鬼滅の刃RTA 上弦の弐単独討伐   作:一億年間ソロプレイ

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幾星霜を……

 


 

 拝啓

 霜秋の候、庭の草花に霜の降りる朝となりました。

 胡蝶カナエ様におかれましては、日々健やかに過ごされていることと存じます。

 突然このような手紙を届けられてお困りのことでしょう。柱稽古も始まってまだすぐのことですから、私の元へやってくる隊士はおらず、指導する方法や呼吸のことを考えていると、花の呼吸、ひいては花の呼吸を扱う貴女方の事を思い出しました。

 


 

 

 その子はよく蝶屋敷で噂を聞く子だった。

 仏塚文寿郎くん。霜の呼吸を使って、多くの隊士たちの命を助ける子だって。

 

 だから、前の任務地がたまたま私の巡回経路と被っていたのか、しのぶを連れての警邏をしていた時に見掛けた。

 見た目も目を惹く子だった。高い上背に白雪を被ったような模様のある黒髪。

 そして、何処も見ていないような、空っぽな瞳。うっすらと乗せた微笑。

 

 柔和な空気ではあるけれども、なんだか私には、カナヲみたいに思えちゃったの。

 

 


 

 幾度か貴女方の継子と任務を共にすることがありました。すると、彼女たちはよく「蝶屋敷へいらっしゃってください」と口にしたものです。

 怪我も無いのに立ち寄る訳にもいかず、そして私にもすべき事もあります。

 故に、手紙という形で彼女たちが本当に求めていた『貴方と話をする』事をお許しください。

 


 

 

 その次に出会ったのは夜、とても冷えた夜だった。もっと冷え込めば雪も降るぐらいの……。

 そして出会った鬼は、仏塚くんによく似た……、本当にそっくりの鬼。違うのは色と髪の向きぐらいで、なんとも思っていない。

 ――いいえ、()()()()。心の蕾が閉じている事までも似ていた。

 

 誰もが心の花を咲かせることが出来る訳ではないわ。生きている内に、人にはたくさんの事が起きる。

 嬉しい事も、悲しい事も、全て等しく起きる。

 それによって人は心を閉ざすこともあれば、閉じてもまた咲かせることだって出来る。人は、強いもの。

 

 


 

 私は貴方が苦手です。兄弟子である粂野匡近殿と似た眼差しをする貴方に見られると、少し気まずく思います。

 色々と勘付かれておられるであろう貴方には、さぞかし私の様子が滑稽に見えるでしょう。人の真似事をしていると妹君の視線からも察せられます。

 それでも私はここでやらねばならぬ事があります。出来なかろうと、必ず果たさねばならぬ事がこの身にはあります。

 


 

 

 また彼と話がしたいとは思っても、私はもう一線を退いた身で、彼は次期柱を噂される程にあちらこちらを飛び回って活躍している隊士。

 時折「怪我でもしてくれれば」と思ってしまうこともある。少し意地が悪いとは思うけど、傍から見ても彼は働き過ぎだったもの。……でも、彼の働きによって鬼の被害も抑えられていたのもまた、考えないといけないことよね。

 

 ……今、とても胸騒ぎがするの。人に戻った禰豆子ちゃんと一緒に、鎹鴉の案内で戦いの場へと向かっていると大きな歓声がこちらにまで届いてきたわ。

 ああ、鬼舞辻無惨が倒されたのね。……喜ばしいことなのに、嬉しく思えないわ。ずっと嫌な予感がしている。

 

 


 

 差し当たって、上弦の鬼と私の容貌が同じである事を人に話さずいてくれた事、誠に感謝いたします。

 無用な動揺を彼らには齎したくなかったのです。容貌が同じであることの理由なぞ、説明しても理解を得られるとは思えません。

 彼らには彼らの為すべき事へ邁進させたかったのです。

 さて、追々寒さも厳しくなりますが、お体を大事にしてお過ごしください。

 

 追記

 実弥殿はおはぎが好きです。時間があれば茶屋へ誘ってみるとよろしいのでは?

 

 敬具

 


 

 

 懐に入れた手紙を握る。お願いだからどうか、皆が無事だと言って。

 

 ……皆、生きているのに。貴方だけが寿命を尽きたみたいで。

 皆にぎゅうぎゅうに抱き着かれていて。本当に貴方の口から話された事は、幻みたいに捉え処も、現実味も無いのに。

 

「本当、酷い子ね……」

 

 朝日に向かって伸ばされた手がそっと落ちていく。彼に浮かぶのは、なんて綺麗な笑顔。

 本当に幸せそうで、見ているこちらの胸が苦しくなる程に。無垢な顔。

 

「ちゃんと、会って話しなさいよ。手紙だけなんて、酷いわよ……」

 

 小さく咲いて、すぐに散った心の花を見届けた。

 

 たくさんの人のおかげで鬼のいない世界がやってきた。得たものは大きいけれど、失ったものも等しく大きい。

 

 ――ああ、それでも、私たちに次の朝日は昇る。

 咲いては散る、花の如く。

 

 

§

 

 

 冨岡義勇は布団で臥せっていた。その顔色は悪く、ひっきりなしにやってくる痛みの為か、脂汗も止まらない。

 す、と扉を開いてやってきたのは不死川実弥。何時もの様に血走らせた目ではなく、落ち着いた顔つきで手拭いと水桶を持って室内へ入った。

 

「不死川……」

「……」

「俺はもう駄目」

「ふざけんじゃねェ!」

 

 ダンッと不死川は水桶を荒く置いた。

 

「テメェなにすぐ死にますみてェな雰囲気出してんだ! 単なる食べ過ぎだろうがァ!!!」

「すまない……。うぅ……」

「ったくよォ……。あんぱん戻すなよ。絶対テメェの胃で消化しろ。文寿郎もそう言う」

「文寿郎は言わない……。俺に優しいから……」

「ア゛? アイツは『え、あんぱんの食べ過ぎ? それはとっても幸せなことだね! 吐かないでね』くらい言うぞ」

「言わない……! 文寿郎はそんなこと言わない……!」

 

「言うね!」

「言わない!」

 

「何ですか、お二人でやかましい」

「元気そうね~」

 

 子供染みた言い合いの中、新たに部屋へ入ってきたのはしのぶとカナエだ。

 手には腹痛止めの薬。胡蝶姉妹独自の調合でよく効くが、とても苦い。薬を目にした義勇はピクリと固まった。

 

「ほーら、義勇さん。お薬の時間ですよ~」

「ワ、ァ……」

「あらあら、泣いちゃったわ。よしよし」

 

 ――このあんぱん探しの旅は義勇が言い出したのが始めであった。

 文寿郎が死に、そこから回復したかの様に見えた義勇であったが、その実、文寿郎の死という傷が未だ癒えていなかった。

 

 同じ育手の元で修業した風柱を除けば、その他柱(+某甲隊士)に比べて文寿郎と関わりが深かった。自身の技の開発を手伝ってもらったことだってある。

 それなのに実弥の様に感情が薄いという事情も知らず、賽河の様に本当の目的をも知らず、親友だと舞い上がっていた。

 これを道化と言わずして何と言うか。

 

(あんぱんばかり送って迷惑では無かっただろうか。もしかして文寿郎から俺はどうとも思われていなかったのでは……)

 

 無限に落ちる底無し沼の思考を止めたのは、水柱の様子を見かねた風柱の一言だった。

 

「別にテメェの事を何ともは思ってなかっただろうがよ。アイツが寿命を振り絞ってまでテメェと話した事まで否定すんのならその頸を捩り切る」

「不死川……」

 

 自分より遥かに傷付いていながら、明日を見て生きている不死川にそう言われてしまえば、義勇は心根を改めざるを得なかった。

 

(文寿郎も、笑顔で生きて欲しいと、言ったじゃないか……)

 

 そうして義勇は燻る心根を改める為、あんぱん探しの旅に出た。

 

「不死川、俺は旅に出る」

「……なんだ急に」

「北の地に変わったあんぱんがあると聞いた。文寿郎に供えようと思う」

(コイツ大丈夫か……?)

