☆いつか温めたい体温
年の瀬も近づいた12月の中頃、眠っていたアタシはふと目が覚めた。喉の渇きを感じ、水を求めて食堂へ向かう。もうみんな寝静まっているだろう。物音を立てないように気を使いながら薄暗い廊下をゆっくりと進む。
ここは風蘭児童学園。家の無い子ども達のための養護施設である。保護されている子たちはそれぞれに大変な思いをしてきたけど、ここでは贅沢とはいえないまでも、不自由と嘆くほどでもない生活を送れている。
食堂に着いた。今晩の夕食だったカレーの匂いが中に入る前から漏れ伝わってくる。
ドアを開き中に入ると……そこには先客がいた。その子は眠っていた。椅子に座りテーブルに組んだ腕の中に自分の顔をうずめるようにして。
驚きはなかった。電気はついていなかったし、物音がするわけでもない。彼がここにいることは知らなかったが、それでも彼がこの場にいること自体に戸惑いはなかった。
この子は西行暁くん。この施設「唯一」のアストラル使い。そんな彼は普段からとげとげしていて、触ると噛みつかれる猛犬のように生きていた。
そんな彼が施設を抜け出し街で問題を起こしては、遅くに帰ってくるということはたびたびあることは知っている。
食堂に備え付けられている電子レンジを見ると夕食のカレーが一人分盛り付けられて入っていた。おそらくは、温まるのを待っている間に眠ってしまったのだろう。部屋の電気くらいつければいいのに。
多分彼なりに他の子を起こさないように気を使っていたのだろう。とげとげしているといっても誰彼構わず攻撃するわけではない。こちらから近寄らなければ被害はない。しかし迂闊に接触すると痛い目を見る。だから彼は施設内で孤立していた。
そして、彼がそんな風な行動をとり始めた理由にも想像がつく。アストラル能力を使えるから。周りと違うから。そんな空気を感じ取るからだろう。
本当に不器用で、強くて、寂しい生き方だと思う。
ぐっすりと眠る彼を起こすのは可哀そうで、起こした彼の反応が怖くて、私は彼に触れることができなかった。
「ごめんね」
私は水を飲まずに部屋に戻る。それからもう一度戻ってきた。眠る彼に部屋から持ってきたブランケットを優しくかける。
「今夜は冷えるね」
彼はこれからも問題を起こすだろう。褒められないことをするだろう。きっと何かを見つけられるまで。自分を見つけてくてくれる誰かが現れるまで。
彼はきっと自分でも何を探しているかわからないままに、走り続けるのだろう。
「ごめんね」
アタシには勇気がない。この男の子の隣に立つ勇気が。
アタシはあげられるはずなのだ。この男の子が欲しがっているものを。
「ごめんね」
アタシは食堂にやってきた目的も忘れて部屋に戻り、布団にくるまって目を閉じた。
冬の寒さは被った布団なんて気休めにならないくらいに凍えた。きっと彼はずっとこの中にいるのだ。
もしアタシに勇気が持てたら。もっと大人になって強さを手に入れられたら。少しだけ年下のあの男の子を温めるように、この胸に力いっぱい抱きしめてあげたい。
☆あの日
彼は何者なのだろうか。
アタシのアストラル認証を盗み取って研究データを狙ってきた何者か。その不届き者を単独で捕まえるために罠を張った。その罠にかかったのは昔はよく知らなかった、今ではよく知った大事にしていた存在だった。
風蘭児童学園で一人行き場のない感情をむき出しにしていた西行暁君。
この橘花学院で再会し、ちょっとシスコン気味だけど楽しそうに、幸せそうに日々を過ごしていた在原暁君。
そして、昨晩不届き者としてアタシが捕まえた暁君。
幸せそうに妹と友達と…アタシと、一緒に過ごした彼は偽りだったのか。全てはアタシに取り入って目的を果たすための演技だったのか。
彼は救われたと思っていた。笑えるようになったと思っていた。自分のことを受け入れられるようになったのだと思っていた。
でも違った。
風蘭児童学園から引き取られてから今までの彼の人生を、アタシは知らない。どんな環境でどんな人たちとどんな成長を遂げたのかアタシは知らない。
嬉しかったのに。
また出会えたことが。
アタシが救えなかった彼が救われていたことが。
……好意を向けられていると感じたことが。
あの子を起こすために、アタシは戦わなくてはならない。その妨げをするなら今までの感情を無視してでも。絶対にアタシの邪魔はさせない。
これから彼に会いに行く。弱気を見せれば隙になる。堂々と望まねば。
さあこの研究室を出て、彼の下へ。
でもこれって……。
「つらい、なぁ…」
☆贖罪
虫のいい話だ。
彼が自分の正体を語った。
いや、正確には語ってないか。「今夜、橘花学院が襲撃される。その証拠や情報源は明かせないが、自分たちを信じて力を貸してほしい」そう語ったのだ。
なんて虫のいい話なんだろうか。
笑ってしまう。本当、笑える。
彼が、あの彼が、誰かを守るために誰かを頼るなんて。
こんなこと、あの頃のアタシたちに言ったって絶対に信じられないだろうな。
状況は突然で、にわかに信じがたく混乱する。
それでもアタシの心はすぐに決まった。
そもそも、アストラル能力者を拉致して商品にするとか絶対に許せない。
そして、個人的に、この学院に土足で踏み込んでくるのはご遠慮願いたい。あの子の存在は公にできない。あの子の目を覚まさせること、目を覚ました時に笑っていられること、それが今のアタシの目的だ。
もっと言うと。
今、この子は笑えていたんだ。あの頃のアタシじゃ助けられなかった彼が笑えていたんだ。
彼の幸せな時を壊させるなんて認めない。
そんな連中がいるなんて、そんなのアタシは絶対に、絶対に。
「——絶対に許さない」
今の彼を助けることが、あの頃のアタシたちへの贖罪になるなんて思うのは、虫の良すぎる話だろうか。
気に入ったら他のお話も読んでもらいたいです。
特に最初の「いつか、温めたい体温」はTwitterの方に投稿している「冷たい体温/温める体温」の前日譚の位置づけですので是非。