エレウシスの盃   作:通りすがりのアンパン

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龍神の加護

 時間の流れは早いもの。俺はこの世界にきて五年……五歳になった。

 

 五歳の誕生日会は相変わらず盛大に里全体で行われ、夜通しお祭り騒ぎだった。

 でも、俺は自分の誕生日会を心から楽しむことはできなかった。表面上はニコニコと愛想笑いで楽しんでいるように演じた。毎年恒例のイベントに飽きたわけじゃない。むしろ前世は誕生日なんてろくに祝われたことなんてないし、気付けば誕生日が過ぎていたなんてこともあった。だから里の皆、父さん、母さんにはすごく感謝している。

 それでもあることがここ最近俺を焦らせ、余裕を持つことができなくなっている。

 

 そのあることとは、俺の剣術と魔術の成長が止まったことだ。

 

 俺の剣術と魔術はどちらも中級。五歳の子どもにしちゃむしろよくやっている方なんだろう。四年前のスタートダッシュで里のみんなからは将来大物になるんだろうと期待の眼差しを向けられていた。

 それが今じゃこの体たらくだ。いざ蓋を開けてみれば、俺は天才でも何でもなく普通の子どもだったのだ。そう、どこにでもいる竜人の子ども。俺には分かる。里のみんなが徐々に期待をしなくなったのを。失望されたわけじゃない。普通の子どもとして、普通に接してくれている。アンチもいない。

 

 里のみんなは優しい。でもその優しさが俺には居心地が悪かった。この前の誕生日会、里長は俺に一族に伝わる杖をくれる予定だったらしい。そういう噂を聞いた。だが、里長は何事なかったかのように俺にその杖を渡すことはなかった。まあ、そういうことなんだろう。

 

 父さんと母さんは気にすることなんてないと言った。

 

 ある日の夜、二人がいつもの夜の営みをしている時のことだ。

 

「ネイラ、俺はあの子に上手く剣術を教えてやることができなかった。毎日毎日、いずれは剣神になるのだと。あの子にプレッシャーを与え過ぎてしまったのかもしれん。俺の責任だ」

「自分を責めないで……クレオス。私だって扱える上級魔術は一つだけ。あの子が中級で止まってしまっているのは私の実力不足でもあるんだから。でもあの子は強くならなければいけない使命なんてないのよ。家族三人でのんびり暮らせれば、それで十分じゃない」

「……ああ、そうだな。でも落ち込んでるアーデが可哀想でな……」

 

 わかってる。剣術も魔術も中級。十分じゃないか。里周辺の魔物だって中級もあれば十分相手をできる。旅に出ても問題ないレベルだ。それでも俺は強くなりたいと思っている。傲慢だろうか?強さを求めるあまり自分を見失うなんてよく聞く話だ。

 わかってるんだ。わかってるけど……何故か、俺は強くならないといけないという使命感がある。

 きっと……俺が転生者あることが理由なのだろう。理由があるからこの世界にきた。いや、連れて来られたんだと……思う。

 

 それからまた一週間が経った。

 

 今日はクレオスとネイラも休みらしいが、クレオスは用事があるからと先に朝トレを終わらせてどこかへ行ってしまった。

 まあ中身の方は三十年人生を経験しているため、クレオスとネイラが何かしら俺のために準備してくれているのであろうことは察した。二人とも朝から妙にソワソワしてたしな。

 

 俺は空気が読める人だ。何も知らないフリをするなどお手の物。なにかしてくれるというのならオーバーリアクションで喜んでやろうではないか。

 恐らくまだ家に入るには早い。先程から家の中でネイラがアタフタと何かしているのが窓から見える。ならば俺はひたすら木刀を振ろうではないか。ついでに魔術の練習もしておこう。

 

 ああ、そうだ。今俺が使える魔術を整理しておこう。

 

 俺が使える魔術の属性はネイラと同じく火、風、闇、光。

 火属性下級魔術は『火球(フレア)』『火槍(フレア・ランス)

 下級ではあるが消費魔力も少なく雑に扱えるため、俺のメイン攻撃魔術だ。

 中級は『火球爆(フレア・バーン)

 これも使い勝手がいいためよく使う魔術だ。火球爆は字の通り火球に小さな爆発が加わったもので、並の魔物はこれで倒せる。

 

 さて、次は風魔術だ。

 風魔術はまだ下級しか扱えないため、『旋風(ウィンド)』だけだ。

 下級風魔術は攻撃というよりも補助技だ。ちょっと高くジャンプしたり、素早くステップや緊急回避なんかに使う。

 