 

 ふんすと気合いを入れる冨岡を前にした不死川は何かこのまま放っておいてはならない気配を感じ、旅に同行することを決めた。義勇は喜んでおはぎを渡した。

 

 こうして義勇と不死川は北の地、北海道を目指して旅を始めた。

 まずは旅立つ時期だ。期限は一年まで、とある日までには必ず帰ってブツを持ち帰らねばならない。二人とも寒冷地の出身ではない為、冬の時期に行っては遭難するのがオチ。雪解けを待って彼らは旅を始めた。

 

 当然のことの様に、旅は順風満帆には行かなかった。

 途中、青森までの列車に乗れど、他にもあんぱんの情報のある駅に降りてあんぱんを買おうとする義勇を不死川が引き留め、体や顔に傷のある不死川を同じやくざ者と見なした者に突っかかられつい半殺しにしてしまって警官を呼ばれたり。

 

 青函連絡船に乗るまでの間の道のりでさえ大変だったが、なんとか船場に着いた彼らに待ち受けたのは――天候の悪化によって渡航中止。

 思わず項垂れる義勇の元に……。

 

「あら、不死川くんに冨岡くん?」

「何してるんです、こんな所で」

 

 胡蝶姉妹から声を掛けられた。彼女たちも同じ趣旨で旅をしていると聞いた義勇は「同道しよう」と持ち掛け、快く(カナエに)承諾された。

 走馬灯の如くこれまでの旅を思い返す義勇は、必死にしのぶの手にある薬から見ない様に顔を逸らしていた。

 

「月寒あんぱん、恐るべし……。かなり腹に溜まる。文寿郎もこれなら満腹になるだろうか」

「現実逃避で感想を言い始めやがったなァ……」

「ほら義勇さん。薬を飲まなきゃ痛いままですよ~」

 

 結局抵抗虚しく義勇は実に苦い薬を飲んだ。

 鮭大根味の薬とか出ないだろうかと、睡眠薬も盛られていた事を悟りながら、微睡む意識の中でそう考えた。

 

 

§

 

 

 こんにちは、炭治郎です。

 今年で二十歳になりました! 体はピンピンです!

 

 義勇さんたちは痣の寿命の二十五歳……ですが、寿命を迎えたけれどピンピンしてます!

 『痣の寿命とはあんぱんの食べ過ぎのことで、このまま死ぬのかと思ったら次の日が来て皆と泣いた』とは義勇さん談です!

 

 これも、珠世さんたちのおかげです。愈史郎さんにカナエさん、しのぶさん、そして、仏塚さんの元で医院を開いた医者の方が、痣を出した俺たちの寿命の問題を解決してくれました。

 

 その薬の名は……なんと『スコヤカニイキルノデス』

 

 俺の家の近くで咲いている青い彼岸花の薬。それがどうやら鬼舞辻無惨という“鬼”を発生させた薬の材料だったらしいんですが。

 

「そんなものは使い様で変わります。鬼になる薬にもなれば、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 すごく何度も何度も研究した末に……、細胞が鬼にならずに元気なままに動くネズミが現れたみたいです。

 そこから更に研究を重ね……、そして出来たのが『スコヤカニイキルノデス』。

 これは、痣を出した俺や数名の柱の皆さん、そして重傷の方や体の一部を失くしてしまった方にのみ渡されました。

 

 あの最終決戦から寝たきりの状態だった悲鳴嶼さんにも処方され、なんとその一年後に悲鳴嶼さんが復活しました!

 初めて見た時の巨体が驚きの細さになっていましたが、今ではいつものサイズに戻って、お寺を開いて孤児たちの面倒を見ているようです。

 

 子供のことを信じられないと言っていたけれど、やっぱり根は優しくて、子供が大好きな人なんだ。

 悲鳴嶼さんが起きてくれて、本当に良かった。玄弥も起きてからはすごく泣いていて、それで今も悲鳴嶼さんのお寺で一緒に過ごしているみたいだ。

 

 この『スコヤカニイキルノデス』は人の寿命を延ばしたり、体の欠損を治す夢の様な薬ですが、その作成法は門外不出。

 「もし口にすればその息の根を止める」としのぶさんに脅されているので、俺はもう何も言えません!

 それでも俺が人より『スコヤカニイキルノデス』の詳細を知っているのは原材料である青い彼岸花の採取場所を教えたからです。俺の家に生えてますよと言った時の皆の顔、凄い驚いてたなぁ……。

 

 最近、カナヲとの子供が生まれました。善逸も禰豆子と結婚したし、伊之助も最近アオイさんと良い雰囲気になっています!

 

 そうそう、伊之助といえば。

 ……あの無惨との戦いで亡くなってしまった仏塚さんと多くの隊士たちの葬儀の後、「万世極楽教ってトコに手紙届けなきゃなんねーんだ」と言ったので、俺と善逸と禰豆子とで一緒に場所を探して行ってきました。途中で宇随さんたちご家族と合流して、一緒に行くことになりました。

 

 そこは人里から離れた山の中に寺院がある宗教施設でした。信者らしい方に聞けば、「穏やかな気持ちで楽しく生きる、つらいことや苦しいことはしなくていい」という教義らしいです。こう……引っ掛かる部分はありますが、素敵だと思います。

 

 しかし、最近は教祖の方がいないらしくて、話してくれたお坊さんみたいな方はとてもやつれた顔をしていました。

 伊之助が手紙を届けると、静かにポロポロと涙を流して、俺たちに頭を下げて寺院の中へ戻っていきました。

 

 「もう用事は済んだな? 帰るぞお前ら」と宇随さんが背を押してくれたので、俺たちは戻ることにしました。

 

 よく分からなかったけれど、善逸は耳を抑えていたし、伊之助はどうやら仏塚さんのことを思い出してまた泣きじゃくってしまいました。

 俺も、あの対応してくれた人から感じる深い悲しみの匂いに当てられてしんみりとした気持ちになりました。

 

 

 最初、痣を出した人は二十五歳までしか生きられないと聞いた時は、無惨を倒せるのならば良いと思ったけれど。

 

 

 それでも、今も生きていなければ、こうしてカナヲとの子供を抱いたり、その成長を見守ることも出来なかったんだなと思うと、本当に『スコヤカニイキルノデス』を作った方々には頭が上がりません。

 

 そろそろ、お祭りの日が近いです。この日になると遠方へ出ている鬼殺隊の方も近くへ帰ってきて、その旅のお話をしてくれるのでとても楽しみです!

 

 ちょっと、いや大分気になっているのが義勇さんと不死川さんが出た『あんぱん探し旅』です。

 義勇さんからのお手紙によると、後から同じ趣向で旅をしていたしのぶさんとカナエさんとも出会い、四人での旅をしていると聞きます。

 

 きっと、色んなあんぱんが仏塚さんのお墓に供えられるんだろうなぁ……。天国で仏塚さんが喜んでいるといいな!

 俺も煉獄さんと、縁壱さんに向けてお供え物をしないと!

 

「お兄ちゃ~ん! 今から買い物行ってくるね~!」

「分かった~!」

 

 

§

 

 

 やあ、仏塚文寿郎だよ。皆元気かな?

 俺はとっても元気。軽く俺の近況とか、今の状況の説明でもしようかな。

 

 あの後地獄に行った俺だが、弟と一緒に裁判を受けて俺は天国行き、弟は地獄行きを言い渡された。

 それで、天国に行ったらね、なんか妙に大きな屋敷が用意されていてね? それで『仏塚文寿郎宅』とか書いてあるの。驚いたよね。

 『色々頑張ってくれたご褒美ね。もっと色々あげたかったんだけど』とか言われたけど、あまりに広すぎて落ち着かない。

 

 それでも景観は凄く綺麗だし、こんな広い家を一人では使いきれない。

 なので、近所の人たちに開放することにした。おかげで毎日毎日人の声が絶えない家になったよ。

 

「やあ文寿郎。君は必ずこちらに来ると思っていたよ」

「産屋敷耀哉殿」

 

 それで最初に入ってきた知り合いが耀哉殿とそのご婦人、そして子である姉妹二人。お館様と呼ぼうか迷ったけど、「そっちの方でいいよ。友達らしくて嬉しい」らしいのでそのままとすることにした。

 その後、ゾロゾロと入ってくる鬼殺隊隊士たち。皆なにかと任務で一緒になったことのある人たちだった。

 

「お前なに死んでやがんだよ!!!!」

「俺の時みたいになんかぬるっと生かせよ! 上弦との戦いであんな動けてんだから『スコヤカニイキルノデス』開発まで頑張れよ!」

「仏塚様が死ぬなんて……、世界の損失ッ!」

「よく頑張ったなぁ……! 頑張ったよお前……!」

 

 ぎゅうぎゅうにおしくらまんじゅうされて言葉を掛けられたけど、その後。

 なんとも特徴的な髪をした隊士――煉獄杏寿郎殿と再会した。

 

「仏塚文寿郎! 俺は君を尊敬する! やはり君は冷たいようだが実に熱い心の持ち主だったようだ!」

「杏寿郎殿~。俺って熱い心かなぁ?」

「うむ! その上弦の鬼と無惨を倒すまで意地でも生きたその根性! 心を熱く燃やさなければ出来まい!」

「君に言ってもらえると……、ふふ、“熱い”なんて俺とは無関係な言葉だけど、嬉しいね」

 

