……個性把握テストも似たようなものでしたが。
「尾白君、とりあえずこれ。渡しておくね」
試合開始の合図の直後、アンプルを3個ほどチョイスして尾白君に渡す。
「これは、薬かい?」
「その通り。赤と緑のアンプルは傷の治癒と腕力の上昇。これらは好きに使って貰って構わない。で、最後の黄色いのは……透明化だ。こっちは使って欲しいタイミングで合図をするよ」
「透明化?」
「その名の通り、着てる服ごと透明になるよ。あぁでも攻撃したり、何かを掴もうとしたりしたら解除されちゃうから注意してくれ」
「何でもアリだな……。とりあえず了解した」
尾白君に薬効の説明をしながら窓から下の様子を伺うが、街路樹と飛び出した看板が死角になってしまい良く見えない。少し早いが仕方ないか。
「Laas……Yah……」
「個性把握テストの時と発音が違うな、しゃべる音で効果が変わるのか?」
尾白君、よく聞いているな。
「そういう事。今やったのは索敵で──うん? 一人しかビル内にいないぞ」
何故一人がビルの外に探知されているのだろう。これは響香だろうか。
開始早々一人がビルから離脱とは、何か企んでいるのか……?
何か仕掛けてくる──そう考えた瞬間、ビルの床と壁が青白く光り一瞬にしてフロアを氷が覆いつくした。
瞬冷の冷凍庫に放り込まれたみたいだ。ビルの外壁から内装まで、完全に凍りついている。
ここは4階建ての雑居ビルの4階、つまり最上階。
そしてさっきの様子を見るに、一階からこの拘束攻撃を繰り出してきたと思われる。最適な出力で調整された氷晶のシャウトであっても、ここまでの範囲はカバー仕切れない。なんて威力だ。
「っ……! すまん土羽! 足を取られた」
「大丈夫、落ち着いて。これくらいの拘束なら問題ないよ。広範囲を一気に氷結させる事ができるとは言え、氷の密度はそれほどじゃない」
右手を足元に翳して、指先で円を描いた。小さな炎が断続的に尾白君の足元に広がる。
「助かる」
特に怪我が無かったのは幸いだ。機動力が比較的高い尾白君には沢山動いてもらう事になるだろう。
「作戦変更だ……もう一度拘束される前に散開して反撃しよう。尾白君、さっきの黄色い薬を合図したらすぐ飲んで欲しい。で、俺が次に声の個性を使ったら轟君に悟られないよう、こっそりこの部屋を出て欲しいんだ」
氷の個性が広範囲を拘束できるとなれば話が変わってくる。散開して一対一の状況を作るべきだ。
「わかった。土羽、単独でも大丈夫か?」
「あぁ、何とか切り抜けるよ。──そうだ、尾白君。万一また拘束されそうになったら、これを。氷に対する耐性が得られる」
アンプルを追加で渡す。
恐らく敵は核がある部屋で二人とも行動不能になっていると考えている筈。ヒーローの本分は対象の排除ではなく、無力化だ。そこを狙ってくると考えれば……。
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数分もしないうちに足音と人の気配が入り口の前に現れた。
「動いてもいいけどよ、その状態じゃあ満足に戦えねぇだろ。そこで大人しくしてろ」
この声の主が轟君か。……響香は彼についてきているのだろうか、少し前にオーラ・ウィスパーの効果は切れてしまっていて分からない。
「それはつまり大人しく降参をしなさいって事かな?」
尾白君に合図を出す。
薬を飲んだ。
「諦めろ。お前らが防衛戦を選んだ時点で、もう何も──」
「Feim……ZiiGron!」
短く、しかし大胆かつ大声で言葉を紡ぐ。体が少しだけ透過し、白い靄が纏わりつく。
「これで拘束してるつもりかい? 君の氷、大した事ないね」
「……っ!」
どうやら挑発に乗ってきてくれたようだ。
視界が一気に青白く染まる。
凄いスピードだ。フロストブレスと氷晶のいい所取りで、更にクールタイムも殆どない。氷という面だけで見れば完全に此方の上位互換だ。……やっぱりいたな、化け物二号め!
