養殖鮫のフカヒレと天然鮫のフカヒレ 作:アイスとキーボード
【エルフ】──長い耳と白い肌が特徴的な種族。後述されるエルフの森と呼ばれる魔力が濃い地域で活動していて、成長がゆっくりであるため魔力が体に馴染んでいき、そのために高い魔力量と魔力の操作が他のどの種族よりも上手い。
【エルフの森】──大陸の南東に位置する巨大な森。魔力が濃い地域で魔力切れを起こしても一時間休めば元通りになる。エルフの魔法により火が燃え広がらないようになっている。
結局、依頼を受けることにした私は派遣されたという龍の元へと向かっていた。はぐれ龍のいる道になんの情報も無しに行くわけにはいかない。既に死傷者が出ているならなおさらだ。
なので、地図とにらめっこしながらその龍がいる検閲所を目指している訳だが……何度も道に迷ってしまう。エルフの森には何度か来ている筈なのだが未だに慣れていない。
森の木々を生えたまま加工された家や道は美しく、まるで芸術品のようにも思えるが、上にも下にも展開され、更にいくつもの分かれ道があり分かりにくい。よくエルフはこの道を迷わずに歩けるものだと感心する。
「ここって最初のメイド喫茶……」
そんな始めに戻るなんてベタなことがありながらも、なんとか一時間程度かけてエルフの検問所へとたどり着いた。
中に入り、目的の龍──確か、マールさんだった筈だ。周りを見渡し耳の長くない人を探してみる。しかし、ここは検問所。はぐれ龍が出たからなのかそこまで多くないが、それでも多少は仕事や観光で来ている人がいるらしく、耳が長くない人など何人もいた。
特徴を聞くべきだったなと後悔したその時だった。
「ねえ、君がズヴジャズさんの言ってた人かな?」
突然そう話しかけられ後ろを振り向く。振り向いた先には壁……ではなく、人が立っていた。見上げなければ顔が見えないほど大きい人が。
「えっと、あなたがマールさんですか?」
「うん、そうだよ。特徴を赤い髪としか聞いてなかったけど……まあ、分かるもんなんだね。君の髪はなんというか燃えてるみたいだ」
「よく言われますよ。えっとそれより……」
「それより?」
「座って話しませんか?」
私がそう言うと、少し首を傾げていたが、すぐに気づいたのか「ごめんごめん」と誤りながら近くにあったベンチに腰かけた。危ない、危ない。あのままでは首が痛くなってしまうところだった。
座ったマールさんはそれでも立っている筈の私の首あたりに顔がきていて、それがいかに体が大きいのかを物語っている。
「さて、はぐれ龍の情報だっけ?」
「はい」
「これを見てくれたらだいたいは分かると思うよ」
マールさんはそう言って紙束を手渡してくる。軽く目次に目を通すと、どうやらはぐれ龍の情報がまとめられているらしい。龍十体で丸一日かけても見つからなかったこと、エルフの魔法の探索でも見つからなかったことことや、人型に変身しての囮作成とその失敗。その他被害者の状況などが書かれているらしい。
龍十体での捜索でも見つからなかったのはともかく、エルフの魔法でも見つからなかったとなると、その存在を疑ってしまう。だが、被害者はいるようとなると訳が分からない。そんなに賢いはぐれ龍がいるのだろうか。
「目次を見ただけでもだいたいは分かるでしょ?」
「そうですね。龍が派遣されたのにまだ解決してないので手強い相手と思ってましたが……想像以上です。本当にはぐれ龍なんですか?」
「……それが問題なんだよね。ここまで見つからないとなるとはぐれ龍じゃなくて、単なる龍の犯行の可能性もでてきてどうしようかと上で話し合い中」
「単なる龍の犯行?」
想像もしていなかった言葉に思わず聞き返す。確かに普通の龍による犯行ならここまで見つからないのも納得はできるが、そんな話は聞いたことがない。力加減を間違えて建物を破壊しただとか殺しただとかいう犯罪は聞いたことがあるが、はぐれ龍に扮して観光客などを一方的に虐殺するなんてするのだろうか。
「うん、龍による犯行。知識がある分隠れるのは簡単でしょ?魔法とか使えばいいだけだからね。エルフ程上手くはなくても誤魔化すぐらいなら簡単だ」
「確証はあるんですか?」
「ないよ。あくまで可能性があるってだけだからね。まあ、もしはぐれ龍じゃなくて龍による犯行なら──」
「……犯行なら?」
「僕たちはそいつを許しはしないだろうね」
その瞬間、先ほどまで荷物検査をしていた警備員も順番を待ちながら談笑していた観光客も、凍らされたかのように動かなくなった。震える動きすら無いものだから今ここで水が垂れたら、それと止まるのだろうか、なんてことを考えてしまった。
「なーんてね。ただのはぐれ龍だと僕は信じてるよ」
マールさんがそう言うと、また警備員や観光客は動き出した。最初と比べれば動きが随分ギクシャクしているが、動き出したことには変わりはない。
「この紙って貰っていいんですかね。正直、目次だけで充分でしたからいらないんですが」
「ああ、その紙?コピーだから別にいいよ、いらないなら貰うけど」
「じゃあ、返しますね」
紙を手渡すとマールさんは立ち上がった。「では」と言い残し、去ろうとすると手を捕まれた。
「そっちからは出られないよ?ドワーフの谷に行くんじゃないの?」
「ん?こちらからもドワーフの谷に行けますが」
「……待って。それって正式な手順踏まずに行こうとしてない?」
「では」
「いや『では』じゃなくてって──早っ!?」
マールさんの手を素早く払いのけ外に出る。そして下に飛び降り、木の根元へと着地した。本来なら検問所を通るのだが、今回は用件が用件なので仕方ない。エルフの森で貴重と言われる鉱石をこれだけ持っていこうとすれば、いくら長老の依頼でも止められる。ならば不法に出ていくしかない。
日が届いていないにも関わらず花が咲いていたりする下の方は不気味にも思うが、何度も通ってきた道だと気にしないことにして走り出した。
ドワーフの谷までは私が全力で走って休憩無しでも丸一日はかかる。急ぎとは言ってなかったが早めに終わらす分には終わらした方がいいだろう。
とりあえず五時間程度走ってそこで一旦休憩しよう。その時間帯なら昼時だし、休むには丁度いい。そこで適当に狩りでも釣りでもすれば美味しい飯にはありつける。
そう、考えた時だった。
「……あれ?」
突然辺りが真っ暗になり足を止める。確か今日は雲一つない快晴だった筈だが……思い空を見上げた。
そこには私を覆い隠すように龍──おそらくはぐれ龍がただ座り込んで、見下ろしていた。
「まだ、エルフの森を抜けてちょっとしか経ってない筈なんですけどね……」
そう言いながら剣を抜く。不法な方法で森を出た罰なのだろうかなんて、呑気なことを考えた。