錬金術って便利ですよね。金策と麻痺毒には随分助けられました。
「まずは実験器具から買い揃えよう。これが無いと始まらないからね。えーっと……実験器具は5階、だな。」
「ん、わかった。」
こうして錬金術に必要な道具の買い出しがスタートした。この店は百貨店とホームセンターの中間に位置するような品揃えで、普通の人なら買わないようなアイデア商品やニッチな品物が売っていたりする。実験器具ともなれば教育用として学校に卸しているメーカーや販売店に注文するのが一番なのだが、残念ながら俺達の学校に出入りしている業者は小売りをしていなかったのだ。
さてどうしたものかと思案に暮れている時、瀬奈がこの店の存在を教えてくれた。多少値は張ってしまうが、それなりの品質のメスフラスコや乳鉢等の実験器具をバラ売りをしてくれるのだ。沢山の種類の器具を少量ずつ欲しい俺達にとっては、ピッタリの店である。
エスカレーターで5階に上がると、思わずおぉ、と声が出そうになった。“サイエンスコーナー”と書かれた看板の周辺には、アルコールランプ等の実験装置から果ては植物の葉脈標本や書籍類まで、科学に関するあらゆるものが所狭しと置かれていた。まさに知識の宝庫だ。
「お兄様、今日は響香さんとお買い物ですわよ。寄り道はナシでお願いしますわ。」
さすが長年の相棒……今は妹である。兄がどこでスイッチが入ってしまうか、その結果何が起こるかは予想の範囲内という事か。
「わかってるって。今度一人で来た時に詳しく見てみるよ。……それじゃあ……蒸留をするための道具から行こうか。瀬奈、響香。さっき渡したメモに必要なものが書いてあるから、それを見ながら探してみよう。」
「オッケー。」
「わかりましたわ。それならあちらから見てみましょう。響香さん、お兄様。」
等間隔に整列された見本品を手に取り、メモに書かれた条件を満たす物を選別、なるべく値段の安いものをチョイスしていく。
「ところでさ、蒸留ってつまりなんなの?」
響香がフラスコを光に当てて覗き見ながら尋ねてきた。
「蒸留ってのはね、液体を一度蒸発させて、その後で冷却して凝縮させることで、沸点の異なる成分を分離したり、成分を濃縮させたりする事だよ。」
「わからん。もっとやさしく。」
「そうだなぁ、例えば回復の薬効と麻痺毒の薬効、2つの効果が混ざったポーションがあるとする。響香は、それ飲みたいと思う?」
こういうのは例え話が効果的、と言うのはシャウトの一件で学習済みだ。
「いや、思わない。逆に敵に使うとしても回復しちゃうんじゃあちょっとね……どっちかだけなら使えると思うんだけど。」
「その通り、そう考えるのが普通だよね。それじゃあ、このポーションの回復の薬効は70℃で蒸発して、麻痺毒の薬効は90℃で蒸発するとなるとどうだろう?」
響香が器具を選んでいた手を止め、首を傾けて小さく唸りながら考え始めた。そんな彼女の横顔を見て、真剣に考え事をしている時の仕草や表情は幼稚園の時と全然変わっていないな、とふと思った。おそらく男受けするとは思う。……もう少し女の子らしさがあれば、だが。
「80℃位のお湯で温めれば……回復成分だけが蒸発して、それで回復薬を作れる……?」
「正解。それが蒸留だよ。これを応用すれば分離以外にも特定の薬効の濃度を高めたりとかもできるんだ。もっと簡単に言うと、水を基準にして沸点に差があれば分離も濃縮も可能って認識でいいよ。まぁその沸点を調べるのと、薬効を特定するのがトライアンドエラーで大変なんだけどね。それは明日教えるよ。」
「はー、なるほどねぇ。勤さぁ、もうヒーローじゃなくて理科の先生にでもなればいいんじゃない。」
関心した様子で響香がそう言ってきた。
「いやぁ、それはちょっと遠慮したいかな。俺、誰かに何かを教えるのは多分得意じゃない。面白いけどね。てか俺達三人ヒーロー科志望じゃん!何言ってんのさ……。」
「あはは、ごめんごめん。冗談。……でもさ、勤は誰かに教えるのウチは上手いと思うよ?シャウトの時だってほら。」
耳のジャックをくるくる回しながら響香が答える。……今ふと思ったが、あれからもう10年近く経ったのか。そう考えるとここまであっという間だったな。今でもたまに発声のコツを体が忘れないように……という目的で練習しているが、最初の頃はほとんど毎日家に通って特訓をしたものだ。
「あれは響香の努力の成果だと思うよ。俺は発音とやり方を教えただけだから。」
