原作では〝お兄ちゃん〟呼びがたまに出ちゃういいわけで「昔の癖で…」って言ってたけど子ども時代描写のときから呼んでなくない?と思ったので呼ばせていただきました。
ここまで長いの書いたの初めてだから拙いけど最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
楽しんでもらえたらもっと嬉しいです!
兄の呼び方
わたしが在原家に引き取られてから一か月ほどが経った。ようやく〝父〟と〝兄〟に慣れてきて〝在原七海〟に馴染んできたところだった。いつも明るくて優しい父とぶっきら棒だけどやっぱり優しい兄のおかげで〝家族〟の暖かさを実感していた。
今の暮らしには何の不満もないしきっと幸せなんだと思った。だから今、目下わたしを悩ませていることは別のことで、それは新しく通い始めた学校でのことだった。
二週間前からわたしは小学校に通い始めた。もともと暁君が通っていた小学校の四年生。暁くんは一つ上の五年生だ。学年が違うから学校で接する機会は多くはないけどそれでも日に2,3回は見かける。多分だけどわたしを心配して様子を見に来てくれているんだと思う。本人はそんなことおくびにも出さないから直接は確かめてないし、きっとばれていないと思っているから聞けもしなくて実際のところはわからないけれど。
だから遅かれ早かれ暁君には気づかれてしまっていた。それがたまたま今日だったというだけで。
「おいこっち向けよ!」
「無視すんなよ在原!」
下校時間、わたしは二人の男子児童に絡まれていた。目立たないように放課後少し時間がたってから昇降口に向かったのに見つかってしまった。普段は暁くんがわたしのことを待っていてくれて一緒に下校するけど、今日は五年生の授業が四年生よりも一つ多かった。だから一人で先に帰ることになっていたのに。
何が気に触れたのか、転入して一週間ほどから男子にちょっかいをかけられるようになってしまった。わたしもはっきりと拒絶すればいいのかもしれないがよく知らない人と話すのが怖い。それでも周りに人がいないこの状況では誰も助けてくれない。自分で言うしか…。
「や、めて」
「あ?なんだよ。何か言ったか?」
「うじうじしてないで言いたいことがあるなら言ってみろよ」
ダメだった。わたしのささやかな抗議は恐怖でかすれて言葉になる前に霧散してしまう。もう、逃げるしかない。
「あ、おい待てよ」
運動が得意じゃないわたしの動きでは振り切れず腕を掴まれてしまう。痛い。怖い。
誰か、助けて。
——ヒュ、ドカ。
瞼にたまった涙が決壊しそうになった時、わたしの腕をつかんでいた男子の鼻先を何かがかすめて下駄箱に当たり、大きな音をたてた。それは見覚えのある運動靴だった。
「お前ら、何してんだ」
その声に男子二人は何者かと、わたしはその正体を悟りながら振り向く。
そこには暁君がいた。
「なんだよお前。関係ないだろ!」
俺は七海の腕を掴んでいる奴を睨みつけながら、
「俺は、七海の、兄だ」
そう言って一歩ずつ七海たちに近づく。そこで七海が目に涙を浮かべていることに気が付き、不快感が俺を支配する。七海の腕を掴んでいた手を強引に外す。
「お前らこそ何をしているんだ」
七海を背に隠してもう一度問いただす。突然の乱入者に驚きながらも言い返してくる。
「別に何もしてねーよ」
と。さらには残る一人が言い放つ。
「つーかさ、お前兄貴とか嘘だろ。そいつが転入してくる前からこの学校にいたよな、見たことあるぞ。しかもそいつ、親いないんだろ?母ちゃんが言ってたぞ!〝家庭の事情〟とか言ってるやつはそうだって」
「黙れよ」
その言葉に俺は思わず拳を握り振り上げてしまう。が、振り下ろす前に止められてしまった。背後にいる七海によって。
「だめ、です。乱暴したら暁くんが悪くなっちゃう…」
控えめながらもしっかりと俺の服の袖を握って離さない。なんでこんな奴らをかばうのか。
「ほら!自分の兄貴なら普通そんな呼び方しないだろ!やっぱり嘘なんだ!」
本当に黙れ!袖を引く七海を外し、しっかりと顔面を狙い、左足を踏み込む。
「だめ!」
七海に右腕に抱きつかれまた止められてしまう。
本気で自分に襲い掛かろうとしている俺にビビったのか、連中は「ばーか」とばかなことをぬかしながら走り去ってしまった。
