「ライラ、後ろだ!」
草や木々が引き締め合う20階層森林地帯で男の声が響く。
「カグヤ、
「うるさい、黙れ! あぁ、クソッ!」
男の怒鳴り声に反応し、カグヤはすぐさまライラに襲いかかるモンスターの排除にかかる。
本来ならカグヤがカバーラインを常に維持しなければならない。だが目下戦闘中のイヴィルスにより、パーティーを複数に分断され前線で盾を張り、攻撃を受けるタンクであるライラが孤立させられていた。
男――司令塔であるガイン・アールヴがそのことにすぐさま気付き指示をだした。これにより、態勢は立て直せたかと思いきや、カグヤが前に出たことで彼女が買っていたモンスターとヘイトが全て、ガインの元へ振り掛った。
「ええい、クソ!」
無数のモンスターを切り刻みながら首を視界が歪むほど振り回し、戦況を確認する。しかし、多勢無勢。
一瞬、モンスターから視線を外した途端。振り返れば視界を埋め尽くすほどの化け物ども。足元にはモンスターを集める血肉アイテム。
一瞬では淘汰しきれない物量に左腕を犠牲にする覚悟したが、間一髪のところでモンスターは灰に消えて行く。
「ナイスカバーだ、アリーゼ!」
赤い長髪を揺らす少女――アリーゼは満面の笑みをする。
「当たり前でしょ! もっと褒めて良いわよ! むしろほめなさい!」
後衛でガインと同じくサポート役をしているアリーゼ。先ほどまではパーティーが包囲され、誰もが自分のことで手一杯だったが、どうやら彼女はいち早く敵を殲滅したらしい。
良いタイミングのカバーだ。
しかし相当な無茶な戦いをしたのだろう。その顔には血や傷が沢山見える。顔色が悪く、息切れも起こしており、カバーの一撃目以降、動きのキレも悪い。
毒剣で斬られた可能性がある
タンクのライラもかなり消耗している。先ほどから避けるべき攻撃も全て円盾で受けている。カグヤはまだ大丈夫そうだが……。
素早くパーティーメンバーの状態を確認していくガイン。しかし一人のエルフの姿が見当たらない。
遊撃に出ているエルフ――リューには常にパーティーと一定の距離を保てと命令したはず。
視線を転々と移すこと数秒。視界に入ったのは命令した距離を大幅に超えた場所で一人、戦う金髪エルフ。
モンスターもイヴィルスも関係なく縦横無尽に駆け回りなぎ倒している。
「あの、バカエルフが!!」
台風のように倒していく姿はまさに災害。それ故に……か、リューは気付いていない。味方と分断されて自分が孤立し、敵に進路を誘導されていることを。
「アリーゼ、ここは任せる」
持っていた最後の魔剣をアリーゼに預け、ガインは一気に金髪エルフの元まで駆け抜ける。
「リュー!!」
名前を叫ばれた少女は反射的に声の主の方向を見る。
切迫した顔で手を伸ばすガインの姿――リューに悪寒が走る。周囲を見れば複数の魔導師に囲まれており、沢山の魔方陣が。次には杖をこちらに向けている。
「――!」
すぐさま回避行動に移ろうとするが、遅い。
大きな火球が視界を埋め尽くし、背中からは冷気を感じる。
「この、大マヌケがぁぁぁ!!」
野太い声の罵倒。
脳を揺らすような大声。
続いて、ドンッと横から強い衝撃が走る。
硬直していた体はいとも簡単に吹き飛び、草花を潰し地面に転がる。
口に土が入り、細かい無味の粒が口内で転げる気持ち悪い感覚に襲われる。
直後――。
大きな爆発音が20階層に轟く。
爆風でリューの体はゆうに数十メートル吹き飛び、周囲の木々もバキバキと歪な音をたてることもなく消え去る。
爆発元では巨大なクレーターが発生し、リューはその大きさに息を飲んだ。
――もし、食らっていたら死んでいた。
いや、食らったのだ。
自分をかばってガインが。
「ガイン!!」
異物を唾液と一緒に吐きだし、名前を叫ぶが反応はない。
モクモクと煙があがり、その向こうでイヴィルスの喜ぶ声と撤退の足音。すぐさま追いかけようと足に力を込めるが、動かない。
先ほどの戦闘で無理をしすぎたらしい。
痙攣を起こしている足には、感覚がない。
ならばと、体を引きずり煙に近づきガインの安否を確認しようとするが高熱の煙はリューの接近を許さなかった。
「おい、大丈夫か?」
煙を止まるのをただ、呆然と待っているところにライラやカグヤが近寄って来る。どうやらイヴィルスは完全に撤退し、残ったモンスターも掃討したらしい。
「ガ――」
「ああ、大丈夫だ」
カグヤの質問に答えたのはリューではなく、煙――ガインだった。
返答からすぐにガインは煙ながらでてきた。
