否定する僕と肯定する君と奇跡狩る 作:ハーバード明夫
世界がもし今にも終わろうとしているなら、最後の瞬間をどう過ごすか。
世界終末説が跋扈する現代社会において誰にでも考えたことがある問。
俺はアイツに問うた時に、彼女は俺と共に居ると言った。
ただその後に笑いながらも、世界は終わらないよと。
でも、今の俺にはよく分かる。
世界は常に終わりに瀕している。
終ろうとするのを延期させている人達が居る。
もし終わるのであればそのような試みが無為に終わった時だろう。
そんな時まで、俺は生きていたいと思わない。
俺なんか、終わっちまえ。
終わった人間なら彼女の最後の瞬間を穢さないように、さっさと世界が終わる前に終われ。
いつまで厚顔無恥に生き汚すつもりかと。
まぁ、そんなこと彼女は許しちゃくれないんだけど。
ただの無意味な駄々。
よくもまぁ死にたいとも思っていないのに、こんなこと考えられる物だと。
俺は今日も世界の終りに直面しながら嘲笑した。
◇
「....海外ってのはとても空気が乾いている。乾きすぎて喉も渇くよ。」
そう思ってミネラルウォーターを飲み込む。
海外の水道水というのは日本の物よりも信頼度が低い....らしい。
彼女が口酸っぱく言っていた。
周りを見れば今日も多くの人が好きに自分の時間を過ごしている。
仮にも勤務中の俺は、とても羨ましいなぁと漠然と思うのだった。
まぁそりゃここいらは結構有名な広場だ。
名所とかそこら辺は毛ほども興味のない俺からしてみればこんなのそこらの広場と同じじゃないかと思わされるが、彼らからしてみれば違うのかもしれない。
まぁ正直言ったところ、そこらの広場との違いなど誰も分かっちゃいないだろうけど。
そう思いつつも、俺は携帯を耳に当てて彼女に連絡を取ろうとする。
動けもせずに、雛鳥のように俺の帰りを待っている彼女に連絡をしているのだ。
1コール、2コール。
出ない。
電話の時ほどムカつく瞬間はない。
相手がどのような態度なのか。
もしかすればソファに寝転がってポテチを貪りながらも俺の名前を見て、はぁめんどくせぇなぁと思っているのかもしれない。
そう思うと、出ないことに腹が立ってくる。
すると4コール目で彼女は出た。
『やっほ~~!みーくん、イタリア旅行楽しんでいる~?僕はぁ、みーくんの電話を待っていたんだよ?今か今かって待ってた!』
やけにハイテンションな声が耳をつんざく。
非常識的な声量だ。
頭でも湧いてるんじゃないかと。
まぁ彼女の頭は湧いている。
それはそれ、これはこれ。
そんな昔から分かり切ったことに態々気を揉んだりはしないのだ。
「それなら1コールで出ろ。プルプル....の一回目のプルの所で出ろ。」
俺がそう言うと、彼女は声を上げた。
『わぁ~、みーくん束縛する系なんだ!良いよぉ....僕はみーくんに縛られるならなんでも....がんじがらめにして!!!』
「うるせぇ...。それよりもポポポ広場...だったけ?そこに着いたぞ。位置情報的に間違ってないか?」
俺が言うと、彼女は頷く。
『うん、そこで間違いないよ。....それにしてもポポポじゃなくてポポロ広場だよ!ポポポだとカービィがカービィになる前の前身のキャラクターになっちゃうよ....。』
どうやらポポポではなくてポポロらしい。
結局どちらでも俺にはどうでもいいのだが。
今日、ここで人が燃える。
沢山の人が焼けて、後には広場だけが残るのだ。
『それにしても僕は心配なのです。みーくんが痛い思いをしないか....逆しまちゃんの預言だと人が焼けちゃうんでしょう?』
「....そもそも痛い思いをするのが前提みたいな物だけどな。俺の場合は。」
逆縞佐香佐
ウチに所属している預言能力者。
