ゆゆゆ短編集   作:mn_ver2

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わかちか

 ……雨が降っている。

 今日は六月九日。梅雨に入って約一週間と少しが経っている。

 この時期になると外で遊ぶなんてとてもできないし、洗濯物も乾きにくいしで色々と憂鬱になってしまう。

 小学生組……特に三ノ輪銀の反応は顕著で、あまりにも暇すぎて毎日てるてる坊主を数十体作るほどである。

 そうなると流石に須美と園子(小)に紙を使い過ぎと怒られる始末だ。遊びたいという衝動が最も強く小学生たちには些か辛いだろう。

 しかし千景は違う。

 確かに洗濯物は乾きにくいし、湿気で長い黒髪がボサボサになったりしてしまうという決して無視できないデメリットはあるが、それを笑顔で許せるくらい大きなメリットがある。

 それは、部屋にこもって好きなだけゲームができることだ。

 だから千景は梅雨がどちらかというと好きである。

 金曜日は昨日だったから、今日は土曜日。

 勇者部の活動も依頼は少ないし、あるとしても千景に割り当てられるものはないとして今日は休暇を言い渡された。この様子だと恐らく日曜も同じだろう。

 今日は完全にひとりの時間にすると決意している。高嶋からの誘いはないし、きっと友奈ズで何かしら楽しんでいるのだろう。

 窓から外の景色をぼんやり眺めていた千景は、その美しい黒髪を翻してカーテンを閉めた。

 部屋の照明は点けていないため、やや薄暗い。

 しかしこれでいい。

 今日一日ゲームをすると決め込んだ千景の意志は非常に固く、高嶋の誘いでもない限りまさに動かざること山の如くである。

 事前に近くのコンビニで買い占めたお菓子やらジュースやらを丸テーブルの上に広げ、ゲームカセットが敷き詰められた引き棚を開けて本日のお供を選定する。

 プレイすることは好きだが、こうしてどのゲームをするかを考えながら選ぶ作業が楽しい。

 タイトルを見るだけでそのゲームのセーブデータが脳内に呼び起こされ、どれくらいやり込んでいるかが蘇る。

 そうして千景はいくつかカセットを選び、テーブルとベッドに広げてたっぷり悩んだ後、『君に決めた!』とばかりに意気揚々とディスクをハードの口に入れた。

 時々高嶋や小学生組……特に銀とゲームをする時はたいてい軽めのものをと意識している。しかし今回は一人だけだから重めの……つまり難易度の高いゲームを存分にできる。

 千景は無意識に心躍らせながらコントローラーを手に取り、上機嫌にベッドの側面にコンパクトなリクライニングソファを置いてその上に腰を下ろす。

 ハードの電源を入れると、部屋の中にも聞こえる雨音が、ぶうううん、とファンの回る唸り音と混ざる。

 そして、いざと意識をゲームに切り替えようとした途端。

 コンコン、と誰かが部屋をノックしてきた。

 

「誰よ……」

 

 一気に目に見えて不機嫌になる。

 高嶋である可能性はなくもないが、限りなく低い。

 しかし高嶋でなければ、怒りぷんぷんだ。

 一応顔に表情が出ないように努めながら千景はドアを開けた。

 そこにいたのは一人だけだった。

 千景より一つ学年が下のくせに、ほんの少しだけ身長の高い人物。

 その人物――若葉は晴れ晴れとした笑顔で口を開いた。

 

「やあ、千景」

 

「ちっ」

 

 梅雨などどこ知らずといった感じの笑顔が少し不愉快で、つい……それこそもう無意識の領域で舌打ちをしていた。

 

「えええ⁉ なんでそうなるんだ⁉」

 

 若葉の動揺を一切無視して千景はドアを閉めようとしたが、普段から反射神経を鍛えているおかげか、ギリギリで滑り込ませた若葉の足がドアの間に挟まった。

 

「……なによ」

 

