鬼滅の刃RTA 上弦の弐単独討伐   作:一億年間ソロプレイ

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次回くらいで終わりたいのう


IF:どこかがおかしい本編軸の話③

 

 大きな足音を立てて部屋に近付く。その足音が誰だかわかってしまうから、カナエはほんわりとした笑顔を浮かべて戸を振り向いた。

 

「姉さん!」

 

 そして思考が停止した。

 

 声はしのぶだった。愛する妹の声を聴き間違える筈は無い。

 だが目の前に立つのは妹より遥かに大きな体をしている。筋骨隆々とした様は岩柱を思わせるが、……そもそも体積自体が違う。明らかに大きすぎる。

 それでもしのぶと分かるのは、髪につけたお揃いの蝶飾りと可愛らしい声だったから……?

 ぐるぐるとしのぶ(?)を見ていてとある場所に目が釘付けになる。

 

「姉さんは、私が守るっ!」

 

 むりん☆

 

 彼女のお尻の様に割れたあごが揺れた。

 

「しのぶ!?」

 

 がばーっとカナエは起きる。妹の突然すぎる変貌にさしもの姉も冷静ではいられなかった。

 

「あ、夢……。夢なのね……」

 

 なんだか凄い夢を見たわぁ、とカナエは起きる。

 夜中の警邏を終えた花柱は自身の部屋を出て隣の部屋の扉を開く。そこには包帯を巻かれて眠る妹の姿があった。

 容体も安定してきたが、負傷して屋敷へと運ばれた時から目を覚まさない。

 

「……良かった。ちゃんと顎も普通ね」

 

 ふにふにと妹の顔を触る。意識さえあればしのぶは起きて照れながら「止めてよ姉さん」と可愛い様子を見せるのに、眠ったまま。

 

(しのぶが凄い顔で帰ってきてからね。あれからずっと、しのぶは身を削るみたいに任務を熟していた)

 

 鬼にもっと通用する毒の研究も並行しながらやって、睡眠時間も削って。三時間だけ仮眠を取って研究するなんて事もあった。

 流石にその時は怒った。それでも頑固な所のある妹は、ずっと俯いて、受け止めるだけだった。

 そしてぶすっとした言葉を発した。

 

「でも、あの人はずっと。毎日そうやって体を鍛えてたって……。不死川さんが」

「あの人?」

 

 そう残してしのぶはだんまりを決め込んだ。不死川くんとは後でお話することにして……。

 カナエはずっと知っている、しのぶが鬼を狩る為に努力をし続けていることも、姉に劣等感を抱いていることだって。

 最近は二人組の相手と可愛らしいやり取りをしながら、沈んでいた心が浮き上がっていたことも。

 

「……そうね。体を鍛えることは大事よ。毒の研究も大事。でもね、今の様に体を壊すぐらい頑張るのは駄目よ」

「でも!」

 

 

「でも! 強くならないと、あの鬼の戦いにさえ入れない!」

 

 

「姉さん私ずっと悔しくて仕方ないの。今までもあったけど、今回の事はとても、……痛い。心が軋みそうになるほど悔しい……」

「私があの時動かなければいたかもしれないって。代わりに、私が死ねば……!」

「しのぶ」

 

 その先の言葉までは言わせない。強い意志の籠った言葉がしのぶの体を止めた。

 恐る恐る見上げると、静かに煮え滾る怒りを宿した眼差しのまま、すぅと目線を合わせた。

 

「馬鹿な事を言わないで」

「姉、さん……?」

「助けられたのなら、貴女は決して『自分が代わりに死ねば』なんて言葉を言ってはならないの。どれだけ苦しくても、悲しくても、貴女は……。貴女だけは庇った人の事を忘れず、進まなければならない」

 

 自分が代わりに死ねば、きっとあの人は生きていた。

 

