お荷物勇者のおんがえし   作:《主人公を選択してください》

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!注意!
 ネタバレ前提の物語となっております。読む際は必ず、前話でHAPPY ENDを攻略した上でお読み下さい。
 また、残された勇者視点が読みたいとの要望が想定外に多かった為、追加で書き上げたものとなります。前話で綺麗に纏まってるだろ!という方はスルーして頂けると幸いです。


お荷物勇者へのおんがえし

 今から何年前だろう。もはや覚えてもいない。確認する術もない。

 ある日、僕らの世界が跡形もなく終わった。何の前触れもなく、想像していた未来とは真逆の方向へと、世界が進んだ。

 

『俺の願いは──この世界に、残ること』

 

 今から何年も前の話。異世界での、五年間の長い旅の果て。神様との契約の下、僕と真生と明日香とで魔王を打ち破った。

 死の神を殺し、不死になった最強の魔王。死の神の権能を奪い、神すらも容易く殺せるようになった、創世神の祝福を受けた無垢な人間以外には傷一つ付けられない異様なる者。

 そんな魔王が何で異世界の人達を滅亡させようと目論んだのかは、今となっては分からない。いつも、難しい事を全部引き受けて考えてくれた真生なら、何か知っていたのかもしれないけれど。

 だけど、あの日の僕らは──少なくとも、僕と明日香は、それが最善の行いだと信じて、魔王を討ち果たした。

 

 ……思えば、それが全ての間違いだったのかもしれない。

 

 ずっと旅で一緒だった異世界の仲間達が、魔王との戦いには参加していなかった。

 足手まといにならないように、とか。他の戦場で魔王軍の最後の足掻きに対処する為、とか。そんな理由だった気がするけれど、本当は、その後の目論見の為だったのだろう……今なら、そう思える。

 魔王との最終決戦間際の、真生の歪んだ顔の理由が、今ならよく分かる。

 

 真生だけは知っていたのだ。異世界の人達が、僕達を裏切ると。それを知った上で、僕と明日香の為に、一緒に五年もの間、嫌いな人達を救う旅路を歩んでいたのだ。

 

『さようなら。俺の最高の親友達』

 

 別離の間際の、真生の顔が忘れられない。きっとあの言葉は、真生は口に出したと気付いていない。

 僕らを悲しませない為に浮かべるいつもの作り笑い。それがいつも以上に不格好で、引き攣っていて、そして……泣いていた、あの顔を。

 

「ようやく……また、会えるんだ」

「長かったね……本当に、長かった。こんな事になるなら……マー君を泣かせる事になるって知ってたなら、魔王なんて倒すんじゃなかった」

 

 きっと、傍に立つ明日香も、僕と同じ事を考えていたのだろう。昔じゃ考えられない、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。

 真生を失ってから、何年経ったのだろう。現実時間だと、五年やそこらか。魔王を倒すのにかかったのと、同じ期間。だが、以前とは全く密度の異なる悪夢の時間。

 

 ──我が優しき子が死んだ。

 

 異世界から戻って一ヶ月程。夏休みも終わり、真生は家庭環境故に失踪届けすら出される事はなく、最初からそんな人間は居なかった。と、まるで世界がそう言っているかのような錯覚の中。

 呆然と、無感動な時間だけが流れる僕と明日香の前に、再び現れた神様はそう言った。何を言っているのか理解出来ない僕らへと、かつてよりもあからさまに幼い姿になっていた神様は、続け様に語り続けた。

 

 ──我が愛しき子らよ。我が誇り達よ。我が子らの愚かさを戒めるべく、()()()()の子らを守るべく、優しき子が死んだ。

 ──我が至らなさが、我が優しき子を殺した。

 ──優しき子の血に塗れた我が手では、あの子を救う事は叶わず。

 ──しかし、我が愛しき子らであれば、世界を覆してあの子を救い得る。

 ──我が愛しき子らよ。我が愚かしさを覆す力を、我に貸して欲しい。

 

 久し振りに見た神様の姿は、或いは魔王を倒して欲しいと願ってきた時よりも必死に見えた。

 もしかしたらそれは、僕の最高の親友が存在していた事を誰かに認めて欲しいと願った、僕の錯覚だったのかもかもしれないが。

 だが同時に僕は、異世界の人達がそうであった様に、神様も僕達を騙そうとしているのかもしれない、そう思ってしまった。けれど。

 

