鬼滅の刃RTA 上弦の弐単独討伐   作:一億年間ソロプレイ

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色々な小話集が出来上がりましたよっと
お好きな話から読めるように頑張ってみましたゾ♡
※色々と雰囲気でお読みください。

人間クーラーしてた話
霜屋敷の住人たちの話
蛇が所感を話してる話
風の兄弟弟子たちの話
左目も腕も無い男の話
お館様との対談時の話


番外編
小噺集:名残の霜


『人間くうらあ文寿郎』

 

 ――暑い。それはもう、暑い。

 夏場ってこんなに暑かったっけ。それとも隠の隊服が長袖だから暑いのか。もうなんもかんも暑い。口布も取っ払って全裸になりたいぐらい暑い。

 隠の仕事――、鬼の討伐任務の後始末は基本夜中。日が出ている日中よりはまだマシな筈だが、夕立が降ったせいか、じっとりとした湿気が乾きもせずに夜に留まり、その牙を剥いていた。

 

「先輩、脱いでいっすか」

「駄目だ。万が一鬼がいないとも限らないんだから。隠の隊服だって隊士と同じ、ある程度鬼の攻撃から身を守ってくれるんだから……」

「うがあああ! あーづーぃー……」

 

 加えて重症の隊士もいるとのことなので医療道具を背負っての現場急行。応急処置を終わらせたら近くの藤の家紋の家へ運ばねばならない。

 どう足掻いても暑さしか残らない先に隠たちはうがうがと言いながら現場へ近付くと、ふいに冷たさを覚える。

 

「この近く、川とかありましたっけ」

「いや、無い筈だが……。まさか、今回の任務は……!」

 

 先輩隠は歩く速度を速めた。なんすかもう、と後輩隠が後を追うと、暗闇の中でも特徴的な頭髪を持つ隊士がしゃがんでいるのが見えた。

 ここまで来るとかなり涼しい。暑いという感想が空の向こうへ吹っ飛んだ。

 

「仏塚さん、後処理に来ました!」

「んー、ようやく来てくれた? ありがとう」

 

 仏塚と聞き、後輩隠に衝撃走る。

 

(仏塚……って、あの霜の呼吸を使う……!?)

 

 多くの隊士を育ててきた育手や歴戦のベテラン隊士や柱でさえも「なんでそうなる?」と疑問を散らす、あの霜の呼吸の使い手!?

 

 霜の呼吸とは、相手を凍りつかせる呼吸術。寒さで人死にが出る極寒でもないのに鬼の体を凍らせ、固まった所で頸を斬るという。

 実際その現場で見た鬼の体は確実に凍りついており、体も氷の様にカッチコチ、斬られた断面なんかは触れて「冷たっ!」と手を離す程に冷えていた……(先輩隠談)。

 

 そんな妙な唯一の呼吸を使う使い手は、重傷者の傷口を凍らせていたらしい。

 

「いやぁ、鬼の一撃を食らってから流血が止まらなかったみたいでね。少しばかり凍らせておいたから、手当てを頼めるかな?」

「はい、勿論です!」

「他に任務に同行していた方々は……」

「あっちの木の根元に固めておいてあるよ~」

 

 仏塚が傷を凍らせている隊士といい、木の根元で転がされている、同じく傷口を凍らされている隊士に負っている傷の多さといい、今回の任務はかなりの激戦だったように見える。

 が、仏塚に怪我は見当たらない。

 

「あの、仏塚様はご無事ですか?」

「ああ、俺は大丈夫。俺が来る前がどうやら大変だったらしくてね。鬼の討伐よりこうして複数の重傷者の面倒を見ている方が大変だったよ~」

「マジっすか」

 

 確か、彼の階級は『(ひのえ)』。その特異な呼吸、戦闘より重病人の面倒が大変だったと言うその胆力。

 柱になるという人物というのはこういった人のことを言うのかもしれない、と手当てをしながら先輩隠は思った。

 後輩隠も手伝いその場の怪我人の応急処置は終えたが、現場に到着した際に仏塚が処置を施していた隊士の傷の具合は悪く、担架で慎重に運ぶ必要が出てきた。

 

「となると、他の隊士には起きてもらって自分で動いてもらおっか」

「助かります。任務でお疲れの所、申し訳ございません」

「いいやいいや、隠の君たちだってここまで来る途中で疲れているだろう。お互い様だよ」

「マジ助かります……。んで、あの、もう一つお願いしたいことがあるンすけど」

「なんだい?」

 

 「ちょ、お前その言葉遣いなんなの?」とばかりに先輩隠からの肘鉄を受けながら、神妙な顔をした後輩隠はこう口にした。

 

「その冷気もっと出してもらっていいですか?」

「冷気? ……ああ、暑いよね。今日の夜は特に。いいよ、出してあげよう」

「あざーっす!!! 恩に着ます! マジ感謝!」

「いい加減にちゃんとした敬語を使えェ!」

「別にいいよ。ただこれ以上使えば俺の暑気中(しょきあた)りが悪化するだけだから。うん、大丈夫」

「全然大丈夫じゃなァい!? よくよく見たら仏塚さんの顔赤っ!?」

 