 不機嫌な猫のようだな、と思いはしたがそれを実際に口にすれば間違いなく大葉刈で刈り取られるだろうから、なんとか感想を喉奥に押し込んでから若葉は改めて言った。

 

「い、いや……今日は暇かと思ってな。部活もないことだし、珍しく友奈とも一緒じゃないらしいから、さ」

 

「暇じゃないわよ」

 

「そうなのか?」

 

「そうよ。だからほら、帰って」

 

 催促する千景は顎で指示してくる。

 ただのいじわるではなさそうだし、それなりに嫌がっているようだ。仕方ないと少しだけ寂しそうな表情を浮かべた若葉はこれ以上食い下がることはなく、大人しく踵を返す。

 その後ろ姿がどことなく千景の良心をちくりと刺す。

 これではまるでこっちが悪いみたいではないか。

 いや確かにほぼ一方的な会話をしてしまったのは千景の方だが、それはそれとしてこうもタイミングよく訪れてきた若葉の行動は故意的なものではないかと邪推してしまう。

 そこまで考えて、それはないだろうと即座に否定する。若葉はどちらかといえば頭脳より筋肉派だし、なんなら力こそパワー派である。

 心を滝に打たれるような感覚。

 否応なく何かに叩きつけられ、それから逃れるように千景は遠ざかっていく背中に声を投げた。

 

「待って、乃木さん」

 

 足が止まる。

 くるりと振り向いた若葉はこちらの言葉を待っている。

 

「その……ちょっと、悪かったわね。用事だけでも聞かせてもらえないかしら。もしかしたら大事な話かもしれないわけだし」

 

 すると若葉はばつの悪そうな顔をして後ろ頭をぽりぽりとかくとやや遠慮がちに言った。

 

「大事ってわけではないのだが……お前とふたりで遊びたいなって、思って」

 

「……は?」

 

 部活の話だったりするかもしれないと予想していた千景だが、完全に外れた。それだけではなくなんの前触れもなく特大の爆弾を投下されたような唐突な誘いに瞠目した。

 聞き違いではと思って数秒の記憶を巻き戻して脳内再生するが、どうやら聞き違いではなさそうだ。

 

「忙しいのなら仕方ないよな。すまない、いきなり変なことを言ってしまって。どうか忘れてくれ」

 

 若葉も少し恥ずかしいようだ。

 説明が口早になっているのがわかりやすい証拠で、きっと内心では恥ずかしさで悶ていることだろう。

 

「……いいわよ」

 

 ぽつりと外の雨音にかき消されそうなほど弱い声で千景は言った。

 この世界に来てもう数年が経っている。西暦から約三百年と、気の遠くなるほど未来の世界。

 西暦にいた頃、即ち勇者として若葉たちと活動していた期間はせいぜい一、二ヶ月程度。その間に戦闘も一度しか行っていない。

 だがこの世界に来てからは軽く百はくだらないほど戦闘をこなしてきた。

 間違いなく戦闘における動きや本能的な身のこなしは初期と比べると格段に跳ね上がっている。

 それだけではない。

 バーテックスたちとの戦闘のみが千景たちに与えられたものではない。こうして何気ない日常を享受する中で、高嶋を始めとした仲間たちの知られざる一面とやらが次から次へと明るみに出てくる。

 その過程で、千景の心と皆の心の距離も縮まった……ような気がする。

 きっと若葉も同じ気持ちなのだろう。

 もっと知りたい。もっと仲良くなりたい。

 そんな人間的な、あるいは善人的な想い。

 そこから来た、お誘いなのだ。

 だが千景は若葉のことが嫌いだ。

 とはいっても近年は角が取れてきているとは自分でも思っている。

 こうして年下がわざわざ勇気を出してくれたのだ。年上がそれに怯えて、突き放そうとしてどうする。

 こちらからも歩み寄らなければならないことは、わかっている。

 でもやっぱり怖くて。

 別に確実に聞いてほしくて言ったわけではない、敢えての声量。聞こえなかったのならばそれで良し。聞こえたのならば、面倒だが付き合ってやろう程度の面倒なやり口。

 しかし鈍感系主人公ではないからか、若葉の耳にはしっかりと届いてしまったらしい。

 