 杏寿郎殿とは一緒に共同任務した際からの仲で、「文寿郎と杏寿郎! 名前が似ているな!」と話しかけてきた御仁だ。

 あと共同任務後にあんぱんを奢ってくれたのでとても良い人だし、彼の長々しい話をバッサリと切って結論を求める直結さは凄く好きだ。

 

「よ、文寿郎。頑張ったな」

「泣けるじゃねーか」

「……匡近殿、浦賀殿」

 

 ニコ!と杏寿郎殿が体をズラすと、二人の姿があった。あ、と頭を金槌で打たれた感じの衝撃で動けなかった。

 

 

 二人は在りし日のままの姿で、あの温かい笑みで俺の元にやってきた。

 

 

「な? お前は心の声が小さいだけでちゃんとあるんだって」

「実弥と仲直り出来て良かったな」

 

 後になっても言語化出来ないぐらいに、いっぱいの気持ちでボロボロと涙が出てしまった。

 二人はそんなみっともない姿の俺にも優しい目を向けて抱きしめてくれた。

 

 ……と、俺の恥ずかしい姿はここまでにして。

 他にも無一郎くんの双子の兄の有一郎くんに金井戸殿ともお話したし、あの我妻くんの育手の桑島殿や胡蝶殿たちの継子の子たちとも話したなぁ。

 

「うう、生きてる間に一度でもいいから蝶屋敷へ行ってくださればカナエ様と……」

「しのぶ様の御心の憂いも少しは晴れたでしょうに……」

「うっ、うっ、ぎゆしのキタ……。でも仏塚様も捨てがたかった……」

 

 と、何か意味不明な言語と共に遠回しに蝶屋敷に来なかったことをなじられたりもした。

 だって、怪我を負っても自分で治療できる範囲だったし、何より心臓とかが右にあることを知られたら、こう、面倒な気がしたし。

 

 天国での暮らしはまあこれぐらいにしておくとして。

 なんかのんびりと綺麗な場所で過ごすとか、他に亡くなった人と喋っているという事をずっと続けるのも……、うん、飽きた。

 

 だから地獄へ行くことにした。それで上と話して『獄卒』として働くことにした。

 天国から人が降りてくるとか異例とか言われたけど、「元々現世で弟に譲ったから俺の体が生きていて、でも魂としては死んでいる俺に罪が乗算されていっているのも異例だったでしょ」と言えば黙った。

 

 弟の肉体は死んだが魂は生きている。俺の肉体は生きているが魂は死んでいる。

 基本罪というのは魂換算らしいけど、弟と俺はほぼほぼ同じ魂だったから、弟が俺の体で生きていると俺(魂)の罪がやってもいないことで積み重なって計算されていたらしい。

 

 道理で百年近く石積んでても「あれ、俺ってば他の子たちみたいに転生しないな……?」と思った訳だよ。ちょっと仕組みに穴があるんじゃない?

 

 「元々生まれた時から意識あって弟に体を譲るお前の方が異常」……?

 

 これに何も言い返せなかった。とても悔しかったので今度は絶対絶対絶対弟と一緒に人として生まれるように毎日お願いダッシュしている。

 

「やあ弟」

「兄さん! 今日は兄さんの日なんだ!」

「そうだよ~。ほら熱された鉄の山を登ろうね」

「はーい!」

 

 苦しみが途切れることのない無間地獄だけど、俺を前にすると弟はたちまち笑顔になって刑罰を受けに来る。

 今も……確か千度くらいはある熱の山だけど全然痛みを顔に出さずニコニコとしながら歩いている。俺は火を噴く蛇に乗っているので多少熱い程度で済んでいるけど、実際歩くとなったら痛いし辛いだろう。弟はすごいや。

 

「それで今日はね、近所の子供がお茶を入れてくれてね。お菓子もわざわざ和菓子職人を呼んで作ったりして楽しそうだったよ」

「へー。兄さんの好物になったものはあった?」

「ううん。やっぱりあんぱんが一番美味しく感じたなぁ。特に戦ってる最中に食べると鬼がぎょっとしてね? 驚くからその隙に攻撃叩き込めるから大好き」

「流石兄さん、好きになる点がズレていると俺でも理解できる!」

 

 いやぁ、照れる。弟にも食べさせてやりたいけれど罪人に差し入れは駄目だって言われたので無念ながら止めている。

 そういえば、この前隠の後藤くんが鬼たちに呼吸の斬られ心地を取材していて驚いた。それも話すと。

 

「あ、その取材俺も受けたよ! 霜の呼吸の斬られ心地だって! 兄さんが地獄からやってきて斬ってくれるなんて夢のようだったって言った!」

「夢のようだったかぁ。他の鬼の話だと……」

 

 

 

「霜の呼吸はですね、スゥー……と効いて、痛みも無いんですよ……。これが極楽かと思いました。まぁ地獄なんですけど」

「めっちゃ笑ってない笑顔で斬ってくるから恐怖を感じた」

「すっげぇ冷てェ! 雪山で遭難した時のこと思い出した! 今はスゲー熱い! 死ぬ! 死んでたわ!」

「可哀想にと泣いてくれて嬉しかった。慈悲を感じた」

 

 

 

「なんか色々言われたなぁ。あはは! 意外に死ぬ間際って時間あるから色々考えられるもんねー」

「ねー」

 

 その後、後藤くんに「あんまり地獄へ来ちゃダメだよー」って現世の方に送り返したけど、一体どうしたんだろ。

 時間って結構あやふやだから、もしかして未来から来たのかもね?

 

「それじゃ本日はここまで。またね」

「またね! 兄さん!」

 

 そう言えば上が『制度の見直しと新たな刑罰の開発』とか話してたような気がするけど……。

 ん~……、まぁ、今はお祭りの方が先だよね。さてさて、今度はどれだけお供えされてるんだろう。

 皆たくさんのあんぱんをお供えしてくれるのだけど、やはりダントツで義勇殿が一番数も多いし色んな店のあんぱんをお供えしてくれる。とても嬉しい。

 最近は実弥殿もおはぎと一緒に供えてくれる。ちょっとだけ花の香りがするから、きっと上手くいったんだろうねぇ。

 

 地獄でのちょっとした獄卒体験から家へと帰ると、背後に薄っすらとした気配が。

 

「少し良いだろうか」

「なんでしょう。貴方が話しかけるとは、珍しいこともあります」

「そうだろうか」

 

 今度のお祭りは大変だ。

 凄い人が見に来るから頑張ってね、みんな。

 

 

§

 

 

 鬼殺隊の共同墓地、そこから離れた場所に神社が建てられた。その敷地はかなり広い。

 普段は静かな場所だが、今日の日に限ってはとても賑やかだ。どんちゃんと酒を飲んで騒ぐ者達の弾む声が遠くから離れた街まで聞こえるようだ。

 玉砂利を詰められた道を踏み鳴らす者たちは目一杯にこの日を楽しみにしてにこやかな笑顔を湛えていた。

 

 本殿まで続く道は長い。鳥居を潜り、手水舎で清めた後、ずらりと並ぶのは様々な屋台だ。

 蕎麦屋や鳥の串焼きなどの食べ物から、絵草紙や着物といったものまで幅広く取り扱っている。

 

「賑やかだ」

「年々盛り上がってるんだよねぇ」

「嬉しいことだな」

 

 祭りの話は年を経るごとに広まっているようで、最初は鬼殺隊関係者が来るものだったが今では近隣の住民や、“舞”の噂を聞いてやってくる物好きもいる。

 ()()の体は歩く者たちよりも薄らとしておりながら、何でもない様に歩いている。

 人も集まれば、霊も集まる。詰襟の服を着た隊士たちに、家族を連れてやってきた先代当主、鬼狩りに縁のある家族の者たちも此処にはいる。

 

「よ、文寿郎! どうした一人で」

「一人じゃないけど楽しんでるよ」

「そりゃそうだな。あんだけ山の様に積み重なったあんぱん食ってるもんな」

「うん!」

 

 文寿郎の死後、墓は鬼殺隊の共同墓地に建てられた。

 が、その大きさは他の隊士の比では無かった。建てられた当人も「こんな大きくていいの……?」と困惑しながらも、照れ臭そうに受け入れた。

 

 墓を建てるに当たって多くの人々が、――誰かが言い出したことではないのに「このお金を仏塚殿の墓の金に用立ててください」と産屋敷輝利哉の元に出すから、皆考えていることは同じだな、と年若い当主は泣きながら笑ったとか。

 

 立派な墓と共に慰霊碑も建てられた。これまで鬼によって亡くなった人、そして、鬼狩りとして身を投じ、戦ってきた人。

 古くから鬼への怒りを持つ者が、理不尽に奪われた命を嘆き、哀しむ人たちがいなければ鬼のいない世界にはならなかった。

 