「あ、さっきのは拘束するためだから、本気じゃないって言おうと思った? 今のも存外大した事無いよ。オレンジジュースでも冷やすには丁度いい──」
言い終わる前に喉元を氷柱と氷塊が競うように走り抜けた。遅れて冷気と衝撃波が飛んでくる。怖っ。
だがこちらのタネはまだバレていないようだ。氷による攻撃は何度も俺の体を貫通している。
「コイツ……!」
歯の隙間から絞り出すような声が聞こえた。少しは疲れている……のか?
クールタイムは大して無いとは言え、どうやらある程度の負荷はかかるようだ。
「ねぇ轟君。もっとデカいの作れないの?」
「……!」
ギリギリで回避しているように見せかけ、挑発を続けていく。
みるみるうちに室内が氷で埋め尽くされていった。
そうこうしているうちに、丁度氷塊の裏側で霊体化の効果が切れた。弓のフレームで少し突いてみる。透明度もそこまで高くない、いいバリケードだ。
戦闘前はシンプルだったはずの間取りの部屋は、氷のオブジェが乱立する迷宮と化している。しかし驚くべきはいずれの氷も核には命中していないという事だ。これは怒りに身を任せての乱射ではなく、轟君はあくまで冷静に攻撃を仕掛けている事を意味する。
負荷の程度が分からない以上、少し博打になるが仕方ない。
びっくり箱、用意──
「土羽! 一つ下のフロアで耳郎を見つけた! 今確保しようとしているが、めちゃくちゃなスタミナだ! 攻撃を回避しながらだと追いつけない!」
「オッケー、そのまま上に誘導して」
早速あのポーションを使ったのか。だが響香には悪いが戦いの激昂は合流しなければ役に立たず、魔力の盾はそもそも実用に耐えうるか怪しい代物である事に加えて、物理攻撃しかない尾白君には無意味。音波攻撃も尾白君の反射神経の前では牽制になるかすら怪しいだろう。
そしてその現実は響香が一番よくわかっている筈。
……一人では打開策が無く次の手に窮した場合は、二人での打開を試みようとするものだ。それは正しい考え方だが──
弓矢を氷の死角から番える。
尾白君と響香の廊下を蹴る音と、散発的な戦闘音が聞こえ始める。
「Zul……MeyGut」
心ない声が入り口にこだまする。
「お前に言われる筋合いは……!」
即座に轟君の怒号。
刹那、ドアがある場所に氷が殺到した。同士討ちと分断を両方狙える隘路──この部屋の出入り口に“呼びかけ”を放ったのだ。成功したようだが、彼には一体何が聞こえたのだろうか。
「うわ! あっぶな!」
響香の慌てた声が聞こえたと同時に、先ほど創られた氷のオブジェから身を晒し矢を放つ。
轟君は扉の方を見ており此方に気づいていない、完璧な不意打ちだ。
カシャン、と幾らか機械的な音と共に矢が飛んでいく。技術の違いだろうか、この弓は弦を弾くと不思議な音がする。
轟君の腰に矢が命中し、くぐもった音がした。直ぐに膝をつくが──
驚異的な反応速度で此方を向き、氷塊を繰り出してきた。
回避は?