「そうか!」

 

 ぱああ、と一気に笑顔になった若葉はずん、と一歩千景に近づく。

 思わず眉を顰める千景を見た若葉は「す、すまない」と少しだけ距離をとった。

 

「遊ぶといっても何をするのかしら? 外はあんなだし、乃木さんから誘ってきたんだから、もちろん提案はあるんでしょうね?」

 

「ああ、あるとも」

 

 当然だ。

 無計画だったから今から考えるとでも言おうものなら、ぴしゃりとドアを閉めてやろうと考えていた。

 ふんすと鼻息を吐き出した若葉は、

 

「一緒にゲームをしよう!」

 

 と言ったのだ。

 

「げぇ、む?」

 

 まるで日本語を覚えた宇宙人のように、知らないはずのない単語を口にする千景に構わず続ける。

 

「お前が生粋のゲーム好きなのは知っているからな。私は普段ゲームはしないのだが……いい機会だ」

 

「はあ」

 

 ため息を吐く。

 一人用のゲームをしようとしていたのにこれでは少し気は進まないが、それはまた別の機会に回せばいいだけのこと。

 一応高嶋や銀とするための二人用のゲームがいくつかあるから、それをすればいいかと結論づける。

 

「だめか?」

 

「いえ……まあ、いいわよ。私も今からゲームしようとしてたところだったから」

 

「もしかして……さっき暇じゃないって言ったのはゲームをやるからだったのか?」

 

「だったら何?」

 

 キッ、と睨みつけられた若葉は「いやいや何でもないぞ」と言ってから、

 

「はえ〜、ゲームっていう用事も存在するもんだなぁ」

 

 と少しばかり概念めいたことを呟いた。

 そんなノイズを無視しながら千景はさっさと部屋の中へと招き入れる。

 部屋の電灯はつけていないから光源はモニターに表示されたホーム画面だけであり、しかしながら千景は手際良くハードの電源を切った。

 

「あ、あれ? ゲームそれ、終わらせて大丈夫なのか?」

 

「ええ。これPS○だし。完全に一人用のハードだからス○ッチのほうにするわ」

 

 そう言いながらモニターに接続していたケーブルを繋ぎ変える。

 

「スイッ○なら私も知ってるぞ!」

 

「はいはい良かったわね」

 

「なんか雑だな⁉」

 

 手元が暗いから一旦部屋の電灯を点ける。

 ケーブルがきちんと接続されていることを確認して、適当にゲーム初心者の若葉でも楽しめそうなカセットをセレクト。

 あとはコントローラーを――。

 

「……あ」

 

 ふと思い出した。

 

「ん? どうしたんだ?」

 

「コントローラー、たぶん高嶋さんが持ってる」

 

「んん? なんでだ?」

 

「昨日高嶋さんとここでゲームをしてたから。たぶんそのまま持って帰っちゃったのね」

 

 時々高嶋とふたりきりでゲームをすることがあるが、昨日は珍しく気分が乗ったせいで夜遅くまで続いてしまった。

 やや眠そうに瞼をこする高嶋を、大きく欠伸をしながら部屋まで送ったのを覚えている。

 きっとその時だ。

 恐らくどちらも特に何も考えていなかった。

 

「友奈は結城とイネスに行くと言ってたぞ。部屋は閉まってるだろうから取ってこれないんじゃ……」

 

 ついてない。

 ともあれ一緒にゲームをすることはできなくなった。

 どうしようかと千景は思考を巡らせながらベッドの上に散らかしたPS○のカセットを眺める。それも銃撃戦やアクションがメインのものばかり。

 とても若葉に勧められそうにない。とはいってもハードに直接ダウンロードしている無料のバトルロワイヤルものはきっと合わないだろう。

 ……と、ここまで考えて。

 どうして若葉のためにここまで考えなければならないのかと我に返った。

 どうして好きでもないやつのためにここまで。

 高嶋のためなら喜んでやるが、若葉は別だ。

 