半身は火傷、半身は凍傷状態で。
上半身の半分はまだ凍った状態で、まるで防具のようにガインの体を覆っている。
誰もが口をポカント開けて呆然とするなか、ガインは小さく言った。
「撤退だ」
ーーー
18階層の大樹の下。
ガインたちは地上に帰還する途中で休憩をとった。みな消耗が激しく、このまま帰還するのは危険だと考えたのだ。もちろん、第二級冒険者である彼女たちにとって十の位に一がつく階層は余裕だが、アリーゼの毒の疑いもあるため、大事を取って休憩を選択した。
しかしどうやらせれは杞憂だったらしく、ポーションを飲んだら彼女の顔色はすぐに良くなった。単純に血を多く失い過ぎたのかもしれない。
誰も死に至る病重症を追っていないことに胸をなでおろし、空の試験管の底にある一滴にも満たないポーションをガインが舐めるように飲む。
そんな微量で効果があるのか、アリーゼが飲みかけのポーションを渡そうとするが、ガインは手でそれを制した。
決して、アリーゼも余裕があるわけではない。しかし、ガインが一番重症だというのは誰の目から見ても明らかだった。
「おい、クソエルフ」
空になった試験を握りつぶしたガインがゆっくりと口を開く。
「テメェ、そんなに死にてぇのか? あぁ?」
怒気がこもった声に、誰もが肩を震わせ下を、向く。それは名指されたエルフも例外ではない。
「俺は命令したはずだぞ。一定の距離を常に保てと」
「……」
「なんで独断専行した?」
「……」
「おい、なんとか言えよ」
パシンッと頭を叩くとリューがギロリと睨んできた。
「勝機だったから、です。私は敵を数十人倒しました。確かに最後の最後、油断して敵にはめられましたが、それ以外は私は間違っていない」
最後の油断こそ問題だったと認めたが、パーティーから離れたことは悪びれないリュー。その見解にガインの顔が歪む
「じゃあ、なんだ? アストレアのところに丸焦げになったテメェの亡骸を持っていって、彼女は敵を沢山殺した立派な戦士だったって言えばいいのか?」
「――っぐ」
「おい、クソエルフ。自惚れるなよ」
「なっ!!」
目を見開くリュー。
どうやら何かが癇に障ったらしい。
「リヴェリア様に拾われた身でありながら、エルフを愚弄するのか! あなたこそ自惚れるな!」
怒鳴り声が18階層の一角に響く。
“クソエルフ”
どうやらリューの頭の中ではエルフはクソと変換されてしまっているらしい。ここ連日連夜、戦いづけでもう一週間ほど地上に戻っていないため、心身共に疲労が激しく誤変換されてしまったのだろう。故にガインはそれを訂正しなかった。それに、リューが言っていることは本当のことである。
ガインがリヴェリアに拾われたヒューマンの捨て子なのはオラリオでは有名な話だ。それ故に今の地位はその立場を利用して手に入れたのではと、黒い噂があるのも事実である。
表ではイヴィルスを多く倒し今も最前線で戦い続ける英雄という扱いだが、裏ではリヴェリア様の良心を利用し、不当に権力を行使し、無駄にイヴィルスと戦い続ける戦闘狂と言われている。
もっと酷くなると、ガイン・アールヴはイヴィルスの幹部と繋がっていて、こちらの情報を流し戦争を長引かせている、というデマまである。
そのどれもがエルフが流しているものであり、それを信じているのも九割以上がエルフである。
「私ははっきり言って貴方が嫌いです! こうして肩を並べるまでは、黒い噂は嘘だと思っていましたが、今はそうは思えない! どうしてもっと前線を上げないのですか!? どうして罠だとわかって救難クエストを受けるんですか!?」
リューの言い分ももっともである。
ガインをパーティーに入れてから計数百回。救難クエストを受けて来たが、その殆どが罠だった。しかしガインは考える暇もなく全て受諾し、ダンジョンに足を踏み入れた。
その先で今回のように死ぬような目に合うことは珍しいことではない。
だからこそリューには分からない。
罠だとわかっているのにどうして敵地に行くのか。
今回だってそうだ。
救難クエストを受け、行ってみればイヴィルスの罠。あげく18階層に戻ることも出来ず20階層で籠城。ようやく相手が攻撃をしかけ、三日三晩寝ないで戦い続け、今に至る。
客観的に見ればガイン・アールヴは間抜けか、スパイにしか見えないのである。
「あなたは……本当に、味方なんですか……」
喉から絞り出すよう言いったリュー。あろうことか、彼女は剣を抜いてガインにその先を向けた。