 よくよく見れば仏塚の顔は若干赤く、嫌な汗も出ている。よくそんな状態で動けたな!?と隠たちが動揺した。

 

「いやぁ、冬はいいんだけど。夏になると辛くてね! あはは!」

「笑いごとじゃないっスよ……」

 

 だが隠たちは暑さには耐え切れず、結局仏塚に冷気を出してもらいながら藤の家紋の家まで運ぶ道に付き合ってもらった。

 隠は藤の家の者には暑気中りに良い薬と食べ物を出すようにお願いしたが、任務が終わったらさっさと家から離れた彼にそれらが提供される事は無かった。

 

 

 

 

 

冷房

霜屋敷の住人

蛇柱が話してるだけ

風の兄弟弟子たち

某祭りの神

お館様

 


 

『霜屋敷に住まう者達の挽歌』

 

 その報せを聞いた時は、正に運命だと思った。

 『霜柱の屋敷の元で働く人間を募集している』という報せを聞いた時、藤の家紋の家で働いていた女、三喜子(みきこ)は喜び勇んで応募した。

 人手不足に悩む鬼殺隊だが、柱の持つ屋敷の管理などを時折藤の家紋の家の者から募集すると聞いていた彼女にとって待ち侘びた好機。――かつて霜柱こと仏塚文寿郎に救われた己が、彼に出来る恩返しだと思ったからだ。

 

 だが。

 

 

 

「帰ってこぉへんのかい!!!」

 

 

 

 ダァン!と三喜子は台を叩いた。それを見て同じ求人を見て応募した元看護婦の咲恵(さきえ)は眉を顰め、盆太(ぼんた)はぼりぼりと煎餅を食って「またかよ」というツラをして、医者の男が「まぁまぁ」と宥めた。

 

「いや、どう考えてもこの屋敷を拠点に活動すると思うじゃん! なのに一切帰ってこないんですけどォ!」

「仕方ないわよ、柱の方ですもの」

「でも、蝶屋敷の柱様とか、水柱様は結構帰ってくるとか話は聞きましたね(バリボリ)」

「じゃあ帰ってくるもんじゃん。柱だろうと帰ってくるじゃぁん!」

 

 本来なら霜柱の屋敷――以下霜屋敷と呼称――で雇われた人間がこうも(こぞ)って広間で暇を潰しているという状況がおかしい。

 煎餅を食べている男、盆太は他の柱が所有する屋敷へと使いに出たこともあるので尚更そう思うが、まぁ柱によりけりなのだろうと考えている。

 

「蝶屋敷の所は鬼の被害に遭った女子を雇っていて、水屋敷の所は俺たちと同じ形で募集された人が手早く、そして静かに屋敷を管理しているという(バリバリ)」

「静かに、とはどういうことです?」

 

 ふぅ、と紙巻煙草を吸っている女が煙を吐いて聞き返すと、男は煎餅をボリっと食べながら答える。

 

「屋敷の管理や庭の手入れとかで人は結構雇われてるらしいんですが、その姿を柱の方に一切見せないそうです。『お一人で静かに過ごして頂く。これが水柱様にとって一番の安らぎ』とかなんとか(ムシャッボリィ)」

「仕事人ですね……」

 

 ずず、と医者の男は茶を飲んだ。盆太は頷き、茶請けの煎餅に手を伸ばしたところを三喜子に叩かれた。

 

「さっきから煎餅食べながら話してんじゃないわよ。うるさいわ」

「お前よかうるさくねーわい。んで、岩屋敷には継子っぽい隊士がいるし、音屋敷は嫁さんが三人、炎屋敷はそもそも御家族で住んでる鬼狩りの一族で……。風屋敷んところも俺らと同じ形で雇用されてるみたいです」

「色々なのね。分かりました、三喜子さん?」

「むう」

 

 三喜子はばったりと机に伏した。各柱の持つ屋敷の情報を聞けど、やっぱりそれなりに家主が帰っている印象は拭えない。

 

「霜柱様も帰ってこればいいのに……」

 

 それでも三喜子は霜屋敷にいれば、恩人である仏塚文寿郎に何か返せるのではないかという希望を持っている。

 決して惚れたとかそういう理由じゃないんだからね!と心の中で前置きして、三喜子はある事を聞くことにした。

 

「そう言えば、皆さんって霜柱様に恩があるからここの求人に応募したんですよね」

「まぁ、そうね」

「そうだけど」

「じゃあ皆さんと霜柱様と出会った話が聞きたいです! はい、これ今日の雑談のお題目!」

「唐突ねぇ。まあ、いいわ。それじゃ三喜子さん、話しなさいな」

「いいですよ、私と霜柱様の出会い編……! いざ、開幕!」

 

 三喜子は藤の家紋の家で働く前は都会で女給をしていた。ハイカラな外国からの飲み物、珈琲と食事、酒を提供し、着物に白ヱプロンを着て接客する、当時の女子にとって憧れの職業である。

 女給は基本客からの注文を聞いて厨房に伝え品物を持っていくのだが、ある時女給が軒並み風邪で体調を崩した際には女給をしながら厨房で調理を行ったこともあるので、募集要項の一つ『厨房経験者』を満たしている。

