エレウシスの盃   作:通りすがりのアンパン

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ニコラ・アルチーナ

「ふあぁ……」

 

 目が覚めると見覚えのない天井が視界に入った。

 ああ、そうでした。私は昨日前にお世話になったクレオスさんとネイラさんの家に家庭教師をするために来たんでした。

 

 お二人は結婚してて誰が見ても夫婦円満という雰囲気でした。

 いいなぁ……私にも何か出会いがないのでしょうか。なにかこう……運命的な出会いが……

 

 コンコン

 

 ドアを叩く音が聞こえる。

 

「ネイラ先生、起きてますかー?」

 

 子どもの声だ。二人の息子のアーデ君だろう。

 

「すみません……もう少し寝かせて下さい……」

 

 彼女はかなり朝に弱い。欠点だと分かっているがなかなか直せないでいる。

 

 再び布団に包まり目を閉じる。

 

 ──────────

 

 

 

 ニコラ・アルチーナは有名な一族の生まれだ。そのため縁談もよく行われた。しかし、彼女はそれが嫌で嫌で堪らなかった。自分が好きな人は自分で決めるのだと親と喧嘩をしたのち家を出た。

 当時はまだ幼かったものの、やはり一族の血が流れるだけあって人並み以上の魔術を扱うことができた。転々と街を流れ、冒険者になってからは飯を食っていく分のお金は稼げるようになった。

 やがて彼女はその実力が周囲に知られるようになり巷で噂の魔術士として冒険者稼業を続けた。

 

 そんなある日、なかなか値の良いクエストを見つけた。

 

『ホワイトベアーの討伐依頼』

 

 ここ最近魔物の活発化が注目されるようになり、普段は人里まで降りてこない強力な魔物が姿を表すようになったそうだ。冒険者としては稼ぎになる仕事が増えやりがいがあるのだが、討伐依頼とは常に死と隣り合わせの職業。昨日話した人が翌日には腕一本の遺体になって帰ってくることなんてよくある話だ。

 

 そんて今回の依頼、Aランククエストだ。

 

 クエストにはランクがあり、D、C、B、A、Sの順にランクが上がっていく。当然ランクが上がれば内容は難しく、危険も多い。それでも冒険者は一攫千金を狙ってより良い報酬のクエストを受ける。

 

 数日前、念願のA級の杖を購入したニコラは懐が寂しかったためこのクエストを受けることにした。

 

 流石に一人で行くのは心許無いためパーティーを募集した。

 

 少々有名な彼女の下にはすぐに人が集まった。しかし、クエスト内容を知ると身の丈に合わないのか皆辞退した。流石に死ぬと分かってクエストに行く気は起きないようだ。

 

 彼女はもう一度依頼書を見る。

 

 ホワイトベアーの討伐。

 

 ホワイトベアーは雪山に生息する凶暴なモンスターだ。縄張り意識が強く、常に見張りで歩き回っている。一度縄張り内に足を踏み入れれば最後、敵を殺すまでホワイトベアーは追いかけてくるそうだ。なんと奴の足の速さは直線上だと90キロを超える。大盾を構えたタンクですら蹴散らす強さはまさにA級だ。

 対策としてはいかに行動を先読みして奇襲を仕掛けられるかが勝負になる。

 

「はぁ……仕方ないですね」

 

 一人では危険。それはわかっているものの、自分一人でもなんとかなるだろうと過信して席を立った時だった。

 

「よぉ、お嬢ちゃん。俺はクレオス・デメテール。その依頼俺()()にも手伝わせてくれないか?」

 

「もう、クレオスったら……それ、ナンパしてるの?」

「いやいやいやいや、君がいるのにそんなことするわけ……ないだろう?」

 

 そう言いつつもクレオスと名乗った男は目が泳いでいる。二人はお付き合いしている仲のようだ。いや、聞いたわけではないがそんな雰囲気がある。

 

「急にごめんね?この人変人だから気にしないであげて……。あ、まだ自己紹介してなかったよね。私はネイラ。ネイラ・デメテール。彼と同じデメテール出身なのよ」

 

 デメテール……確か竜人の里の名前だ。古代龍族の血を引く少数民族であり、剣術、魔術、両方において高いレベルの技を扱うとされる300年前に起こった龍大戦時代の生き残りだ。

 龍大戦後の竜人族は強者が多く死んだ影響でかつてほどの力は失い衰退したと聞いてはいるが……

 

「ええと……あなたの名前を聞いてもいい?」

 

「あ、すみません」

 

 いけない、ボーとしてた。

 

「私はニコラ・アルチーナと申します。お二人方は……お付き合いされているのですか?」

 

 しまったと思った。つい、興味本位でプライバシーなことを聞いてしまった。

 

「お、やっぱそう見えるか?そう見えるよな〜こんな可憐な女性をほっとく奴なんかいねーもんな」

 

 クレオスがギルド内の面子にドヤ顔を決めると悔しそうに男衆が睨んでいる。彼女は相当モテるようだ。

 