 彼ら全ての魂がどうか慰むよう。――祭りの当日、朝早くから産屋敷家当主はここへ来て礼拝するのだ。

 かつての文寿郎を担当していた鎹鴉のひこめにも軽く会釈をする。その鴉は祭りの最中、ずっと墓から離れなかった。

 

「お祭りって楽しいねぇ」

「ああ」

 

 参道の真ん中を歩く彼らは、――本殿前に建てられた立派な神楽殿を見上げた。

 この神楽殿はかなり広い。殿を上がって見える格子天井には、古くから鬼狩りに携わってきた人々の記録を基にした天井画が事細かに描かれていた。見上げるだけで鬼狩りの歴史が覗ける逸品に込み上げるものを堪える者も多い。

 

 ――その天井画の中心。

 一つ、日の神の如き居様をした男の絵。

 一つ、冷たくも仏の笑みを浮かべた男の絵。

 

 彼らが見守る舞台での舞は自然と居住まいを直し、一手たりとて間違えるものかと気合が入る。

 

「おや、そろそろ始まるようだ」

「ふむ」

 

 特異な髪をした男はあんぱんを食べながら、隣にいる男は面を布で隠しているが、抜群の火加減によって炊かれた握り飯を口に運んでいた。

 供えられた物は死者でも口に出来る。これもまたこのように大勢に死を惜しまれてからあんぱんを食べる男が得た一つの知識だ。

 

 雅やかに笙の音色が響く。隠や隊士の中で雅楽に通ずる者たちはこの日の為に修練を重ねた、厳かな音は祭りの喧噪を一瞬の間静まらせた。

 神楽殿に上がったのは炎の意匠を施された装束に身を包み、顔を「炎」と書いた白布で隠した男性だ。

 本殿へ一礼し、そして見守る人々へと一礼し、舞が始まる。

 

「煉獄杏寿郎殿の父君が舞手だよ」

「ああ、煉獄の……。相変わらずの風貌で驚いた。戦国の世から変わらないな」

「昔からあの髪なんだ……」

 

 炎の呼吸。燃え盛る炎の如く、木剣に熱い炎を纏わせて振るわれる剣技は数年の間捻くれていたとはいえ、実戦にも通用するものだ。

 

「父上の剣技は相変わらず凄まじい! 燃え盛る炎そのものです!」

「ええ、槇寿郎さんは、日の下で真っ直ぐ歩いている姿が素敵です」

「ですね、母上!」

 

 心を燃やすことが重要とされるが、使っている間に心など燃やしたことがあっただろうか。

 いいや、きっとあったのだろう。熱い心を持っていると言ってくれた友の言葉を否定するまい。

 

「替わって……、義勇殿だ。いやぁ、今回もたくさんのあんぱんが来たものだ」

「彼が当代の水柱だった子か。実に流麗な剣技だ」

 

 水の意匠を施された服装と「水」と書かれた白布で顔を隠しているが、舞手は冨岡義勇。

 

「義勇ちゃん、男らしくなったわねぇ」

「ええ、立派な男です」

「頑張れ頑張れ、義勇くーん」

 

 水の呼吸。水の様に様々に形を変え、静かな心の持ち様が求められる剣技。実際、慌てていたら何の型を出すか迷うぐらいに多くの型がある。

 その時の状況、先を見越して繰り出すに最も適した型を出すのが彼はとても得意だ。

 

「次は、胡蝶カナエ殿としのぶちゃんだ」

「花の呼吸と蟲の呼吸か。どちらも私の時代には無かったものだ」

 

 同じく「花」と「蟲」と白布で顔を隠した舞手が二人上がった。

 この神楽殿は二人一緒に上がり、そして同時に舞ったとしても余裕のある広さを持っている。

 

「カナエ様ー! その美貌は日を重ねるごとに美しくー!」

「しのぶ様ー! 貴方の激情はあらゆる病人を癒す程に逞しくー!」

「カナヲちゃんもアオイちゃんも大きくなって……。きよちゃんなほちゃんすみちゃんも……。良い相手じゃなかったら呪い殺したげるからね……」

 

 後世に鬼を殺す毒が生まれようとは、としみじみと握り飯を食べる男は頷いていた。

 花のような剣戟にその花の合間を舞う蝶の様に軽やかな突き技の数々。舞手の人気もあってか、ぽっと頬を染めて見つめる人の多いこと。

 

「あ! 実弥殿! 実弥殿だ!」

「風の柱か。成程、凄まじい技量だ」

 

 「風」の白布を隠した舞手にあんぱんの男は大喜びした。

 

「「「「「兄ちゃーん!!!」」」」」

「やっぱビューン!って風がカッケー!」

「玄弥兄ちゃん泣いてやんのー」

「折角のお祭りだから笑ってくれないとやだー」

「俺も兄ちゃんみたいにビシャシャーンって動けるかな!?」

「やってみようよ!」

 

 その剣技は鬼狩りをしていた全盛の時分から寸分違わず――他の舞手にも共通することだが――その技量をより上げて披露されている。

 舞台から吹き荒れる風はその鋭さを意図的に上げれば鬼の肉体を簡単に両断する。

 

「彼は後に出る舞手の子に刀を奪われた子だねぇ」

「なんと」

「でも、彼があの山にいなければ生まれなかった呼吸とも言えるから、縁というのは不思議なものだ」

「ああ……」

 

 「霞」と顔を隠した舞手は霞柱ではない。だが、霞の呼吸を使い手として柱に次ぐ技量を持っていたことが幸いし、この舞台に上がった。

 

「かなり揉めたなぁ。俺は舞手に相応しくないって」

「でも霞柱様が二種類も舞うのはキツいとご自身で話されてからは……、素直に受け止めたよな」

「文寿郎さんとこでかなり鍛え上げられたことも幸いしたな」

 

 なお当人は「あのイノシシ頭。刀を奪ったこと、今でも許していない」とのこと。

 

「次は嘴平伊之助くん、我妻善逸くん。刀を奪った子と雷の呼吸の壱の型しか使えない子だよ」

「なんとも奇特な動き。……成程、だから彼の場合は二人での舞なのか」

 

 「獣」と「雷」の白布で顔を隠した舞手が――三人。

 獣の呼吸は二刀流で関節を外しながらの変幻自在の動きを見せて歓声を沸かせている。曲芸に近いのかもしれない。

 

「伊之助、恰好いいねぇ。お母さん、とっても嬉しい」

「善逸も楽しんでおるのう」

 

 我妻善逸は壱の型しか使えない。なので、雷の呼吸が使える竹内との二人組での舞となった。

 舞の動きから離れて「ワハハ!」と縦横無尽に動き回る伊之助の動きに更に観客は涌き、善逸と竹内は必死な形相で「もうヤダァ!」と避けながら叫んでいた。

 

「次は二人組。蛇の呼吸の伊黒小芭内殿と、恋の呼吸の甘露寺蜜璃殿。あ、今では甘露寺小芭内殿かな?」

「蛇に恋……!?」

 

 「蛇」と「恋」と顔を隠した夫婦が舞台に上がる。

 異色の呼吸にさしもの呼吸の開祖も固まった。炎の様にうねる木剣に、木では再現出来なかった為に鮮やかな編紐での縦横無尽の舞。

 二人は夫婦として、これから先多くの幸せを噛み締め、悲しみを乗り越えていくのだろう。

 

「お次は悲鳴嶼殿。舞の練習をしている内に筋肉が戻ったとか」

「実に練り上げられた体だ。正に岩の如し居様と佇まいを感じる」

 

 「岩」と顔を隠す舞手が舞台に上がる。神楽殿が大きいのはこの舞手が十分に舞う為に高さもある。

 

「あんなムキムキになるなんて思わなかったよ……」

「先生かっけぇ!」

「霜のお兄さんに頼んで良かった!」

「えへへ、やっぱり、先生は生きてもらわないとな」

「だよね。一杯頑張ったんだから、一杯、たくさん幸せになって欲しいもん」

「沙代も大人になったなぁ」

「皆、元気に生きろよ!」

 

 現役当時に使っていた鉄球と手斧ではなく、刃を落とした鎖鎌での舞。それでも尚、共に闘った時の頼もしさと堅牢さが思い起こされる動きに涙ぐむ者がいる。

 その中で、一人の町娘は顔を見られないようにか、俯きながら泣いていた。

 

「あはは、次は霜の呼吸。俺の呼吸だ!」

「霜の呼吸か。あの冷気、どうやって出していたのだ?」

「んふふ……、秘密」

 