「な、なんだ……?」

 

 どうやらじっと若葉を見つめてしまっていたようだ。

 私の顔に何かついているのか? と聞かれたから適当にネギと言ってやれば、本当に確かめようと顔をペタペタと触り始める。

 今日の昼食はどうやらうどんだったようだ。

 そうこうしているうちにこれならまあ大丈夫だろうとあるカセットを手に取る。ディスクをハードの口に入れ、再びモニターのケーブルをPS○に繋ぎ直す。

 

「できるのか?」

 

 若葉がそう不安そうに尋ねてくる。

 

「ええ。ふたりは無理だから、悪いけど乃木さんひとりだけでプレイしてちょうだい」

 

 そう言って、モニターにホーム画面が映ったのを確認した千景はコントローラーを手渡す。

 

「でもそれじゃあ、せっかく一緒にゲームがしたかったのに……」

 

「また別の機会にすればいいじゃない」

 

 と言ってから、何を言っているのだと遅れて気づいた。

 慌てて訂正しようとするが、その真意をいち早く悟った若葉は楽しげに「じゃあ、また今度な」と言った。

 だから「ふん」と鼻を鳴らす。

 

「ところで今からやろうとしているゲームはどんなゲームなんだ?」

 

「赤ちゃんを抱えながらおじさんが荷物を運ぶゲーム」

 

「…………うん?」

 

 目を丸くさせた若葉が可愛らしく小首を傾げる。

 

「んん? んん〜? なんだそれは。それは果たしてゲームなのか?」

 

「もちろんゲームよ。ストーリーがメインといったところかしら。一応ちょっとした戦闘シーンとかもあるわよ」

 

「変わったゲームなんだなぁ〜」

 

 時代に取り残された老人のようなコメントをした若葉に渡したコントローラーを操作して予備のアカウントでログイン。

 このゲームはセーブデータがひとつしか作れないため、複数作りたければ違うアカウントが必要だ。

 幸い今ログインしたアカウントにはセーブデータがないから、手際良く『New Game』を選択する。

 

「ゲームの難易度はどれがいいかしら? おすすめはノーマルかイージーだけど」

 

「そうだな……一応イージーで頼む」

 

「了解……ん、あとはどうぞ」

 

 ベッド横に置かれたリクライニングソファに座るよう促し、千景はその隣に座った。

 小さな丸テーブルの下にふたりが脚を伸ばす。ベッドの上に寝転びながら観賞も考えられたが、それではなんだか若葉に失礼な気がした。

 

「ありがとう、千景」

 

「……ん」

 

 ゲームは映画風な映像から始まった。

 千景は一度クリアしているので無言でプレイを見届ける。

 

「ところでどうやって移動するんだ?」

 

「Lスティックを倒すのよ」

 

「える……すてぃっく……? なんだかかっこいい響きだな」

 

 そうだった。

 初心者にもほどがあるのでは思ってしまうほど初歩的な質問に、密かに笑いがこみ上げてくる。

 恐らく移動の信号を一定時間感知しないと、ゲーム側でわかりやすいようにボタン操作を表示されると思われる。

 が、一応ここはおんぶにだっこ精神で丁寧に教える。

 なんとか移動やカメラ操作、ジャンプやその他の操作諸々は覚えたのだが、やはりキャラの動作はぎこちない。

 まあ慣れの問題だろうと千景は成り行きを見守る。

 

「映像ばっかりだな。思ってたのと少し違う」

 

「まあ確かにこのゲームはそこらのものとは違うし。でも面白いわよ。私が保証する」

 

 それなりにクソゲーか良ゲーかを見極める目はあると思っている千景は自信満々に伝える。

 すると。

 

「なら安心だな!」

 

