以前にシアがブルックを訪れた際、無意識ではあったものの彼女の手によって謎の性癖に目覚めたり、熱狂的なファンになってしまった一部のブルック住人のこと。普段はただの一般人だが、シア絡みのこととなれば性格は一変し、身体能力や物理耐性が格段に上昇する。巷では「スーパーブルック人」と呼ばれてるとかいないとか。
・重獄
継承した重力魔法を元にアレーティアが編み出した技。巨大な魔力弾を作り出し、その中に入るとかかる重力が倍加する。これだけでもかなりの能力に見えるが、本人曰くまだまだらしい。
ガタガタガタッ……
ハジメほ揺れる馬車の屋根の上で、組んだ掌を枕に空を眺めていた。
迷宮にてミレディを倒したあの後、二人はシアとサヤに再開。そして、本体に意識を移し直したミレディから話を聞いた。エヒトによって引き起こされた混乱や争い。そして自分たちが受けた仕打ちなど。殆どがオルクスで聞いたものと同じではあったが、生きた声というのはその情景をより鮮明に描き出した。
『趣味の悪いトラップやら罠を迷宮中に仕掛けたのは、エヒトが使ってくる卑劣な手に耐えられるようになってもらうためだったんだ。ごめんね。』
最後の「ごめんね」というあの言葉に、嘘偽りはなかった。ハジメはそう確信している。
……とはいえ二度とあんなところ行くつもりはないが。
さて、その後見事に重力魔法を手にしたハジメ、アレーティア、そしていつの間にかハジメのそばにいたため継承してしまったサヤの3人。そして元々継承済みのシアは、ミレディの激励を背にブルックに戻った。宿に戻り一晩明かした後、冒険者ギルドにて商団護衛の依頼を受け、買い出しなどで減った路銀を稼ぎながらこの街を立つことにした。
四人は宿屋の少女や受付のキャサリン。そしてシアとアレーティアはクリスタベルなる仕立て屋の店主に挨拶をして周り(アレーティアはシアに引きずられるようにして宿を出ていった)、商団の馬車に揺られながらブルックを旅立とうとしていた。
「曇りか。」
天候は曇り。空一面に広がるどんよりとした色を前に、ハジメは不意に少女の後ろ姿を思い出す。
「いや……あの人の髪はもっと綺麗な灰色だった。」
青く晴れ渡った空には瞳の色を思い出し、曇の灰色の空には髪の色を思い出す。
「どうしょうもないな……。」
ハジメはそんな自分にため息を吐き、それ以上何も見ずに済むようそのまま瞼をを閉じた。
……のだが、
……ドドド……
「ん?」
視界を遮断したことで、より敏感になったハジメの耳が遠くから聞こえる地響きのようなものを捉える。
視界を遮断したことで、より敏感になったハジメの耳が遠くから聞こえる地響きのようなものを捉える。
「なんだ?」
起き上がったハジメは商団の後ろに向けて目を凝らす。と、どうだろうか。そこに見えたのは主に10,20才程度の若い世代を中心とした無數の男女の軍団。それが、まだかなり距離はあるが土煙を上げながらこちらへと向かって走ってくるではないか。
口がパクパクと動いているが、そこから発せられる声はそもそも距離が遠すぎる上地響きにかき消されてよく聞こえてこない。それをじっと眺めていたハジメは、試しに唇の動きを読み取ってみることにした。
「い、あ、あ、ん?……い、あ、お、え、え、あ、あ?」
はて?どこかで聞いた響きだ。ハジメはここ数日の記憶を辿り、ふとフェアベルゲンからブルックにやってくる道中シアから聞いた話を思い出した。
「シアちゃんに、シアお姉様?」
ハジメはひょいと屋根から身を乗り出し、窓からシアを探す。ぐるりと見渡すと、アレーティア、サヤと一緒になって何やら話に花を咲かせているのが見えた。
「シアさーん」
「なんですかぁ?」
耳をピコピコと動かし、ハジメのことを見つけたシアは揺れる馬車の中をひょいひょいと歩き、ハジメが覗いている窓へと近寄って来た。この様子だと、まだ後ろの集団のことは気がついていないらしい。
「なんです?」
「あれ、知り合いか?」
ハジメの指差す方へと視線をスライドさせたシアは、さっきハジメが見たときよりもかなり近づいてきているあの集団を見つけ、「うげっ」と顔を歪める。
「まだこりてないんですかあの人たち……というか何故気が付かれたんでしょうか。って、なんかスピード上がってません?!」
視線を戻してみると、確かに距離が縮まっている。しかも視線はシアへと固定されているようにも見える。まさかあの距離から瞬時にシアの顔を識別し、ロックオンしたとでも言うのか。
「超人集団だな。」
「残念を忘れずにつけてくださいね。」