『今度は地獄だって何処だって行ってあげる! マー君を助けられるなら、なんだってするわ!』

 

 血を吐く様な、明日香の必死の叫びが僕の目を覚まさせた。明日香は躊躇ってなんていなかった。本当に、他の何が犠牲になったとしても構わないと目が語っていた。

 ……ああ、そうだよ。そうだった。この世界は、()()()()()だったから、意味があったんだ。もう、僕らの世界は無くなってしまっていたんだ。だったら、躊躇する必要が何処にある?

 

『神様。僕からもお願いです。どうか、どうか──』

 

「──マー君を、助けなきゃね」

 

 凛々しい顔付きに()()()明日香が、ぼそりと呟く。

 この世界に戻って高校生の歳頃に戻った僕らは、神様の智恵を頼りにひたすら修練を続ける内に、魔王を倒した当初の姿に戻っていた。だが、内在する力だけはあの頃とは桁違いで、()()()()()()()()()()()()鍛え続けた分、大きく上昇している。

 

「マー君、驚くかな? 帰ったはずの私達が直ぐに現れて、しかもすっごく強くなってる訳だし」

 

 楽しそうに語る明日香の中では、真生を救う事に成功する事は、既に何年も前から既定路線だった。明日香は決して馬鹿ではないが、真生を失ってからは視野が狭まってしまっていた。

 だが、それは僕も同様なのかもしれない。

 

「流石の真生でも驚くだろうね。『お前ら! そんな力隠してたならもっと早く発揮しろよ! 絶対に魔王もっと楽に倒せただろ !?』的な感じかな」

「ふふっ……似てない。マー君がそんな間抜けな発言する訳ないじゃん。ずっと()達を見てたマー君だよ? 変わったのには直ぐに気付くよ」

「分かってるよ。だから《的な感じ》って言ったんだ。ずっと()らと一緒に居た真生だ。まさか当時と今の僕らの力量差を計り間違えるなんて有り得ないよ。そんな事も分からないくらい疲れてるのかい?」

 

 お互いに冷えた空気を出し……くすりと笑う。真生を取り戻した後、どちらが主体となって真生を匿うかで喧嘩する事はあっても、仲は相変わらず昔のままであった。

 僕と明日香の間の決定事項として、真生を実家へ帰らせるという選択肢は存在していない。早々に両親を亡くした真生は、母方の叔母に引き取られて生活していたが、はっきり言って幸せとは程遠い生活を送っていた。それこそ異世界召喚前、真生を助けられずに僕達が忸怩たる思いを噛み締めた程には。

 加えて、異世界での野営に真っ先に適応したり、神様から聞かされるまで、異世界の人達から執拗な嫌がらせを受けていたと僕達にばれないほど、完璧に立ち振る舞っていたり。

 そうなってしまう程には、こちらの世界でも真生はまともな生活を送れていなかった。そんな真生だから、こっちに戻って来ても、一人で恙無(つつがな)く日常に戻っていける……なんて楽観視は出来なかった。

 

「あー……早く会いたいなぁ……会って謝って、それから『ありがとう』って、伝えたいな……」

「……うん。僕もだ」

 

 僕らは、僕らが不甲斐なかったばかりに、真生にとんでもない仕打ちをしてしまっている。

 僕らを守る為だけに、自分達の手で守った世界を壊しながら自殺すると言う、考えられない行為をさせてしまっている。

 余りにも自分が情けなかった。あの日、魔王を倒した時。もし僕達が精神的にもっと大人であったなら、もっと別の()があったのだろう。真生だけに抱え込ませ、苦悩させ、決断を強いる事はなかったのだろう。

 あの日の僕らは、間違いなく真生によって守られたのだ。真生の命を踏み台にして、あの世界から戻って来たのだ。

 

 その真生が、不幸のまま終わって良いはずがない。

 

《我が愛しき子らよ。待たせた》

 