 「霜」と顔を隠した舞手はあんぱんを未だに食べる男の大親友だ。

 本来彼の扱う呼吸とは違うが、「霜の呼吸を二種類覚えるなんざ、訳ねーぜ」と啖呵を切ったので大勢の人間から厳しく指導された経歴を持つ。

 その指導の成果により、原本に近い剣と扇の二種類の舞が披露された。「流石大親友」と霜の呼吸を作り出した本人は喜びを隠さず現した。

 

 

 

 ――そして。

 

 

 

 楽器の音も一時止み、壇上へと上がるのは二人。

 「日」と顔を隠した舞手、「月」と顔を隠した舞手。

 現代へと日の呼吸を受け継いだ竈門炭治郎と、月の呼吸の剣士の末裔たる時透無一郎。

 

 時透無一郎の左手は上弦の壱との戦いで無くしたものであるが、神薬ともいえる『スコヤカニイキルノデス』によって生えた。

 「文寿郎さんがやれって言ってるのかなぁ」と、ぽろぽろと泣きながら彼は自身の先祖でもある、ある侍の呼吸を修めることとなった。

 

 日と月の呼吸。かつては同じ腹から生まれたる双子の御業が、松を描いた舞台の上で披露された。

 激しく、遍く世を照らす日光。優しく、日の届かぬ夜を照らす月光。

 互いが交錯する舞は、全ての者が言葉を無くし、ぼうと見上げてしまう幽玄に満ちていた。

 

 隣の男は、日の呼吸を最初に生み出した男は、ああ、と声が零れた。

 

「また、……また。後世に、兄上の御業が見れるとは」

 

 始まりの呼吸の剣士――継国縁壱は、静かに涙を流していた。

 

「私は、兄の心を微塵も知らなかった。苦しんでいたことなど、まったく知らなかった」

 

「兄は私にとって、世界の美しさを教えてくれたお人だった。だから、兄上ならばこの考えを理解してくれる、という傲りが自身の胸にあったのだと。兄上が鬼になったと報せを受けてから、ようやく気付いた」

 

「兄上の心も分からず、鬼舞辻無惨をも取り逃した私は、何も為すべき事を為せなかった――無価値な人間だ」

 

 口に含んだあんぱんを飲み込んだ男は、「それは違う」と言った。

 

「貴方は無価値な人間ではない。貴方が例え、無惨を唯一殺せる人間だったとしても、その人間が無惨を逃したから現代にまで鬼の被害が及んでいようが、貴方はちゃんと後世に残した」

 

 男は泣いている縁壱の白布をぺらりと捲った。そこにあるのは、ぼうとした瞳から大粒の涙を流す――幼い子供のように泣く、一人の人間。

 

「貴方の呼吸を。痣を。赫刀を。剣技を。――貴方の意志を」

 

 胸中に溢れ出しているのは積年の後悔だろう。“始まり”というのは、それそのものだけで大きな責任を伴うもの。

 自身の存在が及ぼす大きな影響を受け止めきれる程にこの人は冷たくも、割り切れることも無かった。

 失った命に寄り添える程に優しいこの人は――だから、今の今まで、霊の身で在り続けたのだろう。幾百とも続く年の中、輪廻の輪にさえ入らずに。

 

「私が呼吸を伝えねば、剣士たちの命は助かった」

「貴方が呼吸を伝えねば、失う命が多かった」

 

 呼吸も使えない剣士たちはきっと、何も出来ずに鬼に狩られただろう。

 

「私が痣を伝えねば、剣士たちも若い身で命を費やすことも無かった」

「貴方が痣を伝えねば、心無念のまま、鬼を狩れることなく潰される命が多かった」

 

 痣を出せなかった剣士たちはきっと、宿敵の頸が目の前にあるというのに、その一歩が踏み出せず狩られただろう。

 

「私が赫刀を伝えねば、日の呼吸の使い手たちが狩られることも無かった」

「貴方が赫刀を伝えねば、無惨との戦いで傷口を焼けることも無かった」

 

 赫刀という現象が無ければ、無惨との戦いはもっと悲惨な物になっただろう。

 

「私が剣技を伝えねば……、兄上もあのように思い悩まれなかった」

「貴方が剣技を伝えねば、無惨の頸は斬れなかった」

 

 例え、その剣技が神から与えられた御業だと、他の人の心を焦がす程の輝きで圧倒すれど。

 ――この人の剣術が無ければ、後世の者達は鬼狩りになるということも、鬼の頸を斬るということも出来なかった。

 

「貴方は自身の持つ技術の全てを使って、“鬼を狩る”という遺志を、後生の人間に託してくれた」

 

 全ての鬼狩りの意志を代表する訳ではない。きっと、多くの悲哀もあったことを忘れてはいけない。彼を恨む声も、羨む声も等しくあった。

 

 それでも、これだけは皆、共通している筈だ。同じ気持ちの筈だ。

 

「ありがとう。貴方のお陰で、私たちは立ち上がることが出来た」

 

 彼が遺したものが無ければ膝を折ったまま泣き崩れる人間ばかりだっただろう。

 鬼を一時の災害だとして、無気力に受け入れる人間ばかりだっただろう。

 鬼に喰われて死ぬことを、自分の天寿であると目を閉じる人間ばかりだっただろう。

 

 だが、その災害に等しい鬼を狩れると示す人間がいる。苦しくとも宵の世界で傷だらけになりながら戦う人間がいる。

 その事実が、理不尽に大切なものを奪われた人間に立ち上がる勇気をくれたのだ。

 

 ――舞は終わる。

 言いたいことも言った男はぺらりと白布から手を離し、縁壱から背を向ける。

 涙を流していた男は、晴天の――今正に、頭上に広がる青空の様に、どこまでも透き通った笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。仏塚文寿郎」

「どういたしまして。継国縁壱殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾星霜

命    を

る 廻

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きなさい、勢至郎(せいしろう)冬摩(とうま)起きなさい!

 

 母親の声で目が覚めた。思わず二人分の名前が聞こえ、隣を見た。

 隣では弟の冬摩が同じく、寝ぼけた目をしながらこちらを見ている。

 

「冬摩、珍しいね。早起きが出来る方の弟が」

「兄さんはいい加減起きれるようになろう? 俺もなんでか深く寝入ってたみたいだけど」

 

 それより急げ急げと部屋を降りて母さんの作ってくれた朝ご飯を食べる。コーンスープが熱くて舌を火傷しながら食べ終えて、部屋に戻る。

 お互いを確認しながら制服に着替える。

 

「冬摩、襟が折れてる」

「ありがと。兄さん、髪に寝ぐせがあるよ」

「そんなぁ」

 

 俺たちは一卵性双生児というもので、姿形も似ているのだが色合いと髪の向きだけはどうにも似ていない。

 

 弟の冬摩は白橡色の髪でとても綺麗な極彩色の目をしているが、対する俺は黒い髪でなんとも薄い灰色っぽい目の色をしている。「冬摩に俺の色合い全部持ってかれたな」なんて笑ったのも昨日の話だ。

 

 先に支度の終わった弟が俺の寝ぐせを櫛で直してくれている。櫛が頭を撫でる感覚が気持ちよくてうーん、と目を細めていると上から「こら、寝ない」と声が落とされる。

 

「よし、直った」

「ありがとう。優秀な弟で兄は嬉しいよ」

「何言ってんだか」

 

 べしんと弟が櫛で俺の頭を叩いた。痛い。

 母さんと今起きて朝ご飯を食べている父さんに向かって「行ってきます」と言って、家を出た。

 

 残念ながら遅く起きたとはいえ、遅刻する程のレベルではない。弟とゆったり登校しながらスマホの画面を見ていると、冬摩が「あ」と俺のスマホを覗いて勝手にタップした。するな。

 

「なに勝手に押しとるんじゃワレェ」

「いいじゃん。俺この陶芸家の作品好きなんだもん」

「じゃあ仕方ないか……。なんか独特な名前の人だね」

「これで玉誇(ぎょくこ)と読むんだよ。この人の壺が凄く綺麗でね……」

 

 家の近くにある交番では、かなり怒声の五月蠅いお巡りさんが今日も元気に取り調べをしていた。こんな朝からご苦労様です。

 

「お前はワシが虚偽を申していると申すか!」

「うるさいぞ半手(なかて)ェ!」

「すいません先輩ィ!」

「相変わらず朝から五月蠅いね」

「元気があるのはいいことだよ」

 

 今じゃ町の名物お巡りさんにもなっている。通りすがりの、猫を抱いたご婦人はくすりと笑い、彼女と共に歩く旦那は「うるさい……」と眉を顰めていた。

 スマホを引き続きすいすい弄る。『鉄地河原製鉄所、稀代の発明』、『NAKIME、ヨーロッパライブツアーから帰還』、『産屋敷グループ、橘八重製薬会社を買収』……、日々様々なニュースが流れてくる。その中でもえ、と手を止めてしまった情報が一つ。