 次は闇魔術。いやぁ、闇って響きがいいね!と言っても闇魔術は基本的には妨害系だ。

 

常闇(スリープ)』『闇の呪縛(シャドウチェーン)』二つとも下級魔術だ。常闇は相手を眠らせ、闇の呪縛は拘束技だ。

 

 ラストは光魔術。光魔術には下級は存在せず、中級からだ。

 

癒し(ヒール)』『光の癒し(ライト・ヒール)』『光柱(ライト・レイ)

 

 ヒールはネイラが使っていた魔術だ。単体への回復魔術で、ライト・ヒールは複数人を対象にとる範囲回復魔術だ。これがあるだけで生存確率は段違いなんじゃ。

 

 ライト・レイは攻撃魔術。主にアンデッドとかそういう奴らに効果は抜群だ。

 

 と、今俺が使える魔術はこんなもんだ。正直言おう。大した魔術は使えない。魔術が苦手なクレオスとの模擬戦ですら単純な撃ち合いでは勝てないのだ。

 

「はぁ〜」

 

 マイナス思考はやめよう。そうだ。人生100年。まだまだ成長段階だと信じよう。

 

「おーい!アーデ!」

 

 先程出かけたクレオスが帰ってきた。なんと馬車に乗って。

 

「父さん、その馬車どうしたんですか?はっ……まさか……もう俺はいらない子だから里を追い出すのか……」

「いやいや!そんなわけないだろう!?引っ込み思案なりすぎだって!」

 

 最近気付いたのだが、俺の父親、クレオスはボケに対してなかなか面白いツッコミを入れてくれることが判明した。父親とのスキンシップとしてこれからはどんどんボケをいれていこうと思う。

 

「まったく……まあお前のことだから勘づいていると思うが最近魔術に伸び悩んでいるだろう?だから魔術に詳しい人を雇ったんだ」

「ほう」

 

 クレオスが着いたぞと言うと馬車の荷台からよいしょと可愛い声を出してローブ姿の人が降りてきた。

 

 灰色を基調としたローブを纏いひざ上までの長さの黒いスカートが女性の魅力を引き立てている。顔は魔女らしい帽子をかぶっているため見えないが、少女だろうか?身長はさほど大きくはなく、体型も美女というも美少女よりの雰囲気がある。

 

「どうも初めましてアーデさん。わたしは、超級魔術士『ニコラ・アルチーナ』といいます」

 

 帽子を取り軽く頭を下げた彼女の印象は少女と女性の境目にいるような感じだ。肩より少し長い白い髪に、エメナルド色の瞳はどこか天然っぽい。

 

「ほら、アーデも挨拶」

 

 ポンと肩に手を置かれて取り繕ったように姿勢を正す。

 

「は、初めまして。アーデ・デメテールです!」

 

 落ち着いた声色は透き通っている。この声を耳元で囁かれたらきっと俺は昇天する勢いで股下の聖剣は奮い立たされるだろう。

 

「これから少しの間お世話になります。クレオスさんから聞きました。魔術に伸び悩んでいるんですよね?私なんかで務まるかわかりませんが力になりたいと思います」

「よ、よろしく、お願いします」

 

 うん、可愛い。120点だ。異世界ってやっぱ美女、美少女の宝庫だよな。

 

「ま、立ち話もなんだし家に入ろう」

「お邪魔します」

 

 なるほど、ニコラはこれから俺の家庭教師になるというわけか。いいねぇ……こんな可愛い子に教えてもらえるならおじさん頑張っちゃうよ。

 

「なんかとてつもなく不純な視線を感じるんですが……」

 

 おっといかん、第一印象は大切にしないとな。くそーこの世界にカメラがあれば何十枚と彼女を写真に収めるというのに。

 

「ニコラちゃん!久しぶり!元気にしてた?」

「はい、ネイラさん。相変わらず冒険者ですが元気にやっていますよ」

 

 おや?ネイラとニコラは知り合いだったのか。そういえばクレオスとも見知った感じだったな。

 

「この前王都に行った時にたまたまニコラと遭遇してな。俺の息子のことを話したら力を貸してくれるって言ってくれたんだ」

「私が駆け出し冒険者の頃はお二人に助けてもらいましたからね。御恩は返さないと」

 

 恩だなんていいのに〜とネイラは久しぶりの友人との話に花を咲かせる。しかし、駆け出し冒険者か。まだニコラは若い印象だが、歳は何歳なのだろうか。

 

「ニコラさんは今おいくつなんですか?」

 

 ふっ……これが子どもの特権!大人なら聞くのを躊躇うことも無邪気な子どもならぐいぐいと攻めることができる。

 

「えーと……今年で43だったと思います」

 

 え、43……?43歳でこの体型……だと……?

