養殖鮫のフカヒレと天然鮫のフカヒレ 作:アイスとキーボード
男も女も十歳になれば剣を持つ。そして誰もが狩りを習って、動物を狩るようになる。そうなれば、誰もがこう口にするのだ。
「魔王は
魔王を倒せば英雄と扱われる。だからこそ、戦う力を得た子供達は魔王を倒すことを夢に見る。
ただ、それは子供の一言に過ぎないから大人達は本気にしないし、子供達ももう少し成長すれば人によっては剣を捨て農業などに移ったり、剣を捨てずとも狩猟をするだけで、魔王を倒すなんて夢にも思わなくなる。それが普通で、大人になれば誰もが「そんな時期もあったなー」と話す程当たり前な話。
ただ、私は違っていた。私は本気で魔王を倒すと思っていたし、そのために他の誰よりも……というか、他の子供達がやらなかったような鍛練をして、それを誇りにしていた。
今思えば、調子に乗っていたというか勘違いしていたのだろう。子供達のなかではトップクラスだったぐらいで、村の大人達より強いぐらいで、国から調査の名目でやってきた騎士団の団長を倒したぐらいで──いや、あの団長さんは手加減してただろうから入れるのはお門違いか。
とにかく私はとんだ勘違い野郎だった訳だ。いくら修行を積んだところで普通の村娘が魔王に勝てるわけない。それすら分からないバカでもあった。
ただ、そんなバカな勘違い野郎は十五の歳で現実を知ることになる。自分のこれまでの人生が無駄だったと知らされてしまうのだ。
もう、そこからは怒涛の展開だった。新しい魔王は人間と仲良くしたい派閥で平和条約を結ぼうと使者を出し、丁度王座についた王様も魔族とは仲良くしたかったのか使者から伝えられたその申し出を了承した。
とても長い戦争は終わりを迎え、魔族も人間も仲良く手を取り合うことになる。最初は差別だとか迫害だとかがあったものの、暫く時間がたてばそれもなくなり、気づけばエルフ族もドワーフ族も戻ってきて、伝説の一つでもあった龍族が私達も入れてくれとやってくる始末。まあ、少なくとも世界は平和へと向かい始めたのは間違いない。
では、そんな世界の中でバカな勘違い野郎はどうなったかというと
「遅いなぁ」
そんなことを呟きながらエルフの森のメイド喫茶で【エルフの愛情たっぷりくまさんカレー】を食べながら待ち人を待っていました。
人間、魔族、エルフ、ドワーフ、そして竜。それぞれの代表者が集まり、あるルールを取り決めた。それは文化、技術を積極的に交換し合うというルール。その結果、人類には数世紀程先の技術力を得ることになったのだ。
例えばエルフからは延焼が起きない魔法。ドワーフからは魔剣や最高級の防具の流通。魔族からは人類のとは違う拳法や剣術。竜族からは見たこともない素材と……まあ、人類が長年戦争していたのもあり、周りから送られた技術はとてつもないものだったのだ。
かといって、人間が何も出さないわけにはいかない。アイテムボックスや魔動車。それらは人類独自の技術ではあったがあまり人気はでず、その代わりとして他種族に大きく取り上げられたのは文化だった。
そして、今私がいる【えるふのちゃーみー喫茶】というメイド喫茶もその文化の一つである。
「やあ、待たせたね」
「待たせたねって……遅いですよ。カレーが冷めちゃいました」
「いやいや、食べてるから問題ないじゃないか」
そんなことを考えていたら待ち人はやってきたようで、へらへらしながら、ソファーの席へと座る。そして店員に【えるふのもりのしゃんしゃんサラダ】を注文し、こちらの方を見た。
エルフの長老ズヴジャズ。その年齢は七百歳を越えているらしいが、どう見たって二十三歳ぐらいにしか見えない。いくらエルフだからって七百年も生きれば四十代程度ぐらいの見た目になる筈だが、流石長老といったところなのだろうか。
「ねえ、どうだい?うちのメイド喫茶は?」
「……そうですね。私が行ったことのあるメイド喫茶と大きく違っていて驚きました。」
「ははは、そうだろう?君たちのメイド喫茶は堅苦しいじゃないか。ただ、文化を模倣するだけなら味気ないからね。こちらでちょっと変えさせて貰ったよ」
これでちょっとなのか、そう思いながらも言葉にしないことにした。本来のメイド喫茶は店員を神天使に、客を神に見立て食事を行う、儀式と飲食を共に行える店だ。だから、店員は神に遣える天使が着ていたとされるメイド服を着てるし、客も最底辺のドレスコードをしなければ入れすらしない。
マナーも厳しく、メニューも決まっているし結構高い。けれど、そこで食事をするだけで一時的に集中力や魔力が上がるため貴族御用達の店。それがメイド喫茶だ。
「それがエルフの森ではこうですか……」
「ん?気に入らないかい?」
「気に入る気に入らないじゃなくて、本来の意味が失われてるから納得できないだけですよ」
客は神からご主人様に、店員はメイドのままでも言葉使いは大きく違う。そのままなのは値段ぐらいだ。こうなってしまえば儀式的な意味はもうない。
「本来意味が失われているね……別にいいじゃないか。新たな意味が産まれさえすれば。エルフのメイド喫茶は儀式的な意味はないけど娯楽的な意味はある。ほら、楽しんでる人は多いだろう?」
