護身として複数の古武道を教えられたが、どれも免許皆伝に至っていない。
なお、それらすべての師匠は『姐さん』と慕う人物である。
訓練室。
薙刀を構え、3メートルほど前方の何もない空間に架空の標的を想像する。
滑るような足捌きで間合いを詰め、勢いを乗せた刺突を繰り出す。
更に横薙ぎに一閃し、追撃をする。
架空の標的は一切抵抗せずに切り伏せられたが、イトザクラの表情は暗い。
「……ちょっとマズい。思ったより鈍ってる。」
感じられたジットリとした汗が、動いたからなのか、冷や汗なのか分からなかった。
きっかけは大したことではなかったと思う。
テンニンカに護衛される自分がちょっと情けなく思えたとか、前線で敵をバッサリ切り伏せるメランサを見たからとか。
多分そんな感じだったと思う。
姐さんがいなくなる前までは、ほぼ日課だった薙刀の鍛錬をふと思い出したのだ。
チラリと部屋の隅に立てかけてある薙刀を見る。
故郷から持ち出せた数少ない物の一つであるそれは、時折手入れをしているので使えないことはないはずだ。
鞘を外すと曇りのない刀身が健在を主張する。錆びてなくてよかった。
少々手狭だが、部屋の中で軽く構えをとる。
手に馴染んでいたはずの薙刀が、思ったよりも重く感じた。
この時点で嫌な予感がしていた。
薙刀を振り回せるような訓練室を手配し、型を一通りなぞった結果が冒頭の話だ。
なんというか……全体的に鈍くなったという感じだ。
別に元々技が冴えていた、というわけでもないのだが、概ね技の鋭さというものが抜け落ちてしまっている。
これはちょっと、いや、かなり良くない。
錆びついてしまった技術。その錆落としとして誰かに訓練相手となってもらおうと考えるまでは1分とかからなかった。
「イトザクラさん、ご指名ありがとうございます。」
「ご指名って……いや、そうなんだけども。」
危機感を覚えてから数日後、訓練相手に選んだミッドナイトと共に訓練場にいた。
ミッドナイトを頼った理由は、正直なことを言えば消去法だ。
まず、仮想敵として刀剣類や槍を想定しているため、半分近くのオペレーターが除外される。
更に、個人的なプライドだが、あまり年下に不甲斐ない姿は見せたくなかった。なので、フェンやメランサなどが除外される。
ここまで行くと残っているのは片手で足りるほどだが、その中で都合を付けやすかったのがミッドナイトだったのだ。
「ところで、イトザクラさんはオーキッドさんと同じ補助オペレーターでは?いや、薙刀を持った姿も凛々しくていいのですが。」
「自衛くらいはできるように、と思ってね。」
さらりとミッドナイトが私のことを褒める。
オーキッドのミッドナイトに関する愚痴を聞いていなければ少々舞い上がってしまったかもしれない。
褒められること自体は嬉しいのだが。
少々準備運動がてら型をなぞったり、素振りをしてから、実戦形式でやろうと切り出した。
もちろん、怪我をしないように配慮して、だ。
ミッドナイトは剣による遠距離攻撃をしないし、そもそも鞘に収めたままで振るうことになっている。
私の方も、薙刀の刃は鞘に収めて、鞘が外れないように紐で縛ってある。
「さて、準備はいいかな?」
「えぇ。いつでも。」
薙刀を下段に構え、ミッドナイトを鋭い目で一挙手一投足を見逃さぬように見る。
対するミッドナイトは自然体のように見える。
経験の差か、実力の差か、余裕の差か。
自分が劣っていることは分かっていたのだが、目に見える形で現れると癪である。
その余裕そうな顔を崩してやる、と。心に決めた。
ところで、刀剣と槍(ここでは短槍は考えない)の大きな違いとは何だろうか。
その1つはリーチの違いだろう。
長物である槍は、刀剣類の間合の外から攻撃することができる。
長物故の取り回しにくさ故、潜りこまれると不利になるが、それでも一度は槍の間合を抜けなければならない。
素人でも長槍を持てば雑に強いし、熟練者の槍捌きは手に負えないものとなる。
同様に長物である薙刀も然り、である。
ミッドナイトが動けば反撃できるように、気を張りながら摺り足で少しずつ間合を詰める。
私の間合まで後一歩となるところでも、ミッドナイトは自然体のまま動かない。
私の訓練だから加減しているのか、『レディーファースト』とかのたまうのだろうか。
ならば、先手は頂くとしよう。
静かに、しかし素早く一歩を踏み出し、ミッドナイトの足元を薙ぐ一撃を振るう。
「おっと、中々いいじゃないか。」
横薙ぎの一撃はミッドナイトの剣で受け止められる。
半歩引いて、追撃の突きを繰り出すも、簡単に逸らされる。
いくら軽薄そうに見えてもロドスの前衛オペレーター。
流石に武器を振り回すだけではどうにもならないらしい。
「うーん、流石にこれじゃあ良くないわね。」
「そうかい?結構いいと思うのだけどね。」
「素人よりはマシでしょうよ。それより、貴方の剣も見てみたいわね。」