 と疑いもなく信じる若葉が千景にはよくわからなかった。

 それほどの仲ではないというのに。

 まだ序盤だからゲームシステムは複雑にはなっておらず、すいすいと荷物を運ぶ。

 どうやら若葉は多くの荷物を往復して届ける派ではなく、一気に運ぶ派らしい。

 当然荷物は重くなり、その分キャラの足取りが重くなる。

 

「すごく……難しい……なっ!」

 

 キャラの歩行のリズムに合わせてそう言った若葉。

 レースゲームで曲がるときに自分の身体も傾く人はそれなりにいるが、まさかこんな人間もいるのか。

 半ば関心しながら「そうね」と適当に返事を返しながら、そろそろ喉が渇いてきたからテーブルの上のジュースに手を伸ばす。

 そこでようやくコップを用意していないことに気づいた。

 なんだかんだゲームに熱中に一言断ってから台所に立ち、食器棚にしまってある使い捨ての紙コップふたつと取り、マジックペンでそれぞれ『千』と『わ』と書く。

 これで互いに間違えたりすることはないだろう。

 リビングに戻ってくると、何やら若葉が難しそうな顔をしている。

 

「なあ千景、これどうしたらいいんだ? 荷物を持ったまま川を渡ろうとすると、スタミナがごっそり削られるんだ。それに時々流れに耐えられずに流されてしまう」

 

 確かにゲーム画面を見れば、スタミナがもう半分以下にまで低下している。

 飲み物を飲めば回復するが、スタミナの最大値までは回復しない。拠点に戻れば別の話だが。

 

「ちょっとどんな荷物を持ってるのか見せてもらえる?」

 

「ああ」

 

 表示された荷物一覧を一瞬で読み、適切なアドバイスを送る。

 

「梯子を持ってるわね。それを使うといいわ」

 

「なるほど? どうやってやるんだ?」

 

「ちょっと貸して」

 

「わかった」

 

 コントローラーを一旦受け取った千景は手際良く装備を『梯子を持つ』にして、押すボタンを見せながら実践してみせた。

 

「おおー! なるほど! これなら確かに川が渡れるな! さすが千景!」

 

「……別に大したことないわよ」

 

 そう、本当に大したことない。

 これくらいなら難易度がイージーだからヒントが勝手に出てくるはずなのだ。

 それでもできないとは、思っていたより若葉はゲームが下手なのか……? どんなことでものみこみが早いと考えていたが、どうやらそうでもなかったらしい。

 紙コップにジュースを注ぎ、お菓子の袋を開ける。

 

「ジュース、いる?」

 

「ああ、ありがとう」

 

 千景はちらりと若葉を一瞥する。

 薄暗い部屋で、ふたりきり。

 高嶋とならそれなりの頻度であることだが、よりにもよって若葉と、という状況はやはり不快感を覚える。

 でもこうして屈託のない若葉との会話はちょっぴりだけ心地が良い。

 高嶋とはまた違ったもの。

 高嶋に対しては比較的受け身になることが多いが、若葉の場合だとこちらからそれなりに言葉をかけることが多い。

 自分はあまり口数は多くないと理解しているが、不思議とこちらから口が前に出る。

 荷物を運び終えて任務を達成した若葉はコントローラーをテーブルに置いてコップを手に取ってジュースを喉に流し込む。

 

「面白いな、このゲームは! ストーリーも面白いし、引き込まれたぞ!」

 

 続いてお菓子に手を伸ばそうとする。

 

「――上里さんの差し金?」

 

 と、千景は唐突に尋ねた。

 若葉の手が止まった。

 ゆっくりとこちらを振り向く。

 

「上里さんに言われて来たんでしょ? きっと」

 

「…………」

 

 若葉はきゅっと唇を結んで黙りこくる。

 沈黙は肯定と受け取る。

 まあ、そんなところだろう。ひなたは中学生とは思えないほど俯瞰した視野を持っている。だから千景の様子を気にかけて若葉を仕向けたといったところか。

 ……余計なお世話、だ。

 とはいえこうして部屋に入れた以上、今更出て行けなどとは言わない。ゲームもここからが面白いというのに、それは自身の中のゲーム魂が許さない。

 