 しのぶの瞳は悔しさと、そして底の見えない悲しみで満ちていた。

 いつも勝気な妹が俯いてしまうぐらいに傷付いてしまったのだろう。それだけ、悔しくなって途方に暮れてしまったのだろう。

 

 カナエにも“彼”の訃報は届いている。『二人組の相手が……』とぷりぷりとした表情で書いたのが分かる可愛らしい手紙もあったし、――恐らく彼が亡くなった頃に酷い顔でしのぶが帰ってきた。そして、身を削りながら任務を(こな)すようになった。

 

「……うん」

「まずはたくさん休むこと。皆、貴女の心配しているのよ。元気になって、皆に可愛い顔を見せないとね」

「う゛ん……」

 

 妹の肩に触れ、震える体を寄せる。腕の中で嗚咽を漏らすしのぶは疲れが頂点に達したのか、嗚咽が止まってすうすうと静かな寝息が聞こえ始めた。

 

「悔しいのもあるけど、辛いのよね。とっても……」

 

 ひょいとカナエは妹を抱き上げて部屋の布団に寝かせた。目に出来た隈が痛々しく映る彼女の頭から髪飾りを取って、波打つ黒髪を解きながら撫でる。

 

 それ以降は目に見えて不調になる事は無かったが、時折夜更かしして研究している事も知っている。

 この調子ではいつか、何処かで命を落としてもおかしくなかった。――嫌な予感は早々に当たるもので、少し憎らしく思えた。

 

 しのぶが意識も朦朧とした、酷い怪我を負った状態で花屋敷に運ばれてきた。

 付き添いの隊士が「自分を庇って怪我を負った」と言った。

 応急処置は済んだが、ここまでの負傷だと本職の医者の治療でないと命が危うい。だが医院までは遠く、治療施設がある花屋敷でならば野外での応急処置よりも命を繋ぎ留められるかもしれないと。

 

 鎹鴉伝いで手伝ってくれる医師を呼んでもらっている最中、私たちはしのぶの手当てに奔走した。

 

 止血剤を打っても血が止まらなかった。どくどくと流れる血を見る度に血の気が引いて、手が止まりそうになった。

 ――手が止まれば更に妹を死に晒すのだと、何度も己を叱咤して医者が来るまで、出来るだけ適切な処置を続けた。

 医者が来てくれた後も緊張感が和らぐことは無い。手伝えることは無いかと志願した。

 

 なんとか、しのぶは一命を取り留めた。

 でも、それからはずっと眠っている。懇々と眠り続けているけれど、体の脈は動いている。

 点滴を打たれていない腕の手を握り、僅かに冷たいそれを頬に寄せる。

 

「しのぶったらお寝坊さんね。いつになったら起きるのよ……。流石に姉さん、三か月も眠ったままなんて悲しいわ」

 

 カナエの花の瞳から涙の雫が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人形みたいな人。それが第一印象だったのに、それがどんどんと崩れていく日々だった。

 お前たちが弱いからといって訓練を付けたり、鬼に毒が効くか気にならないなんて言って実験したりして。

 

 確かに私はあの人に比べれば遥かに弱かった。任務の時に目の当たりにして、あの人の動きは他の隊士とは全然違う事を理解した。

 細かな動きにさえ無駄が無い。適度に力を入れて、無駄な場所で必要以上に力まないから体力の消耗も少ない。体格だけの力で押してる訳ではなくて、息遣いや足裁き……細やかな所にさえ技巧があった。

 

 それに、私が毛嫌いしているだけでこの人の人望は厚い。怪我をした隊士は見捨てないし、自分から正面切って鬼と戦って周りの皆が戦いやすい様に動く。

 ……この人は柱になれる人なんだって、思った。

 

 的確な指示。理想的な体の使い方。鬼殺隊からの信頼。

 きっとこういう人が柱になるんだろうなぁ。ううん、そうなる。私の姉さんと同じ、才能のある人。

 でも才能がある人だって努力をしてない訳じゃない。才能と努力で自身を磨き上げる事であの強さに至れる。

 