一応、これは護身のための特訓なのだ。
極端だが、相手を倒せずとも、すべての攻撃を防げれば事足りるのだ。
だからこそ、攻撃してほしいと頼み込む。
「レディに期待されちゃあ応えないといけないな。」
さて、ここからが本番だ。
意識を集中させ、間合を慎重に測る。
イメージするのは自身を中心とした円。私の間合であり、敵を拒む領域。
ミッドナイトがその円に踏み込んだ瞬間に
「はぁっ!」
踏み込み、逆袈裟に振るわれる薙刀。
ミッドナイトは剣で防御するが、私は更に追撃を仕掛ける。
薙ぎ、突き、払い、弾き……
それらすべてをミッドナイトは防ぎ、回避し、接近し、剣の間合となる。
そこで初めて見せるミッドナイトの攻撃の意思。
防御しようと薙刀を構えるが、
「もらった!」
ミッドナイトの剣は想像とは大きく異なる軌跡を描き、首元に突き付けられる。
「……参ったわ。やっぱり強いのね。」
「だろう?俺は結構強いからね。」
流石に錆び付いた技術で勝てるような相手はロドスにはいないらしい。
それにしても意外なのはミッドナイトの剣術だ。
アーツかなにかで威力を増幅して戦っているのだと思っていたが、その剣には『技術』が見て取れた。
普段は軽薄な印象しか持たなかったが、かなり努力しているらしい。
意外な一面を見た気分だ。
「さて、少し休んだらもう一回お願いできるかしら?」
「もちろん。イトザクラさんの頼みなら。」
それより、自分のことだ。
私の薙刀術は敵を近づけないことによって自分を守るというものだ。
しかし、敵を自分の間合の内側に入れさせないこともできていないし、入られたときの対処も不十分。
そもそも、薙刀を振るう動作も砂を噛んだ歯車のように違和感があるし、頭で考えてからでないと動かない。
滑らかに、考える前に反射的に動けないと、どうしようもない。
さて、次を始めようか。
一週間近くミッドナイトとの特訓をすると、かなり薙刀に手が馴染んできた感覚が戻ってきた。
とはいえ、ミッドナイトの遠距離攻撃を使わない状態でも負け越しているのだが。
そうそう。たまにスポットやドーベルマン教官が見に来ることもあった。
どちらも相手になってもらったのだが、スポットが相手だと大盾の防御を突破できず、ドーベルマン教官相手だと、鞭の方が間合が長いので私の戦略が前提から崩壊している。
まぁ、そんなこともあったが有意義な一週間だった。
夜。ロドス内に配置されている酒場にて。
私とミッドナイトとドーベルマンによる小さな酒宴が始まろうとしていた。
本当は2人だけだったはずなのだが、偶然いたドーベルマンをミッドナイトが(少々無謀にも)誘ったのだ。
ドーベルマンも私に話したいことがあったらしいので、こうなったのだ。
「じゃあ、かんぱーい!」
「「乾杯。」」
なにやらよくわからないメンバーだが、これはこれで面白いというもの。
特にドーベルマンと同じテーブルに着くなんて、そうそうないことだ。
思えば、ドーベルマン教官はよく顔を合わせるが、それ以外での姿は見ないものだ。
教官ではない、ドーベルマンという人間を知れるいい機会かもしれない。
酒は減り、テーブルの上の皿も片付いたところで、ドーベルマンが切り出す。
「イトザクラ。見た限りでは武術をやっていたみたいだな。」
「えぇそうね。まぁ極東の嗜みってやつよ。」
「え。」「え?」
なんでミッドナイトが驚くのよ。
ミッドナイトが剣術を修めているのもそういうことじゃないの?
「……その、極東の嗜み、というのは?」
「えっと、ちょっと待って?一定以上の地位や役職の者、武術を望んだ者は護身と心身鍛錬のために武術をやるものじゃないの?」
「俺はそういった話は聞いたことないな。」
「だ、そうだが。」
「……本当に?だってほら、ウタゲとか、貴方とか、マトイマルとかも武術をやってるじゃない。何より、姐さんにそう言われて薙刀術を教えてもらったんだけど。」
「そういった文化は聞いたことはないな。ウタゲからもそういった話は無かった。」
「えぇ……」
正直、薄々おかしいとは思ってはいたのだが、姐さんの言ったことだから正しいと思っていた。
ただ、この2人の反応からすると、まぁそういうことなのだろう。
いや、もしかすると、この2人が知らないだけかもしれない。
うん。たぶんそうだろう。そうだといいのだけど。
それよりも……
「何でもいいから強い酒を頂戴。」
なんと言うか、後先考えずに酔いたい気分だった。
『嗜み』の件もそうだが、そもそもこの一週間は負け続きだったのだ。
仕方がないとはいえ、ストレスもたまる。
端からこの様子を見れば、大体の人がやけ酒だろうと判断するだろう。
私は運ばれてきた酒を、一気に飲み干した。
イトザクラ「学術、武術、詐術は乙女の嗜み。」
ドーベルマン「おおよそ乙女とは呼ばなさそうだが。」
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