 

 そんな彼女が鬼に襲われたのは女給の仕事終わりのこと。

 下宿先に帰ろうとした時、いつもの帰り道に人通りが少なく、どこか鉄のような臭いが漂うことに気付いた。

 ――いや、良く通る帰り道の辻から、赤い、血液がたらりと流れるのが見えて、血の気が引いた。

 続いて気付いたのは、この通りに響く異音。

 

 

 ばり べちゃり ごり べきゃ ぽたぽた

 

 

 硬い何かを砕き、水音を滴らせる音は目に見えた光景と相まって嫌な図を想像させた。

 

(いや、そんな事がある訳無いじゃない)

 

 ここは都心、近くに野生動物が棲める森は無かった筈だ。だから、熊なんている筈が無い。人が食べられてる場面を見た訳でも無いし……。

 縫い留められた様に動かせなくなった足を動かそうとした三喜子の視線の前に、どちゅりと重たい物が落ちる。

 

 食い千切られた人の頭。

 頭蓋を齧られたその頭の脳や食われかけて欠けている骨が丸見えで、無様に飛び出た目玉が時間と共にごろりと眼窩から落ちて、嫌なことに三喜子へとその視線を向けた。

 

 たまらず、彼女は悲鳴を上げた。すると、その悲鳴を聞いてニタニタと笑みを讃えた醜悪な姿をした――鬼が飛び掛かってきた。

 

「女、女だァ! 男より女のがウマいんだァ!」

「いや、嫌! 離してってば!」

 

 その鬼の口には先程まで食べていただろう人の臓器や肉がこびり付いており、恐怖と嫌悪感を湧き立てる。

 尋常ではない力で押し付けられ、故郷に残した弟妹の顔が浮かんだ時――。

 

 鬼の頸が、冷たさと共に落ちた。

 

「大丈夫かい」

 

 その時、見えたのは――菩薩の如き、慈愛に満ちた微笑み。嫌に熱くなった体を冷ます冷気が心地よく、呆然とした三喜子は、自分が彼によって助かったのだと思い至ると、その瞳から涙を溢れさせ彼に縋った。

 

「ありがとうございます、ありがとうございます……! 死ぬところでした。弟妹たちに仕送りが出来なくなるところでした、ありがとうございます、ありがとうございます……!」

「ああ、可哀想に。怖かっただろう。もう大丈夫、鬼は退治したよ」

「ぶえへぇぇん! ありぎゃどうごじゃいまじゅぅぅぅぅ!!!」

「あれ、なんか思ったより力強いね君……」

 

 くねんくねんと三喜子は当時の事を思い出して感情を昂らせた。

 

「いやもう本当、霜柱様ってば、逞しくて、お強くて、恰好良くて、えへへ、何より良い匂いした……」

「変態だ」

「変態ね」

「何も言うまい……。じゃあ、お次は咲恵さん、お願いします」

「あの変態の次に私? ちょっと酷ではなくて、お医者サマ」

 

 ふう、と煙草を吸った煽情的な唇を持つ女性、咲恵は自身と霜柱との出会いを話し始めた。

 

「あれは私がまだ看護婦養成所にいた時だったわ……」

 

 咲恵は前でこそ立派だった()看護婦であるが、養成所にいた頃はまだまだ知らない医療用語や作法などが多く、熟練の看護婦達に叱責を受けることが多かった。

 

 看護婦というのは人の命を預かる職業。少しでも人の役に立ちたいと親を説得し、看護婦養成所に入れど中々上手くいかなかった。

 養成所では、見習いたちに向けての予行や講習などは開かれることは少なく、養成所での殆どの教育は『現場で熟練の看護婦の技を見て盗め』という体制だ。

 先輩の看護婦たちからはこってりと絞られ、ありとあらゆる雑用を押し付けられて時間はあっと言う間に夜中になっていた。

 

 最近、病院内の患者が消えるという噂もあり、誰も夜勤をしたがらなかった。看護婦の詰め所に寄ったが、一人は残っているものの見事にぐうすかと寝ていた。帰りが遅くなった咲恵に夜勤が回されたというのは見て分かった。

 途方の無い疲労が彼女の肩に乗ったのは当然だろう。このままもう一人の看護婦と同じく寝てしまいたかったが、患者が大変な時に動けないのでは何故己が看護婦という職業を目指したのか……。最初に固めた志までもを否定してしまうことになる。

 

 ぱん、と頬を張って咲恵は眠たい眼を起き上がらせ、院内の見回りを始めた。

 病院内の患者が消えるなんて事態を未然に防ぐ為に奮い立たせた勇気の見返りなのか、その事態を引き起こした張本人が咲恵の前に現れた。

 

 廊下に灯る照明の中、佇むのは四つ足の異形だった。それは動物のような見た目というには人間に近く、そして、異様に大きな角を持っていた。

 何かの尾の様に蠢くのは、まさか舌なのか。妙に湿った音と、何かを咀嚼する音がして、気色が悪かった。

 

「あ、あ、ァあ。看護婦か。うままうま、うまそう。うまそう、だな」

「あ、貴方……が、病院内の患者を失踪させてる、本人……?」

「失踪? あひゃ、ひゃはははひゃは。ちがーうちがちがうよ。たたた食べているんだよ~ぉっお」

 

