賢王級魔術士『
『聖水たるマナよ、我に集え。恵みの雨似て降り注げ。‘
アクア・レインは上級水魔術でブクブクと膨らんだ水玉を空に打ち上げ破裂させる。これにより擬似的な小降りの雨を短時間降らせることができる。またこの水には回復効果があるため雨に当たると傷が治る。便利なこっちゃ。
水魔術は主に生活に活用されることが多いため、こういう雨を降らせる魔術は農作において重宝するそうだ。
「どうやらアーデも魔術のコツを掴んだみたいですね。これなら超級魔術も使えますよ」
この前賢王級魔術を習得したため賢者級までは習えばもう使えるなんて言えない。男の約束だからな!
「ではもう一度『
「はい!」
ニコラがいきますよと目を合わせる。
『水の精霊よ、集え。水帝たる我が命じる。凍てつく千の氷柱似て敵を貫け!‘
前回同様無数の氷の針が現れ、ニコラが魔力を解くとパリンと割れた。うん、綺麗だ。
ニコラと目を合わせて頷く。やったろうじゃん!
『水の精霊よ、集え。超級たる我が命じる。凍てつく千の氷柱似て敵を貫け!‘
足下に魔法陣が展開し周囲に氷の針が出現。対象はニコラが放り投げた対魔術人形だ。
「いけ!」
氷の針が一斉に人形に襲い掛かり、人形を亡き者にする。成功だ。
「よっしゃあ!」
「やりましたね!」
やっぱニコラに教えて貰ってできるようになるのが一番嬉しいな。なんならジラ・ツァガニコスの習得より嬉しいぞ。
ニコラとハイタッチをして俺はピョンピョン飛び回った。それをニコラは微笑んで見ていた。
ん?待てよ。ニコラはさっき詠唱で……
立ち止まってニコラの方を見る。俺の顔で察したのかニコラはフフンと自慢げに胸を張った。大き過ぎず、小さ過ぎない胸が微かに揺れた。
「先日をもちまして、ニコラ・アルチーナは水帝魔術士となりました!」
「おー!流石師匠!」
ニコラはついに賢者級魔術を習得したのだ。竜化ありきで賢王級を習得した俺に比べてニコラは生身で、独学で賢者級を習得したのだ。彼女の魔術の才能には頭が上がらない。
「一週間後に王都で授章式を行ってくれるそうです。ですので二週間ほど授業はお休みです」
「え……あ、そうか……」
王都まで馬車で5日、単純に往復10日だ。それに加えて式典やら、王都での馬車の予約などを入れると二週間はかかる。
落ち込んでいるとニコラは優しく撫でてくれた。しゃがんで目線を合わせようとしたが、俺の目線が自分のスカートの方を見ていると気付いてとりあえず頭にチョップを入れられた。
「慰めてやろうと思いましたが、やっぱりアーデはアーデですね」
ムッとした表情でニコラは立ち上がる。その瞬間も白いパンツが垣間見えた。
「そんなぁ……師匠、慰めてくださいよぉ。ぎゅっと抱きしめて下さいよ」
「嫌ですよ。そんな下品な笑みをしている人に抱きつくのは」
そう言ってお腹を鳴らしたニコラは恥ずかしそうに家の中に入っていった。
さて、朝練もここまでにして朝食を食べよう。俺もお腹空いたしな。それにしても今日もいいものを拝めた。ゲヘヘ……
ネイラが朝食を作っている間、いつものように水浴びをしているニコラを覗いて燃やされた。毎日のように俺を燃やした甲斐もあってか、ニコラは火魔術をほとんど短縮詠唱で使えるようになっている。
俺も俺で燃やされるとわかっている以上、服が勿体無いため全裸になって偶然水浴びをしようとしたらニコラがいたという設定で覗いている。当然そんな嘘はバレているが。
「ただいまー」
「あ、お帰り父さん」
クレオスが朝の警備から帰ってきた。最近魔物の数が減っているため警備が楽らしい。まあ、オリオント曰く俺のジラ・ツァガニコスの影響らしいが。
「最近魔物の数が少なくて助かるな。なんでもオリオント様が賢王級魔術で魔物を追い払ったそうだ」
どうやらオリオントが対応したことになっているようだ。