 

 衝撃の事実に雷が落ちたかのような錯覚を覚えた。

 

「ニコラちゃんもまだ若いわねー私たちなんてもう90歳よ」

 

 晴天の霹靂とはまさにこのことだろうか。90歳ってもうBBA(ババア)じゃねぇか。この世界はある程度育ったら外見は変わらんとかいうルールでもあんのか?

 

「いえ、ネイラさんたちもまだまだお若いですよ。竜人族は500年以上生きると言われますからね。私たちの種族はせいぜい300年ですよ」

 

 いやいやいやいや、500年だの、300年だの、この世界の平均寿命バグってんのか?

 

「あ、もしかして私のこと人族だと思ってましたか?」

 

 ニコラは仰天している俺を見てクスリと笑った。あぁ……天使だ。貴方が何歳だろうとその美しさに嘘偽りなどあるまい。

 

「私は魔族でこの髪は私の種族の特徴です。アルチーナ族は代々魔術に長けた種族なんですよ。まあ、私はそうでもなかったのですが……ちなみにこのちんちくりんな体型も種族の特徴です。祖先は小人族の血を引いているそうです」

 

 そう言ってニコラは苦笑した。クレオスの身長が180くらいだから、ニコラの頭の位置的に150センチぐらいだろうか?もう少しあるかな?

 

 しかし彼女も昔は悩んだ時期があったのだろう。でも今は超級魔術士という立派な地位になっている。俺だって努力すればそれなりに魔術が使えるようになるかもしれない。

 

「僕から見たニコラさんは素敵ですよ」

「……!あ、ありがとうございます」

 

 前世じゃこんなストレートに言えなかっただろう。これが異世界補正ってやつだ。

 

「グ〜〜〜」

「あ」

 

 お腹が鳴った。そういえばまだ朝食を食べてないんだった。

 

「ふふっ、アーデお腹空いたのね。すぐに用意するから待っててね」

 

 ニコラもお腹が鳴ったのか恥ずかしそうに頬を赤らめていた。可愛い。

 

 ──────────

 

 朝食を食べた後、俺はクレオスに付いて里周辺の魔物の排除に出かけた。ニコラは長旅で疲れたのか朝食を食べた後ソファで眠ってしまった。王都からこの里に来るには5日かかるらしい。そうなると俺が旅に出る時は5日間の移動から始まるのか……キツイな。

 

「そうだな。普通なら5日はかかるな」

 

 どうやら声に出てしまっていたらしい。

 

「普通なら?」

 

 他にも移動手段があるのだろうか。

 

「お前はなんだって竜人族だからな」

「竜人族だから?ちょっと理解が追いついてないんですけど……」

「まあ、これからわかるさ」

 

 クレオスが立ち止まる。魔物の排除とはただの口実だったのか。場所は里の中央広場。誕生日とかのイベントをするところだ。見れば里長もいる。

 

「ガハハ!よく来たなアーデよ!」

「あ、里長。こんにちは」

 

 いつもの腕を組んで仁王立ちのポーズだ。

 

「さてアーデよ。我が里はある条件を満たした者には我ら一族の秘技を伝えることになっている」

「おぉ!なんか覚醒イベントみたいなのきたな」

「……何のことか知らんが、聞くより見る方が早いな」

 

 クレオスは俺を少し後ろに下げさせる。秘技……なんかすごい魔術か何かだろうか?結構楽しみだ。

 

「……いくぞ」

 

 カッとオリオントは目を見開く、金色の目はいつに増して輝きが増し周囲にドス黒い魔力が溢れ出しオリオントを包み込み、姿見えなくなった次の瞬間。

 

「我、竜の化身」

 

 オリオントの声と共に包み込んでいた魔力が爆ぜる。その衝撃に思わず身を構える。

 

「……ん?っうお!?」

 

 俺は目の前の光景に目を見開いた。先程までオリオントがいた場所には1体の竜が立っていた。竜人の髪と同じ色合いで典型的なワイバーンって感じだ。

 

「ガハハ!驚いたかアーデよ!これが我が一族の一部の者のみが扱える秘技『竜化』だ。この姿になれば五日かかる王都に半日で着くぞ!」

「す……すげぇ!!これが俺にもできるのか!」

 

「俺が里内の買い出しは竜化して王都まで行ってるのだ!ここはちと首都から離れてるからな!」

 

 買い出しにこき使われる里長って……

 

「アーデよ、お前は既に竜化ができる。先日の誕生日会でお前に飲ませたものがあるだろう。あれは、竜人が古来から飲んでいる秘薬。お前の場合その膨大な魔力の制御をするために飲ませたのだ」