「……そうだな。今日は本当は学校の宿題をしようとしていた。正直言うと、ひなたに言われるまで千景のことは頭になかった」

 

「ま、そうでしょうね」

 

 失望はしていない。落胆もない。

 ゆえに気分は沈まない。

 魂の奥深くから溢れるように大きくため息を吐くと、若葉が身体をぴくりと震わせる。

 

「別に怒ってなんかないわよ。私とあなたの仲はこの程度ってこと。今日のこれだってたまにするくらいの仲。それでいいじゃない」

 

 千景の双眸は、長時間放置によって自動的に休憩モードになったキャラを一点に見つめている。

 

「別に仲間だからって無理して親密になる必要はない。バーテックスが襲来してきた時は一緒に戦う。日常もまあそれなりに」

 

 頬杖をついた千景はほら、と顎でゲームの続きを促す。

 それに黙って従う若葉は静かにキャラを動かす。

 

「千景は……私のことが嫌いなのか?」

 

「どちらかと言えば嫌いよ」

 

 即答された若葉はしかし、悲しむことはせず、むしろ微笑みを向けた。

 

「そうか……しかし、こうしてゲームさせてくれているわけだから、どうしようもなく嫌いってわけではないのだろう?」

 

「……ふん」

 

 すると若葉は得意顔になった。

 

「なるほどな。知ってるぞ。こういうのを『ツンデレ』というのだろう?」

 

「なっ⁉」

 

 急激に身体が熱くなる。

 わざとか? わざとなのか⁉

 無知ゆえの発言ならまだ許せるが、知っていて言ったのならばそれはもう確信犯だ。

 デレ要素は全力で否定するが、確かに今の「……ふん」はツン要素にカテゴライズされるのは違いない。

 目に見えて狼狽えた千景はそれを必死に隠そうとすぐさま表情を戻すが、その様子を終始見ていた若葉は楽しそうに笑った。

 

「すまないな、少しいじわるがしたくなったんだ……くくく」

 

「あなたね……! もういいわ。さっさと続きをしなさいよ」

 

 言われて渋々コントローラーを手に取り、キャラを少しばかり動かしたところでなぜか動きを止めてしまう。

 そしてもう一度こちらを見ると、

 

「実は私のプレイが見たくてうずうずしているのでは……?」

 

 となんとも面倒くさいことを言ってきた。

 逆鱗に触れはしないが、その周囲で煽るように羽毛でそっと撫でられているような感覚だ。

 だが不愉快であることに違いはない。だからどうしても言い返してやりたいと強く思い、

 

「ネタバレしてあげましょうか? 実は――」

 

 と不敵な笑みを浮かべながら言ってやる。

 

「今すぐ始めますだからネタバレだけはしないでくれぇ!」

 

 血相を変えてすぐにゲームに意識を切り替えるのを見て、「ふっ」と鼻で小さく笑う。

 若葉とこれほどの量の会話をしたのは恐らく初めてではないだろうか。

 そもそも口数の少ない千景が他人と話すことは高嶋を除いてそれほど多くない。

 なおさら嫌いな若葉となれば会話は極端に減る。

 ……若葉が嫌いだ。

 理由はたくさんある。

 勇者みたいな凛々しさが羨ましい。

 勇者みたいな強さが羨ましい。

 勇者みたいな優しさが羨ましい。

 勇者みたいな……勇者みたいな、明るさが羨ましい。

 認めよう、これは嫉妬だ。

 千景は一方的な嫉妬で若葉を嫌っている。

 しかしながら、これがそこまで悪いことではないと思っている。人間誰しも好き嫌いがある。四国の人間が全員、若葉を好きなわけではない。

 嫌いな人間が偶然間近に……同じ勇者だっただけだ。

 決して相容れない関係というものは確かに存在している。

 若葉が嫌いだ。

 あなたはリーダーに向いてないと厳しく罵ったこともあった。

 だが今はどうだ。勇者部は風をトップとしているが、戦闘になれば指揮系統を分散することなんて多々ある。その中で若葉は的確に指示を出すことができるようになってきている。稀にミスをすることもあるが、さすがに完璧を求めるのは酷というものだろうし、それをカバーするのが千景たちの役割でもある。