「流石里長様ですね。魔術の腕も私なんか遥かに超えているでしょうし」
「オリオント様は歴戦の竜人族で、龍神の加護も受けているのよ」
「竜人オリオント。王都でも有名ですね」
へえ、あの人結構有名人だったんだな。確かにあの大柄な雰囲気は目立つしな。
でもオリオントはあんまり龍神の加護のことは言いふらすなとか言っていたくせに自分はそれで有名になってやがるとは。まあ、強いし誰も手を出そうとは思わないんだろうな。
「おはようございまーす!」
と、そこへ懐かしい顔がやってきた。吊り目で竜人族特有の強面に、ショートヘアから伝わるスタイリッシュな雰囲気が印象的な人だ。
「ミュケさん!お久しぶりです!」
ネイラの出産を手伝ってくれたミュケだ。冒険者であり、手紙等の運び屋としても働いているため、世界各地を巡っているのだ。彼女の世界の話は面白いからいつも顔を見せた時は話を聞いている。
実はミュケも龍神の加護を受けており、竜化できる一人だ。そのため特急便の運び屋として世界で有名である。
ニコラからの話によると賢王級魔術を習得した後、王都に水帝魔術士の申請を出そうとした時、そこにたまたまミュケが来て王都に申請書を特急で届けてくれたそうだ。もちろん、承諾の書類もミュケが届けてくれた。
「久しぶりアーデ!また大きくなったねぇ私も成長は早かった方らしいけど、アーデはさらに早いんじゃない?」
「まあね!」
俺は生まれた時から中年だけどな。それにしてもミュケさんも立派なものをお持ちで。
俺の視線はずっとミュケの胸に向いている。竜人族には珍しい巨乳だ。鷲掴みにしたい。挟まれたい。
「ミュケ、今日も運び屋の仕事でか?」
クレオスの問いにミュケは首を振る。
「なんとなく寄っただけですよ。強いて言うならアーデの成長を見に来た感じかな」
ミュケはわしゃわしゃと俺の頭を撫でる。もちろん俺はされるがままに身を委ねる。
「アーデもあと5年で旅立ちねぇ」
ネイラの言葉にクレオスも感慨深そうに目を細める。おいおい、まだ5年もあるんだぞ。それまでに2人目の子どもができるんだっていうのに。
「あ、ミュケさんって母さんが妊娠してるの知ってましたっけ?」
「ん?ああ、知ってるよ。アーデからして妹がほしいんじゃなぁい?」
「ぐっ……それは……っ!」
苦しむ演技をして誤魔化したが、妹がほしくないと言えば嘘になる。できれば弟も妹もほしいところだ。
「はぁ、私はそういうのには全く縁が無いんですよね……まあ、自分から切ったようなものですが……」
「俺は先生のこと好きですよ?」
「フフっ、ありがとうございます」
あっさり流されてしまうところやはり子どもとして見られているか。無念だ。
「ネイラさん、出産はいつ頃ですか?またお手伝いに来ますよ」
「ネイラさんってそういう経験があるんですか?」
あ、何も考えないで聞いちゃった。
「ん、まあ170年も生きてたら色々あるよ」
なるほど、その辺りは深入りはするなと。しかしミュケは170歳なのか。人族に会ってないせいで俺の中の平均寿命の感覚がバグってきてる気がする。
「あ、そうだ!ミュケさんに先生を王都に送り迎えしてもらえばいいじゃないですか?そうすれば式典の前日に王都に行って終わればまた戻って来ればいいし」
ニコラはなるほどと納得する。しかし、ミュケは首を横に振った。
「いや、流石にそれは無理かな。竜化してるから猛スピードでいけるけど、生身じゃ体が圧力で潰れちゃうよ」
おう、なんてこった。
「そ、それは困りますね……」
ニコラも諦めたようにため息をついた。
「ま、のんびり旅をするのも悪くはないと思うよ?私はどちらかと言うと道のりをじっくり堪能しながらの方が好きだしね」
ミュケは苦笑しながら言った。彼女の仕事的にものんびり旅をするというのは難しいのだろう。
結局ニコラとの魔術訓練は最低でも二週間はお預けになりそうだ。寂しくなるなぁ。