 幼い姿の神様が、僕達の前へと、浮かび上がるように現れた。自分の世界を失って、力をほぼ全て失ったが故にこんな姿になったらしい神様は、しかし以前の制約も同様に消滅したが故に、自由の身であるらしい。

 ()()()()()()で再会した当初は、僕も明日香も神様を殺したい程恨んでいた。だけど修練を重ねる中で、神様も必死に真生を助けようとしている事に気付き、他の連中とは違うと感じて、僕も明日香も気を許してしまっている。幼い姿に絆されたのかもしれないな、と明日香と笑いあったのは何時の事だったか。

 

「大丈夫、私達も今ようやく心の準備が終わった所だから」

《我が麗しき子よ。やはり世界を覆す事は、汝であっても緊張するものか》

「いや、どちらかと言うと、久し振りに会うマー君に何て言われるかの心配……ちょっと待って。私であってもって、どういう意味?」

 

 まさか私が怖いもの無しの野蛮人だとでも言いたい訳じゃないよね。

 そう今にも詰め寄りそうな雰囲気の明日香と神様の間に慌てて割り込んだ。

 神様は全能性を失った結果、空気の読めない子供の様な側面を見せるようになっている。神にとっての全知全能とは、即ち人間で言う所の五感や共感性に似た役割をも果たしていたのだろう。

 以前は草原で寝転ぶ時に背に触れる大地のように感じていた神様が、ふと未熟な子供に見える時があるのだ。

 

 そして、その以前と現在とのギャップは、時折良くない意味で明日香と化学反応を見せていた。

 かけがえのない支えであった真生を失い()()になった明日香は、ふとした拍子に些細な事へも過剰反応を見せるようになってしまっている。

 そんな彼女と、人として未熟になった元全能とでは、人格面を別にしても噛み合わせが悪かった。

 

「まあまあ、その辺でやめておこう。神様が子供っぽいのは明日香も知ってるでしょ?」

「まあ、それもそうだけどさ……」

《否定。我はどちらかというと、我が子らからすれば()()()()に当て嵌るべき──》

「さて。それじゃあ神様が準備を調えてくれた所で、一丁やりますか」

「やったるぜー! 待っててね、マー君!」

《待って欲しい。我を子供というには余りにも似つかわしく──》

「それじゃあ、神様。最後の仕込み、宜しくお願いします」

「失敗しないでね?」

《……承った》

 

 しょぼん。そう聞こえて来そうな雰囲気を神様は背負っている。もしかしたら、何かしらの矜恃を傷付けたのかもしれない。が、人間とは大なり小なり傷付きながら成熟する生き物なのだ。

 ()()()()()()()()()()()()、を卒業する為にも、是非とも頑張って欲しいのだ。真生を取り戻したら明日香との衝突も減るとは思うが、それはそれ。成長する事は何時だって大切だ。

 

 神様が手を前に突き出した。ぼんやりと輝く光の塊が、神様の手の上に現れる。

 それは神の権能を形にした物だ。以前、僕と明日香はそれを目にしている。世界の消滅によって死んだ時の神と空間の神の権能を、この身に受け継いだ際に。

 今、神様が手にしているのは死の神の権能だろう。事前に聞いた話では、生と死だけは、そのままの形で世界を越えられる特別な権能らしい。だが、あの世界は既に潰えて()は存在しない。故に、世界を繋ぐ契機となりうるのは、決して消えない()のみなのだろう。

 魔王を倒し、死の神の権能を取り戻した旅路。それが今再び、僕達を繋ぎ直す絆となっている。

 

《──告げる。我は死の代行者。世界を背負う者。未知を否定した者。我が世界──%ЪШЮж§──の父であり、母である者。死に満ちるべき世界を、我等へと誘う》

 

 神様の持つ光の塊が、淡く光って溶けていく。宙に漏れ出た燐光が、目の前の空間へと溶け込んでいく。

 

 ──目の前の空間が、ぼやけた。

 

《さあ。愛しい子らよ。後は汝らに委ねられる。汝らの成否が、世界を覆せるかどうかへとそのまま繋がる。我に出来る事は恐らくもうない》

「十分です。ここまで漕ぎ着けられたのは神様のお陰です。ありがとうございます」

「ありがとうね。後は私達に任せて」

 

