狸の特徴を持つ先人で、女性の補助オペレーター。
鉱石病には感染していないが、ロドスのオペレーターとして働いている(主に後方支援)
―――ロドス基地 事務室B205
サラサラ、カリカリと書類仕事をこなしていく。
1枚、また1枚と未処理の書類の山は標高を減らしていくが、いまだにカランドの山の如き威圧感で私のやる気をへし折ってくる。
「はぁ、もう嫌になっちゃう。」
椅子の背もたれに身を預け、ぐっと伸びをすると、体のあちこちがバキバキと音を立てるような感覚がする。
頭は眠気と疲労で霧がかかったようにぼんやりしているし、目を閉じても瞼の裏で書類の文字がちらつく。
明らかに満身創痍である。
チラリと時計を見ると、既に自分に割り当てられた時間は終わっており、交代しているはずの時間である。
たしか次の人は……オーキッドだったか。となると、予備隊A6の関係で遅れているのだろう。
あの人も大変そうである。少なくとも、
「少しは仕事を減らしてあげましょうか。」
冷めきったコーヒーを啜り、気合を入れる。
数少ない常識的な同僚のためだと思えば、少しは気力が湧くような気がした。
ロドスは、基本的に24時間いつでも動いている。
患者の容態を看るのに穴のある時間があるのは文字通り致命的であるし、一部のリーベリやその他種族は夜が活動時間というのもある。
ただ、それを差し引いても、28時間連続で事務室にカン詰めというのは頭がおかしいのではないだろうか。
いや、恨み言は後だ。今はとにかく眠りたい。
今回割り当てられた宿舎は『田園別荘』の宿舎だ。
暖かい暖炉、木材の柔らかい雰囲気。個人的に一番好みの宿舎だ。
宿舎に入ると、暖炉で暖められた空気に包まれ、眠気がさらに強くなる。
今は一瞬でも早くベッドに横になって眠りたい。その一心で、同室の人たちに挨拶すらせずに、ベッドへと向かう。
ベッドに横になると、疲労が一気に押し寄せるような感覚と共に、一瞬で眠りへと誘われる。
これが、私のよくある日常だ。
「……ていうわけなんだけど、ひどいと思わない?」
「そうかもねー。」
目が覚めてから、宿舎のソファーでゴロゴロしていて、暇そうだったドゥリンに少々愚痴をこぼすが、返ってくるのは生返事のみ。
まぁ、いきなり愚痴を言われても興味がないだろうけど。
ちなみに、これでもドゥリンは仕事中だ。
宿舎のヌシと呼ばれたりしている彼女は、この部屋を常に快適になるように手入れ、調整をしてくれている。
暖炉に薪を追加したり、毛布を取り替えるように指示したりと地味ながら細々とした仕事をしているのだ。
……まぁ多分、自分が快適に過ごせるようにしているのだろうが、結果として上手く回っているのだから口を出すこともないだろう。
それに、彼女が眠っている姿を見ると、思わず眠気が襲ってくる、と睡眠誘導の効果もあると評判だ。
「まぁいいわ。ところで、キッチンを使ってもいいかしら?」
「んー?大丈夫だよー。あ、でも使った食材とかはメモか何かに残してね。」
「はいはい、分かってるわよ。」
せっかく今日はもう仕事はないのだ。少し手の込んだものを作るのもいいかもしれない。
うん。お菓子でも作ってみましょうか。ちょうど批評してくれそうな人もいるし。
~二時間後~
「というわけで、クッキーを焼いてみたわ。食べる?」
「じゃあ、もらおうかな。」
粗熱をとったクッキーを大皿に盛って、ドゥリンのもとへと持っていく。
声を掛けられたドゥリンはムクリと起きて、大皿に手を伸ばす。
……あ。
「ドゥリン、ちょっと待って。」
「むー。どうしたのさー。」
「あなた、そのままの袖で食べるつもり?」
「そうだよ?」
今のドゥリンの袖は、いつも通りオーバーサイズの制服を着ているので、袖が非常に余っている状態だ。
アーツユニットを持ったり、スプーンを持ったりするのは、袖ごと掴めばいいが、クッキーを摘まむには向かないだろう。というか汚れる。
ただ、それを解決する手段も一応はある。
クッキーを1枚摘まみ、
「えっ、何?」
「そのままじゃ袖が汚れちゃうでしょ?はい、あーん。」
非常に
ドゥリンも、私が冗談ではなく本気でやっていることを理解したのか、私の手からクッキーを食べる。
もう一枚取って差し出す。食べる。
もう一枚取って差し出す。食べる。
……こう、なんというか、小動物に餌付けしているような感覚になる。
もちろん、ドゥリンが大人であることは理解してはいる。
しかし、その小さい体躯と、人形のように可愛らしい顔つきが、どうしても彼女を幼く見せてしまう。
言いようもない庇護欲を駆り立てられるのだ。私はわるくない。
どれくらい繰り返していただろうか。
非常に楽しく餌付けしていたが、いつの間にか大皿の上にはもうクッキーは残ってなかった。
どんな出来栄えだったか、自分でも確かめたかったのだが……まぁいいか。
「……イトザクラ、すっごく楽しそうだったね。」
ジト目でこちらを見てくるドゥリン。
まぁ、不平を言いたくなるのは分かる。分かるのだが、楽しかったのだから仕方がない。
「自分が作ったものをおいしく食べてもらえるのは嬉しいからね。」
「ほんとぉ?」
嘘ではないが、真実でもない言葉でお茶を濁す。
まさか、『餌付けしているみたいで楽しかった』などとは言えないだろう。
まぁ、実際はドゥリンも分かっているだろうが、言葉の上だけでも取り繕うのは重要だ。
「そういえば、クッキーの出来はどうだったかしら?」
「粉っぽくってパサパサしてる。バターが多分足りてないよ。」
「うっ。次は気をつけるわ。」
料理はある程度作れるが、お菓子はあまり作らないので、少々上手くいかないことが多いのが難しいところだ。
……というか、粉っぽいクッキーを2人分食べさせたのは少し悪いことをしてしまったかもしれない。
「口直しに紅茶でも淹れようかしら?何か希望は?」
「カモミール。」
「ハーブティーじゃない。いいけども。」
というか、確かカモミールって鎮静効果があった気がするけど、また寝るつもりなのだろうか。
別に文句を言うつもりではないが、よくあれだけ眠れるものだ。
テンニンカを見る限りでは、種族柄というわけでもなさそうだし。
まぁいいか。今重要なのは、如何にしてハーブティーを美味しく淹れることができるか、だ。
私は作業の手順を頭に浮かべながら、電気ケトルを手に取った。
ドゥリン「食べるのが楽だけど、のどが渇いた。」