できれば俺もついていきたいところだが、この二週間は竜化の特訓をしよう。賢王級魔術、魔力を制御して魔物退治でも使えるようになれば冒険者になってもそれなりのランクのクエストを受けられるはずだ。あと5年、十分時間はある。
話はまとまり明日、ニコラは王都に向けて出発することになった。
ん?待てよ。
「え、明日!?」
「ごめんなさい、アーデ。今里に来ている馬車が明日出るみたいです。急な話ですが、それを逃したら式典に間に合わないんです」
ニコラは申し訳なさそうに頭を下げた。
「そう……ですか。いえ、謝ることはないですよ先生。たった二週間ちょっとなんてすぐですからね。気長に魔術の特訓をして、先生を追い抜いちゃいますよ」
そうだ、たったの二週間じゃないか。俺はさっきから何を心配しているんだ?前世でも一年があっという間に過ぎていたぐらいだ。それにこっちの世界じゃ毎日が充実している。何も苦なんてないじゃないか。
「えぇ、アーデの成長を楽しみにしてますよ」
いつものようにニコラは俺の頭を撫でる。この手触りがたまらないが、今回は寂しさが勝った。
その日、いつものように朝食の後はニコラから魔族の言語や、この世界の算数を習った。これから二週間授業ができないためニコラは復習用の問題集と、言語の振り返りをまとめた紙を作ってくれた。なんだか夏休みの宿題を思い出すなぁ。
時間は過ぎていき、夕食はミュケも誘って食卓を囲んだ。ミュケの冒険話を聞いて笑ったり、驚いたり、ちょっと怖い話だったり、なんだか特別な時間に思えた。
「では、子どもの俺は先に寝ます!明日師匠のの見送りに寝坊なんてしたら弟子失格ですからね」
「……そんな心配しなくてもちゃんと起こすわよアーデ。おやすみなさい」
「あれ、もうそんな時間か。俺は夜の見回りをしてくる。おやすみ、アーデ」
「おやすみなさい」
最後にニコラが微笑んだ。
二階建てではないが、部屋分けはされているという独特な家にも慣れた。自分の部屋に入りベッドに潜る。
この世界に来て5年が経った。相変わらず前世の記憶は鮮明に覚えているが、一つだけわからないことがある。
「この世界に来た理由ってなんだろう。そもそもなんで俺は異世界転生したんだ?」
自分の手を見る。子どもの手。だがその手は毎日の素振りでマメができた努力の手だ。
大抵異世界転生したら何かしら役目を背負ってるのがセオリーだ。伝説の勇者だの、救世主だの。確かにあれはフィクションだが、そのフィクションを俺は今実体験している。きっとこれから何かわかるんだろう。
この里はRPGでいうところのチュートリアルで主人公にとって最初の場所だ。全てはここから始まった!とかのテロップが流れそうだ。
最初の里で10年……どこぞのゴムゴムの主人公や、モンスター捕まえてジム戦だの図鑑集めるだのする主人公と同じだな。
「ふぁ……」
色々考えてたら眠くなってきたな。
朝起きたらニコラがもう出発しましたなんて割とありそうで怖いな。そうならないことを祈ろう。頼むぞネイラ。お前が頼りだ。
◇◇◇◇
翌日。
無事ニコラの見送りに寝坊。なんてことはなく、みんなで朝食を食べた後ニコラの見送りをした。
「では、いってきますね」
「いってらっしゃい!ニコラちゃん」
「気をつけてな。って言ってもお前なら大丈夫か」
おいやめろクレオス。フラグになりそうなこと言うなや。
「先生、いってらっしゃい」
「はい、いってきますね。勉強は怠らないように、帰ってきた時魔族語で挨拶するので頑張って下さいね」
ある程度魔族語は理解したが、果たして話せるだろうか。
「え、えぇ……頑張ります」
ニコラはポンと俺の頭を撫でると馬車に乗り込んだ。
俺は馬車が見えなくなるまでずっと見続けた。感謝の気持ちを胸に。
そう、あれが最後だった。
その日以降、この里でニコラを出迎えることはもう無かった。
次回 『終焉の時』