嘘をつくときは、よく口が回る。
ロドスの購買部は想像よりも品ぞろえが良い。
大体の物は探せばあるし、見つからなくてもクロージャに声を掛ければ5分もしないうちに目的のものは手に入る。
その上、質もよく、相場より安いとなれば、クロージャの有能さを確認するには十分だ。
そんな彼女の購買部でも、手に入りにくいものが2種類ある。
一つは、純正源石など、単純に仕入れることが非常に難しいもの。
それでも、対価を支払えば安定的に供給できる時点で素晴らしい話ではある。
……まぁ、これらの品はドクターくらいしか買わないのであまり関係ない話ではあるが。
そして、もう一つは……
「あら、ケーキがあるとは珍しいわね。」
「あぁ、それね。ショートケーキ2つ入り。お試しってことで、一人一箱までね。」
「お試し?なんでそんなまた。」
「あるオペレーターの手作りでね。多くの人に食べてもらいたいから個数制限してるんだよ。」
冷蔵の陳列棚に並ぶ真っ白な紙箱。既に数は少なくなっているが、まだそこそこの数が残っている。
そこにクロージャが来て事情を伝えてくれる。
なるほど。多くの人に買ってもらって感想を集めたいということなのだろうか。
そう。この購買部でも手に入りにくいものとは、甘味である。
ロドスの男女比率は(私が見る限り)女性に偏っており、そして少女も多い。
となれば、需要が大きくなり、自然と売り切れるのも早くなるわけである。
更に、一部の人間が買い占めに近いほど購入するため、さらに品薄状態となるのだ。
「普段の菓子類にも買い占め制限つけたら?一人いくつまで~とか。」
「まさか。仕入れたら仕入れただけ売れていくんだよ?これほど管理が楽なものは無いって。」
「まぁ、そっちからしたらそうでしょうね。」
「それに、制限をつけたところで別の人にも買うように頼むだけだと思うよ。バニラとかソラとか。」
「……それもそうね。」
あのフェリーンといい、あのループスといい、他人に頼んでまで買っていこうとするのが容易に想像できてしまう。
万年甘味が品薄で『おやつネットワーク』なるものが展開されるのも致し方が無いだろう。
「んで?どうするの?買ってくの?」
「買っていくわ。自分で作るのは面倒だし。」
「はーい!まいどありー。」
最近では、たまにお菓子の自作はしているが、材料の準備、調理、後片付けのことを考えると非常に面倒だ。
それなら、面倒もなく、味も良いものを買ってしまうのが手っ取り早い。
買ったケーキの味を想像しながら自室へ戻っていった。
このロドスでオペレーター達が寝泊まりする場所は2種類ある。
ひとつは宿舎。5人まで寝泊まりが可能だが、普通に大部屋として使われることもある場所だ。
具体的には、ミッドナイトやエクシアがパーティーのために貸し切りにしていることがある。
また、内装が不定期に変えられる場所でもある。
しかも、事前通告もないし、どのようなものに変更されるかもわからない。
ドクターの指示によるものらしいが、気まぐれに模様替えしているのでは?としか思えない。
少なくとも言えるのは、徹夜明けに『ロドス音楽スタジオ』で休めと指示されたときに*極東スラング*と言わなかったのは、私が寛大であることの表れであるということだ。
もうひとつは、それぞれの自室である。
それほど広くはないが、いくらかの家具や調度品を置いても余裕がある程度には広いので、自分好みの部屋にすることができる。
やはり自室というのは個性が出るもので、出身のお国柄や、性格が出るものである。
私の部屋は畳を敷いており、極東風なデザインとなっている。
安い買い物ではなかったが、あまり後悔はない。よいものには、お高い値札が付くものだ。
自室に戻ったが、いつもとは違った点が2つあった。
ひとつ、自分のものではない、黒いブーツがある。
ふたつ、コタツに潜り込んで寝ているトンガリ帽子のフェリーン。
そうやってガチャガチャしている音で目が覚めたのか、コタツで寝ていたフェリーンがむくりと起き上がる。
「おはよう、ヘイズ。眠気覚ましに紅茶とケーキはいかが?」
「よろしく~」
まったくもって自由なフェリーンだ。
そう思いながら
「んで、どうやって入ってきてるの?鍵は掛かってたはずだけど。」
「ロドスには私のオトモダチがたくさんいるからねぇ。」
「はいはい。言う気は無いってわけね。」
寒くなってからコタツを買って設置してから、今回で5回目だろうか。
いつの間にかヘイズに部屋に侵入され、コタツに潜り込まれることがたまにある。
最初は施錠を忘れた際に入られたのかと思ったが、3回目ともなればそうではないと気付く。
それから毎回聞いてはいるのだが、まぁ答えは返ってこない。
別に勝手に入ってきても困るようなことは無いからいいけれど。
温めておいたポットに茶葉とお湯を入れ、蓋をして砂時計をひっくり返す。
