狸とロドスとオペレーター   作:cod fish

8 / 10
イトザクラ:狸の特徴を持つ先人。
(ヴァルポ)が苦手で、まともな交流が難しい。
子供には甘い。

ちょっとシリアス風味


狸と狐と紫煙

ロドスは医療機関である。らしい。

あれだけの戦力を持ちながら医療機関を名乗るのはどうなのかと思わないでもないが、医療機関らしい。

そして、扱うモノがモノ(鉱石病)だけに、短周期でメディカルチェックが行われる。

定期的な検診に加え、出撃前後も検診が行われる。

その結果は本人に医学的なアドバイスと共に返されるのだが……

 

「―――それで、ここの数値だけど、」

 

「はいはい分かってるわよ。大体は健康、過度な飲酒は禁止、煙草は可能なら止めろ、そんなところでしょ?」

 

ブリーズの言葉を煩わしげに遮る。

以前、『医療とは医者と患者の信頼関係によって成り立つ』と聞いた。

では、一方が他方を信用しなければどうなるか。

答えがこれである。

別に、私は医者を信用していない訳ではない。

『自分の身体のことは医者よりも自分が分かってる』などと愚かなことを言うつもりもない。

ただ、信用していないのは医者ではなく(ヴァルポ)である。

 

「あなた、ちゃんと聞く気があるのかしら?」

 

「えぇ、ちゃんと聞いてるわよ。」

 

あぁ、もちろん医者の言うことは真っ当に聞くとも。ただ、信用できないだけだ。

そして、片方に対話の意思が無ければ、すぐにコミュニケーションは断絶される。

 

「話はそれで終わり?ならさっさと自室に戻るわよ。」

 

返事をまともに聞かずに部屋を出る。

(ヴァルポ)が何か言っていた気がするが、些細なことだろう。

 

そうして自室へと戻ってきた私の心情は最悪だった。

いくら何でも、自身を案じている相手にあの物言いはないだろう。

 

「はぁ、(ヴァルポ)を嫌う性格、どうにかならないかしら。それより……」

 

先程のやり取りを思い返しても、明らかに私が悪いし、無礼である。

……こうならないために(ヴァルポ)を関わる機会を避けてきたというのに。

どうにも、(ヴァルポ)を前にすると攻撃的な思考になるのが避けられない。

 

「まったく、どうしようもないものね。」

 

詫び状でも書こうかしら、とペンと便箋を引っ張り出した。

 

 

 

このロドスにおいて喫煙者は非常に肩身が狭い。

流石医療機関といったところか、艦内全てで禁煙であり、喫煙所は無い。

辛うじて甲板での喫煙が黙認されている程度である。

どうしてロドスの医者達は嫌煙家が多いのか。健康に悪いからか。

まぁそんなわけで、数少ない喫煙者は人気のない甲板で煙草を楽しむのだ。

オペレーターの中には、作戦行動でロドス外に出たときに煙草を吸う者もいるようだ。

とにかく、喫煙はロドスにおいて面倒な話なのだ。

 

夕方のロドスの甲板。

甲板に設置されているベンチに腰掛け、煙管を取り出す。

辺りには人はおらず、なにかと小言を言われることもない。

袖口から煙管を取り出し、葉を詰め、マッチを擦り、火を点ける。

 

「……どうして姐さんはこんなのを吸ってたのかしらね。」

 

少し煙を吸い、吐き出し、ボヤく。

実際のところ、私は煙草を吸うこと自体は好きでもない。

ただ、いつも一緒にいた姐さんがかなりの愛煙家であったから、煙草の香りが落ち着くのだ。

煙草の香りを身に纏っていると、姐さんが近くにいる気がするのだ。

 

しかし、楽しんでいるときほど邪魔は入るものである。

 

「イトザクラさん?どうしたんですか?こんなところで。」

 

控えめであり、幼く、それでいてよく通る声。

九尾の(ヴァルポ)、スズランがそこにいた。

 

