君はロレンツィオで魔物討伐の依頼と平行して受けていた薬草の採取を終えてギルドに納品し、報酬を受け取ってからは、平和な街の風景を、まるで対岸のことのように眺めながら歩いていた。
ここ最近、師匠がやけにそわそわしている。
この後なんだけど──
「なにかにゃ!」
君の会話の切り口に、コンマ秒のレスポンスで食い気味に被せてくる師匠は、やっぱりどこかおかしい。
ご飯は何にしようか、師匠の気分に合わせるよ。と君なりに気を遣ってみたけれど「はぁ……魚ならなんでも、やっぱり岩鱒がいいにゃ……」と、あからさまにがっかりしている。
食欲不振の線が消えて、君は手詰まりになってしまった。
常なら美味しい物さえ食べれたら竹を割ったようにさっぱりとご機嫌になるイメージなので、正直これがずっと続くとしんどい。
なので君は、一人で考えるのは打ち止めにして、師匠に直接聞くことにした。
何か悩んでるなら言ってほしい、最近めんどくさいよ?
「キミ、正直なのは美徳でも、相手を傷つけることもあるにゃ。もう少し言葉を噛み砕くにゃ」
ごめん。
それじゃあ、師匠の我が儘を聞くぐらいの甲斐性はあるつもりだから、ここはドンと何でも言ってみてよ。
「キミと出会って、そろそろ八年にゃ。キミは、人間だった頃の私を鮮明に思い出せる?」
それは。
思い出せるけれど、驚いている時の師匠の顔だったので、歯切れが悪くなってしまう。
「……つまりはそういうことにゃ。私はあの時に終わっていて、猫の形をしたウィズの記憶を持った魔物なのかもしれない」
師匠。センチになってるけど、三十路になった自分を想像したくなくて現実逃避してるだけでしょ。
「私は弟子の教育をどこで間違えたにゃ?」
らしくないことを言うからだよ。と君は表面では努めて悪い笑顔で答えた。その裏で、師匠への贈り物を考えていた。
人は自分の原点を見失うと、たまらなく怖くなる。君には『魔法使いは人々の奉仕者たれ』というギルドの理念が、生き方に根づいているからいざという時に選択を迷わずにいられる。
師匠が迷っているのなら、道を照らしてあげるのも弟子の務めだろう。
そして一つ、君は贈り物を思いついた。
◆
「わぁ!魔法使いさん、お久しぶりですねぇ。あれからエテルネも大きくなったんですよ。お姉さまも……も?とにかく、歓迎しますよ」
そうなんだ、久しぶり。とふんわりしているファムの様子に懐かしさを覚えつつ、簡単な挨拶をして家に入れてもらった。
「これ、麓のカフェでも出してるローズティーなんですよ」
君は勧められて、一口飲む。うん、味は酸っぱいけど、薔薇の香りがいいね。
「うふふふふ。本当は魔法使いさん、苦手でしょう?分かりやすく顔に『酸っぱーい!』って書いてあります」
あははは……でも、癖になるかもね。
息を止めてもう一口飲む君を、微笑ましそうに眺めてくるファムに、君はお茶で十分に湿らせた舌で本題を切り出した。
じつは、今日は調香師としてのファムに一つ依頼をしに来たんだ。
「はぇ?……私に、お仕事ですねっ。な、なんでしょう!」
そこまで気構えなくても、嬉しいけどね。師匠のウィズに、思い出の香水を作って欲しいんだ。
「思い出の香水、ですか」
そう、過去の記憶が香りと深く結びついで溢れてくるような、そんな香水を。
「やってみます。でも、無理かもしれません」
ありがとう。例え無理でも、ヒントを得られるかもしれないし、無駄にはならないと思うから。必要な物があれば、全部揃えるよ。
「……魔法使いさんは、変わらず魔法使いさんですね。今日はこれからお姉さまと相談したいので、また明日来てくれますか?そのときに、詳しい話も出来るようにしますから」
それじゃあ、よろしくお願いするよ。この友情に感謝しないとだね。と、君はちょっとキザな台詞を言ってしまったのを、一拍遅れて恥ずかしくなり、赤面しながら後悔した。
「美味しいローズティーは、甘酸っぱさに、隠し味を一匙。私の方が、病みつきになってしまいました」
?……ああ、ちょっと苦手でも、ファムのはまた飲みたいかも、なんてね。
脈絡の無いファムの呟きに、一瞬思考が停止したけれど、ローズティーの話だと理解し、君も話を合わせた。
「魔法使いさんには、好きになってほしいです」
ずいっ、と近づいてきたファムから君は一歩身を引いて、ファムなら別の異界の紅茶好きとも仲良くなれるだろうな、と思い、くすりと笑った。
今日は楽しかったよ、それじゃあまた明日。
「え、ええ、そうですね。また明日も会えますね。明日こそは……」