ポケットモンスターラディアント 作:風代
——夢を見ている。
知らないはずなのに、どこか懐かしさを覚える夢を。
どこまでも広がる青が、空いっぱいに広がっている湖のほとりで、ボクは白いワンピースを着た少女と腰を下ろしていた。
「貴方は知ってる? この地方に伝わる、悲しいお伽噺を」
隣に座る少女が、ボクに話しかけてくる。
「そのお伽噺だとね、ヒトがポケモンを一方的に傷付けてしまうの」
【剣を振るい、ポケモンを捕らえ、余った分を捨てる。そしていつしか、ポケモンはヒトの前に姿を現さなくなった】
彼女はそのお伽噺が好きではないのか、簡潔な内容を話しただけだった。
「生きるために命を奪うのは仕方がないって分かってる。けれど、その時代の人々は奪うだけ奪ってあとはポイ……酷い噺だわ」
実際がどのような内容なのか全く知らないが、随分と物騒で、そして当たり前の結果だと思った。
必要以上に害すれば、どんな生き物だって怒ったり、悲しむに決まってる。
思っていたことをうっかり口にしていたのか、はたまた偶然か。
それまで憂いを帯びていた少女は何処か嬉しそうな様子に変わっていた。
「でもね、こんな話もあるのよ」
【森の中で暮らすポケモンがいた。森の中でポケモンは皮を脱ぎ、人に戻っては眠りまたポケモンの皮をまとい、村にやって来るのだ。】
一呼吸置いて、少女はもう一つの話を語る。
【人と結婚したポケモンがいた。ポケモンと結婚した人がいた。昔は人もポケモンも、おなじだったから普通の事だった。】
「アタシはこっちの話が好きだわ」
少女はその場を立ち上がると湖に足を進め、桜色の髪を揺らしながら此方へと振り返る。
「だって……好きな相手と一緒になれるって、素敵なことでしょう?」
可憐な微笑みを向ける少女を見て、一瞬だけ鼓動が高まった気がした。
その時のボクは、きっと間抜けな顔をしていたに違いない——
……何やら良い夢を見ていた気がするが、起きると忘れてしまうのが人間という生き物らしい。
『人の夢と書いて儚い』とはよく言ったものだ。
そうして布団から体を起こし、目覚めの伸びをして……ようやく自分に起きている問題に気がついた。
まず最初に気がついたのは、部屋の様子が全く違うこと。
ボクが住んでいるのは、あまり良いとは言えない散らかり具合だった部屋のはずだ。
しかし起きてみれば、そこは子どもに用意されたと思われるおもちゃや本が見受けられる綺麗な部屋。
布団自体も敷き布団だったのが、起きてみればベッドに変わっている……旅行先のホテル並みにふかふかだが、今はそれどころではない。
二つ目に妙に体が軽いこと。
記憶が正しければ、最近測ったボクの体重は60キロ台のそこそこ重く感じる成人男性手前のもの。
伸びをすれば両腕の重量を多少なりとも感じるはずだ。
しかし先ほどから感じる重量とすれば頭くらいで、その事実がさらに違和感を加速させる。
極め付けに、伸びをした後からずっと目の前にある短くて小さな両手。
これが後ろから誰かが伸ばした手や人形の手ならまだ分かるが、『もしもこの手が自分のものであるなら』と考えると、いよいよ由々しき事態になってくる。
一度目を瞑り、今動かせるはずの自分の両手を目の前に持ってくる。
いつもの両手が見えてくれ、と藁にも縋るような気持ちで目を開く。
目の前にあったのは、自分の意思で動く小さな両手。
何度か指を開いたり閉じたりして、片方の手でもう片方の手を触り、感覚がしっかり伝わることを確認すると、ボクはショックのあまり呆気なく意識を手放した。
再び目を覚ましてもう一度両手を見るも、結果は変わらず幼児のそれ。
こうなってしまっては認めざるを得ない……『目が覚めたら子どもになっていた』ことを。
……うん、この独白を周囲の誰かに聞かれていたら、10人中10人が『何言ってんだお前?』と思うだろう。
ボクだってこんなことになる前だったら、アニメの見過ぎとか言って信じなかったかもしれない。
どこぞのロボットアニメのオープニングみたいに。
一度気絶したおかげなのか、冗談を考えられる程度には落ち着いたので、次の問題について考える。
と言うのも『自分が何故こうなったのか』についてだ。
可能性として、いくつか考えられる。
一つ、何らかの薬を盛られた。
これについては微妙な考えで、寝る前に変なものは食べてないので違うはず……夕飯は家族で食べたカレーライスだけだったし。
それにこのような子ども子どもした部屋をわざわざ用意するだろうか?
