして、ボソリと呟くような声で、言った。
「……エヒト……。お前は。俺が殺す……っ!」
ギンッ!
二度と繰り返させてたまるか。ハジメの瞳に底冷えするような冷たい閃光が走った。
「次回、仮面ライダーオリジン。
やあ。光輝だ。とうとう南雲のやつが地上へと帰ってくるな。俺もがっかりされないように鍛錬を続けるとしようか。ん?早速トラブルか?ははっ。主人公ってのも、楽じゃないな。
次回、『跳んで火に入るウサギの群れ』
生きるんだ。最後まで。」