大体の分野におけるアマチュア程度の知識を持っている。
あと、表に出さないが実は孤独に弱い。
ある日の自由時間、私は珍しくロドスの甲板に出ていた。
いつもは本を読んだり、昼寝をしたりと基本は自室に籠っているのだが、偶には外も悪くはないかもしれない。
外の空気も悪くないし、吹き抜ける風も心地いい。
ただ、今日は一人で外にいるわけではないのだ。デッキの上から可愛らしい声が降ってくる。
「イトザクラさん! しっかり受け止めてくださいね!」
「はいはい、気を付けなさいね」
随分と高い場所からハニーベリーが声をかけてくる。またいつものように飛び降りてくるのだろう。
普通、あんな高い場所から飛び降りたら少なくとも足を折りそうなものだが、何故か彼女は平気だ。
曰く、『手足を広げて、空気を掴むように』だそうだが、真似はできそうにない。
そんな彼女は足場を蹴り、四肢を広げて飛び降りてくる。
私は両手を広げてハニーベリーを迎え―――軽い手ごたえと共に腕の中に納まる。
「えへへ、ありがとうございます。イトザクラさん」
ハニーベリーは嬉しそうに私に抱き着いてくる。
私も彼女のフードの上から撫でると、更に嬉しそうに、強く抱きしめてくる。
人懐こくて可愛らしいのは非常に好ましいのだが、どうにも悪い人に騙されないか心配になってしまう。
大体、どうしてここまで懐かれたのだったか。
……あぁ、多分、研修を担当したからだろうか。
確かこんな感じの経緯だったはずだ。
「―――とまぁ、これらが新しく入ってくるオペレーターの資料なんだけど、どう思う?」
「どうって……いいんじゃない? それで、何を言いたいのかしら?ドクター?」
ドクターの執務室に呼び出されて、特に説明もされないまま渡された新しいオペレーターの資料。
まさか何の意味もなく、というわけではないだろう。正直、面倒ごとの気配しかしないが、聞かないわけにもいかない。
「彼女の研修を担当してもらいたくてね?」
「……本気で言ってる?」
「もちろん。イトザクラならできると思うよ。薬草にも詳しいし、心理学も修めているだろう?」
「薬草に詳しいと言っても極東周辺のものが中心だし、心理学に関しては犯罪心理学とメンタルセラピーを一緒にしないでくれるかしら」
そもそも、私は多くの分野の知識を知ってはいるが、大体はアマチュア程度の知識しかない。
あと、犯罪心理学と濁したが、正確には犯罪(に使う)心理学である。一応周辺知識として他の分野の心理学も知らないわけではないが……
はっきり言ってしまえば、私が新人に何かを教えることはできない。という結論となる。
「いやいや、研修といってもそこまで難しい物じゃないさ。ロドスに馴染むまで先達として面倒を見てほしいだけだよ」
「あー……つまり、技能研修とかとは別ってことね。 にしてもなんで私が? 医療部の人ならその後もスムーズだと思うけど」
「それが、医療部はいつも忙しくてね。少しでも負荷を減らしたいんだ。それに、色々な分野に知識があるって聞いたしね」
つまり、広く浅い知識を持っている私を便利に使いたいということらしい。
まぁ悪い話でもないだろう。いつも書類とにらめっこすることにも飽きが来る。問題児でもなければ面倒もないだろう。
「分かったわ。それで、いつからかしら?」
「3日後だね」
「……もうちょっと早く言って欲しかったわ」
「はじめまして、この度医療部配属になった、実習生のハニーベリーです!」
「しばらく貴女の研修を担当するイトザクラよ。なんでも聞いて頂戴」
「……食堂のメニューに甘い物とかないんですか?」
「健康管理の観点とか、手間の削減とからしいわ」
「そんなぁー……」
「あーでも、混んでいる時間帯じゃないなら、個人的に頼むのは大丈夫だったと思うわよ」
「そうなんですか?」
「ただし、医療部とつながりが少ない人に頼むことね。例えば……あの大きいフォルテ、マッターホルンとか。」
「ここが図書・資料室ね。薬草関係はあそこ、心理学関係はあっち、医学論文は向こうの方」
「イトザクラさんも、よく使うんですか?」
「そこそこね。結構充実しているから便利なものよ。」
「何かおススメの本とかありますか?」
「……これかしら。
「……はぁ⁉︎ 個室も宿舎も空きが無い?」
『急な話だったから、整理、清掃が間に合わなくてね。明日には使えると思うからさ』
「……で、どうしろと。まさか私の部屋に泊めろとでも?」
『そうだよ? 今までだってヘイズやドゥリンが泊まっていたんだろう?』
「あれは向こうが勝手に……切られた」
「えっと、わたし、どうすれば……」
「貴女が良ければ、私の部屋で寝るといいわ。私は適当な所で寝てるから」
まぁ、私の寝床はどうにでもなるだろう。最悪、寝袋を引っ張り出して廊下で寝ればいい。
「え、わたし一人なんですか……?」
「そのつもりだけど……そっちの方が良くないかしら?」
今日、ロドスに来たばかりで心身共に疲れているだろうし、研修を担当する
「イトザクラさんはいてくれないんですか……?」
「んー、手狭になると思うわよ?それでもいいなら」
「はい!」
―――夜中
ふと、腕に違和感あって目が覚める。見てみると、隣の布団で寝ていたハニーベリーが私の寝巻きの袖を掴んでいた。
さっさと振り払って寝直そうかと思ったが、彼女の境遇をふと思い出す。
身内が
まったく、身に覚えがある話だ。極東でも、レム・ビリトンでも、どこでも起こっていることなのだろう。これだから差別主義の非感染者は―――
いや、今見るべき問題はそうじゃない。
まだ幼い少女だというのに、故郷を離れ、親と離れ、慣れない環境に身を置いている。辛くない、寂しくないということは無いだろう。
そっと、ハニーベリーを抱きしめる。ハニーベリーの温もりが、腕から伝わってくる。
彼女の険しかった寝顔が、少し柔らかくなった気がした。
まぁ、翌朝にハニーベリーの方が早く起きたことで、私が彼女を抱きしめていたことがバレたのだが、それはまた別の話だろう。
そんな訳で医療部に本格的に配属されるまでの1週間面倒を見ていたからか、結構懐かれた訳だ。
「イトザクラさん! もう一回いいですか?」
「えぇ、今日は時間があるからいくらでも付き合ってあげられるわ」
やった、と言いながら高所への階段を上がっていくハニーベリー。
正直言えば、あんな高所から飛び降りるという趣味はイマイチ理解できない。
重力から解放されるような感覚を味わえるのだろうが、その数秒後のことを考えるととても実行する気にはなれない。
ただ、下で待っている分には気が楽だ。
彼女が飛び降りるのを待って、受け止めてやるだけでいい。抱きしめたり、撫でたりというのも役得というものだ。
それに、あんなに嬉しそうに、楽しそうにしているのだ。こちらもつられて嬉しくなるというものだ。
「飛び降りますよー! しっかり受け止めてくださいね!」
そう言った彼女は、この上ない笑顔だった。
もちろん私も、自然と笑顔を浮かべていた。
イトザクラ「なんで私の個室に来客用の布団があるのかしらね?」
ヘイズ「ネコをもてなすのは当然でしょ~?」
ドゥリン「何も言わなくても寝る場所とおやつを用意してくれるし~」
イトザクラ「大体貴女達のせいね。ヘイズは何も言わずに私の寝床を使ってたし」