 

「え? 時透無五郎が電撃引退?」

「対戦相手の将棋盤ひっくり返して大騒ぎ? 何したのこの人」

「そ、そんな……。無五郎ちゃんが将棋界引退しちゃったらもう見るもの無くなっちゃうよ……」

 

 時透無五郎。将棋界の大物だが、性格に難あり。いや、普段は普通の青年といった感じで、ちょっと無表情で感情が読み辛いだけなんだけど。

 彼の中のアウトラインを踏んだ人間に対する苛烈な対応から『鬼の無五郎』と呼ばれている。

 確かに今まで長く将棋界にいれたのが不思議なくらいの気性の荒さだけど……。

 

小雪(こゆき)さん、大丈夫ですか」

狛次(はくじ)さん、いつもありがとうございます」

 

 最近は冷え込んで寒い。体の弱そうな女の子に睫毛の多い男の子が上着を貸している。

 

「おや狛次殿だぁ。朝からアツいねぇ、ひゅーひゅー!」

「うわ、性悪双子だ……」

「ちょっと、性根が腐っているのは冬摩の方だよ。俺は至って公明正大で曇りない性根だから」

「意気揚々と嘘を吐く兄に脱帽」

「あ、あの……」

「ごめんごめん。お二人ともお幸せに~」

 

 「もっと喋りたかったのに~」と小学生にダル絡みする情けない弟を引き摺っていると、そろそろ学校が見えてきた。

 向かい側の道路から見えた白髪姿の同級生に目掛けてダッシュした。弟は落とした。

 

さ・ね・と・し・どの~! おっはよ!」

「うおっ! いきなし抱き着いてくんじゃねェよ勢至郎」

「ん~、無理」

 

 彼は俺の大親友その一、不死川(しなずがわ)実壽(さねとし)。初対面で俺たち双子を見分けた逸話を持つ。

 それになんだか俺は無性に彼が好ましい。そして荒っぽい口調であるが、オカン顔負けの気配り上手で友人の括りに入れた人を深く思いやってくれる所も好きだ。

 

「勢至郎、俺には?」

「いいよ。おはよー」

 

 隣にいるのは冨岡(とみおか)義樹(よしき)。俺の大親友その二。彼は俺に購買であんぱんを奢ってくれて、そして俺も彼に鮭大根パンを奢った仲だ。

 同じくハグをして学校へ、友達と何でもない事を喋る。後ろから怨念を飛ばしてくる弟は見ない振りをする。

 

「今日の化学って小テスト返却されるんだっけ」

「義樹、()()()()に言って俺の点数満点にしといてくれ」

「無理だ。母さんの拳は不可避だからな」

 

 うんうんと頷いて二人と別れた。二人とも弟とは同じクラスだけど、俺とは別のクラスなのだ……。

 クラスメイトに挨拶してなんでもない授業を受けるが、大体教科書を読めば理解できる範囲なのでうつらうつらとしてしまう。

 そして思うのは、今日見た夢のこと。

 

 あまり覚えていないけど、強い不快感だけは覚えている……全てが凍りきった場所での事。

 強い怒りに動かされて止まりそうな体を絶え絶えに動かした――誰かの事。

 陽の光みたいな人に何かを言う誰かの、夢。

 

「おや? 私の授業でよそ見とは、いい度胸ですね。仏塚勢至郎くん」

「げ、冨岡先生」

「ん~? ()、とはなんですか? 教えて下さいます?」

 

 にっこりと綺麗な顔に笑顔を浮かべれど、それがまったく喜べない冨岡篠美(しのみ)先生。義樹殿の母御でもある。

 しまった……。どうするべきか。

 

「……篠美先生のことを考えていたんです。今日もとてもお美しいですね」

 

 ふふ、と冨岡先生は笑い。

 

 俺に拳骨を落とした。

 

「体罰!」

「何とでもおっしゃい。これは愛の拳です。さて、勢至郎くん、この問題を解いてください」

「はーい……」

 

 ちなみに俺と冨岡先生のこのやり取りは何故か好評らしく、同級生から「あんな美人の拳骨なんてご褒美だろ」と言われた時には「頭おかしいんじゃない?」と返してしまった。

 だって冨岡先生、ああ見えてとても力強……。

 おっと、これ以上俺はもう何も考えない。俺の安寧の為にもだ。

 

 冨岡先生の授業が終わればお昼だ。この時間になると弟が爆速でやってくる。

 

「兄さん、一緒に食べよ!」

「いいよー」

 

 弟が兄離れをする気配をまったく見せない。やっぱ俺から突き放した方がいいのだろうか。

 でも、この前それやったら凄い絶望した顔で「お願い捨てないで」って言われたんだよね……。

 俺がお前を捨てることなどないのに。

 

「じゃあ購買で買ってくるから先待ってて」

「というと思って先に買っておいたよ。ささ、食べよ食べよ」

「???」

 

 ちょっと驚いたけど、やっぱり弟は優秀だ。

 購買のみに卸されている『イグロ社』の出す学生御用達・爆デカあんぱんを食べながらそう思った俺であった。

 

 さてさて、帰り際の事である。校門の前で中等部の生徒二人が冬摩を見つけた瞬間、頭を下げた。謝花兄妹である。

 中々にワルな兄妹で、兄の頭脳と妹の抜群の美貌があれば敵わぬ敵はいないとかなんとか。

 まぁ、そんな伝説を早々に崩したのが隣の弟だ。謝花兄妹が絡んだ相手が冬摩だったばかりに……、二人の伝説は崩され、今や弟の舎弟として有名になってしまった。

 

「冬摩さん、頼まれてたモン買ってきましたッ!」

「買ってきてやったわ!」

「ご苦労様。……頼んでた物じゃないね、これ」

 

 と、何か話し始めた弟を振り切って俺はスマホでメッセージを送る。目指すはいつも集合場所にしているゲームセンター。

 そこにいるおかっぱ髪の、俺とは違う高校に通う制服姿の男子生徒にニコーっと笑顔が浮かぶ。

 

「さ・い・か・わ・どの~!」

「よう、相変わらず元気だな」

 

 実壽殿といい、賽河殿といい、どうして急に抱き着いても受け止めてくれる御仁ばかりなのだろう。俺は体を打ち付けることなく幸せ者だ。

 

「じゃあやろっか、アレ」

「金は溜めたぜ、バイトでな!」

 

 実壽殿たちは大親友。

 だが、賽河殿とは……大()友なのだ。

 

 賽河殿が苦手な音楽ゲームを俺がやり、俺が苦手なクレーンゲームを最低十手以内でプライズ品を獲得するという神の手を持つ賽河殿がやることで俺たちはタッグを組んでいる。

 ちなみに音楽ゲームをやる理由は賽河殿が持つ〇outubeちゃんねるに上げる為だよ。再生数稼ぎに俺を利用するなんて大胆だよね!

 

「あ、『鬼狩りの刃』のプライズ品が出てる。そう言えば今日だったかぁ」

「仏宮兄弟か。やっぱ兄の首里(しゅり)が人気だよな」

「いいや、弟の閻児(えんじ)だね!」

「それはお前の感想だろうが。ま、いいぜ。両方取ってやるよ」

「ありがとう賽河殿!」

「これぐらい安いもんだぜ」

 

 『鬼狩りの刃』は今では世界的な人気を持つ漫画を原作としたコンテンツだ。作者の鬼喰(おにばみ)氏が自身の曾祖父の話を元にし、この街に伝わる鬼狩りの伝承を混ぜたとか。

 

 その中に出てくる仏宮兄弟。兄の首里は霜の呼吸を使う鬼狩りで、弟の閻児は人を食らい冷気を出す鬼。

 なんだか妙に引っ掛かるものの、冬摩が首里のファンなのだ。「俺に通ずるものがある」とかなんとか。なんで創作物で好きになる点が俺との共通点なんだとか言いたいことはあるけど、楽しそうだからいいや。

 

 俺はどっちかっていうと、閻児と冬摩に共通してるものがあるとは思う。

 閻児の「俺と一緒に地獄へ行こうよ兄さん!」は弟が『鬼狩りの刃』に出てくる鬼になったら言いそうな台詞ナンバーワンだ。

 ま、弟に言われたら行くけど。首里も首里で「いいよ」というのでその心意気は評価してやってもいい。

 

「ほら、取れたぜ」

「首里を三回、閻児を二回で取るとか……。やっぱ神がかってるよその手」

「追加で俺の分の首里を取ってフィニッシュ。千円以内に収まって今日も気持ちいいぜ」

「わー、是非ともゲームセンターで言ってみたい言葉だね!」

「そろそろバイトの時間だから帰るわ。またな」

「うん、またね!」

 