無駄にスペックの高いあの集団、はてどうしたものかとハジメとシアは頭をひねる。おそらくどこからかシアがこの商団の馬車に乗っていることを聞きつけ追いかけてきたのだろうが、シアのことをロックオンしてしまった彼らがちょっとやそっとのことで止まるとは思えない。
うーん、とシアが頭を抑えていると、横からもう2つ頭が出てくる。
「……何あれ?」
「すごい、いきおい。」
その正体はサヤを抱きかかえたアレーティア。残念超人集団を見た二人はそれぞれ感想を言うと、ハジメとシアの方に説明を求めるように視線を向ける。そこにすかさずハジメは即答。
「シアさんの熱狂的ファン。」
「なるほど。」
アレーティアもシアの話を思い出したのかどことなくげんなりした顔で集団の方へと目をやった。あの調子だと街を出る前に追いつかれてしまいそうだ。そうなるとこの商団にも迷惑をかけることになるし、何よりさっきから頭を抑えて唸っているシアの精神衛生上よろしくない。多分とどめを刺すことになる。
アレーティアは少し考えると、シアにサヤを預けて窓から屋根へと登った。
「どうするつもりだ?」
「重力魔法の試し打ち。」
ハジメの質問に手短に答えたアレーティアは、腰からマクロスを引き抜き、眼前に構える。
「スゥぅぅ……フウウウ。」
ズ…ズズ
マクロスを中心に紫色の魔力が収束していき、周囲の景色が歪む。先のアレーティアの言葉からして、収束した魔力は重力魔法のものだろう。それは少しずつ球体へと姿を変え、ついにマクロスの刀身から離れる。向かった先は残念超人集団の真上だ。
「“重獄”出力3倍」
アレーティアの言葉に反応し、魔力の玉が瞬時に肥大化。集団を飲み込み、その場でピタリと静止した。
「おお。止まった止まった。」
体にかかる重力が一気に増加したことできれいにずっこける彼ら彼女らの姿はある種の芸術のようにも見えるが、その後うめき声を上げながら芋虫のように地をはって追いかけてこようとする執念深さにはハジメも少し顔が引きつった。
「ふう……。まだ発動までに時間がかかる。練も甘い。改良と特訓あるのみ。」
そしてその残場を作り出した当の本人はそんなものに目もくれず、たった今自分が放った魔法についてダメ出しをしているあたりなかなか図太いというか、何というか。ハジメは仲間の成長を喜んでいいのかどうか悩ましく思った。
「………ッ。」
なんとなくアレーティアの横顔を見ていたハジメだったが、不意に自分の中で渦巻く感情に気が付き目をそらす。
(俺も、やっぱりネオってことだよな。)
ネオはネオか、神の因子の適合者しか食えない。もう一度アレーティアの方を見る。少しだけ露出した腕の一部が、とても美味そうに見えて仕方がなかった。
(食べたいかって言われると……そうでもないのが救いか。)
「……?どうしたの?」
「あぁいや、なんでもない。」
じっと見つめすぎたせいか、アレーティアが不思議そうな顔でハジメの顔を覗き込む。すぐに目をそらしたが、アレーティアの方は、何か思いついたのか、グローブとガントレットを腕から外してハジメの方へと突き出してきた。
「食べる?」
「あ?」
突然のことにぽかんとした顔でアレーティアを見上げるハジメ。
「……いつも魔物の肉ばっかり食べてるし飽きないのかなって。」
「だからって自分の腕差し出すやつがいるか?」
ハジメの呆れた様子に自分が少しばかり自分がズレていることに気がついたのか、若干しどろもどろになりながら言い訳を並べる。
「すぐ再生するし、ハジメになら別にいいよ。私、神獣……ネオ、だっけ?になれるなもしれない存在でしょ?ならハジメも食べられるのかなって……」
「あ〜、やめとく。どうにも人の肉を食う気にはなれないんだよなぁ。」
そんな様子のアレーティアからハジメはフイと目をそらし、屋根の上でゴロンと横になった。重力の檻の中でジタバタしている集団を尻目に目を閉じる。
「確かに俺はヒトではないが……、少なくとも人食いの、恐ろしい化け物にはなりたくないのかな。」
誰に言い聞かせるでもなくそうボヤき、ハジメの意識は暗い闇中へと沈んでいった。
ザーッザザッ
ビデオが再生されるように、真っ暗な空間に色が灯る。場面はどこかの建物の屋上。時間は夕方ごろで、下を見れば、お世辞にも大きいとは言えない運動場で、小さな子どもたちが走り回って遊んでいる。そして隣には、フェンスに肘をかけて夕日を眺める少女の姿。
「あなたは確かにヒトではないかもしれない。人を襲う、恐ろしい化け物なのかもしれない。」
夕日を反射させ、燃える鋼のような色に染まった髪を風にたなびかせながら今度はフェンスに背を預ける。ギシギシと音を立て、所々錆びたフェンスがしなる。
「でも、」