間に合わない。
毒が巡るまでほぼ1秒だぞ。どんな反射神経してるんだ彼は。
最後の最後で右足をやられてしまった。解氷には少し時間がかかりそうだ。
「尾白君、こっちは麻痺毒で1名無力化した。氷を解き次第確保テープを──」
「土羽気をつけろ! 耳郎はそっちの部屋だ!」
……分断に失敗したのか。
尾白君は氷の壁の向こうで直ぐには来れない。
しかし響香の持っている透明化薬は、それほど薬効が強くない可能性が高い。もしもこちらと同じ位の薬効があるとすれば、尾白君の追跡を撒くのに使っている筈だ。
とすれば──
「くたばれぇぇぇぇ!!!」
強く床を踏み抜く音と共に響香の姿が右手下側から現れた。
透明化からの不意打ち攻撃、しかも警戒のし辛い下段からの強襲である。
これではっきりした。
狙いは核では無く、俺だ。
右足と地面が凍って張り付いているため、避ける事はできない。しかも不意を衝けた……仕掛ける側からすれば理想の状況だろう。
だが、“此方に来る”と分かっていれば対処はできる。それが想定外の方向からの打撃でも音波攻撃であっても、だ。
「Fus……RoDah!」
声と振動。
最も使い慣れた力で、ぶつかる前に撃退してしまえばよい。
急場は凌げた。確保するためにも、まずは解氷をしなくては。
そう思いながら、壁に叩きつけられたであろう響香の姿を──
いない。
両手を此方に翳して、片膝立ちをしていた。
……その手があったか。
「へへっ……もうシャウト、使えないよね?」
肩で息をしながらニヤリと笑って、立ち上がった。未だ床に倒れている轟君を超えて核の方へとヨロヨロ歩いていく。
「これで……ウチの勝ち……」
数秒後に破裂音。
氷を破壊した尾白君が部屋に突入し、核に向かっている響香を視認。
確保テープを貼ろうとした時に──
「ヒーローチーム、WIN!」
戦闘が終了した。
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「なぁ土羽。なんで耳郎に麻痺毒の矢を撃たなかったんだ?」
尾白君が体についた氷の破片を払いながら聞いてくる。
「撃とうと思えば撃てたんだけどね。声の個性を突破された時点で、これが実戦だったらもうやられてたよな、って考えちゃってさ。まぁ、止めを刺さずに背中を向けて油断したヒーローに一矢報いる方が、ヴィランらしかったかもしれないね……。尾白君すまん、こんな煮え切らない結果にしてしまって」
俺が謝罪すると、尾白君は少し慌てた様子で、
「全然。むしろ土羽とペアじゃなかったら、きっと最初に拘束された所で終わってたさ。いい訓練ができたよ、ありがとう」
そう返され、更にお礼を言われてしまった。尾白君はとても良い奴だ、という事がよく分かった。
クラスメイトが待機しているブリーフィングルームに戻ると、早速オールマイトからフィードバックを受けた。
轟君の最初の選択は最良のものだった。核と敵を一度に無力化するという奇策、そしてそれを可能とする素質の高さは確かにヒーローたり得るに値する。しかしながらもう少しチームメイトを頼っても良かったのでは無いか。
響香は俺の攻撃を防いだ所までは良かったが、あの場で確保テープを巻かずに背中を見せたのはよろしく無い。最後まで油断しないように。
尾白君はセオリー通りの動きはできているから、もう少し変則的な攻撃や行動を考えてみよう。戦闘中、より効果的に揺さぶりをかけられると、更に有利に事が運びやすくなる。
俺はバディとの連携が取れていた事と戦術の幅広さ、咄嗟の判断力を褒められたが、確保テープが巻かれていないにも関わらず諦めて棒立ちになった事は減点であると評されてしまった。どんな時でも最後まで諦めるな、どんな小さなチャンスであっても貪欲に利用しろ。
と、こんな感じの事を言われた。
半分はオールマイトの言う通りである。
しかしながら、今回の訓練における勝敗を分けた決定的要因は、響香の機転にあると考えていい。具体的には、響香が習得していた魔法──魔力の盾の存在が完全に此方の想定から抜けていた事だ。両手を塞がれる上に数秒しかもたない、錬金術を習得する上での完全な“おまけ”扱いであった魔力の盾をまさか使ってくるとは。