貞子かと見まごうほどの長い髪と常に濡れている服が特徴の女。
お世辞にも見て、好印象を抱くような人間ではないのだが、なぜかコイツは好印象を抱いていた。
俺の言葉を聞くと、彼女ははっきりと言い放つ。
『そうじゃないよ。みーくんは痛い思いをしちゃダメなの。そんな前提なんて....僕、許さないから。』
明確に否定する彼女。
彼女にしては珍しかった。
お前は肯定する奴だと思ったから。
だとしても....否定するのは俺の仕事だ。
少なくとも、お前には否定をして欲しくなかった。
「あー....そんなことはどうでもいいんだ。重要な事じゃない。俺が本当に重要に思っているのは.....<火刑の魔女>...って逆縞は言っていただろ?ああいう二つ名って、もしかして態々逆縞がその場で考えているのかな?それとも奴が元々呼ばれているのか?っていうかそうだとしたら態々考えた人が居るってことだよね?」
すると彼女は呆れたように言葉を吐き出す。
『本当に重要なのはそこじゃないよ。....見た目は小汚い!包帯を顔に巻いた女。その特徴こそが重要だよ。外には道に沢山顔に包帯巻いた女の人が居るからね。そこら辺しっかりしないと。』
「あのな....お前は外にほぼ出ないから知らないかもしれないけど、顔に包帯を巻いている人はありふれているわけではないぞ。そこら辺勘違いするなよ?」
俺が言うと、彼女は関心したような声を出す。
『へ~、みーくんは物知りだね。うん物知りだよ。僕が知らないことも沢山知っているもん。』
自己完結したかのような彼女の喋り方にも慣れた物。
時計を見ると、逆縞が言っていた時間が刻一刻と近づいていた。
「お前は俺の知らないことしか知らないけどな。....時間が来そうだ。切るぞ。」
俺がそう言うと、彼女は自慢げに言葉を紡いだ。
『へっへーん!僕は冠前絶後で聡明叡智だからねぇ~。...それで、時間潰しくらいには、なれたかな?』
「あぁ、暇しなかったよ。ありがとう。」
俺がそう言うと、彼女は安堵したように息をつくと口を開いた。
『それならよかった...それじゃまたね。絶対に戻って来てよね?その火刑の魔女さん?の起点を見つけて潰して終わり。それで良いんだから。』
「当たり前だ、戻りたくなくても戻るよ。じゃあなメアリー。」
そう言って電話を切った。
壁に耳あり障子にメアリー。
彼女の名前は、メアリー・スー。
痛々しい名前をしているが、本人がそう名乗っているのだからしょうがない。
さて、当該時刻はすぐそこ。
あと数分でこの辺りの人間は燃え盛って死に絶える。
今は呑気にアイスクリームを舐めたり、くつろいだりしている人はみんな焼け死ぬのだ。
それが分かっているからこそ、周りを見回して探し回る。
汚い包帯を巻いた、女....。
周りを見回すと、それに該当する奴は案外すぐ見つかった。
広場のちょうど真ん中。
天に突き立てんとせんばかりの塔のような彫像
そこにもたれかかるように座っている女。
みすぼらしい身なりの女の子。
周りからは冷ややかな目で見られていた。
アイツだ。
きっとアイツだ。
奴が周りの人間を焼き尽くす女....火刑の魔女。
何食わぬ顔で居るが、確かに世界の終わりだ。
存在が許されない....世界の終わり。
俺はソイツに歩み寄ろうとする。
すると、ソイツも立ち上がった。
ポケットの中に拳銃を握りしめる。
確かに感じる鉄の感触。
人殺しの道具。
弾倉は1ダース。
人を殺す為の道具で、俺はこの世界の終わりを止める。
奴の力の起点が何か、能力はどういう物か。
起点さえ、壊せれば....殺さずに済む。
「よぉ、火刑の魔女。これってお前の考えた名前なのか?」
俺は彼女を見据えて声を掛けた。
彼女の肩がびくりと揺れる。