「その教え方が上手かったんだって。ホント、あの頃の勤って他の奴より凄く大人びてたし。」
なるべく年相応の言葉遣いをしていたつもりだったが、やはり他人から見るとわかるものなのだろうか。だとすると母さんはどう思っていたのだろう。ちょっと気になるが、話題が話題なだけに改めて聞く事もできないなぁ。そう考えていると、それに、と響香が続ける。
「ウチはさ、アンタのおかげでヒーローになろうって決心したんだ。勤はさ、一年間以上、ウチのわがままを聞いてずっとシャウトのやり方を教えてくれてたじゃん?そん時にさ、強い個性を使って誰かの前に立ってリードするだけじゃなくて、皆んなの後ろに立って目標に向かって進む人の背中をひたすら押してあげる。それも皆んなにとってのヒーローなんだなってね。すごいな、ウチもコイツみたいなヒーローになりたいって思ったんだ。だから、さ。」
そう言って手をグーにして軽く突き出してきた。
「一緒になろうね、ヒーロー。」
俺も手で拳を作り、それに合わせる。幼稚園の時よりも彼女の手は大きくなっていたが、あの時の手と同じに見えた。努力家の手だ。
「お二人とも、私が一生懸命探している間にずいぶんと楽しそうにお話されていらっしゃいますのね。」
勿論!と響香に言おうとした矢先、ひんやりと冷たいオーラが背中に現れた。息を呑んで後ろを振り向くと、器具の山を持った瀬奈がニコニコしながら俺達を見下ろしている。あぁ……瀬奈さん。メモに書かれたやつ、全部揃ったのですね。……怒っていらっしゃる?
「ご心配なく。全然キレてなんていませんわ。えぇ、私はとっても冷静ですの。妹に買い物を丸投げして楽しそうにいちゃついている兄とクラスメイトを見て、ぶちころがしてやりたいだなんて、これっぽっちも思っていませんわ。うふふっ。」
「いや、瀬奈。ウチら別にそういうんじゃないって!」
「……そもそも俺は蒸留が何かって聞かれたから答えていただけでな?」
「何かおっしゃいました?お二方とも、この期に及んで言い訳なんて、なさいませんよね?」
口から下だけがニコニコしている瀬奈の口角が更に上がった。
「「申し訳ありませんでした!」」
二人でバッタのように謝り、お昼を食べる時に俺と響香の2人から瀬奈にパフェをご馳走する事で何とか許してもらう事ができた。痛い出費だが仕方ない。
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「……よし、これで全部。じゃあ、帰って作業台を作ろうか。」
「随分買ったけどさ、これお金大丈夫なの?」
響香がちょっと心配そうに聞いてきた。一般的な中学生から見たらかなりの金額である。もちろん痛い。とても痛いが、これは必要経費だ。
「お年玉が数年分吹き飛んだ位だ。心配しなさんな。これも雄英合格のためだ!」
「お兄様、私のお小遣いも貸していますのよ?」
「うっわ、借金地獄じゃん。」
何なんだ君たちは。ここは合格頑張ろう!で終わらせれば良いじゃないか。どうしてそこで現実に引き戻そうとするんだ。
「とにかく!ガラス器具と陶器は割れやすいから注意して運んでね。組み立て机は俺が持つから。」
さっきのパフェも含めて、軍資金はカツカツを通り越して余裕の赤字である。これで家に帰ったら壊れてました……は、割とマジで洒落にならない。
「そんなに心配しなくても、ちゃんと運びますわ。それより、響香さんにも組み立てを手伝ってもらうのでしょう?お兄様、お母様に夕ご飯を頼んでおいた方がよろしいのではなくって?」
「あぁ、それもそうだな。組み立てと器具の使い方、色々と教えていたら時間もかかるだろうし。」
俺がそう言うと、響香が少し慌てた様子で聞いてきた。
「いや、急だしおばさんに悪くない?」
「ご心配なく、響香さん。他のクラスメイトならともかく、幼稚園からのお付き合いの響香さんはもう家族みたいなものですわ。」
瀬奈の奴、随分積極的だな。
「ん、わかった。その代わりさ、今度は瀬奈がウチにおいでよ。」
「ありがとうございます、そうさせていただきますわ。響香さん、その時は兄を置いて一人でお邪魔しますわね。」
おお、瀬奈が一人で響香の家に行こうとするとは。なるほど、女子だけで話したい事もあるって事か。そう考えるとセラーナもなんだか成長したなぁ、としみじみ思ってしまった。スカイリムの世界での記憶はあれど、殆どが吸血鬼としてのものだろう。そういう意味ではこの世界での生活が、彼女にとっての“人生”と言えるのかもしれない。