 賽河殿と一緒にゲームセンターから出て、そこで別れた。今度は作中に出てくる鬼狩り側の最強格である比米裂(ひめざき)さんを取ってもらおっと。

 最近『鬼狩りの刃』も終章が映画化されて、これまで活躍が無かった比米裂さんの出番もグッズもたくさん出てきて嬉しい。ほくほくだ。

 

 お、今極楽ジムから出てきた白髪の人たち、身長高いな。俺もあんだけ伸びるかな? 成長期が早く来て欲しいな。

 ウキウキとした気持ち……でもちょっと、何か妙な気持ちで家に帰る。

 どうやらまだ冬摩は帰っていないらしい。

 

「ただいま~。さわの散歩行ってくる~」

「お帰りなさい勢至郎。気を付けて行くのよ~」

「はーい」

 

 裏手の庭に行くと繋がれたさわという雑種犬が大人しく小屋の中で寝ていたが、俺が近付くと散歩の気配を察してか元気よく立ち上がった。

 

「あはは、よしよし。さわ、散歩の時間だよ」

 

 人の顔を見ると舐めにくるぐらい人懐っこい女の子だが冬摩にはかなり冷たい。一体どこで差がついてしまったのやら。

 首輪にリードを繋げばわふわふと迸る元気が紐越しからも伝わる。

 いつもの散歩コースで公園へ行くことにした。

 道すがら、神経質そうな顔をして片目を隠したワカメヘアーの男性と朗らかな女性が赤ん坊をベビーカーに乗せて歩いていた。いつも散歩道で会う二人だ、お互いに会釈をした。

 ぽってぽてとゆったりとしたさわの散歩スピードだったが、マーキングのお時間だ。大……じゃなくて小の方か。

 

「あれは……、継国双子とうた先輩! 美代先輩はいないんだぁ~」

 

 顔にある特徴的な痣があり、長い髪を一括りにしている――同じ顔が二人。その隣で喋る快活で豪快な女性がうた先輩。

 お淑やかな雰囲気の美代先輩を含めて『継国カルテット』なんて呼ばれている。集まっている全員が全員別方向かつ人気が高いので、まるでアイドルみたいな囃し方をされている。

 

 ついでに継国双子の見分け方を教えよう。

 耳飾りをしている方が弟の伴縁(ともより)先輩、生徒会長を務めているかつ継国カルテットのストッパーが兄の勝忠(かつただ)先輩。

 

「あら、どうしたの月人(つきと)。急に泣いて」

「機嫌でも悪いのか」

「……すみません。お二方、私にあやさせていただいてもいいでしょうか」

「構わないけれど……」

 

 勝忠先輩が突然泣き出したワカメヘアー(赤ん坊の方)を……、あやしている……!?

 意外な一面……でもないな。普通に面倒見良いもの。俺も中等部の生徒会長として何度もお世話になってるし。

 とんとんと慣れた手つきで赤ん坊をあやし、癇癪で泣いていた赤ん坊はすうすうと寝始めた。

 

「泣き止んだわ。ありがとう、お兄さん」

「いえ、これぐらい安いものです」

 

 なんだかいい場面を見た。もうちょっと見ていたかったが、さわが「早く早く」と言うので散歩に戻ることにした。

 今は下校時間なこともあって、ボールを持った女の子に引っ張られた狐目の男の子が公園へ走っていく姿をよく見かける。

 

「あっ」

「おい、大丈夫かよ」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「え、嘘……。兄貴が人を助けてる。明日嵐が来る?」

「おいカス……。そんなに愛のある指導が欲しいならそう言えってんだ」

「ウソウソ、嘘です! いつだって兄貴は優しいですゥー!」

 

 数珠を付けている男の子が転んだ。揃いの鱗文様の入った竹刀袋を持った黒髪と金髪の男子高校生がその子を助けながら騒がしく通り過ぎる。

 ふわり、鼻に甘い香りが届く。クレープのキッチンカーがこの先で開かれているらしい。学生や子供たちで列が生まれている。美味しそう。

 

「わっしょい! わっしょい!」

「煉獄先輩のさつまいもクレープ……、美味しそうだわ!」

「姉さん……、それで足りないなら俺のクレープも食べていいよ」

 

 派手な髪色をした高校生の大声もだが、桜餅みたいな髪色をした女子高校生の持つクレープはバケツみたいな大きさをしていて思わず二度見した。隣にいる黒髪の子は弟なのだろうか、少々呆れながらも自分のクレープを分けようとしていた。

 彼女たちがとても美味しそうに食べているので、逞しい体格の父親に「くひひ、父さん俺もクレープ欲しい」と強請る独特な笑い方をする子供もいた。

 

「兄ちゃんこっちこっち!」

「こら、そんな急がなくてもいいだろ~」

「やーい、将来ハゲ」

「なんでいきなり罵倒されたんだ俺!?」

 

 手を繋いで公園へはしゃいで走っていく兄弟に「いい加減にしろ竹内」と怒って公園へ入っていく小学生の姿に元気だなぁと思う。

 さわも目的の公園へついて辺りをふすふすと匂いを嗅いでいる。

 

「あ、わんこだ! ねえ触ってもいい?」

「いいよ~」

 

 ブランコで遊んでいた内巻の髪で特徴的な黒子を持つ男の子がさわをよしよしと撫でた。ベンチに座っている親子がこちらに会釈するので俺も返した。

 さわは本当に弟以外には優しいので、こうした他所様の子供や誰かに撫でられても噛みついたり吠えたりしない子なのだ。

 

「あ、さわちゃんだ。私も撫でていい?」

「いいですよ」

「うーんふっかふか。可愛い。妹は触らないの?」

「ふ、ふん。なによ、……別に触らないとは言ってないじゃないの」

 

 公園の子供や、先程までベンチで喋っていたおさげ髪の女子高校生がニコニコとさわを撫で、切り揃えられた前髪の子は妹らしい、前髪を上げた子にニヤニヤと話しかけた。結局跳ねっかえりらしい妹もさわの毛並みに陥落した。

 ひとしきり公園でのマーキングも終えたさわはさっさと公園を出ていく。またね、と公園で遊んでいる子供たちに言われたので手を振り返した。

 

「今日もたくさん撫でられたねぇ。ブラッシング係として鼻が高いよ」

「わふ!」

 

 このまま家に帰るのではなく、町の方へ寄ってから帰るみたいだ。

 

「あ゛~、課題だりぃ。んで題材を『祭り』にしやがった」

「お前の出した題材の『御堂』だと気持ち悪いぐらい興奮するじゃねぇか」

「んだと十六歳の女にしか興奮しない不能が」

「言ったな? 今喧嘩売ったな?」

 

 お祭り……、あー、確かにそろそろ始まる時期ではあるか。俺にも関係ある話だけど、なんだかすっぽ抜けてたなぁ。

 ぽってぽってと……、おや、列車の走る踏切の方まで来てしまった。今日は長い散歩道だねぇ。

 

「も゛ー、なんでコイツ同じ班にしたの!? いっつも鉄道のとこに行くんだけど!」

「そんなの俺に言われても……」

「えぇ、まだ祭りの時期までありますので、もう少し御猶予いただければ……(ブツッ)。――終わった」

「教授の気分次第で全て決まる。俺の単位ももう死ぬ……」

「え~、可哀想だねぇ~」

「「「「お前もだよ!!!」」」」

 

 仲いいなぁ、同じ大学のサークルか何かかな?