 ほら、と化物は、鬼は舌で咥えていたモノを咲恵の前に転がした。

 ――それは自分が看病したことのある老人の上半身だった。「来週、孫が見舞いにやってくるんだ」と、「それまで頑張らなあかんなぁ」と話していた時のことが浮かんだ。

 その老人は目を見開いたまま事切れていた。

 

「そそそろそろ、看護婦もたべべべていいいかァも! いい、いいいいいねえええええ」

「お前……ッ、お前ッ!」

 

 鬼はその老人を自分の舌で咥え、子供が玩具で遊ぶ様に内臓を引き摺り出してぺんぺんと壁に叩きつけた。

 人の命を弄ぶ所業に、咲恵は目の前が真っ赤になる程の怒りを覚えた。

 

「ああ、聞き取りの手間が省けたね」

 

 怒りで我を失いそうな咲恵と、喜ぶ鬼の双方を立ち止まらせる声が響く。

 それは彼女に水を掛ける様に一瞬の冷静さを取り戻させ、鬼はゆっくりと背後を振り向いた。

 そこにいるのは白衣を掛けた詰襟の少年が、青い刀身の刀を持って此方に微笑んでいた。

 

「そこの君、危ないから離れていて」

「離れられる訳ないじゃない! 加藤さんが、加藤さんが……!」

「その怒りで立ち向かえる相手じゃないから、ねっ」

 

 水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

 

 ――流々と流れる水の勢いが見えるようだった。その不思議な剣捌きは鬼の舌と体を同時に斬り、少年は舌から落ちる加藤の遺体を持って咲恵に渡し、再び刀を持って対峙した。

 

「さ、早く行って」

「は、はい。君は……!」

「俺はこの鬼を斬りに来ただけだから。気にしないで」

 

 そこから少年は鬼に反撃を許すことも無く圧倒した。最後は鬼の懐へと入り、流麗な一閃でその頸を斬ると鬼の体がまるで荼毘に伏されたかのようにチリチリとした灰燼になって消えていく。

 一夜の夢のような、幻みたいな光景。

 それでも、寿命が尽き始めて点滅する明かりが照らす少年はちゃんと其処に、現実にいたのだ。

 

「まさかこんな小さかった子があんな大きくなるなんて。男の子って成長するモノね」

「え、もしかして霜柱様が活動したての頃に出会った……ッてコト!?」

「成長期前から動かれていたんですね、あの方」

 

 「いいな~、小さい霜柱様見たかったぁ」と溶けていく三喜子に咲恵は自信満々にその頃の霜柱の話をしていた。

 お茶を一飲みして、医者の男は盆太へ顔を向けた。

 

「では、お次は盆太さん」

「俺ぇ? 俺は……、二人みたいに直接助けられたって訳じゃなくてさ。むしろ身内が鬼になって、それを斬ってくれたのが霜柱様らしいんだわ」

「嘘ぉ」

「辛いなら話さなくても……」

「いんや、むしろ俺は感謝してるんだ。鬼になった父さんが罪を重ねる前に斬ってくれたこと」

 

 とある日、盆太が出稼ぎから帰ると、荒れ果てていた家と気が狂ってしまった母親が待っていた。

 母親は「うるさい、人殺し」としか繰り返さず、何が起こったのか分からなかった。

 だが周辺の人から聞くに、どうやら自身の父親が鬼となって夜毎歩いている所を鬼狩りが来て助けてくれたらしい。

 この地には昔から『鬼が出れば、鬼狩り様が助けてくれる』という話があった。そんな昔話の内容がまさか本当で、自分の身内に降りかかるとは思わなかったが、すとんと腑に落ちる内容だった。

 

「まー、母さんも母さんで、父さんに人を食わす為にわざと外を歩かせてたみたいだから、どっちもどっちっつうか」

「うわぁ……」

「言葉に詰まる背景ね……」

「ご冥福をお祈りします……」

「いいっていいって。俺もようやく必死こいて出稼ぎして、父さんの賭博代稼がずに済んだから、本当に感謝してんだ。はい、次はお医者さん」

 

 それでも僅かに両親が亡くなったという物寂しさはあったのだろう、いつになく大人しい盆太の顔を見てしょんぼりする三喜子と咲恵だった。

 こほん、と重たくなった場の空気を払う様に、医者の男は咳をした。

 

「まあ、改めて言う事でもありませんが、大体咲恵さんたちと同じ経緯ですね。病院で働いている所を鬼に襲われて、助けられた。それ以降、何か力になれることは無いかと模索していたらこの求人を見かけたのです」

「皆、色んな経緯で霜柱様の元に集まってるのね~……」

 

 今度は三喜子がバリボリと煎餅を食べながら、暇を持て余した彼女たちの雑談は柱稽古の前まで続いた。

 

 柱稽古が行われる事が決まると、これまで留守にしていた家主が帰ってきて三喜子もだが咲恵たちも喜んだ。

 夜は担当地域の警邏に行ってしまうが、屋敷に家主がいるという事が滅多に無かった雇われ人たちはいつもより機嫌良く手早く業務を熟したとか。

 