「お、アニキは留守番だって。悪いね、今度借りてくよ。」
「どうぞどうぞ。レンタル料は無料だ。偶には一人ってのも悪くないね。」
「ひどいですわね。私は物ではありませんわ。」
三人で笑って話をしながら駅に向かって歩いていたら、スマートフォンの着信が鳴った。おそらく母さんからの“了解”メッセージだろう。
良い家族と幼馴染を持てた。改めてそう思った。
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家に着いた俺たち三人がまずやった事は、部屋の模様替えからだった。
俺の部屋に設置されることになった“それ”は、それなりの大きさになる事が予想されたため、模様替えごとやってしまおうという事になったのだ。
その結果俺の部屋は錬金術作業台が異様な存在感を放ち、さながら実験室のような感じになった。予めスペースを開けておいた本棚にはまだ素材が無いため寂しい感じではあるが、さながらホワイトランにあった“アルカディアの大ガマ”の一角のようだ。
錬金術作業台には、温度計の付いたウォータバスと素材や溶液を入れる大型の丸フラスコ。その上を冷却管を備えた凝縮器が通り、出口側には目当ての成分を捕集する三角フラスコを配置。他の道具としては素材を加工するための乳鉢とすりこ木、いくつかの試験管やシャーレの他、一時的な火力と光源を確保するための蝋燭、溶液を濾し取る可能性を考慮して炭とフィルターも買っておいた。そして最後の仕上げをするための仕掛けとして、机に魔法陣のような溝を円周状に掘ってある。この世界の道具の品質と精度は高く、ひょっとしたらスカイリムの世界で行うよりも高純度の薬品が作れるかもしれない。……尤もスカイリムの世界には無かった“別の問題”があるのだが。
「へぇ。なんかこうしてみると理科室ってより、おとぎ話に出てくる魔法使いの部屋って感じだね。どこでこんな知識仕入れたのさ。」
感心半分疑問半分といった表情で響香が質問してきた。
「んーまぁちょっとね。個性の研究がてら、色々調べてたら詳しくなったんだ。」
まさか自分はスカイリムの世界からやってきました、前世はドヴァーキンです。だなんて言えるはずもない。それこそこの世界では中二病と呼ばれる“残念なお友達”として、そっと距離を置かれるのが関の山だろう。……とは言え個性の研究をしていたら、錬金術の可能性に気づいたのは本当だ。
「そう言えば、勤の個性ってよく分かんないよね。ウチが習得できるってのもさ。」
響香は鋭いなぁ。あまりそこは詮索してほしく無いぞ。と言うか伝えても信じてくれないだろうけど。
「医者も、よく分かんないんだってさ。」
「でも他人に引き継げる個性なんてさ、凄いじゃん。」
響香はあくまでもシャウトに対して好意的だ。そして、シャウトを個性だと思っている。
……実際は凄くなんかない、偶々素質を持ち合わせていただけで、それも生死を彷徨った挙句に偶然発覚した、という話だ。そういう意味ではアルドゥインは俺にとって命の恩人と言う事になるな……。かつて自分がドラゴンボーンだと呼ばれる前の事を思い出して、少し気分が悪くなった。
……いつか。いつか響香や母さん達に本当の事を打ち明ける日が来るんだろうか。もしそんな事があるとしたら、それはどんな時だろう。スカイリムの世界に戻れる算段がついた時だろうか。それとも、この世界で人生を終えるのだと決心した時だろうか。いずれにせよ……。
「その凄いやつを5歳で習得できた響香は、もっと凄い奴って訳だね。いやぁ、こんな凄い奴が幼馴染で同級生だなんて、これは雄英に入学しても俺は安泰だなぁ。」
「何だよ、褒めたって何も出ないぞ、先生。」
今考える事ではない。今はこの世界の住人として、ヒーローになるという目標を持ったのだ。しかも志を共有している仲間が二人いる。それは大切な仲間だ。
「お兄様、響香さん。お夕飯、用意できましたわ。」
「あいよー。……だってさ。行こう、響香。詳しい使い方は明日ね。」
途中から母さんの手伝いにシフトしていた瀬奈の声を合図に、俺は響香の背中を押して部屋を出た。
【今日のシャウト】
???「ストームクロークめ。お前らがくるまでスカイリムは良い土地だった。帝国はいい感じにくつろげる場所だったんだ。今日のネタが錬金術だけじゃなかったら、とっくに今日のシャウトの原稿を書いてハンマーフェルへとおさらばしてたさ。」