更に戦闘の趨勢を決める重要な場面で、相手は動けない状態。この圧倒的に有利な状況下で攻撃を捨てて、更に満足に扱えるかも分からない魔法に命運を託すなんて俺には真似できないし、そんな戦術をレクチャーする事も有り得ないだろう。
「響香。どうしてあの時攻撃を止めてまで魔法を?」
フィードバックが終わり小休止の指示が出た後、彼女に聞いてみると──
「んー。勤にウチの攻撃が通用するとは思わなかったし、透明になってても攻撃は読まれると思ったから。思い切って使ってみたんだ」
との事。やはり響香なりに考えた上での行動だったらしい。
「じゃあ、くたばれーって言ったのは」
「魔法を使うのを隠すためだよ。引っかかった?」
したり顔で響香が被せてくる。
「完敗だよ、まさか魔力の盾なんて使って来るとは思わなかった。全然使い方とかもレクチャーしてなかったのに、タイミングもばっちりだった。よく出来てたと思う」
素直にそう言うと、響香の口角がさらに上がった。
「いつまでも勤の背中を追いかけるだけじゃダメだからね。これからはライバルって事でヨロシク」
中学時代、響香から言われたことを思い出す。“誰かの前に立つヒーローじゃなくて、皆の背中を押してあげるヒーロー”か。弟子がライバルになり、いつかは俺よりも強くなって巣立っていく。確かに器用貧乏な俺には、お似合いの姿かもしれない。
「了解。それじゃあ手の内がバレるのもアレだし、もう練習は一緒にやらないでも──」
「あー、それは却下で」
「はいはい。お嬢様の仰せのままに」
「あ。今のちょっとムカついた」
響香と話をしていた時、少し離れた所で一人佇んでいる轟君が視界に入った。
後で呼びかけのシャウトのタネ明かし──“聞こえた悪口は対象の人間にしか聞こえない、ある種の幻聴である”という事について説明をしておこう。彼しか知りえない後ろめたい事を俺が知っていた、なんて誤解をされたままだと色々と気まずい。
「よし、小休止はこれくらいにして場所を変えて第二戦を始めよう! 次はAチームとDチームだ!」
オールマイトが皆に号令を出した。緑谷君と麗日さん、飯田君と爆豪君のグループが準備を始める。
次の戦闘訓練は緑谷君達のグループか。
あのパワーをどうやってコントロールしていくのか、じっくりと見物させてもらおう。
???「今日の後書きは新雪のようにキラキラしているし、台所のようにガチャガチャうるさい。作者は茨の道を進んでいる。今に分かるさ。」
【今日の魔法】
・火炎
必ず最初から覚えている、素人ランクの破壊魔法。
掌から火炎を噴射する。
攻撃以外にも何かに着火したりする等、色々な使い方ができる。
燃費も良く、取得するパーク次第では主力魔法に化ける可能性を秘めている。
【今日のシャウト】
・霊体化
①Feim(幽体)②Zii(霊魂)③Gron(拘束)で構成されるシャウト。
スゥームは虚無へと導き、傷つけられないが傷つくこともない姿へと変わる。
敵からの攻撃が無効化されるシャウト。但しこちらから攻撃を仕掛けると解除される他、姿は完全に透明にはならないので視認はされる。また、時間が経過しても効果は解ける。
高所からの飛び降り、罠の解除、緊急回避など応用の幅が非常に広い。
意外な副次効果として、霊体化している時はスタミナが減らなくなる。走り回っても疲れない。
・呼びかけ
①Zul(声)②Mey(馬鹿者)③Gut(遠方)で構成されるシャウト。
スゥームは聞こえるが、声の元は判然としない。相手が探しに行く事になる。
ドヴァーキンが発声した位置からは音がせず、シャウトの着弾地点からその地点の周辺にいる対象へ呼びかけを行うという、変わった効果があるシャウト。
特定の地点に敵を誘導をしたり、視線を逸らすために用いる。
某潜入アクションゲームの“弾倉”のような効果があると言えば分かりやすいか。
ちなみにこのシャウトの大きな特徴として、相手には“悪口”が聞こえるというものがある。
こちらの世界では“対象者の気にしている事、負い目を感じている事”が着弾地点から聞こえてくるようだ。