 ――ただ一人、診察を行う医者の男は顔色を良くすることは出来なかった。

 

「不思議です。何故、これまで、この身体で生きてこられたことが……、不思議なくらいです」

「あ、やっぱり? 最近体重いなーって思ったから、何かしら疾患でもあったかな?」

「……まず、貴方の内臓の全てが本来の人間とは逆の位置にあります。それから、――貴方時折喀血(かっけつ)してますね」

「……医者って凄いね? 見てたの?」

「この気管支と呼ばれる部分の一部が拡張しています。こういった方は大抵、喀血を伴う疾患……、結核も引き起こしています」

「へぇ、結核」

「貴方は結核ではなさそうですが……。加えて……」

 

 何か言いにくそうにしている医者に向けて、ニコニコと文寿郎は言い放った。

 

「別にいいよ。子種、無いんだろう? 当たり前だし、許される筈も無いから、心配しないで!」

「……」

 

 医者の男は、診察が終わって文寿郎が出て行った後、静かに涙を流した。

 

(あの人は、人が当たり前に受けられる幸せを感じることが出来ないのだろう。だから、あんな苦しくとも、何も無い様に振舞って見せるのだ)

 

 医者の男は仏塚文寿郎に先が無い事を、その時の誰よりも早く知っていた。

 それでも、鬼を滅するという意志だけは果たしてやりたい。その一心で文寿郎に柱稽古中は毎日診察に来るように頼み込み、医者は彼の体が最終決戦まで持つ様に仮眠ばかりの生活にも注意を行った。

 

 本懐を遂げたと知るのは、彼と長年付き添った鎹鴉からの報告からだった。

 

 医者の男が窓を見上げると、青々とした庭の葉が風に揺られていた。春先なので、蝶屋敷の方へ行けば満開の桜が見れるだろう。

 ――文寿郎が医者の男に遺した言葉が二つあった。『痣者の寿命を解決するように』と、『自分の死後は霜屋敷を医者の男へ譲る(お館様も了承済)』というもの。

 

 彼は文寿郎の死後、霜屋敷で医院を開き、痣者の寿命の解決策をしのぶや珠代らと共に模索した。

 結果、神薬ともいえるものが出来上がり、あまりの効果に満場一致で青い彼岸花を焼くこととした。

 

 毒が薬になる様に、薬もまた毒になる。

 ――鬼を生み出す元となる青い彼岸花はここで断ち切る。そうして、鬼が芽吹くことのない世界が訪れる。

 

(どうかその先で、貴方が本当の笑顔で過ごせる様に)

 

 医者の男は、そっと目を閉じた。

 そうすると、かつて霜屋敷に家主が帰ってきて騒いでいた、遠い過去の彼女たちの声が歌の様に聞こえてくる様だった。

 

 

 

 

 

冷房

霜屋敷の住人

蛇柱が話してるだけ

風の兄弟弟子たち

某祭りの神

お館様

 


 

『ある蛇の戯れ話』

 

 仏塚文寿郎。ああ、その男の噂はよく聞いている。

 霜の呼吸の使い手。舐め腐った笑顔のまま任務を受ける軽薄者。

 そして、認めたくはないが、まだ未熟だった頃の俺を助けた恩人でもある。

 

 別に、あの男と共同任務で当たるというのはよくある話らしい。アイツは碌に休みもせずに次の任務を回す様、鎹鴉に言っていたからな。

 その鬼共を滅する気概は好ましいが、それは不死川よりも機械的な物に思えた。今思えば、無意識にお前の真似をしていたのだろう。仲が良いことだ。

 

 アイツとの共同任務では厄介な血鬼術を使う鬼が討伐対象だった。見ている者に幻覚を見せて、惑わせた鬼狩りを食らうという反吐の出る手口だ。

 ……ああ、俺も受けた。幻覚で見たのは俺が普通の家庭に生まれた青年として生きているという、本当に今でもあんなものを見せた鬼を斬り殺したくなるものだ。

 残念ながら人間に過去を戻ってやり直す術は無い。俺の穢れた過去は、一生穢れた過去のままなのだ。

 だが、その穢れた部分ごと愛してくれるという者がいたのなら、その過去さえも肯定せねば、俺は愛した者を信じていない事になる。

 

 幻覚の目覚め方は簡単だ。外部から刺激を受けることだ。

 あの男、仏塚も同じく幻覚の術を受けた筈だ。だがアイツは己で幻覚から目覚め、俺を含めた他の隊士たちの正気を取り戻し、鬼を退治した。

 暫くは凹んだ。自分が見た幻覚も、他人から正気に戻され――穢れた過去こそが真であることに、少しでも落胆した己に。

 

 ……あの男は、一体何の幻を見たのだろうな。それが分かれば、少しはあの男を素直に認められる気がした。

 なに? きっと碌でもない?

 それはそうだろうな。きっと、他人が想像する余地もない、悍ましい幻だろう。

 

 なんだ不死川。甘露寺との仲はどうだ……だと?