(悔しいなぁ……)

 

 力の足りない自分が。……いざとなれば、才能が無いからと逃げてしまう自分が。

 ずっと何処か、心の何処か。膿んでしまった箇所がじくじくと痛みを持ってくる。

 

(私、足を引っ張ってばかりで何にも出来なかった。本当は、あんな鬼、怖かった。ずっと怖くて仕方なかったけど、それを見せたくなかったから頑張って立っていたけど……)

 

 竦んで止まりそうになった。――それでもと動かして、伸ばした手は鬼の苛立つ笑みと共に消えてしまった彼を掴む事は無かった。

 

(あの時、どうして鬼を突き飛ばしたの。どうして私を庇うような真似をしたの。あの人だったら、私なんて見捨てるのが正解でしょ)

 

 気付けば、私は何処かの道に立っていた。

 来ている服が黒い隊服ではなくて、白い装束。何でだろうとは思ったけど、引っ掛かる事も無く足を進めた。漠然と、こちらに行かないと、と思う。

 

「つめたっ……」

 

 そこでようやくこの道に雪が積もっている事に気が付いた。不思議と冷たいのに足は赤くならないし、着物の裾から入る空気も冷たく感じない。

 ただ雪だけが質感を持っている事に違和感を持ちながら歩んでいく。

 

 誰も踏んだことの無い新雪の積もった道を歩くのは、ちょっと楽しい。……そんな事、ここ最近思わなかったっけ。

 雪が降ると空に雲が覆うから、鬼が活発になって大変だくらいしか思えなかったっけ。

 ざくざく。ざくざく。小気味いい音も聞こえてきた。

 

「……花?」

 

 私の歩く道の先に、ちらちらと揺れる影が見えた。よくよく見ればそれは雪の積もった花だ。

 周りには何も生えていないのに、この道の真ん中にだけ咲いている。……薬草とかではない?

 ううん、何だか見た目は曖昧。だからハッキリとした名前が浮かばない。一年草なのか多年草なのか、生薬に使えるものとか、毒になるものとか……。

 花の周りの雪を取り去って見ても分からない。でも。

 

「温かい」

 

 ……ちょっと採取してもいいかしら。後で調べてみたいし、良いわよね? 野草……、よね?

 そうと決めたら花の周りの土も掘る。なんだかこうしていると、お庭の薬草を取って調合した懐かしい時期を思い出す。両親もいて、私も姉さんも鬼とは無関係だった、幸せな日々。

 

 丁寧に根っこまで取った花は持っているとじんわりと温かいし、ほんのりと明るかった。ああ、道理で目についた訳ね。

 

「ちょっと不格好に咲いてる?」

 

 雪にも負けず咲いている花。何故だか、温かくて、そして涙が溢れてくる。

 土の入った爪の見える手で花を手折らない様に両手で包んだ。

 花から伝わる熱がまるで「此処に来るべきじゃない」と言ってるみたいだった。

 それで、ようやく思い出した。

 

「私……、やるべき事が残ってた。きっとやれないかもしれないけれど、それでも果たさないといけない事」

 

 私より強い人に託せばきっと楽になってこの道の先を進めたけれど、生憎ながらその予定は無いから。

 

 絶対、やり遂げると決めたから。

 体中から悲鳴を絞り出して、無力さに打ちひしがれたあの日から。

 

 温かさが体の隅々に染み渡ると、白い吐息が出てくる。体に血が巡る、呼吸をする度に冷たい空気が肺を満たしているのが分かる。

 フゥゥ、と呼吸をする。止まっていた息が動く。皮膚に感覚が戻っていく。

 

「体が小さくても、才能が無くても。……必ず頸を斬らなきゃいけない鬼がいる。毒で弱らせてでも斬りたい鬼がいる」

 

 ……あの人が生きていようが、亡くなっていようが関係無い。

 私は……、庇われて命を繋いだ私が必ずやり遂げなければならないの。

 冷たかった体に熱い血が巡っていく。その度に死装束を着た私の体が薄くなっていく。

 