朱い空の中でも青く輝く瞳の光がこちらを見る。
「きっと、あなたが化け物なんだとしたら、すごく優しくて、温かい化け物なんだと思う。」
その青い光は目の前を通り過ぎ、それと同時に体をぬくもりが包み込んだ。
日が沈み、真っ暗な空が広がる。ぬくもりが離れ、青い光がまたこちらを見つめる。
「私は隣にいる。そばにいられなくても、もう会えないとしても、あなたの隣で歩くから。」
ザーッザザッ
色が薄れる。ノイズが混じり、また暗闇が光を覆う。
『ハ…ジ…メ……。』
また、消えてしまう。目を閉じればそこにいて、目を覚ませば会えなくて。つかもうと手を伸ばしても、幻影はつかめない。
「っ……」
行かないでーー
「う……ん……。」
ハジメは不意に目を覚ました。今そこに写っていたあの人の姿は完全に消え失せ、代わりにあのときと同じ朱く染まった空が目に飛び込んでくる。
「……ん?」
それと同時に後頭部から伝わってくる柔らかい感触に違和感を覚える。ここは馬車の屋根の上。材質は少なくとも柔らかいものではなく、木でできた外装を金属で繋ぎ止めているようなゴツゴツとしたもののはず。ハジメはそのまま視線を更に上に移動させ、自分の頭を支えているものの正体を探す。
「……ハジメ、おはよう。」
そこに見えたのは、見慣れた赤い瞳を少し細めて優しく微笑むアレーティアの顔。どうやらハジメの後頭部を支えているのはアレーティアの膝であるようだ。俗に言う膝枕、というやつか。
「何やってんだ?」
開口一番そう言うと、上体を起こそうと体に力を込めた。
「まって。」
しかしアレーティアがハジメの頬を両側からす、と挟み込んだことでそれは阻止され、結局ハジメはまたアレーティアの膝の上に頭を預けることになる。
そのまま二人は真正面から見つめ合う形で動きが止まり、数秒の間ではあったがハジメはアレーティアの燃えるように赤い瞳を眺めた。色は全くの正反対だが、ハジメの目には夢の中で見た青い瞳が重なって見えた。
「サヤ、さん。」
ぽつり、と口から漏れたその名前に、アレーティアは小さく首を傾ける。
「誰の名前?」
「大切な人の、名前。家族とも仲間とも違う。大切な人の名前」
「……そう。その人と私をかさねたの?」
「ごめん。」
なんとなく気恥ずかしくなり、フイと顔をそらすハジメ。アレーティアは、仲間のそんな様子を見て可笑しそうに笑う。
「でも残念。私、先客がいるから。」
彼女は、瞼を閉じ、胸元できらめく紫の短剣を撫でながら言う。光を遮断した暗闇の中で、一人の青年が明るく笑っている。アレーティアは目を開け、今度はぼうっと遠くを眺める。
「似た者同士なのかもね。私達。」
「かもな。」
ハジメもまた、胸元で空を映し出すように朱く染まった小瓶を傾いた太陽に翳し、その中で変わらず真っ白に輝く一枚の羽を眺めた。
「辛くないのか?」
「……ん?」
「そばにいなくて、辛くないのか?」
ハジメは小瓶を眺めたままアレーティアにそう尋ねる。アレーティアは少し考え、答える
「ううん。」
答えは否定。けして、辛くはないと言う。
「なんでだ?」
ハジメの言葉に、今度は考える間もなく答えた。
「隣にいるから。そばにいなくても、もう会えないとしても、隣で歩いてくれるから。」
ハジメはアレーティアに驚いた顔で振り返る。そして、胸の中に短剣を抱いた彼女の傍らに、その肩を抱く青年の姿を見た。
「隣で……。」
「きっとサヤって人もそう。いつでも隣にいるよ。きっと。」
「そう……かな。」
「……ん。きっとそう。見えないから、なんとも言えないけどね。」
なんだそれ。ハジメは苦笑し、もう一度小瓶に視線を戻す。少し薄暗くなった世界の中でも、その羽は相変わらず真っ白に輝いている。
「ねえ、ハジメ。」
唐突にアレーティアが名前を呼ぶ。
「ん?」
「まだ、呼んじゃだめ?あなたのもう一つの名前」
「……」
ハジメは小瓶をそっと胸元に戻し、体を起こして振り向き、答えた。
「もう少し、待っててくれるか?」
「うん。」
「もう、少しだけ。」
「分かった。」
馬車が止まった。どうやら今日の旅ははここまでらしい。ハジメとアレーティアは、シアの呼び声に返事をしながら馬車の中に戻っていった。
次の目的地、商業都市フューレンまであと少し。
「次回、仮面ライダーオリジン
……の前に、皆さん、あけましておめでとうございます。作者です。なかなか投稿できずに申し訳ない限りです。如何せんリアルのほうが忙しくてなかなか両立が難しい。これからも安定しない投稿が続きますが、なるだけ頑張りたいと思います
それでは次回、『サイドストーリー・異変』
生きろ。最後まで。」