 

 当初は互いに想い合っていようが、俺自身が許せないとは思ったが……。

 確かに、来世で必ず蜜璃と結ばれるとは限らないのなら、今この瞬間、互いが互いを見ているこの時にこそ……、結ばれる事が良いのだろうとは少し思った。

 

 蜜璃は。俺の過去を知っても、それで避けることはなく、ただ涙を流して、俺に「生まれてきてくれて、ありがとう」と言ってくれた。

 

 ああ、それだけで、全てが許された気がした。

 穢れた身でも大切な者を愛して良いのだと思えた。

 

 さて、俺は話したぞ。愛する妻の話をな。

 次は貴様だ不死川。胡蝶カナエとの仲はどうなんだ、ん? 最近は茶屋へ行ったというではないか。蜜璃から聞いたぞ。

 ははは、そうキレるな。幼児程度の情緒しかないお前にもようやく春が来たのかと思うと、感慨深い。

 冨岡? 知らんな。勝手に大勢の孫に囲まれて死ねばいい。

 

 なんだと、クソロマンチストポエム蛇野郎?

 その喧嘩買ったぞ不死川ァ!!!!

 

 

 

 

 

冷房

霜屋敷の住人

蛇柱が話してるだけ

風の兄弟弟子たち

某祭りの神

お館様

 


 

『融風の兆し』

 

 鬼殺隊に入るには独自の呼吸法を身につけることが前提としてある。呼吸を身につけ、型の精度も上がった所で育手から最終選別の話が出される。

 最終選別を終えてもそれが終わりではなく、先の見えない道への始まりだということを忘れてはならない。

 そして、任される任務によって命を落とすだろうことも忘れてはならない。

 

 それらを考えた上で最後の家族を鬼になど食わせてたまるかと、不死川実弥は日々風の呼吸の育手、秋爽の元で鍛錬に励んでいた。

 今は秋爽との打ち込み稽古の最中。実弥の番が終わり道場の隅で正座をして、師範と弟弟子の動きを見ていた。

 

(アイツ、この前よりも動きが速くなってるな)

 

 文寿郎は聞けば自分より年も下らしく、体もまだ小さい。だが食らい付こうという気概は感じる。

 だから師範も己らに対して厳しく指導を行う。それにへとへとになって「もう少し緩めてくれたって」と言っている程度では、きっと鬼殺隊の隊士として生きていけないのだろう。

 

「止め」

 

 師範が斬り掛かる文寿郎の手元を叩き、声が放たれた。しめやかに文寿郎は佇まいを直し、師範へと礼をした。

 

「文寿郎、しばらく鍛錬は無しだ」

「ええ~!?」

「軽度ならまだしもお前、その色は暫くの静養が必要だろう。己の体調管理も出来ない様では未熟者も良い所だ。後で医者を呼ぶから屋敷にいなさい」

「はぁい……」

 

 先程の師範の叩きによって解けた包帯から見えたのは痛々しい青紫色の肌だった。困り眉をしながらも笑顔を見せるアイツには冷や汗も、患部を叩かれて痛いといった表情も無い。

 ――アレは欠けた子供だ。きっと今は『折角師範(強い人)との鍛錬だったのに』と、鍛錬が出来ない事への感想しか浮かんでいないのだろう。

 

(鍛錬がひと段落したら様子でも見に行くか)

 

 そうして実弥が文寿郎の様子を見に行って出会ったのは、己を育手の秋爽へと紹介した粂野匡近だった。

 

「粂野、いたのか」

「なんだよその対応。俺、お前の兄弟子だぞ~? もうちょっと愛想をだな……」

「知らねェ」

「おや、二人共、俺に何か用だろうか」

 

 文寿郎が戻ってきた。新しく巻き直された包帯と僅かにツンと鼻をつく薬の臭いから医者の元に行っていたらしい。

 

「オイ文寿郎。テメェ、この前山口との手合わせの時に痛めたのを隠していやがったな」

「なにっ。そうなのか文寿郎」

「ええ~、なんで分かるのかな? そうだけど、秋爽殿に鍛錬を止められる度合だとは思わなかったんだ」

 

 ニコーっと文寿郎は淡々と思ったことを言う。匡近は優しいので、そんな様子の文寿郎に困った様に眉を下げて痛まし気に見つめる。

 すると視線の先にいる子供は首を傾げた。

 

「匡近殿も実弥殿も秋爽殿も、どうしてそう人の怪我を見て眉を顰めるのかい? だって他人の怪我だろう? 実際に君たちが怪我をした訳でも無いのに、そんな顔をする必要は無いんじゃない?」

「必要があるかないかじゃないんだよ、文寿郎。誰だって大切な人が怪我をしていたら悲しくなるもんさ」

「そういうものなのかい」

 

 匡近は慈愛に満ちた眼差しをしながら文寿郎の頭を撫でた。自分の弟にするかのように優しく、慣れた手つきだった。

 こういう時、文寿郎は無表情のままで固まっているので、どう思っているのか読み取りづらい。

 