しかし、俺の言葉に答えない。
「....俺は奇跡狩りだ。お前を狩りに来た。....お前はこれより1分後、周囲の人を焼き殺す。.....自覚しているかしていないかはさておき、心当たりはあるか?」
ソイツは答えない。
いや、答えようとしていない。
顔が見えないから表情も分からない。
ただ首がゆっくりと横に揺れている。
「俺も仕事なんでな、さっさと答えて欲しいものだね。...それともその脳天ぶちまけた方が話が早いか?」
そう言う途中で一つ気づいた。
奴が何かを言っている....いや、この表現は適切ではない。
何かをしきりに呟いている。
こちらに語り掛けているのではなく、自己完結している。
その囁きは段々大きく、はっきりとし始めている。
「私...の顔......う奴は...けて.....」
ソイツは立ち上がるとゆらゆらとし始める。
俺は拳銃を出して構えた。
目の前のソイツを撃ち殺す為に....。
周りの人々は拳銃を出したのを見て、驚き騒めき出す。
その瞬間、そいつは包帯に手を掛けた。
俺も引き金に指を掛ける。
そして包帯を外した瞬間、引き金を引いた。
その時に、確かにソイツの言葉が聞こえたんだ。
「私の顔を...顔をぉ..笑う奴は、みんな、焼けて妬けて自棄て灼けてェ!!!!!!」
呪詛のような叫び。
そしてソイツの素顔を見る。
それは右半分に焼けただれてケロイドが出来た顔。
それはあたかも彼女を焼いたであろう業火を感じさせるものだった。
いや、違う。
感じさせるものじゃない。
今だって感じている。
熱い、尋常じゃなく熱い。
身体を見ると、火が点いている。
腕や肩、足から炎が噴き出して揺らめいている。
自分が燃えている。
焼ける肉の匂いと引き攣る皮膚。
急に灼熱の地獄に放り込まれたかのように火だるまになっていた。
「あぁぁぁあああ、うぐぁあああああああああああ!!あああああああああああぁぁぁああああ!!!!!!!」
あまりに痛みと熱さに悶えて、辺りを転げまわる。
熱い....熱い....!!!
炎は顔すらも焼いて、目も遂には見えなくなってしまい、口も聞けなくなる。
ただ奴を最後に見ることが出来た。
どうやらゆらゆらと動いていたせいで狙いが外れ、左耳を銃弾で撃ち抜いてしまったらしい。
左耳を押さえていた。
しまった....起点は、<顔>だったのか。
もはや身体が焼けたことで神経痛のような鋭いと呼吸困難による息苦しさを感じながら、奴の能力を理解する。
死への恐怖はない。
これは何度目か....確かこの前屋上から墜とされたのを考えると1456回目か。
分かり切った予定調和。
やっぱり、傷つかないと.....死なないと、
こんな俺には、世界なんか守れないよなぁ。
傷つくのを良しとしないと言った彼女の顔を思い浮かべながら、意識を手放した。
俺の終わりが来る。
....始まりも来ると分かっていながら。
◇
暗い部屋。
床にはコードが敷き詰められており、机には液晶がランランとネオン街の夜景のように光を放っている。
そこでなにやら作業をしている小柄な少女は一瞬身じろぎをする。
そして一言、呟く。
「みーくん、また死んじゃったんだ.....。」
彼女は緑と白、青のメッシュが入った黒い髪をたなびかせる。
感じた彼の死。
しかし、口元に浮かぶのは確かな笑みだった。
「でも、これで安心だね。みーくんは一度負けた奴には絶対に負けない。だってみーくんは...主人公体質だもんね。」
そして写真を手に取った。
写り方が悪いのか半目になっている少年。
その少年の頬を撫でた。
世界を天秤にかければ、どんな人間の命も軽くなる。
少数の犠牲は付き物だ。
この世は多数決だから。
人が在り続けるには、多く残る必要があるから。