「……煙草の匂いが移るわよ。(こっちに来ないで。あっち行け。)

 

「いえ、気にしませんから。」

 

私が……というかアンタの周りの人が気にするんだよ。

スズランに煙草の匂いがついていたら、怒られるのはこっちなのだ。

こっちに近づくスズランにため息をつきながら、ほとんど燃えていない葉を携帯灰皿に落とす。

ベンチの風下側に寄りつつ、座るなら風上側に座れと煙管で指し示す。

 

「で?何か用でもあったんじゃないの?」

 

夕方の甲板なんて、用事でもなければそうそう来るものでもない。

となれば、用事があるんだろう。それも、多分私宛の。

 

「えっと……イトザクラさんの態度が……その……あまり良くないと。」

 

やっぱりそうか。いくら何でもまずいとは思っていたが、思ったより反感を買いすぎたらしい。

それに、わざわざ人を寄越すほど。多分ドクターかアーミヤ辺りに頼まれたのだろう。

となると……非常に面倒なことになった。

 

「それで?処罰か何か?もしくは解雇(クビ)?」

 

「いえ。ただ、『話を聞いてきて欲しい』と。」

 

私が言うのもなんだが、随分な貧乏くじだ。

(ヴァルポ)嫌いの話を聞くために(ヴァルポ)を選ぶとは、甚だ人選ミスではなかろうか。

いや、さすがに子供相手に悪意のある言葉をぶつけることは無いが。

 

「話しねぇ。何を言えばいいのやら。」

 

「その、どうしてヴァルポの人が嫌いなんですか?」

 

「どうして、か。まぁそんな珍しい話でもないけど。」

 

一つ、深呼吸をすると煙草の残り香が肺を満たす。

……どうにも、煙草の香りは懐かしさを思わせ、感傷的にさせる。

 

「ちょっと昔話をしてあげる。」

 

だからこんな話をするのも、きっと気の迷いなのだろう。

 

 


 

私の故郷は移動都市じゃない、大地に根付いた(拘束された)集落でね。

多少の自然の恵みと荒地での微妙な農耕で繋いでいるようなひどい場所よ。

 

その集落の政治というか、まとめ方が一番の問題だったんでしょうね。

(ヴァルポ)の長老一人による独裁。加えて、(ヴァルポ)贔屓。

あそこは(ヴァルポ)の人が大半を占めていた。

小を殺し、大を生かす。分かりやすいものね。分かりやすく、残酷。

そんな場所だったから、元々(ヴァルポ)への不満はあったのよね。

 

それで、私の両親も知らずのうちにいなくなってて、家族と呼べるのは姐さんだけだったのよ。

血の繋がりは無かったけど、「同族の誼だ」って言って随分と面倒を見てもらったのよ。

 

姐さんからは色んなこと。本当に色々なことを教えて貰ったわ。

護身と称して武器全般の扱いを叩き込まれたし、荒野で生きる術を教えて貰った。

あぁ、大学に入れる程度には知恵を付ける、なんて言って基礎的な学問も叩き込まれたわね。

術……アーツの扱いも姐さんから教わったのよ?本当に、何でもできる人だった。

 

あの人は、私にとって親であったし、姉であったし、師でもあった。

精神的に依存していたと言ってもいいわ。文字通り、私の全てだったのよ。

 

姐さんが最後に教えてくれたことは、鉱石病のことだった。

ある日の朝、姐さんの手の甲に昨日までは無かった源石結晶が浮き出ていた。

それを私に見せながら「鉱石病についてもう少し詳しく教えよう。最後の授業になるかもしれんな。」

そう笑いながら言ったのよ。

 

姐さんはその源石結晶を隠すことは無かった。

「己を偽り、隠すことなど、己の否定に他ならん。何故あの(ヴァルポ)どもを恐れなくてはならん?」

とか言ってたわ。

……あぁ、そうそう。姐さんは元から結構(ヴァルポ)が嫌いだったみたいでね。理由は特に知らないけど。

 