 これも認めるしかないが、若葉はリーダーとして上手くやっている。日常でも、皆のまとめ役をよく買って出る。

 非常に腹立たしいが、これもまた一方的なドロドロした醜い感情。それも若葉の前では光を当てられた闇のように霧散してしまう。後には喉につっかえるもどかしさが残るのみ。

 きっと。

 きっといつの日か、胸の内でずっと燻っているこの猛烈な嫉妬は消えてなくなってしまうだろう。

 そんな漠然とした予感を千景は感じている。

 告白すると、勇者部というグループは非常に居心地がいい。全員が勇者、もしくは巫女、さらに防人といった特殊な御役目を頂戴した者しかいないこの集団では、誰もが千景を特別な人間として見ない。

 贔屓しない。

 平等に見てくれる。

 悪いことをしたら怒られ、良いことをすれば素直に喜んでもらえる。

 こんな当たり前といえる日々こそが、千景が恋い焦がれ、強く欲していたものなのだ。

 この優しさに当てられて角が取れてしまうのは仕方ないこと。現に当初はあまり上手くいっていなかった夏凛と芽吹も今では仲良しこよし。

 あれは恐らく芽吹から夏凛への羨望に似たものなのだろう。

 いつか自分たちの時代に戻った時、心の平穏を同じように保ったままでいられるか。これが最も重要である。

 この時代の人たちはほとんどの人が明るく接してくれているが、西暦の人たちはまるで違う。

 疑念や侮辱なんて挨拶のようなもの。

 それに千景は耐えられるか?

 昔、千景をいじめていた奴らにふと遭遇した時、平常心を保てるのか?

 ……無理だ。

 今の千景には、無理だ。

 カラカラになった喉を潤そうとコップにジュースを注ぐ。若葉のコップのもついでだから注いでやろうか、と考えた時。

 

「このボスみたいなのどうするんだ⁉」

 

 身体を少しばかりこちらに傾かせた若葉が困惑の声を上げた。

 不意に肩同士が触れ合ってしまうが、若葉は気づかないままアドバイスをせがんでくる。

 見たところキャラの体力も残り三割を切り、非常に差し迫った状況だ。

 

「ほら、そこに落ちてる装備を拾って」

 

「ええ⁉ でも遠いし足場が悪いから無理だ!」

 

 頑張って千景の指を差した装備を拾おうと奮闘するが、ボスの攻撃や地面のぬかるみに囚われて思うように前に進めない。

 

「そこの崖の縁を走ったら行けるでしょ! ……ああもう、下手くそ!」

 

 怒りのままに言い放った言葉に若葉の困惑は頂点を突破した。

 

「ええええ⁉」

 

【挿絵表示】

 

 そう言ってうだうだしている間にもボスに残り少ない体力を削られて死んでしまった。

 

「やられたああああ!!」

 

 と叫びながらゲームをポーズした若葉は両腕を上に高く掲げ、そのまま後ろのベッドに上半身を倒れこませる。

 披露の溜まった眼球を休ませるべくきゅうう、と強く瞑ったあと、カーテンのかかった窓を見やる。

 やや明るかった外も暗くなっていて、あれほど耳障りだった雨音もとうに聞こえなくなっていた。

 

「あー、もうだいぶ暗くなったな。だいたい二時間くらいやってたか? 流石にもう、目が疲れたな」

 

 しょぼしょぼと瞼を瞬かせる若葉は眠そうに大きく伸びをした。

 

「そうね。これだけ長時間すれば疲れるでしょう。そのくらいにしておいたら?」

 