「頸を斬る瞬間を見届けなければならない鬼がいるのよ。地べたを這いつくばらせて言ってやらなきゃなんないの」

 

「お前の負けだってね!」

 

 ――ぐいっっと引っ張られるような感覚。そして。

 ……眩しい朝日。体がとても重たくて、顔が動けない。薬品の匂いが鼻を突く。

 部屋の中で割れる音が聞こえて、視界に涙を溢れさせる姉さんがいた。

 

「しのぶ? しのぶ? 姉さんよ、分かる? しのぶ……」

「……っ、ぁ、ぃぁ」

 

 乾いた口では何も言えなかったけど、それでも姉さんは私の言葉を受け取ってくれた。

 

「おかえりなさい、しのぶ」

 

 ……あぁ、私、生きてるのね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風柱邸が襲撃される事態が起きてから以降、鬼殺隊という組織への攻撃は収まっていた。

 ちなみに襲撃地点は先見の明によって予測されており、屋敷で働く下男たちを避難させてから風柱が屋敷中に油を撒いて待ち構えていた。

 襲撃に来た鬼と氷人形は極められた風の呼吸に細切れとなり、火炎瓶を大量に投げた柱によって大爆発の塵となった。

 爆破現場を見た鬼はこういった。「あの柱とだけは当たりたくない」と。

 

 襲撃から数年が経つと空席のあった柱の座は埋まっていた。

 先代炎柱の息子、煉獄杏寿郎が炎の柱に。

 水の呼吸から派生した蛇の呼吸の使い手伊黒小芭内、炎の呼吸から派生した恋の呼吸の使い手甘露寺蜜璃らも蛇柱、恋柱へと。

 

 最後の席を埋めたのは、鬼を殺す毒という画期的な毒を発明した胡蝶しのぶ。

 彼女が開発した毒を打ち込む為の『蟲の呼吸』から取り、蟲柱と呼ばれるようになった。

 

「しのぶちゃんも柱か。凄いな」

「毒の開発段階で殺した数が五十を超えていたみたいで。まだまだ改良の余地もありますし、ここで満足はしていられません」

「努力家だなぁ。前まであーんな小さかったのに」

「粂野さん? 私はそんな小さくないです」

 

 ニコニコと診察を受けているのは粂野匡近。先の任務で受けた傷が深かった為、暫く蝶屋敷――しのぶが柱となってから花屋敷から改められた――で世話になっていた。

 彼は自分の腰辺りを手で示しており、しのぶはむっとした顔になった。

 

「ごめんごめん」

「分かってくれたのなら良いです。粂野さんの体はほぼ回復しています。後遺症も無いようで何よりですが……、もう危ない真似はしないように!」

「ははー! 蟲柱様ー」

「もう!」

 

 粂野が退室してからしのぶはくるりと、長く伸びた前髪を弄った。

 

「柱……かぁ」

 

 しのぶが死にかけてからも日が経っていた。あの日以降から彼女は色々と変わった。

 三ヶ月も寝ていた彼女が水の入ったコップを持とうとしたら軽く力を入れた筈なのに壊してしまったり。軽い気持ちでクルミを握ったら粉微塵になってしまったり。

 様々な医学書を読んでみた所、しのぶの体にある制限が外れたのではないのか、という結論に至った。

 

 脳は常に人体を十パーセント程度の活動に収めている。しかし、この脳の制限が外れたならば人は無限大の力を引き出せると。

 発見した当時は(胡散臭……)と思ったが、身体に起きた異常な力の発達を見ていればそうかもしれないと思い始めた。

 

(あれから力加減も覚えたし、普通に鬼の頸を斬れるようになった……。でも、それだけじゃ足りない)

 