「そうね。クレオスとは幼馴染なの。でも今度他の女性に手をかけたら二度とデキないように、それ、折るわよ?」

 

 顔は笑顔のままその視線はクレオスの股下へと向けられる。

 

「ひっ……!ち、違うんだ、これは彼女が困ってそうだったから声をかけただけで……!」

「えぇ、そうよね。でも、もしもの時は……」

「は、はいぃ!心得ています!ネイラさん!」

 

 半泣きになって慈悲を乞うクレオスに他の男衆も青ざめた表情をして目を逸らした。

 

「あ、あの……それでこのクエストを手伝ってくれるのですか……?」

「ええ、もちろん!困った時はお互い様でしょ?」

 

 こうして私は二人と共にホワイトベアーの討伐に向かい、二人の圧倒的な戦闘力のおかげで難なくクエストを達成した。

 

 あの時、二人が声をかけてくれなかったら私一人でクエストに行っていただろう。そして、自分を過信した結果、きっと死んでいた。二人の実力を見て私はようやく己を見つめ直すことができたのだ。

 

 ──────────

 

(二人には恩があります。その二人の子どもの家庭教師をするならば、朝の眠気に負けてられませんね……)

 

 よし!と一声上げて起き上がる。

 

「ゲヘヘ……あ」

「…………」

 

 小さな変態がゲスい顔で私のパンツを舐め回すように見ていた。

 どうやら父の遺伝子を受け継いだようだ。

 

 ──────────

 

 

「それで、アーデは焦げているのね」

 

「すみません少々やり過ぎました」

 

 ニコラに反省の色はない。まあ、100:0で俺が悪いんだけどな。だってあんな無防備に寝てたらチャレンジしたくなるやん?欲が出るやん?手の届くところに夢があるのにそれに目を逸らすのは浅ましいし勿体無いと思わない?

 

「誰に似たんでしょうね?ねぇ?」

「いやもう俺確定って顔してるな。うん、わかってるよ?俺の子だもんね。俺の特徴引き継いたんだよな。でもそんな哀れみの視線は向けないでほしい。俺の心持たないから」

 

 すまねぇクレオス。クレオスのそれもあるが、元から俺はスケベなんだ。

 

 

朝食後、俺はニコラに魔術を教えてもらうため外に出た。

 

 

「さて、気を取り直しまして。今日から魔術について教授していきますよ」

 

「よろしくお願いします!先生!」

 

 ニコラは先生と呼ばれると照れ臭そうに頬をぽりぽりかいた。

 

「……アーデ君は既に基礎はできていると聞いています。ですが、魔術の向上が止まっている以上、もう一度基礎から固め直すのが最善だと思います」

 

 なるほど、それは盲点だったかもしれない。地盤が緩いところに家を建てようとしたら最初は問題なくても後々崩れ落ちるのは当然。俺の場合ヤケクソに中級魔法を習得しようとして余計に足下が疎かになっていたのだろう。

 

「もちろんこれは私の一論に過ぎないのでアーデ君の意見を尊重しますよ」

 

「いや、ごもっともです。俺は焦っていたんだと思います。これを機にまた一からやり直したいと思います」

 

 そう言うとニコラは微笑んで頷いた。天使か。

 

「わかりました。では、一度聞いた話でうんざりするかもしれませんが魔術の基礎について説明しますね」

 

 基本は大切だ。思わぬ聞き落としがあったかもしれないからもう一度しっかり聞こう。

 

「まず、魔術には基礎となる6つの属性があります。火、水、風、土、闇、光です。ここは大丈夫だと思います」

 

 頷き肯定。応用魔術ではさらにさまざまな属性に分岐するのも知っている。

 

「次に魔術の発動の仕方についてです。魔術は基本的には詠唱を行い発動させます」

 

「手に魔力を込めて火球(フレア)!って言うやつですよね」

 

「いえ……それは無詠唱と呼ばれる高度な魔術の使い方ですよ」

 

「……え?」

 

 そんなの初めて聞いたんだが……

 

「え……まさか、アーデ君魔術を無詠唱で使っているんですか?」

 

「そもそもこれが無詠唱って知らなかったです」

 

「はぁ〜……」

 

 ニコラは頭を抱え大きくため息をついた。

 

「なるほど、原因がわかりました。原因は貴方の飛び抜けた魔術の才能ですよ」

 

 話をまとめると俺は地盤を固めるどころか、それらの過程をすっぽかして応用をしていたらしい。何故ネイラとクレオスは教えてくれなかったのだろう。いや、そもそも魔術に関しては俺一人でやってたし、クレオスに関しては魔術については無知で剣一本で生きてきた男だ。うん、自業自得だな。

 

 一応持ってきた魔術の本を改めて読んでみる。この世界の文字にだいぶ慣れてきた今だからこそ気付いたが、冒頭のページに確かに魔術は詠唱により発動すると書いており、各魔術名の下にはちゃんと詠唱が書かれていた。