「うむ。そうだな。ここまでにしよう」

 

 のっそりと立ち上がった若葉は最後のひとつまみとしてお菓子をつまみ、もう一度伸びをする。

 若葉をドアまで送る千景の目にも少し疲労の色が滲んでいる。

 あれだけ下手くそプレイを見せつけられて口出ししたくなるのを極力我慢していたのだ。

 怒りといった負の感情はないが、こう、色々教えてやりたいといった欲求が留まるところを知らなかった。

 

「今日はありがとう」

 

 そう、ぽつりと落とし物をしてしまったかのように唐突に若葉が言った。

 こちらに背中を向けているため表情は窺えない。

 

「今日は私ばかり楽しませてもらったが……千景は良かったのか?」

 

「良いわよ、別に。ゲームの面白さを少しでも布教できたと思えば僥倖よ」

 

「それならいいのだが……」

 

 腑に落ちない様子で若葉がこちらを振り向く。

 釈然としない顔。

 菖蒲(しょうぶ)色の瞳が千景を覗き込む。

 つい千景が無意識に顔を逸らすと、若葉が口調を切り替えて言い放つ。

 

「お前が私のどこを嫌っているのかは正直わからないが……こうしてふたりきりで同じ時を過ごすことができたんだ。きっと私たちがわかり会える日が来るさ」

 

「は、はあ? そんなわけ……ないでしょ」

 

 目を細めながら冷たく返す。

 

「いいや、来るな。異世界に来て長い時間が経って気づいたが――間違いなく千景は変わってきている。いい方向にな」

 

「…………」

 

 沈黙は肯定だ。

 若葉は小さく笑う。

 

「いつか……私のことが嫌いではなくなって……好きになる日が来ると、私は思っている」

 

「来ないわよ。百歩譲っても私が乃木さんを好きになることはないわ」

 

「……つまり、嫌いではなくなる可能性は十分にあるな」

 

「――――」

 

 不愉快だ。

 ちょうど胸のど真ん中を小突くが、若葉はどこ吹く風といった顔。

 

「いつ元の世界に帰れるのかはわからないが……それまではできる限り仲を深めようじゃないか。私は千景のことをもっと知りたいし、千景にも私のことを知ってほしい」

 

 真剣な眼差しになった若葉から視線が外せない。

 これだから若葉が嫌いだ。

 人のことを知りもしないでずかずかと居間に乗り上げてくる。

 その態度が特に気に食わないというのに。 

 のに、どうしてだろう。

 若葉の言葉には妙に説得力がある。

 だから真っ向から否定できないでいる。

 一方的に向けられる優しさは良い。

 正直言って心地良い。しかしながら、与えられるだけの人間は……違う。

 それは勇者などではない。

 他人を知り、自分を知ってもらう努力をすることが、今の千景に必要なこと……なのかもしれない。

 

「それで、だな」

 

 あまり人前で見せないようなもじもじした動きをしながら、こちらの反応を窺うように続きを口にする。

 

「あのゲームって……あとどのくらい続くんだ?」

 

「……今日で一割と少し進んだところね。まだまだ長いし、わかったとは思うけどストーリーもとても良いわよ」

 

「だよな。そうだよな……だから……」

 

 口元をもごもごさせた若葉は意を決したのか、しかしまだ少し照れが残っている声色で言った。

 

「またお前の部屋にお邪魔してもいいか? それに、今度こそはふたりでゲームがしたい」

 

「…………」

 

 なんだ、若葉も可愛いところがあるではないか。

 ちょっぴり優越感を覚えた千景は両頬を緩ませる。

 これこそが、若葉の知らない一面を知れた、といったところだろうか。

 仄かに残った雨の香りが嗅覚を満たす。

 程よく心が晴れたような気がして。

 不安げな年下に、千景は穏やかに返事を返したのだった。




なんて返事したのかはどうぞ妄想してください

もう一話くらい投げたいけど、ネタがないからこれで終わりかもしれないです
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