ただ、やっぱりというか。姐さんが鉱石病だと知った人たちは、排斥しようとした。

そして当然のように長老の知るところとなった。

その長老は……いや、そもそも、あの集落に鉱石病に関する理解というものは無かった。

えぇ。生きている人からはまず感染しない、鉱石病患者の死体を媒介とする、とかも知らなかったのでしょうね。

下された処分は、『処刑』。

私は反対しようとした。でもできなかった。他ならぬ姐さんに止められたから。

誰も反対しなかった。鉱石病は恐ろしいから。

誰も反対しなかった。反対したところで、多数に圧殺されるだけだと理解していたから。

誰も反対しなかった。小を殺し、大を生かす。今回は、生きることのできる側にいるから。

誰も反対しなかった。目を付けられれば、次の『小』となるのだから。

 

姐さんは集落から外れた場所の荒野で処刑された……らしい。

実際に処刑されたところは見ていない。けれど、それ以降一度も会うことは無かった。

私はいっぺんに親も、姐も、師も、全てを失ったのよ。

 

心に穴が開いたよう、とはよく言ったものね。

穴の空いた心はずっと血を流し続けて、苦しめ続けた。

そして、私はそれに耐えられるほど強くはないのよ。

 

姐さんを殺したのは鉱石病なんかじゃない。環境が、人が殺したのよ。

あの集落は(ヴァルポ)達によって形作られ、動いていた。

つまり、(ヴァルポ)達が、姐さんを殺した。

その怒りで、憎悪で、心の穴を塗り固め、塞いだの。

 

そうしなければ、私はきっと耐えられなかったから。

 

 


 

 

「はい、おしまい。きっと、どこにでも転がっているような話よ。」

 

「どうしても、仲良くできないんですか?」

 

「えぇ。私は貴方達(ヴァルポ)が嫌いだから―――「そんなことありません!」

 

「だって、嫌っているって、自分を騙しているだけじゃないですか!」

 

私はその言葉を、否定することができなかった。

実際、その通りだからだ。姐を失った悲しみを、誰かを憎むことで目を逸らし続け、誤魔化し続けていたのだ。

確かに、自分を騙し続けていた。だからといって、

 

「今更、自分を騙すのを止めるって?今更、自分を変えることができるとでも?」

 

いくら自分を守るための薄っぺらい嘘でも、綻びが見える理論であっても、それに縋るしか、自分を保つことができなかった。

それを今更捨てることなんて―――

 

「できますよ。ここ(ロドス)には、現状を変えたい人が集まってるんですから。」

 

その言葉は、ロドスの入社時の面接を想起させた。

 

『私は、非感染者の、感染者に対する認識を変えたい!そうなれば悲劇は一つでも少なくなる!』

 

建前で言ったのか、本音で言ったのか、当時も、今も分からない。

でも、今なら、本心からそう言うことができる。

 

「……まったく、子供に気づかされるなんてねぇ。」

 

「えっと?」

 

「手間をかけさせたわね、スズラン。自分を誤魔化すのはもう止めにするわ。」

 

「それじゃあ、皆さんと仲良くしてくれるってことですね!」

 

「あぁ、えぇと、もう子供に説教なんざされたくないってことよ!」

 

苦し紛れの言い訳をしながらベンチから立ち、逃げるように甲板から去る。

ただ、気分は悪いものではなかった。




《金剛煙管》
姐が()した長めの煙管。
「私の大事な煙管を『預けよう』。次に会う時に返してもらうから、大切にするのだぞ?」
という約束を帯びている。
また、素材は不明だが妙に頑丈で、持ち手の技量次第で振るわれる剣を無傷でいなすこともできる。
イトザクラにはできない。


スズランの花言葉の一つ:純粋
イトザクラ(枝垂桜)の花言葉の一つ:ごまかし
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