二つ、精神だけ過去に戻った。
もしそうであるなら、実家暮らしで引っ越しも部屋替えもしたことがないため、自分の部屋と今居る部屋が同じ間取りのはずだ。
しかしどれだけ見渡しても自分の部屋どころか自宅のどの部屋にも当てはまらない。
そもそもどうやって過去の自分に戻るのかすら分からないので保留。
三つ、最近の創作でよくある転生。
二つ目同様、信じがたい可能性な上に『そんな唐突に転生なんて起こるか』と思いたいが、現に身体が子どもになると言う生物学に真っ向から喧嘩を仕掛けるような体験をしているので否定しがたい。
……考えれば考えるほど、どれもあり得そうで分からなくなりそう……ダレカオシエテ。
ベッドの上で頭を抱えていると、ガチャ、という音が聴こえた。
「あら、もう起きてたのね。ご飯出来てるから、顔洗ってから来てね」
部屋の入り口であるドアから顔を覗かせたのは2、30代くらいの若い女性。
一瞬、『どちら様でしょうか?』と口走りそうになったが、自然と相手が誰なのか理解する。
……彼女は、ボクの母親であると。
とりあえず何も言わないのもおかしいので「はーい」と返事をすると彼女はそのままドアを閉めて行った。
「……どういうことなんだ、これ?」
彼女の顔を見た時に思い浮かんだのは、ボクの頭を撫でたり、抱えたりする同じ顔の女性の姿だった。
その側には、こちらを見て優しい笑みを浮かべている若い男性やお爺さんの姿があり、恐らく彼らは女性の家族だと思われる。
つまり、視点となっている抱えられ他誰かはボクであり……彼らの子どもということなのだろう。
しかし同時に、彼らとは別に自分の家族がいたことをボクの記憶が覚えている。
これはつまり……
「三つ目が正解、かぁ……」
三つ目の可能性である転生。
それは何らかの理由で人生を終えた魂が、新しい命として生まれ変わるという概念だ。
しかもこの場合、前世の記憶を保持したままの転生ということになる。
その手の話はサブカルチャー……特にライトノベルなどに詳しい人たちの中ではテンプレのようなものになっている。
種類として先ほど考えていた普通の転生と神様のうっかりやら仕事という設定の神様転生の二つに大きく分かれ、細分化すると憑依とかシステムなど色々あるらしい。
まさか自分が体験することになるとは……
そうなると前世の自分や家族がどうなったのか気になるところではあるが、確認する術もないので一旦保留。
何か参考になることがないかと、今世の記憶を思い出そうとするが、赤ん坊の頃の記憶はどうも寝てばかりでほとんど参考にならない上に……いや、これ以上昔について詮索するのはやめよう。
もし乳児の頃を思い出したら最後、羞恥心で今世の母親の顔を直視できない自信がある。
さて現状の確認だが、思い出した記憶によると今世の名前はコウキと言い、数日前に5歳になったばかりらしい。
……何か引っかかるような気がするが、少なくとも名前や記憶の中にある家族の容姿、先程の会話から考えて日本、もしくは日本のような国に生まれたのだろう。
『日本の要素が多い=日本』とは限らないのが転生あるあるだと、昔……というか前世で文芸部に居た同級生が言っていた。
しかし今から調べ物をしていると、朝食を用意して待っている家族に心配をかけてしまうだろう。
一先ず言われた通りに洗面所で顔を洗い、食卓に向かう……どうやら今世の家は二階建てらしい。
階段を降りてリビングのドアを開くと、そこにはテーブルについた母親……母さんが居た。
「おはようコウちゃん、ちゃんと洗って来たわね
「おはよう母さん……父さんと爺ちゃんは?」
「お父さんならコウちゃんが起きる前にお仕事しに出掛けたわ。お爺ちゃんは趣味の釣りね」
「『今日こそは大物釣ってやる』だって」と苦笑いをする母さん。
近所に釣り場があるのか、と思いながら朝食の食パンにジャムを塗って食べる。
『——さぁ、いよいよトーナメントも大詰め、〇〇選手と■■選手、2人の強者が——』
「あら、もう最後なの? 今回はずいぶん早く進んでるわね」
「んぐっ……ん?」
二枚目のパンを取りジャムを塗っていると、母さんが付けて見ていたテレビから何かの実況をする大きな声が聞こえたので、視線を画面に向けて一緒に見て——そこに映った存在を見て食パンを落としかけた。
『〇〇選手の
(……いやいやいや、流石に冗談だろう?)
あり得ない。
そう思わずにはいられない光景が、画面の向こうで繰り広げられていた。
ファイアローとドテッコツ……これらはそれぞれ
それが居るということは、この世界は……いや、あくまで今見たのはあくまでテレビの番組だ。
「——チパァ!」
……何かの鳴き声が、足元から聞こえた。
『気のせいであってくれ』と恐る恐る足元を覗いてみる。
「……チパ?」
……居た、それも見覚えのある姿が。
それを一言で例えるなら、白いリス。
耳や背中に真っ直ぐ伸びる線が明るい水色で、頬は黄色い生き物……間違いなく
「あら、チィちゃん。お友達と遊んで来たの?」
「パチ!」
「そう、楽しかったのね」
パチリスが母さんに気がつくと、ステテテ、と母さんの身体をよじ登って肩に留まると、満足そうに鳴いた。
それを見ていたボクは、パチリスの存在と母さんの様子でようやく確信する。
……ここは、ポケモンの世界ということを。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
——逃げる。
一心不乱に、どことも分からぬ森の中を走り続ける。
——逃げる。
後ろを振り向いてはいけない、隙を見せたら最後、捕まってしまうと分かっているから。
——逃げて、逃げて、逃げ続ける。
……あの日から、どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
帰る場所を追われ、頼れる家族はすでにいない。
それでも、奴らはわたしを追い続けている。
「はぁ……はぁ……くっ……!」
——わたしたちが何をしたというのか。
——どうして、こんな目に遭わなければならないのか。
……考えるのは後だ。
今は逃げ切って、生き延びなければならないのだから。
だから——
(——だれか、助けて)
DPから15年……時間の流れは早いなあ。