「よしっ! 医者にも診てもらえたし、文寿郎も安静にしなきゃならないのなら俺と一緒に街でも歩こう!」

「またかい? 匡近殿は街歩きが好きだなぁ」

「おい待てェ粂野。だったら俺の襟首離せやァ。俺は普通に鍛錬すンだよ」

「俺は師範から二人の様子をよーーーく聞いてるからな。『二人とも鍛錬馬鹿だから息抜きさせて来い』とも言われている!」

「師範!!!」

「馬鹿って酷くない? ねぇねぇ酷くない? 名誉毀損じゃあない?」

 

 その日は粂野に連れられて三人は街を歩くことになった。思う存分に遊び歩いた三人は、帰る道中で木に止まる大きなカブトムシを見つけた。

 二人が興奮し、一人が二人の興奮具合に追いつけず疑問符を散らしながら大量の虫を抱えさせられることになった。

 欠けていながらもどこか満ち足りた、風に吹かれる帰り道だった。

 

 

 

 

 

冷房

霜屋敷の住人

蛇柱が話してるだけ

風の兄弟弟子たち

某祭りの神

お館様

 


 

『写譜』

 

 目の前に奇跡の様な薬があるとしたら、多くの人間はそれを手に取るだろう。

 無くなった人体の部位さえも再生し、二十五で潰える痣者の寿命を解決する薬。

 

「宇随さん、本当に良いんですね」

「男に二言はねぇよ。俺にゃその薬は必要無い。他の奴にやんな」

「……分かりました。外は寒いので、体にお気を付けて」

「おう」

 

 ひらひらと手を振り、蝶屋敷を後にした宇随はその薬を手にしなかった。

 左の視界は暗いまま、左の手は無いまま。左肩で傘の柄を挟みながらぶうらぶうらと雪降る道を歩く中、真白の雪を見て思い返すのは――白い包帯に巻かれた主人の姿。

 

「天元、お願いがあるんだ」

 

 お館様――産屋敷耀哉の容体は悪化していた。宇随が当初出会った頃より遥かに弱々しく、病魔に襲われた姿は痛々しい。

 

「この一帯を吹き飛ばすぐらいの爆薬を、屋敷に仕掛けて欲しいんだ」

 

 一瞬、言われた時には頭が白くなり、次にはとめどなく汗が溢れた。

 

(何故、いや、もうお館様は避難できる程の……。いや、……つまりは)

 

「見ての通り、私は長くは無い。そして、近々鬼舞辻無惨が、私を訪ねて来る。千載一遇の好機だ」

 

 彼の言いたいことも、その意図も理解した。

 隊の中で一番火薬に精通している。この事を決して他者に口外しない。勝利の為に犠牲を払える。――彼にとって、もっとも信頼できる人材。

 

 それが宇随天元。元忍の男。

 

(それは、俺の手で貴方を殺せと言うのと同義だ)

 

 ――残酷な信頼だった。

 嫌だ、と言いたい。でもそんな事を言っても産屋敷の呪いが解消する訳でも無い。今まで姿を隠していた鬼の頭領が現れるとお館様が言えば、“そうなる”のだから。

 ぎり、と拳を握って爪が軋む音が聞こえた。

 

「ごめんね、天元。君には迷惑を掛ける」

「ッ、迷惑などございません。――この宇随天元、お館様の為に世界で一番ド派手な火薬を用意して参ります」

 

 宇随は深く頭を下げた。嫌だと反発する心を抑え、恩人たる主君への忠義を果たす為に。

 何でもない風を装って退室する際に柱の二人とすれ違った。

 

(岩柱と、最近柱になった野郎か)

 

 岩柱はこちらを見て軽く礼をし、隣の霜柱はひらひらと笑顔で手を振った。

 

 その後は言わずもがな。

 遠くから眺める爆破の煙に目を細め、次代当主の護衛に務めた。そして、鬼舞辻無惨が討伐されたことを知り、同じように喜んだ。

 

 しかし、その幸福の一欠片を受け取ることを拒否した。

 

(これはケジメだ)

 

 例え、神の様な薬があろうとも、その思いが独りよがりであろうとも。

 己が犯した罪だけは必ず許されてはならない。

 

「……とはいえ、この祭りの神を置いて楽しそうな祭りされんのもアレだな」

 

 鬼舞辻無惨という鬼の頭領を討伐したことによって、この世から鬼が消えた。

 これまで鬼狩りに携わってきた者達の慰霊碑を建てるのと同時に、鬼狩りの歴史を後世に伝える神社も建てるという。

 そして、その神社で各呼吸を“舞”として奉納するとか。

 

(ナニソレ、チョー面白そうじゃん。ド派手じゃん。俺だって参戦したいわ)

 

 その一心で、彼はある書を残した。

 

 

 

 

 

 ある神社の社務所にて渡された資料を机に広げながら、とある双子は話していた。

 

「舞の数多いね」

「最初は“炎ノ舞”、次に“水ノ舞”、“花ノ舞”と“蟲ノ舞”、“風ノ舞”、“獣ノ舞”に“雷ノ舞”……。“蛇ノ舞”と“恋ノ舞”?」

「“岩ノ舞”で、俺たちに任される“霜ノ舞”でしょ。目玉の“日ノ舞”と“月ノ舞”はともかく、“音ノ舞”って……何?」

 