 上弦の弐。それに比べれば異能の鬼も、下弦の鬼も赤子同然だ。

 上弦という鬼はそれ程までに力の差がある。無策で遭遇すれば死があるのみ。……なんて理不尽な。

 

(絶対に殺す。これまで通り鍛錬も続ける。毒の改良も続ける。それら全部をやり遂げたとしても……、不安の芽はある)

 

 毒に耐性を持つ鬼はいるし、毒を食らってもすぐ解毒出来る鬼もいる。上弦の鬼ならば両方あると見てもいい。

 壁は高く設定するべきだ。――柱になったからといって満足していられない。

 

 しのぶは椅子に掛けていた白い羽織に腕を通す。診察の最中は外していた二本の日輪刀を腰に差す。

 

「……よし、今日も頑張るわ」

 

 そして明日も頑張る。――果たすべき事の為に。

 

 

§

 

 

 目が覚めると同じ天井と、文字の入った虹の瞳が目に入る。慣れてしまった光景に片眉を上げた。

 

「おはよう兄さん」

「……おはよう」

 

 返事を返すとそれはもう嬉しそうな顔をする。仏塚文寿郎は近頃、あーあ……と心の中で溜息を吐くのが一日の始まりとなっていた。

 寝かされる布団の質はかなり良いものの、環境が良くない。

 安宿で短時間の仮眠の為に泊まっていた頃の方が良かったな、と日常的な箇所に思考を巡らすぐらいに鬼殺の日々から離れてしまった。

 

「今日も一日、兄さんがいる。素敵な日だね」

「それ毎日言ってない?」

「だって本当に、こんな日々を夢見てたから……! えへへ、今日もご飯食べさせてあげる」

 

 文寿郎は近くの盆を見た。白米と味噌汁、山菜の煮つけに漬物。四品もある、あまりに豪勢な献立だ。

 この生活になってから毎日三食、そして様々な種類の料理が運ばれてくる。中には西洋から伝来した料理も出てくる。

 「凄い贅沢してるな……」というのが文寿郎の本音だ。

 

「煮つけを食べさせてもらえる? 他は自分で食べるから」

「うん、分かった!」

 

 ここで必要なのは『必ず一品は食べさせる行為をさせる事』。全部突っぱねると鬱憤を溜めた相手が無理矢理食べさせてくる。

 手を合わせてから文寿郎は食事に手を付ける。ご飯をつまむ時も、椀を持ち上げる時も、彼の一挙手一投足に視線は注がれている。

 

「さっき()()食べに外に出たんだけどね、私の後を付いてきた信者の子がいて大変だったの。でもでも、その子は私が人を食べる所を見ても引かずに、むしろ『私を食べてください』って」

「へぇ」

「女は栄養があるから食べたけど……、やっぱ兄さんの血の方が美味しかったな! また食べさせてね」

「俺に拒否権が無い事を知ってるだろうに」

「もう兄さんってば、こういう時は『いいよ』って言うんだよ。照れ屋さんなんだから」

「はいはい」

 

 頭のおかしい会話にも慣れてきてしまった。この鬼は何を言っても前向きに解釈するので適当に流しておくと何かに良い。

 山菜を「あーん♡」と食べさせられながら遠い目をした。

 

「美味しい?」

「……」

「良かった!」

 

 何も言わずともこの調子である。朝から何故か重い食事を終えると鬼は悲し気な顔をした。

 

「ごめんね。今日もお仕事しなくちゃだから……。困ったことがあれば御子に言ってね」

 

 ポンと扇を合わせて例の氷人形を作り出して鬼は部屋を出ていった。ちなみにこの人形で六体目である。

 文寿郎の周辺に集まっていた人形の内、一体が空になった盆を下げていった。

 

 鬼が去ったからといって自由時間が訪れる訳でも無い。この人形が映した光景は作り出した鬼にも共有される。

 常時鬼に監視されているのだが、もう年も過ぎれば慣れが来る。

 

 文寿郎はふと、視線を下へ落とした。

 先の無い()()。今や太腿の半ばまでしかない足を見てつくづく思う。

 