後は、ケーキの用意をしよう。皿とフォーク、そして冷蔵庫から紙箱を取り出して中身を皿の上に……
「あー、ヘイズ。貴女ってケーキの見た目とか気にする?」
「んー?別にいいよぉ?」
よし、言質は取った。これならケーキの色がおおよそ食べ物の配色でなくとも文句は言わないだろう。
……いや、ここまで個性的な色のケーキだとは思わなかった。それにしても、何を思ってこんな配色にしたのだろうか。
これで不味かったらクロージャに文句を言わなければならない。
紅茶の方は……砂時計の砂が落ち切ってないので、もう少し待つとして、ケーキを先に持って行ってしまおう。
「はい。先にケーキ持ってきたけど……」
「……何そのケーキ?」
「私だってこんな色だと知ってたら買うつもりはなかったわ。」
そんなことを話しながら紅茶の準備に戻る。
砂時計の砂が落ち切ったので、ポットの中を軽く混ぜてからティーカップに注ぐ。
そして、ヘイズのカップにだけ冷たいミルクを少し注ぐ。
というのも、以前ヘイズに紅茶を出したとき、しばらく手をつけず、冷めるのを待っていたのだ。
多分猫舌なのだろう、と思い、ミルクティーにして熱くないように出したらすぐに手をつけたので正解だったのだろう。
ただ、私はストレートティーの方が好みだ。(ミルクティー用に濃くなっているが、薄めるのも面倒だ。)
「さて、こんな感じでいいかしら?あぁ寒い寒い。」
ティーセットを置いた後、急いでコタツに入る。
コタツの上に並ぶティーセットと、おかしな彩色のケーキ。
なんともまぁちぐはぐな光景である。
かといって、湯呑みに紅茶を注ぐわけにもいかないし、ケーキはまぁ……うん。
「……うん。やっぱりおかしな光景ね。」
「まるで『狂ったお茶会』ねぇ。」
「見てわかると思うけど、私はイカレたコータスでもないし、ずっと寝ているザラックでもないわよ。」
「しってるよぉ。大体、この子も売り物じゃないしねぇ。」
などと意味も中身もない会話をしても、ケーキの色が変わるわけもなく、異様な存在感を以て鎮座している。
チラリとヘイズを見ると、少々ご機嫌ナナメなようで、『早く
……仕方ないか。一応は売り物だったから
フォークで端の方を少し切り崩し、口に運ぶ。
「……あれ、普通においしい。」
「ほんとぉ?」
「いや、ホント。少なくとも、私が作るよりも数倍おいしい。」
信じがたいことだが、とてもおいしいケーキだ。
ヘイズも警戒しながら一口食べたが、お気に召したようだ。
「嘘だと思ったよ。」
「……ここ最近は嘘は言わないようにしているけど?」
「でもイトザクラ、嘘が得意でしょ?ほら、貿易所のアレとか。」
どうにも都合の悪い話題を引っ張り出してきた。
貿易所の件というのは、私がまだ新入りだった時、張り切って利益を出そうとしたのが原因だ。
姐さん直伝の
しかし、契約が効力を持つ前にヤトウがアーミヤに通報。
事態を知ったCEOが契約を取り消したというわけだ。
あまり大事にならなかったのは、実際に契約が履行されなかったことと……
「大体、アレは私は一言も嘘は言ってなかったわよ?相手が勝手に勘違いするのを止めることはできないわ。」
「そうなるように誘導したんでしょ?違う?」
「さて、ね。紛らわしい言い回しは多かったかもしれないけど。」
いくら怪しい物言いや悪意があろうとも、交渉内容と契約書をつき合せれば私に一切の瑕疵が無いというのが理由だろう。
とはいえ、信用を損なうとかで今後一切貿易所での仕事を任されることはなかった。
その割には
「意外と私達、似た者同士かもねぇ?」
「……そうかもね?」
実際、やっている事はほとんど同じかもしれない。手先か、口先かで異なるだけで。
ヘイズはお仲間を見つけた期待からか琥珀色の瞳は爛々と輝いており、パタパタと動く耳や、上機嫌さを表すようにゆっくり動く尻尾も可愛らしい。
ただ、私はもう犯罪行為をする気も(あまり)なければ、積極的に嘘を言うつもりもそれほどないのだが。(なお、ほぼ露見しない嘘、露見しても私以外傷つかない嘘は除く。)
「そういえば、ロープって子は?龍門で色々やってたらしいけど。」
「あぁ、あの子もいい子ねぇ。ドクターにちょっかい出す時に協力してくれたし。」
既にロープとは意気投合していたらしい。
というか、ドクターに一体何をやったのだろうか。結構気になる。
そんなこんなでしばらく話し込んでいたら、思いの外時間が経っていた。
「あら。もうこんな時間。」
「うにゃ。そろそろおひらきかねぇ。」
「そうね。今日はここらでおひらきね。」
「それじゃあ、
正直、自分以外の誰かがいつの間にか自室にいるというのは心臓に悪いが、それでもヘイズと紅茶を飲みながら語らう時間は楽しい。
その
近い未来に想いを馳せながら、小さなお茶会の片づけを始めた。
イトザクラ「あれ、ティースプーンが1本足りない……」