 聞けば鎖で繋がれた二つの木刀を使う舞で、この舞の時には神社で花火をブチ上げるらしい。

 「属性盛り過ぎだよ~」とは弟の談。

 

 

 

 

 

冷房

霜屋敷の住人

蛇柱が話してるだけ

風の兄弟弟子たち

某祭りの神

お館様

 


 

『命は天に在りて』

 

 天命というものがある。天に定められた寿命、為すべき事、人の往く道。――運命。

 産屋敷の一族は特に顕著だ。我が血族から出した汚点、鬼舞辻無惨を殺さなければ一族に掛けられた短命の呪いは祓われない。

 男児が多ければ病や災害によって一人だけ取り残され、幼くして鬼殺隊をまとめなければならなくなる。

 何代も前から、それこそ平安の世から続いてきた一族の在り方。

 

 目の前の子は、一体どんな天命を背負っているのだろうか。

 

「やぁ、一度君とはゆっくり話してみたかったんだ」

「それはそれは。過分な幸福、痛み入ります」

 

 雪を被った様な黒の髪を持つ、冷気というものを出す人間。色の無い目が同じく微笑を湛え、産屋敷耀哉の前に座っていた。

 

「文寿郎、君は十二鬼月を倒してはいないけれど、鬼の討伐数はとっくに五十体を超えているよ。柱になる条件は満たしている。それは分かるね?」

「ええ。とっくに柱となる条件は満たしていることは承知しております」

「そう。だからいない柱の穴を君に埋めて欲しい。君はもう隊の皆から柱の如く慕われているけどね。その信頼を、君が柱になるということで是非とも固めて欲しい。――だから、良かったら柱にならない理由を聞かせて欲しいな」

 

 これまで文寿郎の元に催促の手紙を送ったが、どれも丁寧な断りの言葉と共に返された。

 

「柱にはなりますが、少々時間が欲しいのです」

「理由を聞いてもいいかい」

 

 屈託のない笑顔で文寿郎は話し始めた。

 

「以前柱合会議に招集された時、兄弟子の墓参りに風柱と共に行ったのですが、そこで風柱と仲を違えてしまったのです。その事が、年を隔てようが胸に(さざなみ)を立て、私のすべき事に障りを来すのではないのかと。ずっと考えています」

「実弥と喧嘩をしたのかい。それなら、仲直りしなくちゃね。君と実弥は兄弟弟子だろう? 場を設けようか」

「いえ、仲を修復する時間や場が欲しいのではなく。私のすべき事に支障を来すのか、ならないのか。そう判断する為の時間が欲しいのです」

 

 ほう、と耀哉は呟き、目の前の男は明るく、何でもない顔で笑った。

 

「柱という業務が加われば、その時間も潰れてしまうでしょう?」

「……ははは、なるほど。分かった。君が納得いくまで考え続けるといい」

「ありがとうございます」

「けれど困ったのなら周りの人に助けを求めてみなさい。そうすることで見える道もあるからね」

 

 ――今はまだ柱に任命する時ではない。文寿郎を下がらせた耀哉は、話している際に彼の虚を見た。

 

「ああ、随分と大変なものを背負っているんだね、文寿郎は」

 

 人が生まれつき持っているものを持っていないという事を自覚するというのは、それだけで大変な事だったろう。

 分からないというのは、かなりの苦痛を伴っただろう。

 人は違うものを排斥する。だが、あの子は排斥されない様に取り繕ってきたのだ。

 自分に課せられた使命を果たす為だけに。

 

 

 

 

 

 当代の産屋敷家当主の命が尽きる直前、二人の柱を招集した。

 岩柱と霜柱。現状、鬼殺隊の最高戦力である二人に後の事を頼んだ。

 行冥が先に退室した時、彼は言葉を紡ごうとした。

 

「君は、君の成すべきことを成したら……」

 

 その先の人生を、君だけの人生を、生きるといい。

 

 ――だが、言葉は音にならず。ニコリと笑って、文寿郎は退室していった。

 

 

 

 

 

冷房

霜屋敷の住人

蛇柱が話してるだけ

風の兄弟弟子たち

某祭りの神

お館様

 




おまけ

 ある日、獄卒が書類を見直していると気になる部分があった。思わず先輩獄卒に相談した。
「大変です。今見直してたら仏塚文寿郎の寿命が20歳ぐらいになってます」
「なにィ!? 貴様ッ、ちゃんとッ寿命は30歳までッつッたろォがよォ――!」
「違うんです。ちゃんと30歳にしてました。そしたら、日々の生活習慣……。睡眠を削る鍛錬が寿命を削ってたらしく」
「仏塚文寿郎ォォォォォ――! テメェよォッ! ナァニやってんだァ――ッッッ!?」

「という話を獄卒の方から聞いたんだが。文寿郎」
 文寿郎は目の前で笑う男、粂野匡近に正座をさせられていた。
 正座している方の男の笑顔は妙に引き攣り、そして段々と顔が下を向いていく。
 体中にズキズキと突き刺さる視線に、居たたまれなさを感じ冷や汗がとめどなく溢れてくる。
「……」
「文寿郎」
「はい。誠に申し訳ございませんでした」
 ――仏塚文寿郎は、美しい土下座を見せた。
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