 俺がいつも読んでいたのは魔術名と詠唱の下にある具体的にどんな魔術ななかについての部分だけだった。詠唱のところはよくわからなかったので飛ばしていた。

 

「もしかして俺の4年間ってあんまり意味がなかったのか……?」

 

「それは……いえ、アーデ君は5歳で無詠唱を使いこなしているんです。それはちょっとの努力でできることじゃないのは私が身をもって知っています。私はまだ無詠唱魔術を使えないんですから」

 

 ニコラは褒めてくれるが、表情は少し曇っている。それに他人から見た俺はまだ5歳。十分これから伸びると考えるだろう。でも、それでも俺にとってのこの4年間は決して短くはなかった。

 

 ちょっと考えばわかることじゃないか……。何のための前世の記憶だ。魔法ってのは詠唱して使うのは当然なのになんでそこに気付けなかったんだ。自分が馬鹿馬鹿しい。

 

 だが……俺が魔術な行き詰まったから今こうしてニコラと会えたわけだ。ならばプラマイ0じゃないのか。むしろ朝からパンツを拝めてむしろプラスじゃないのか!?

 

「……先生」

 

「は、はい」

 

「俺、やります。今までの時間は勿体無いと思いますが、基礎を固めれば逆にさらに成長できるってことですもんね!」

 

「そ、そうですよ!その通りです!アーデ君は既に中級魔術を扱えるんです。基礎を固めれば上級なんてちょいちょいですよ!」

 

 なんかやる気出てきた。やるぞ、俺はやるぞー!

 

「アーデ君の場合初級に関しては逆に詠唱をしないほうがいいかもしれませんね。なら、中級魔術を中心に詠唱による魔術の練習をした方がいいでしょう」

 

 ニコラはまず俺がまだ使えない水と土の魔術について教えてくれた。

 最初に手本を見せてくれるようだ。どうやらイメージで魔術を使う俺のスタイルに合わせてくれるらしい。

 

『水のマナよ、清らかなる水よ、我に集え、大いなる渦潮なりて敵を呑み込まん!

 ‘螺旋水瀑(ウォーター・ハイドロボム)’!!』

 

 青い魔法陣が現れそこから強烈な水流が発射される。その威力は練習台に設置された土魔術の壁を砕く威力だ。

 これあれだな、ハイドロ○ンプだな。

 

「今のは中級水魔術です。この魔術は魔力を込めれば込めるほど威力が上がるので覚えてしまえばかなり汎用性のある魔術です」

 

 なるほど、中級であの威力なのはニコラ先生の力量もあるということか。

 

「それじゃ実戦あるのみです」

 

「はい!」

 

 今のイメージをしつつ、詠唱で魔力を水魔術に変換させる……

 

『水のマナよ、清らかなる水よ、我に集え、大いなる渦潮なりて敵を呑み込まん!

 ‘螺旋水瀑(ウォーター・ハイドロボム)’!!』

 

 手のひらに魔力が集まるのを感じると同時に青の魔法陣が出現、そこからニコラと同様の水流が土壁を貫き破壊する。

 

「……!できました!先生!初めての水魔術できました!!」

 

「中級魔術を一回で……さすが、アーデ君ですね」

 

 呆気にとられたニコラだったがすぐに表情を戻し拍手を送る。

 

「うん、やっぱりニコラ先生の言うとおりですね。詠唱をした方が断然魔力のコントロールが安定したと思います」

 

「よかったです。やっぱり詠唱による魔力掌握は魔術をコントロールする上で重要ですね。私としてはアーデ君みたいに無詠唱か、短縮詠唱でスキを減らしたいところです」

 

 ふむ、俺も教えてもらうだけじゃなんだが悪いな。無詠唱は感覚でやってた部分もあるけどイメージだけでも伝えればなにかコツを掴めるかもしれない。なんだってニコラ先生は超級魔術士だしな。

 

「なら、イメージでの話になりますが無詠唱の感覚を教えましょうか?俺は詠唱による魔力コントロールの練習、先生は無詠唱、短縮詠唱の練習って感じで」

 

 途端、ニコラの目が輝いた。

 

「え、いいんですか!?ぜひ、教えて下さい!」

 

 いつも眠そうな目をしているが、今は目を大きく見開いて感情が浮きだっている。うん、可愛い。

 

 後にこれがきっかけでニコラが名を馳せるようになるのはまだ先の話。

 

 

 

 

 

 




プチ情報コーナー
アーデは訓練後にニコラが水浴びをするのを覗き見することが習慣となった。また、ニコラも同様アーデの気配を察っすると動きを先読みしてアーデを火魔術で燃やすのが日課となった。

ニコラは水魔術を得意とし、現在賢者級水魔術を習得中。デメテール付近では度々大雨と落雷が見られるようになり新たな魔物が出たと里中騒ぎになった時は一日中頭を下げ回るニコラが目撃された。
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