「膨大な魔力って……俺そんな魔力あります?」

 

 オリオントは目を瞑り冷静に答える。いつもの豪快な雰囲気はなく竜の姿もあって神秘的なものだ。

 

「お前の魔力は古代龍族と同じものだ。稀に竜人の間に産まれる子どもには龍神の加護がつくことがある」

 

 オリオントにしては珍しい説明的な話だった。

 

 話をまとめると、龍神の加護がついている者は5歳を迎えると魔力の制御が不安定になるらしい。膨大な魔力が溢れ出し魔術が使えなくなるからだ。

 本来溢れ出す魔力は古代龍族のもので、竜人の魔力と干渉すると相互に打ち消しあってしまうらしい。なぜ溢れ出す魔力が古代龍族のものなのかはわからないらしいが、古代龍族は自身の魔力を代々受け継がせていく風習があったそうだ。それが今でも続いているのではないかという仮説が今のところ有力である。

 

 そして、俺は古代龍族の加護を受けながら魔術を使える。すなわち適応したのだ。かつて古代龍族の加護を受け入れることができたのはそれなりにいたらしい。その中でも特に抜き出た存在が5人いた。

 その5人は名を世界に轟かせている。もちろん今もなお健在だ。

 

 蒼龍(ソウリュウ) ティアマト

 黒龍(コクリュウ) バハムート

 白龍(ハクリュウ) エキドナ

 五頭龍(ゴズリュウ) ヴォリトナ

 そして、龍王(リュウオウ) ウロボロス

 

 どれも前世で聞いたことのある龍の名前だ。ヴォリトナだけ似たような名前を知っているが、この世界では少し違うようだ。

 

 この5人は『五龍神』と呼ばれ世界の均衡を保っているのだとか。

 

「なんだか、空の上のような話ですね」

「だが、お前も彼らと同じ龍神の加護を受け入れることのできた一人だ。胸を張るがいい!ガッハッハ!……おっとそうだ、このことは里内だけの秘密だ。理由はわかるな?」

「狙われる……とかですか?」

 

 力が欲しいとかで殺されるのだろうか。あーやだやだ。

 

「その通りだ。最も加護を受けているのに気付けるのは加護を受けた者のみだがな!お前が喋らなければ誰もわかるまい!」

 

 ん?加護を受けた者しかわからない?ってことは……

 

「里長も加護を受けているんですか?」

「そうだ!俺も加護を受けている。そして竜化は加護を受けた者のみが扱える秘技!お前に伝授しよう!」

 

 竜の姿のままポンと手を俺の頭の上に乗せる。ゴツゴツした感じが俺の頭を握り潰すのではないかと冷や汗が垂れる。

 

「若き龍神の子よ、本来の姿を表せ」

 

「……っ!うぉおぉおおおおお!!」

 

 体が弾けるのではないかというほど内なる力が溢れ出してくる。

 

「アーデよ!唱えろ!竜化の詠唱だ!」

「……!我、竜の化身!!!」

 

 黒い魔力が身を包む。熱さを感じるほど熱を帯びた魔力はアーデの姿を変える。

 

 魔力が弾け、魔力を包み込んでいた者の姿が現れる。

 

 それはオリオントと同じく金色の目を輝かせる黒紅の竜がいた。

 

「アーデ!自分がわかるか?」

 

 クレオスが心配そうに竜を見上げる。あんなに大きく見えた父親を見下ろすのは不思議な感覚だ。

 

「父さん、大丈夫。まさか5歳で父親を見下ろすなんて思ってもみなかったけどね」

「……はは、そうか……でも、おめでとう。お前も晴れて加護を受けし者だ」

 

 クレオスは感極まったのか目に涙を溜めている。

 

「ガハハ!さて、まずは竜化に慣れるがいい。後日、竜化で扱える魔術を教えよう」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 こうして俺は新たなる力、竜化を習得した。今のところ使い道は里内のお使いしかないが、今後オリオントから色々竜化で使える魔術を教えてもらえるためその時に備えてより魔術の精度を上げておこう。そのためにクレオスは俺に家庭教師をつけてくれたのだ。とびきり可愛い彼女をな。

 

 明日からまた頑張ろうではないか。

 

 

 

 

 

 

 




プチ情報コーナー
ニコラ・アルチーナ……魔術の精鋭と呼ばれる魔族、アルチーナ族の一人。好きな物は甘い食べ物。本人曰くアルチーナ族はみんな甘いものが好きらしい。また、好きなことは食べることだそうだ。
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