(人間の体って不便だね)

 

 鬼の様に再生する事は無い。人間の肉体は失ったら一生そのままだ。

 連れ去られた当初は膝から下が切断されていたが、冷気を吸った肺の状態が落ち着いた頃に太腿の半ば辺りまで再び斬られた。

 当然斬られた足は鬼の胃袋の中だ。美味しそうに目の前で食べられたから、よく知っている。

 

 二度と自分の足で地を立って歩けることは無いだろう。現に今も移動するには地を這って動く。

 いつも見ていた景色がかなり高いものだったのだなぁ、と思う。

 

(俺が動こうものなら人形が動くけども)

 

 本が読みたければ人形が持ってくる。壁に寄り掛かりたいのなら人形が動かす。布団へ戻りたいのなら人形が戻す。

 だがこれだけは自分で出来る。人形は「駄目だ」とばかりに顔を横に振るが止めようとはしない。消える恐れもあるからだ。

 

 ずい、ずいと文寿郎は慣れた動きで襖へ近付くとその縁に指を掛けた。

 部屋の中に入る恐れのある日差しに人形たちは一斉に退いて日陰となる場所へ逃げて、それでも文寿郎の様子を窺う。

 縁側に近付いて御簾と暖簾が合わさった遮蔽具を引き上げる。覆いの中からも見えた日差しの中に体を落ち着ける。

 視線は突き刺さるばかりだがずっと部屋の中よりは良い。

 

(目も重たい……)

 

 何をするでもない日々。一日一日が長くも、あっという間にも感じる曖昧な時間の流れ。

 何もしなくても食事が運ばれる毎日。同じ顔の鬼に甲斐甲斐しく世話をされる毎日。

 

(何だろう、ずっと気怠い。体が重たくて仕方ない。筋力は足があった時からは落ちただろうけど、それでも極力落とさない様に維持はしてるし)

 

 今の文寿郎に断言出来る感情は無い。芽は依然として芽のまま、花開いたと自覚出来るのは『恐怖』のみ。

 救助は無い。前の通りに歩ける事も無い。視界が元通りになる事も、無い。

 

(……もしかして、これが『飽きる』とか?)

 

 それならば己は一体何に飽きてしまったのだろうか。

 

(……でも、不思議と頸を斬る事を諦めたくないような?)

 

 己は頸を斬る為だけにこの生を許された。

 幾ら鬼の始祖に頭を踏み付けにされようが、上弦の鬼の見世物になろうが、隊士の癖に足も無いのかと辱められようが。

 

(命の限り、定められた時間までに殺してみせる)

 

 近頃は鬼の始祖が太陽で死なない鬼を見つけたとか何とか。

 事態が大きく動きそうな気配に、ほんの僅かに牙を隠して。

 仏塚文寿郎は生きている。




アプデ内容
・瀕死になると時折ステータス上限突破出来るイベント“命の灯火”が発生。それまでステータス上限突破方法がある特徴を取ることでしか出来なかったので。
 今回のしのぶさんはステータス上限突破したよ。(100)→(105)
 カナエさんはそっとしのぶさんの顎に触ったけど何も無かったよ。
・稀に起きる捕虜イベント。前のverのままだとそのままエンディング直行(捕虜のまんまだったり、解放されてたり)だったけど、4.05verではフラグによっては救出されたり、脱出できるようになったよ。
 今回の文寿郎にはエンディング直行出来ないフラグがキャラクリエイト時点で立っているよ。

更なる変更点
・粂野くんが生きているよ。下弦の壱の屋敷にたまたま近寄ったら鎹鴉から応援要請されたから応戦したよ。さねみんが下弦の壱を斬ったので粂野くんではなくさねみんが風柱だけどほぼほぼ実力は同じだよ。
 他に生きている人もいるよ。あと欠損せずに無限城へ入る柱もいるよ。お祭りだね。
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