「…何で止めたんだ」
二人取り残された昇降口で暁くんが静かに訊いた。わたしは暁くんの腕を外し、うつむいている。
「…だって、わたしも暁君も話すの上手じゃないからきっと暁君が悪者にされて怒られちゃいます」
しばらく時間が経ってようやくわたしは声を出せた。
「別にいいって」
「よくないです。わたしが嫌です」
自分でも驚くくらいにはっきりと声がでた。それに驚いたのか暁くんは黙ってしまう。
「…なんでここにいたんですか?五年生は授業中、ですよね?」
「授業が体育なんだよ。それで膝すりむいて保健室に行くところだった」
その言葉に視線を向けると確かに膝から血がにじんでいた。大変だ、早く保健室に…。わたしは慌てて暁くんの靴を拾いに行き、(自分でやる、と抵抗した暁君から無理やり)もう片方の靴を脱がせ、五年生の下駄箱で上履きと交換して戻ってくる。
「早く、早く行きましょう」
「おい、ちょっと、引っ張るなよ。お前保健室の場所わかるのかよ」
そういえば保健室にはまだ行ったことがなかった。
保健室につくと保健の先生が慣れた手つきで手当てを始める。「気をつけなさいって言ってるでしょ?」と小言をいわれる姿から暁君は常連さんなのかな、とのんきに思ってしまう。
手当てが済むと暁君は、
「授業に戻る。七海はここで待ってろ、一緒に帰ろう」
と言い残し、保健室を出て行った。
わたしと保健の先生の二人だけが残された。
「はじめまして、在原七海さん。私は…」
と先生が話しかけて自己紹介をしてくれた。私はたどたどしくもそれに相槌を打っていく。
「ところで、どうしてこんな時間に残っているの?四年生はもう授業終わっているわよね?」
その問いの答えに詰まってしまう。
暁君は手当て中もわたしが触れないならと、さっきの内容は先生に伏せていた。わたし自身もこの先生のことを不審に思っているわけではないけど、初めて会う人にあんまり自分のことを話したくない。
「まあいいわ。なにかあったら相談しに来なさい。学校のことでもおうちのことでも。もちろん、なにもなくても遊びに来ていいわよ」
答えないわたしに先生は優しく笑いかける。どうやらこの人はわたしの〝事情〟を知っているようだ。アストラル能力のことは秘密にしているはずだけど在原家に〝迎え入れられた〟ことは把握しているのだろう。
「ありがとう、ございます」
そのあとは暁君が保健室に走り込んできて先生に怒られるまで二人とも喋らず、ただたまに吹く午後の風の音だけを聞き時を過ごした。
帰り道を二人で、わたしは一歩遅れて歩く。どちらもずっと無言で。一緒に帰るときは会話が弾まず無言なことも少なくないけど、今日はいつもより空気が重かった。
それでもわたしを助けてくれたこの人に一つ言っておかなければならない。
「あの…」
「なんだ?」
わたしのかすかな声をきちんと拾ってくれる。この人相手に怖がる必要はなにもない。きちんと言葉を伝えなくては。
「ありがとう、ございました。助けてくれて」
言えた。視線を下に向け、とてもお礼を言う態度ではないけれどきちんと言えた。暁くんはちょっと間をおいてから、
「いいよ、俺は七海の兄ちゃんなんだから」
と返してくれた。
そのあとはまた無言だったけど、さっきよりも空気が軽く感じた。
それからまたしばらく歩いてだいぶ家に近づいたころ暁君が七海、とわたしを呼ぶ。
「さっきのことだけどさ、学校、転入したばかりだけどまた別のところに入ることだってできると思う。親父に言えばそのくらい何とでもしてくれるだろうし、七海のためなら今の家から引っ越すことだって多分何もためらわない。俺も同じタイミングで転入すればあんなこと言われないで済むだろ?」
「…」
「俺のことだって気にすることはない。俺だってこの学校には転入してきたんだし、この学校を卒業したい、なんて愛着は特にない」
「…」
「とにかく、俺と親父がいるから。なにも〝嘘〟じゃないから」
わたしはずっと黙って聞いていた。わたしのことを考えてくれて守ってくれようとしている。それを実感して胸が温かくなる。
でも、だからどうしてもあの一言が引っ掛かった。
——ほら!自分の兄貴なら普通そんな呼び方しないだろ!やっぱり〝嘘〟なんだ!——