 明日香から、膨大な魔力が吹き出た。以前に出会った時の神を優に超える力。

 ()()が悲鳴を挙げる。明日香の周囲にある物が、朽ちて、巻き戻されて、また朽ちて、或いは消えて、はたまた何時の間にか生まれて。時間の流れという物を視覚化出来るようにして、ぐちゃぐちゃに掻き回したような──いや。ようなではなく、実際にその通りの光景だった。

 

「真生……今、助けるから……」

 

 僕も次いで力を行使する。以前は手に持った物を聖剣にする事が出来たが、今は違う。今は、()()()()()()()()()()()()を聖剣に出来るようになった。

 手中に不可視の聖剣を作り、魔力を込める。僕の聖剣を中心に、()()が壊れた。無彩色と極彩色が混ざり合って、もはや何が何だか分からない。

 

「行くよ、明日香。準備はいいね?」

「勿論。五年前からずっと準備は出来てるよ」

「いいね──僕もだッ!」

 

 二人の間に合図なんて要らない。ぼやけた空間へと全力で聖剣を振り被る。

 僕らにとって、息なんて合ってて当たり前だ。だって、ずっと一緒に居たんだ。途中で少しだけ居なくなったけど、真生も一緒に。ずっと、ずっと、ずっと!

 

「真ぁ生ぃぃぃいいいい!」

 

 全身全霊。体力、魔力、気力。全ての力を込めて空間へと聖剣を押し付ける。かつて感じた事がない程の反発力に、聖剣を押し返されそうになるが、腹の底から唸り声と共に力を捻り出す。

 かつて、魔王に聖剣を握り取られた時よりも、遥かに強い力に押し返されるが、そんなものは、どうでもいい。どうでもいいのだ。実感があったから。

 

 ──そこに、真生が居るんだ!

 

「──ぁ、ぁ、ぃぃ……ッ!!」

 

 聖剣が、僕の全力が。空を通過した。世界の壁を断ち切った──!

 素早く明日香へと目配せする。

 

「任せて──絶対に、手を届かせるからっ!」

 

 断ち切られた空間が何処かへと繋がるよりも早く、明日香は全ての魔力を空間の──世界の断面へと流し込んだ。

 事前に詠唱していると、確実にタイミングが合わない。断ち切り始めてから悠長に詠唱していると、そもそも間に合わない。

 過去の時間軸の世界へと接続するという、神ですら困難な偉業を、詠唱という依代なく行使しなければならない。

 でも、彼女はやり遂げる。だって、彼女にとって唯一無二の依代が、その偉業の先で待っているのだから。

 

「マー君……まあくん……まさきくん……! そこに、居る──!」

 

 明日香が、何かを見た。そんな気がした。特に理由もなく感じたそれは、きっと幼馴染み故の勘だろう。

 狂った様な魔力の奔流が、世界の断面から吹き出始める。その魔力の力強さはいっそ冗談みたいな物で、空間の神(もど)きとなった僕や、時の神擬きとなった明日香の魔力を合わせても、届くかどうか分からない。

 

 だが、その暴力的な力の波からは、懐かしい優しさを感じた。それは──。

 

「ようやく、会えた」

 

 白い光の波の中から、大切に、大切に。明日香と僕とで、()()()を抱え込み、引っ張り出した。

 ずたぼろなんて言葉が生易しいくらいに傷まみれで、体のあちこちが欠損した彼を。

 でも、間違いなく生きて帰ってきてくれた、大馬鹿野郎を大切に、大切に、抱き締め、抱え込んだ。

 もう二度と、離さないように。何が起きても、離れ離れにならないように。今度こそ、ずっと一緒に生きて、同じ瞬間に死ねるように。

 

 ──おかえりなさい。僕達の、親友。

 

 世界の壁が、絶叫を挙げながら閉じる。それは宝物を取られた竜の咆哮のようであり、彼をお荷物勇者と蔑んだ人達の怨念のようでもあり。

 

 だけれどそれは、僕らにとっては、かけがえのない日常の始まりを告げる、福音であった。

 

 僕らは、今から始めるのだ。ようやく始められるのだ。

 

 お荷物と呼ばれた、本物の勇者への、恩返しを──。

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