そう言って周りを見渡すズヴジャズ。確かに周りを見れば、エルフの美貌から出される可愛い言葉使いに花を伸ばしている人がいたり、店員と一緒に写真を撮ったり、純粋にエルフの料理を味わったりと、楽しんでる人が多い。だが、それはそれだ。
「そういうことを話してる訳では──」
「そうかい?まあ、いいや。本題に入ろう」
そう言ってズヴジャズは鞄を漁り始めた。何故、こんなやつと関わってしまったのかと考えたが、よくよく考えれば始めて会ったときも向こうからぐいぐい来たのを思いだし、ため息を吐いた。
エルフの長老だから強いのかなとお茶を了承した自分を殴りたい。普通に考えて最高権力者が戦ってくれるわけない。現に魔王も龍王もドワーフの長もそうだったではないか。過去の自分の愚かさに呆れどころか恥ずかしくなり、顔を俯けた。
「用件なんだけどこれだよ」
暫く顔を上げたくなかったかったが、話を聞かないわけにはいかないので顔を上げる。机の上に差し出されていたのは布袋で、口から少し中身が出ていた。ピンク色の石で大きさにもばらつきがある。店の明かりで輝いていて、とても綺麗だった。
「白赤鉱石。エルフの森でしか取れない貴重な鉱石だよ。これをコロネールまで届けて欲しい」
「コロネール……それってドワーフの長ですよね?だったら、運び屋にでも運ばせたらどうですか?エルフの森からドワーフの谷まで行くほど暇じゃありませんけど」
用件を聞き、私は思ったことをただ正直に答えた。エルフの森からドワーフの谷まで馬車で十日はかかる。ただでさえエルフの森まで来てかなり走ったというのに更に走らされるとなれば流石にやりたくない。それも私じゃなくてもできる仕事となればなおさらだ。
「本来ならそうすべきだけどね、これはそういうわけにはいかない。この鉱石はエルフにとっても貴重なんだ。少量ならともかくこれだけの量を運ぼうとすれば間違いなく他のエルフに止めらてしまう」
「ならあなた自身、もしくは部下にでも運ばせたらいいですよね。私を巻き込まないで欲しいんですが」
「私の可愛い部下に厳しい旅はさせたくないのさ」
「そんな理由で──」
「はぐれ龍がいる道なんか、怖くて行かせられないだろう?」
その言葉に思わず口が止まる。確かにはぐれ龍がいる道に自分の部下を行かそうとは思わないだろう。龍は伝説の一つとされていただけあってかなり強い。たとえ、魔法に長けているエルフでも、力自慢のドワーフでも、頑丈さを誇る魔族でも数人程度では一方的に蹂躙されてしまうぐらいには。
だからこそはぐれ龍は恐ろしく、災害の一種とさえ言われている。理性の無い龍。出合ってしまえばどうなるか、想像するのは難しくない。
「だったら、龍族に連絡して早くはぐれ龍をなんとかして貰うべきです。その用件が急ぎであってもはぐれ龍となれば相手は納得するでしょう?」
「連絡はしたさ。そして、もれなく龍が派遣された。けどね、肝心のはぐれ龍が見つからないんだ」
「は?」
「派遣された龍曰く『私の気配を察知して隠れているのかもしれない』とのことだ。全く、厄介なことだね」
龍の気配を察知して隠れるはぐれ龍……はぐれ龍にも知性がある個体がいるのかと思いつつ、かなり危険だなとそのはぐれ龍への認識を改める。
基本的、はぐれ龍は龍族が討伐する決まりだ。一応、はぐれ龍ならば龍族以外も討伐しても良い決まりはあるが、龍族に任せた方が被害者が出ない。しかし、それが出来ないとなると討伐には多くの死傷者が出るだろう。最悪の場合、あともう少しのところで逃げられるなんてこともあるかもしれない。ズヴジャズも長老だからとそう簡単には討伐しにいけない筈だ。
「じゃあ、龍族に護衛を派遣してもらえばいいんじゃないですか?」
「討伐は慈善営業だけど護衛となれば話は変わるからね。ドワーフと負担しあってもそこそこはかかるんじゃない?」
「お金の話をしてる場合ですか?」
「……お金だけの問題だけでは無いさ。確かに龍に護衛を頼めば被害者は出なくなると思うよ?でも、はぐれ龍はどうするのさ。ずっとそこに龍がいるとなれば移動するかもしれないし、そうなれば私達は必要ない金を龍族に払い続けることになる」
「それは……そうですね」
何一つ反論できず私はただ黙り込んだ。龍が来るのを感知できるはぐれ龍だ。ずっとそこに龍がずっといるとなれば移動するのは想像できる。けれど、エルフもドワーフもそれを感知できない。そうなれば、いないかもしれないと思いながらも龍族に金を払い護衛をつけ続けるしかない。そうなるのは当然避けたいところだろう。
「ということで君に頼んでる。君なら速く届けられるし実力も申し分ないからね。あっ、報酬ははずむよ?」
「……一つ聞かせて頂いてもいいでしょうか」
「いいよ。バンバン聞いちゃって」
「なんでそんな貴重な鉱石を大量に渡すことになったんですか?」
「ああ、その理由?私が賭けに負けちゃった──それだけだよ」
「依頼断っていいですか???」
私の放った拳は魔法の障壁で止められてしまった。
オマケ
「と言うか、こんなところで話していいんですか?バレたら不味い筈ですよね」
「安心しなよ。この店のこの席には隠蔽の魔法がかかってる。私の許可ない者は席があるとすら気づかないさ。それに──」
「それに?」
「──こんな店でこんなこと話すと思わないだろう?」
「……自覚あるんですね」