考えてみればまだこの人のことを〝そう〟呼んだことがない。
新しい父のことを〝お父さん〟と呼んだことは何回かあった。まだ慣れなくてちょっとはにかみながらになるけど呼ぶとお父さんは嬉しそうに返事をしてくれた。
兄のことは一貫して〝暁君〟と呼んでいる。もともといた場所に父と母はいても兄はいなかったからそもそもその存在自体が未知なのだ。何て呼べばいいのか、どう接すればいいのかわからない。
今の関係をまさか〝嘘〟だなんてわたしが一番思っていない。でも受け入れ切れていないのも事実なのかもしれない。
この人はわたしを守ってくれる。〝妹〟だから。そうやって兄を伝えてくれている。それならわたしはどうやったらこの人に妹を返せるのか。
嘘だなんて思わせないし、思わない。本物の家族に、兄妹になる。そのために一歩踏み出したい。
だから。
「あの」
ずっと黙っていたわたしが急に声を出すものだからわざわざ立ち止まってこちらに振り向いてくれる。そしてじっとわたしの目を見る。目が合う。わたしは今度こそこの人と向き合えている。だからここで伝える。
「ありがとう、〝お兄ちゃん〟」
さっきとは違う、面と向かった言葉。自分の中のものをこの言葉に全部乗せた。初めて口にしたけど不思議としっくりくる。なんだか顔まで緩んでいる気がする。
お兄ちゃんは少し驚いた顔をした後、
「ああ、任せとけ」
と笑ってくれた。
後になって思う。〝在原七海〟はお父さんに保護されたあの日に始まった。そして、〝在原暁の妹〟は今この瞬間に始まったのだと。
「お兄ちゃん、わたしは逃げないよ」
並んで歩き始めながらわたしは宣言する。お兄ちゃんの隣にいられるのがなんだか無性に嬉しい。
「お父さんとお兄ちゃんがいるんだからわたしはどこにも逃げる必要はないよ。きっと乗り越えるよ」
「そうか」
お兄ちゃんは不器用に、でもそっと頭を撫でてくれる。
「でも、また困ったら助けてほしい」
「いつでもどこでも助ける。俺は七海のお兄ちゃんだからな」
次の日、授業の休み時間にまた例の二人に絡まれた。わたしはお兄ちゃんから
「自信なさそうに下向いてるから舐められるんだ。相手の顔を見てはっきりものを言ってやれ。どうしようもなかったらまた助けてやる」
と言われたことを思い出す。
まず相手の顔を見る。対面するのはちょっと怖いけど、ちゃんと見たら普通の私と変わらない子ども。必要以上に怖がる必要はない。そう思うとちょっと余裕ができて笑みがこぼれる。向こうも私の表情を見て驚いたようで、ちょっと顔が赤くなる。睨んではいないはずだけど怒ったのかな?
次にはっきりと口にする。別に喧嘩を売るわけではない。もしだめでも絶対助けてもらえる。だから。
「仲良く、して?お願い」
よし、言った、言えた、言ってやった。どうなる。
相手の反応を待つと、二人してなんだか顔がどんどん赤くなっていく。そしてあわあわしながら走り去ってしまった。
なんだかよくわからないけど、撃退?に成功した。
廊下を見るとちょうどお兄ちゃんがこちらを見ていた。また様子を見に来てくれたのだろう。しかもばっちり目が合ってしまい今更気が付かないふりもできない。というか今更気が付かないふりなどしなくていいのだ。
わたしはお兄ちゃんの方を見て控えめに、でもしっかりと右手の親指を立てて、グッとアピールする。お兄ちゃんもそれを受けてグッと返してくれた。
わたしもお兄ちゃんも笑えていた。
わたしの様子に安心したのかお兄ちゃんは自分の教室に帰っていく。その背中にわたしはささやく。
「ありがとう、お兄ちゃん」
それからはずっとお兄ちゃんと呼んでいた気がする。お父さんとお兄ちゃん。二人のことをそう呼べるのが嬉しかったから。もっと家族に、兄妹になりたかったから。
だから、〝暁君〟の呼び方を思い出すことになった心境の変化はこのずっと後のお話。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
在原兄妹には是非末永く仲良くしてもらいたいですね!
Twitterで1ページSS書くのとはまた違った楽しさと難しさがありました…。
また投稿しようと思うので是非お付き合いくださいな!