 でもさっき通っていった列車の運転士が「コイツさっきもいたな。さっさとどっかいかねぇかな、憤死しそう」みたいな顔をしていたのが印象的だ。

 

「やだやだ、弥恵(やえ)はあのお人形さんが欲しかったの!」

「こら、この前もそう言ってお人形を買ったでしょう。我儘ばかり言う子は家から締め出すわよ」

「……! い、いやぁ! ごめんなさいママぁ!」

 

 踏切から離れてお決まりの散歩道の河川敷に戻ってきた。

 中々に怖いことを言っている親子も街へ繋がる道で降りて、ビルの多い街並みへ溶け込んでいく。

 風に乗って人の生活音がする、何でもない時間。ポケットに入れたスマホがさっきからひっきりなしに鳴っているけど、まぁ、出なくていいでしょ。

 弟は電話に出なくても俺の場所を見つけるから。

 

「ようやく見つけた! 電話に出てよ兄さん!」

「いやぁ、丁度冬摩に会いたいなって思ってたから良いタイミングだねぇ」

「え、本当……?」

 

 ムスっとした表情が一気に喜びに変わる。弟って本当見ていて飽きない。

 

「そろそろ祭りの時期も近いから“舞”の練習に出ろってさ。鼓の(ひびき)さんにも言われたよ~」

「そうだね、今度の霜ノ舞はどっちがどっちを担当する?」

「去年は俺が剣で兄さんが扇だったよね」

「じゃあ今年は逆で、俺が剣で、冬摩が扇にしよっか。俺、冬摩の扇舞が好きなんだよね~」

 

 この街で行われる鬼滅(おにがり)大社の祭り一番のハイライトでもある“鬼滅舞(おにがりまい)”。有難いやらなんやらで、俺たちはかつて鬼狩りたちが修めていたという剣術の舞手に抜擢されている。

「姓が仏塚で双子……? (写真も見る) ……採用!」とこの神社を管理する産屋敷グループのお偉いさん直々の選出なので、辞退しようにも難しい。

 

「俺も、兄さんの舞が好きだよ。本当に鬼がいたら斬ってそうな動きしてるもん」

「そう? 嬉しいな」

 

 最近は体調も悪かったから舞の練習を免除してもらっていたけど、今日は良いから、暫く体調は良い筈。

 ふふ、明日に大社にある稽古場で皆と会うのが楽しみだ。

 

「腕が鈍ってないといいね、兄さん」

「生意気な事を言う口はここかな、弟よ」

 

 つんのこと嫌がる弟の頬をつっつく。そんな発破も掛けてくれたので、兄は五百パーセントくらいの出来栄えで舞を披露してやろうじゃないか。

 

 “鬼滅舞”の花形は数多くの舞の後に出てくる“日ノ舞”と“月ノ舞”だ。

 舞手は伴縁先輩と勝忠先輩。双子さながらの息の合った舞は、確かに国宝指定されるのも納得の凄い出来栄えだ。

 弟は「今年こそ話題を霜ノ舞に集中させてみせる!」と向上心高く舞の練習に励んでいる。同じ双子の舞手だから、話題が日と月の舞に持ってかれるのにぐぬぬとしているそうな。

 

「やめへよにーはん……」

「ふふ、やわっこい」

 

 今日は変な夢を見たせいか、なんだか、無性に弟との時間が恋しく感じた。

 弟も俺もまだ中学生。まだ実壽殿の様に成長期は来てないし、義樹殿みたいに声変わりもしていない。

 俺たちは一体どんな風に成長して、大人になっていくんだろうね。

 

「……兄さん、どうしたの?」

「なぁに、弟よ」

「なんかいつもみたいな元気が無いような。……大丈夫?」

「漠然とした将来への不安を感じているけど、多分大丈夫」

「大丈夫じゃないよね? ええー、不安? なんだろう、当ててみるから言わないで!」

 

 ひとしきり河川敷を歩いたさわもそろそろ帰るみたいだ。俺の隣を歩き、うんうんと悩み始めた冬摩は……別に、今より体格が大きくて、血を被ったような髪をしている訳でもない。表情も心から出していない人形みたいな雰囲気でもない。

 

 ちゃんと血の通った弟が隣にいる。俺も、両の足で地面に立って、歩いて、動いている。

 ……たったそれだけの事が、とても胸を苦しめた。

 

「分かった! 兄さんってば、案外寂しがり屋だよね。んふふ」

「何だって? 聞いてやろうじゃないか」

 

 やたらと自信に満ちた顔つきの、弟が出した答えは何だろう。

 乾いたコンクリートに軽やかに靴の音が鳴る。俺より一歩前に踏み出した弟はくるりと俺を振り向いた。

 

 

 

「俺はね、大人になっても、しわしわのお爺ちゃんになっても兄さんの事が好きだよ。絶対ね」

 

 

 

 さわのリードを持っていない手を握られる。

 温かい手だ。冷たい血が流れているとか、霊体だから温度を感じないとか。そういった事ではない。

 温かな体温を持つ手。生まれた時から握っていた、大事な片割れの掌だ。

 

「……ああ」

 

 この手に求めていた物全てがあるような気がした。きっと、過去の己が求めた、何かが。

 言葉にするのは……、気恥ずかしくなるぐらい。誰もが当たり前に受け取って、人に与える事の出来るもの。

 

「俺もだよ」

 

 そっと手を握り返す。

 俺は、弟が道を外れようものなら全力で引き戻すし、戻すのには手遅れで地獄へ堕ちて罰を受けるというのなら俺はその何京もの時間を傍で待とう。

 

 待った末に来るその“次”が、人でなくても、お前の隣に生まれよう。

 ずっと昔にした大事な約束があるから、何度死のうがお前が隣にいるのなら怖くない。

 

「……あはは、夕焼けも綺麗だなぁ」

 

 陽が落ちて夜になる間際の時間。弟と手を繋いで家路を辿る。

 ――茜色に照らされた景色は、朝焼けにも劣らぬ程に美しくて。これまで胸の片隅にあった不安なんて吹き飛ばしてしまった。

 

 きっとこれから、幾らでも悲しいことがあるだろうけど。

 うん、大丈夫。きっと、きっとだ。

 

 

 

 

 

「今日の夕飯は何だろうね」

 

「家に帰った時、カレーの匂いがしたよ」

 

「カレー! やった!」

 

「母さんの料理は美味しいもんねぇ。父さんも今日は残業無しで帰ってこれるって」

 

「久しぶりの家族団欒だー! 一杯おかわりしよ!」

 

「父さんの分も残しておきなよ~」

 

「考えとく~!」

 

 

 

 

 

 

 




仏塚勢至郎:これからも大丈夫。弟とお揃いの扇を持っている。最初は紙製だったが、諸々のホラー案件によって弟を呪い殺そうとした霊を扇で殴って壊れた時に鉄扇になった。
仏塚冬摩:兄がいるから大丈夫。お爺ちゃんになっても仲良し双子。
不死川実壽:兄に今を時めく有名な漫画家鬼喰と、包容力抜群の姉がいる三兄妹の末っ子。冨岡家とは親戚関係。
冨岡義樹:篠美は母。通うスイミングスクールに錆奈(♀)、真藤(♂)という友達がいる。
冨岡篠美:化学の先生で分かりやすい。息子と教え子に振るうは愛の拳。
イグロ社:学生御用達の爆デカ菓子パンで有名な会社。白蛇がロゴマーク。
謝花兄妹:大体キメ学設定と同じ。二人はこれからも兄妹なのだ。
賽河:サイコロステーキ先輩の血を受け継ぐ者。実は双子が抜擢される前の霜ノ舞の舞手。
さわ:文寿郎担当の鎹鴉、ひこめの転生した姿。女の子。冬摩は存在から気に入らないが、主から守れと言われたら守る忠犬。
片目隠しワカメヘアー:色々あった。現時点では誰も正体を知らない。
月人:色々あった末に転生した。原初のワカメヘアー。泣いていたのは魂に刻まれたトラウマ(縁壱の因子)が側に来たから。
継国勝忠:継国の名が何故か復活した。継国カルテットの良心兼ストッパー。
継国伴縁:兄も嫁も一緒に転生でハッピー。
うた:「流石に捻ったら誰か分からないって!」とそのままの名前。豪快。美代との恋バナが楽しい。
美代:今 度 は 逃 が し ま せ ん よ 。
黒髪と金髪の男子高校生:キュアクズとキュアカス。仲はなんだかんだ言って良い感じ。
数珠を持った子供:盲目ではない。将来二百センチを超える女神の系譜。


後はお察し。


キメ学設定
仏塚 文寿郎
昼はカフェ、夜はバーを営むカフェ『ふろすと』の店主。元検事、色々あって辞めた。
色んな人が通うので経営難には至っていない。店主の出す氷菓が絶品。
たまにある集い、『双子兄』のグループの副長を務める。
何で元検事が弁護士でもなくカフェやっているのかというと、弟からの熱い要望。
水被ると女になる。

仏塚 童磨
幼少期に両親が痴情の縺れで亡くなってから文寿郎が親として兄として育ててくれたので詐欺師にはならず、弟マインド全開のまま育つ。
弁護士。昔、検事の兄と対立して絶望したことがある。
基本『ふろすと』に入り浸るがちゃんと注文した分のお金は払う。忙しい時は遠慮なく「ホールやって」と言われる。喜んでやる。
童磨は本名ではないが、本人が好んで名乗っている。兄は名前の漢字が気に入らないので絶対に呼ばない。こちらでも兄と揃いの鉄扇を持っている。





こんなおまけも読んでくれてありがとうございます。
実はもうちょいだけね、おまけを書きます。
ですが仏塚文寿郎こと仏塚勢至郎の話はこれが終わりです。
後はまー、気が向いた時や時間がある時に「お前まだ更新しとるやんけ。この完結の字は飾りか?お前はまだ生き汚く更新を続けるのか?無様だな」と思いながら読んでもらったら幸いです。
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